築40年を越える古い団地の10階
その南側に面した台所
何年分かわからない風情の油汚れで黒くなった換気扇の羽が剥き出しになっている
僕がここに来た時から、何故なのか既に換気扇のカバーは無かった
10階は平地よりずいぶん吹く風が強いようで
風の強い日には、外壁に猛烈に突き当たった風が換気扇の隙間から台所の中へなだれ込むので
その圧力に押され、ブ~~~ンという音を立て、羽は猛スピードで逆回転する
風が穏やかな晴れた日なんかにも
外からの日差しをハタハタと羽で分断しながら
ゆっくり逆回転していることがある
8ヶ月半の息子はこの「羽の逆回転」に興味があるらしい
膝の上で離乳食を食べている息子が、急に身を乗り出し窓の方を覗き込む時
何かな?と振り返って見ると必ず羽はハタハタと逆回転している
音も無く、光を分断しながらゆっくり長閑に逆回転している
それを飽きる事も無くずっと眺めていたいらしい
息子がいつか一人り暮らしをし始る頃には
こんな古い換気扇が付いてる建物はほとんど無いだろう
この換気扇の記憶は
いずれ潜在意識の近くまで沈み込み
深い刷り込みとなって息子の中に残るのだ
そして「ノスタルジー」となって
枯渇に苦しむ時の彼にいくらかの潤いをくれる
元々は精神的な病として、その概念が確立されたというノスタルジー
サウダージと言った方が的確なのかもしれないが
僕にとってはずっと使って来たこの呼び名の方がしっくりくる
僕の膝から身を乗り出し
離乳食を食べさせづらい体勢で換気扇を見詰める息子の身体を引き戻すのを止めて
耳元で歌を歌った
彼の中に入り込み、いずれノスタルジーへと育ってゆくこの記憶が
少しでも明るい色彩を放つように願いながら