上から3番目の横棒を右に引くとその木戸は開く
生まれる前からあるその木戸の、かつての色は知らないが
何度も塗り直された様子の
今は落ちかけたペンキの風合いで朱色である
木戸の下の方は、数え切れない雨の日に跳ね返った泥が白く乾いて
まだら模様を呈しながら朱を半分隠している
その木戸を内側に開き向こう側に出ると、隣屋の玄関脇の敷地に出る
そこには井戸がある
深緑のペンキはほとんど剥げ、
黒い鉄の部分が錆びて何やらデコボコしながら剥き出ている
井戸の蛇口には、どこの家でもそうしているように
濾過用手ぬぐいがぶら下がっている
その手ぬぐいの濡れたところをチョンと指先で触れながら
指先に付いた僅かな水滴を、指を弾いて飛ばしながら
隣家の玄関横をすり抜けて外へ出る
土の匂いからアスファルトの反射へ意識が移行する
目を細めながら見上げる空は大抵夏の空である
我が家の塀づたいに歩く
塀ギリギリに顔を寄せて歩く
低空飛行したプロペラ機が機体を90度に傾けて
危うく地面に落ちる、そのほんの手前のスリルを味わいながら
手はだらしなく後ろに伸ばし、塀のざらざらした面を指先で触りながら
表側の道に出ると、もう一軒の小さな家の玄関脇に設けてある小さな植え込みの上にピョンと飛び乗り
なにかわからない低い木の枝に、股を引っかかれないように注意して歩く
中には僕を可愛がってくれるおじちゃんとおばちゃんが住んでるから安心している
そこから家の前の細く短い私道に移る
正面に我が家の玄関が見える
右側は優しいおじちゃんおばちゃんの家
左側はちょっと油断出来ない感じのおばちゃんが住んでる
僕はもちろん右側が好き
夏の夕方なんかには、相撲の音声が聞こえてくる
いつも線香のいい香りがする
我が家の引き戸の玄関を入ると、土間から玄関の間の高低差がやけにある
あれは...子供だったからそう感じたのだろうか...
そして古ぼけた足踏みオルガンが正面に置いてある
土間からは見えないオルガンの向かい側の壁には足踏みミシンがある
これらの物たちの上から、畳に絶対落ちないように伝って歩く
そこを通過する時、必ずそういう遊びをすることに決めている
それに飽きると右に廻り込み台所を覗き込む
暗く寒い台所だ
その端っこにコンクリート打ちっぱなしの水場がある
この地べたがぬるぬるしているから気持悪い
嫌いな場所に背を向け、家のまわりをぐるっと囲むような作りの狭い廊下を行く
途中、階段をタッタカタッタカタンと、
両手両足でリズムを取りながら途中まで上がってまた廊下へダイビングする
そのまま祖父母の部屋をチラッと覗いてまた庭に降りる
さっき出た時に開けたままの木戸は
ドロボウに気付かれること無く、夏の日差しの中、長閑に半開いている
枇杷の葉の間から、カラカラと溢れ落ちる光に目を細め
また朱の木戸をくぐるのだ
その木戸は、今も実家の庭にある
あるのだが
たまに庭に降り立ってみても
大人の僕の目にその木戸はもう見えない
生まれる前からあるその木戸の、かつての色は知らないが
何度も塗り直された様子の
今は落ちかけたペンキの風合いで朱色である
木戸の下の方は、数え切れない雨の日に跳ね返った泥が白く乾いて
まだら模様を呈しながら朱を半分隠している
その木戸を内側に開き向こう側に出ると、隣屋の玄関脇の敷地に出る
そこには井戸がある
深緑のペンキはほとんど剥げ、
黒い鉄の部分が錆びて何やらデコボコしながら剥き出ている
井戸の蛇口には、どこの家でもそうしているように
濾過用手ぬぐいがぶら下がっている
その手ぬぐいの濡れたところをチョンと指先で触れながら
指先に付いた僅かな水滴を、指を弾いて飛ばしながら
隣家の玄関横をすり抜けて外へ出る
土の匂いからアスファルトの反射へ意識が移行する
目を細めながら見上げる空は大抵夏の空である
我が家の塀づたいに歩く
塀ギリギリに顔を寄せて歩く
低空飛行したプロペラ機が機体を90度に傾けて
危うく地面に落ちる、そのほんの手前のスリルを味わいながら
手はだらしなく後ろに伸ばし、塀のざらざらした面を指先で触りながら
表側の道に出ると、もう一軒の小さな家の玄関脇に設けてある小さな植え込みの上にピョンと飛び乗り
なにかわからない低い木の枝に、股を引っかかれないように注意して歩く
中には僕を可愛がってくれるおじちゃんとおばちゃんが住んでるから安心している
そこから家の前の細く短い私道に移る
正面に我が家の玄関が見える
右側は優しいおじちゃんおばちゃんの家
左側はちょっと油断出来ない感じのおばちゃんが住んでる
僕はもちろん右側が好き
夏の夕方なんかには、相撲の音声が聞こえてくる
いつも線香のいい香りがする
我が家の引き戸の玄関を入ると、土間から玄関の間の高低差がやけにある
あれは...子供だったからそう感じたのだろうか...
そして古ぼけた足踏みオルガンが正面に置いてある
土間からは見えないオルガンの向かい側の壁には足踏みミシンがある
これらの物たちの上から、畳に絶対落ちないように伝って歩く
そこを通過する時、必ずそういう遊びをすることに決めている
それに飽きると右に廻り込み台所を覗き込む
暗く寒い台所だ
その端っこにコンクリート打ちっぱなしの水場がある
この地べたがぬるぬるしているから気持悪い
嫌いな場所に背を向け、家のまわりをぐるっと囲むような作りの狭い廊下を行く
途中、階段をタッタカタッタカタンと、
両手両足でリズムを取りながら途中まで上がってまた廊下へダイビングする
そのまま祖父母の部屋をチラッと覗いてまた庭に降りる
さっき出た時に開けたままの木戸は
ドロボウに気付かれること無く、夏の日差しの中、長閑に半開いている
枇杷の葉の間から、カラカラと溢れ落ちる光に目を細め
また朱の木戸をくぐるのだ
その木戸は、今も実家の庭にある
あるのだが
たまに庭に降り立ってみても
大人の僕の目にその木戸はもう見えない