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第170回 進化の謎

2016-06-17 | エッセイ

 いろんな試行錯誤もあったはずで、合理的な方向にだけ順調に進むもの、との決めつけは出来ませんが、生き物が進化する(している)のは、まず確実なる事実でしょう。また、その原動力が、遺伝子の変異だ、というのもほぼ定説といっていいと思います。
 とはいえ、考えれば考えるほど不思議なのが進化の世界。

 例えば、ヒトの「眼」の進化ひとつを取ってみても、水晶体、網膜、視神経などのパーツ、いわばハードが揃うだけでも奇跡的です。それに加えて、そこから入って来た多種多様な情報を処理する脳の機能、いわばソフトが、「同時に」進化しなければ、「眼」は「眼」たりえません。一体、どうやってハードとソフトが一体となって機能する仕組みを獲得したのでしょう。考えるだけで、気が遠くなります。

 そんな進化には、億年と言わないまでも、何百万年という時間が必要、というのが常識でしたが、「私たちは今でも進化しているか?」(マーリーン・ズック 文藝春秋)には、そんな常識を覆す事例がいろいろ紹介されています。こちらの本です。



 例えば、ハワイのコオロギの例。ここのコオロギは、広くポリネシアに生息する種類で、ハワイには、150年くらい前に持ち込まれたという。このオスは、メスの気を引くために鳴き、メスはその鳴き声でオスを選んで交尾します。
 ところが、このコオロギには、寄生バエというとんでもない天敵がいます。このハエは、オスの鳴き声を聞き分けて、居場所を正確に探し当てると、小さな幼虫(ウジ)を産みつけます。このウジは、コオロギを1週間ほどで食いつくし、サナギを経て、成虫のハエとなって、どこかへ飛んで行く、というから恐ろしいです。

 ところが、それに対抗するかのように、「鳴かない」コオロギが出現しました。それは、習性の変化ではなく、たった1個の遺伝子の変異で、鳴くための器官を失ったコオロギの出現です。
 著者の研究では、その変異は、わずか5年でのことだというから、20世代くらいで、人間だと、せいぜい200~300年に相当する期間で、進化が起こったことになります。

 同書から、ヒトでの例も紹介しよう。
 ほ乳類一般は、離乳期に入ると、ミルクを飲めなくなります。ミルクに含まれるラクトース(乳糖)を分解するラクターゼという酵素が、授乳中は働くのですが、離乳期に入ると、その酵素の生産を減らす仕組みが、遺伝子にプログラミングされている、というのです。離乳期に入れば、ミルクを飲む必要はなくなるわけですから、結果として、理に適った仕組みではあります。
 ヒトもほ乳類ですから、本来、同じ仕組みで、離乳期以後は、ラクターゼが減少し、例えば、牛乳などは飲めなかったはずです。現に、牛乳を飲むと必ず下痢をする、という人がいます。

 ところが、ヒトの場合、ラクターゼの働きを減らせる遺伝子に変異が起こって、働きを持続させる、つまりラクトース耐性を持ち、牛乳が飲める遺伝子を持ったヒトが出現したと考えられています。その割合は、地域差はあるが、世界で35%くらいではないかと著者は推測しています。

 で、その変異がいつ頃起こったかと言う事ですが、これも著者の見解では、2200年から2万年前くらいではないか、ということですから、長い人類の歴史にとっては、ほんの一瞬、ということになります。

 なかなか興味深い研究成果ではないでしょうか。「進化」の問題は奥が深いですね。
 いかがでしたか?それでは次回をお楽しみに。