am4:30に目が覚めて
そこからずっとmosottoの練習
継続することをこだわり続けた私にとっての独奏は
過去から数十年の間に少しづつレパを増やし
亀のような速度ではあるがスキルも上がって行き
ここ最近では毎月1回ひばりカフェさんで
3時間以上ぶっ続けで弾くのを
もうかれこれ17回もやったので
さすがに自分の限界も観えたし
満点以上をの瞬間も何度も体験して
もうそろそろ卒業出来そうなのだ
自分が本能的に惹かれこだわるものというのは
人生においてその人に与えられた課題だと思うので
その中のメインの一つを卒業出来るということは
もういつ死んでも良い
ということとニアイコールなのである
とはいえ自ら命を断つような愚かなことは
微塵も思わないので
現実には
自然に寿命が尽きるまでは生きていることになる
生きているとしたら
この課題この領域に関しては
あとは余生
多変気が楽である
やってもよし
やらなくてもよし
やったことでの傲りも無く
やらないことでの後悔も無し
ただ
mosottoチャンネルでの大坪さん曲のメロを弾くのは
まだ7〜8割しか納得出来ていないのだ
猛練習しても
1日2日ではどうにもならない壁がある
それは
たった1音の中に込めなければならない想いの量が
まだ足りない
と
大坪さん曲が私に訴えて来るのだ
その訴えに応えるべく
大坪さん曲の中の或る1曲を1回弾くと
もうクタクタになる
それを騙し騙し数時間継続すると
遂には思考停止するまでにガス欠となる
シンプルでゆったりしたメロディなのに
1音の中に無限を詰め込もうとすれば
それは当然命を削るような行為になるのだろう
独奏もそうやって来て
やっと卒業間近にまで漕ぎ着けたのだから
mosotto曲も同じ道のりを行くしかない
am4:30
まだ空も暗い時に目が覚めて
そこからずっとmosottoの練習をして
クラクラした頭に今
明けたばかりの澄んだ空気は優しいのであった
今日はこれから長い1日が始まります
少し休んでまたmosottoの練習
午後には別仕事
夜には村田くんのRH
そんなこんなをしたためてるうちに
完全に夜が明け外が明るくなると
早速、雀食堂の開店
。。。
21時半
村田亮君とのRH終了
月日の経つのは早いもので
村田君とプロモーションで全国を周っていた頃から
音を合わせるのは彼曰く16年ぶりなんだそうですが
ほぼ全曲ファーストテイクを録音して
あっという間にRHは終了
プロモーションしてた頃は
もちろん本気で音に想いをぶつけてたから
そういうものは何十年経っても
自分の内部に在って風化しないのでしょうね
こういう例えも何ですが...
以前、高齢者施設に慰問演奏に頻繁に伺ってた時期があって
重度の認知の方ばかりの施設に伺った時のこと
ご挨拶しても話しかけても
何の反応もなさらなかった方が
童謡唱歌など演奏すると急に歌い出したりする
という現場に何度も遭遇しましたが
音楽で心が動いた記憶というのは
心の奥の方にきちんとしまわれていて
何かのスイッチさえ入ればいつでも表に出て来る
認知症などで現実の生活が困難になってるとしても
そのコントロール出来なくなっている領域の方が
浅い層に貯蔵された記憶なんだなと思うわけです
村田君との16年ぶりの音合わせが
16年の時の流れを全く全〜く感じなかったのは
音楽と人間の心の関係が
そういう仕組みになってるからだと確信しました
思いがけない発見とともにリハも順調に終わり
あとは本番までに
楽しみながら自分のプレイを煮詰めておきます