こんどは、「平治物語」です。
こっちのほうは「保元物語」より一般的に出回っている内容と
「新古典大系」との乖離は凄いものがあります。
義平の阿倍野清盛襲撃提案
一般的に知られている内容
義平が清盛が都に帰る前に襲撃しようと提案し、信頼に拒絶される。
しかも、信頼から任官が勧められるが義平はそれを一蹴する
「新古典大系」
襲撃の「噂」を清盛が聞くが、信頼方の軍議はない。
任官拒否どころか義平の任官の話すら出てこない。
源太が産衣&髭切の太刀
一般的に知られている内容
「源氏方勢ぞろえ」の中で
頼朝の装束の紹介のなかで「髭切の太刀」と共に「源太が産衣」を
嫡流の証とのことで彼が着用していることになっています。
「新古典大系」
頼朝の装束の紹介はまったくありませんし「源太が産衣」は
まったく登場しません。
「髭切」に関しては物語の終盤に「重代の太刀」という表現で二回だけ出てきます
頼朝が所有していましたが「嫡流の証」という表現はどこにもありません。
義朝軍の戦力
一般的に知られているもの
1000騎、2000騎という表現。
しかも「源氏方勢ぞろへ」というサブタイがある
「新古典大系」
義朝軍は「その数200騎にも及ばざるなり」
最終局面の六波羅襲撃のときは「20余騎」になっている。
上記で「源氏方勢ぞろへ」となっているサブタイは「信頼方勢ぞろえ」となっている。
(ちなみに信頼軍全部あわせると1000騎位になったようですが、うち光保の300騎はすぐ
清盛方に寝返ったようです)
義朝の娘のこと
一般的に知られている内容
江口遊女が産んだ娘を鎌田政家に殺害させてから義朝一行は都をはなれる
青墓に住む夜叉御前は頼朝が捕まったのを苦にして川に身投げして死亡
「新古典大系」
上記二人の娘は一切出てこない
後藤実基が育てている娘(頼朝同母妹)を義朝が「殺害指令」するが
その指令は実行されない。
義朝の美濃の愛人の名前
一般的に知られている内容
青墓に住む「延寿」でその娘に「夜叉御前」がいる
「新古典大系」
愛人の名前は青墓長者「大炊」 娘は登場しない。(娘がいる事実だけ紹介)
今様うたいの「延寿」は義朝の側近鎌田政家の愛人として登場する。
(ちなみに、「吾妻鏡」では鎌倉殿になった頼朝が上洛する際
頼朝は「大炊の娘」と面会したとの記載があります。たぶんこの娘でしょう)
平治物語では後半部分の諸本の差が激しいものがあります
とくに、「新古典大系」は一般的な話を知っている人からみれば
目が点になる部分が多いのですが、こちらのほうが元ネタに近いと言われ
後出本のほうが「創作部分」が大きいようです。
こっちのほうは「保元物語」より一般的に出回っている内容と
「新古典大系」との乖離は凄いものがあります。
義平の阿倍野清盛襲撃提案
一般的に知られている内容
義平が清盛が都に帰る前に襲撃しようと提案し、信頼に拒絶される。
しかも、信頼から任官が勧められるが義平はそれを一蹴する
「新古典大系」
襲撃の「噂」を清盛が聞くが、信頼方の軍議はない。
任官拒否どころか義平の任官の話すら出てこない。
源太が産衣&髭切の太刀
一般的に知られている内容
「源氏方勢ぞろえ」の中で
頼朝の装束の紹介のなかで「髭切の太刀」と共に「源太が産衣」を
嫡流の証とのことで彼が着用していることになっています。
「新古典大系」
頼朝の装束の紹介はまったくありませんし「源太が産衣」は
まったく登場しません。
「髭切」に関しては物語の終盤に「重代の太刀」という表現で二回だけ出てきます
頼朝が所有していましたが「嫡流の証」という表現はどこにもありません。
義朝軍の戦力
一般的に知られているもの
1000騎、2000騎という表現。
しかも「源氏方勢ぞろへ」というサブタイがある
「新古典大系」
義朝軍は「その数200騎にも及ばざるなり」
最終局面の六波羅襲撃のときは「20余騎」になっている。
上記で「源氏方勢ぞろへ」となっているサブタイは「信頼方勢ぞろえ」となっている。
(ちなみに信頼軍全部あわせると1000騎位になったようですが、うち光保の300騎はすぐ
清盛方に寝返ったようです)
義朝の娘のこと
一般的に知られている内容
江口遊女が産んだ娘を鎌田政家に殺害させてから義朝一行は都をはなれる
青墓に住む夜叉御前は頼朝が捕まったのを苦にして川に身投げして死亡
「新古典大系」
上記二人の娘は一切出てこない
後藤実基が育てている娘(頼朝同母妹)を義朝が「殺害指令」するが
その指令は実行されない。
義朝の美濃の愛人の名前
一般的に知られている内容
青墓に住む「延寿」でその娘に「夜叉御前」がいる
「新古典大系」
愛人の名前は青墓長者「大炊」 娘は登場しない。(娘がいる事実だけ紹介)
今様うたいの「延寿」は義朝の側近鎌田政家の愛人として登場する。
(ちなみに、「吾妻鏡」では鎌倉殿になった頼朝が上洛する際
頼朝は「大炊の娘」と面会したとの記載があります。たぶんこの娘でしょう)
平治物語では後半部分の諸本の差が激しいものがあります
とくに、「新古典大系」は一般的な話を知っている人からみれば
目が点になる部分が多いのですが、こちらのほうが元ネタに近いと言われ
後出本のほうが「創作部分」が大きいようです。
語る人は数字にはこだわらないんですね。また、それらのアイテム群がどこから出てきたかが、とても気になります。キリストの聖杯や聖槍みたいですね。
書く人の事情や思想もあるでしょうけど
「好きで読む人が多いものが残った」という点もあるのではないでしょうか?
などと思ったりします。
(視聴率とれるドラマが印象に残るようなものか)
それにしても、平治物語の後半部分
私が知っているだけでも本によって3パターン以上も違いがあるんですよね。
平家物語は長いし種類が物凄く多いのでそれぞれチェックするのは大変そうですが
いつかトライしてみたいような気がします。