Rosa Guitarra

ギタリスト榊原長紀のブログです

白の景色 後記

2012-01-21 | 演奏記録



今回のセットリストです

(M1)ALWAYS 三丁目の夕日
(M2)冬メドレー
「おおさむ、こさむ」
「おしくらまんじゅう」
「たきび」
「雪」
「春よ来い」
(M3)からたちの花
(M4)椋鳥の夢/浜田広介(朗読と演奏)
(M5)天からの手紙(オリジナル)
(M6)Anniversary Song(Ralph Towner)
..........
リクエストコーナー
(M7)サヨナラをするために(ビリーバンバン)
(M8)いそしぎ~The Shadow Of Your Smile~
(M9)ロミオとジュリエットのテーマ
..........
(M10)積った雪/金子みすゞ(朗読と演奏)

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。



雪のチラつく足もとの悪い中、足をお運び頂き
本当にありがとうございました

心から感謝をしております


いつも申しますが
感謝は音に変換して
僕がギタリストである間ずっと
繰り返し繰り返しお返しさせていただきたいと思っています






今回のサブテーマは「白の景色」でした

冬の色彩、雪のイメージ、新しい年の始まりのイメージ


でも本当は
入り口はどこからでも構わないんです

夏でも冬でも
白でも黒でも
ギターでも朗読でも


テーマを決めるのは
入り口がわかりやすいように標識を立てているだけなんですね


そして入ってゆく世界はインナーギャラクシー
無限大∞までも広がる内的宇宙



カバーした作品から
それを産み落とした作家さんたちの命の声を聴き取り
それをお客様と共有する

そしてそれが内的宇宙を旅するエネルギー源となる



僕はただのナビゲーターで
トラベラーはお客様お一人お一人なんですよね



同じ方向に向かわなくて全然構わない

それぞれが好きな方に向かえば良い


ただ、淀みに滞らず
それぞれが惹かれる方向に向かうこと自体を
皆で共有していることが愉快なのだと感じます
そして愉快がまた命を活性化してくれる

群れから逸れることを恐れて迎合することもなく
群れの中に身を置ける
とでも言うか...

個を尊重しながら全を形成してゆくというような...


。。。。


ライブが終わるといつも
自分の技量の貧弱さに凹みます

でも今回は凹みながら愉快でもあります


だからこれで良いように感じています





2月のソロライブは、2/25(土)に決まりました
時間等はまだですが

2/25はウッドベースとのデュオの形でやります


独奏ではなかなか出来なかったパキッとした曲調のものもやっと出来ます

ずっと独奏でやってきたからかやけに楽しみで

2/25は何も喋らないでずっと演奏してるかも




tanosimi...



この先は
今回の本番の中で
僕が見ていた心象風景
感じていた観念のようなものを
書き残しておきたいと思います




。。。




夜の部では
1曲目の最初の1音を弾く前に
思い切って音を鳴らしてしまいました

ほんの少しでもそれが出来ると助けられます

何故なら
僕は自分の膝の上に乗せたギターを鳴らすのではなく
その空間を鳴らそうとしているからなのだと思います

控え室でいくらギターのウォーミングアップをしても
お客さんが入った状態の会場(という楽器)の響きは
本番でしか体験出来ない

なんの確認もせずにいきなり演奏に入ると
しばらくは会場の響きにばかり気をとられて
楽器を歌わせることまで気がいかない


無粋ではあるけれど、まず音を鳴らしてから1曲目に入ることで
演奏は、それをしなかった昼の部よりスムーズな滑り出しになりました


しかしそこをクリアーしても
すぐその先にはまた無限の選択肢が待ち受けているのです


独奏の場合、全てのチョイスは自分の自由だから
1音弾いてから、次の1音までの間に宇宙が存在するようなもの

それは、どこに次の音を置いても構わないからです


だから選択選択の連続でくたくたに疲れてしまう


どこに音を置いても良いはずなのに
迷って置いた音は不正解の音となり
無限の選択肢の中から迷わずに置かれた音だけが正解となる


迷いの無い選択は、意識を越えなければ得られない

恐れを捨て、無意識の領域に入り
エネルギーのナチュラルな流れのようなものに身をまかせないと
決して正解は得られない

そして恐れたらその先にすぐミスタッチが必ず待っている



普段、自由を求めて止まないのに
手に入れると自由はとても疲れます

自由過ぎて不自由を感じたりします


あれほど規則が嫌いだったというのに
自由過ぎると逆に規則の中で生きたくなります




誰かとアンサンブルを組む、ということは
音を置く位置の自由を手放すことになります

in tempoで演奏しなくても(ルバートであっても)
次の1音を置く位置は
相手との合意の間の先に置かねばならないことは暗黙の約束なので
その不自由さが嬉しかったりする

そしてその不自由さが選択肢を激減させてくれて
その分、迷わず無邪気に歌うことに専念出来る



人の価値観に絶対はなく
常に相対の中で変化する

プレイへの価値観もまた変化する




昨年9月からこのソロライブでずっと独りで奏でてきた
ということは
ずっと宇宙を漂流していたようなものだと思います

無限の選択肢の中で次の1音を置く
という1アクションは

暗黒の宇宙空間の中を小舟で漂流し
櫂(かい)で空間を一漕ぎするのと同じ

暗黒の空間には、相対的に比較するものがどこにも無いのだから
何漕ぎしても、いったいどれくらい進んだか解らないのです

もしかしたら
漕いでも漕いでも
同じ場所から1ミリも動いていないかもしれない...
という疑心暗鬼が息切れを起こさせる


5回目となる今回
実際だいぶ息切れしていた
だから他人の意見をしきりに聞きました

どっぷり浸かっていた主観の世界から
客観の世界に一度逃げ出してきたかった


家族やスタッフさんの意見を聞きながら
自分の呼吸を整えていきました

この年齢になって初めて
他人の意見を、心から素直に聞ける自分を発見し
ちょっと感動したりもしました

それでもやはり独奏で奏でるということは
次々に無限の選択の連続を迫られ続けるのだから

独りで表現するには
本当にパワー切れギリギリ手前で
今回のライブを終えることが出来たと思っているのです


僕と言う人間の独白

内観から産み落とされた世界

どこまでも主観の産物

自分では、ここまでを「ソロライブ:第1幕」としようと思います


この先は「第2幕」


ここまでとは違った角度から音楽をえぐり出してみたいと思います


僕が僕を内観し
消えてしまいそうなくらい脆いギリギリの部分を取り出して
音にして見せたのが、ここまでとしたら

第2幕では、相手の内部の奥深くに
音を纏った自分が沈み込んで行ってみたい


僕の内部の奥深くの触れたら壊れるくらいのピュアと
相手の内部の奥深くの触れたら壊れるほどのピュアを
壊れないように触れ合わせたい

慎重に慎重に
厚みのある誠実を伴いながら触れ合わせてみたい


そういう音を描きたい


これが第2幕の大テーマです













コメント
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