時のうねりのはざまにて

歴史小説もどきを書いてみます。作品と解説の二部構成で行こうと思います。

蒲殿春秋(四百九十五)

2010-06-28 05:12:54 | 蒲殿春秋
このような状態は頼朝にとっては愉快ではないものの重要な問題ではなかった。
だが、一条忠頼との対決を前にして時政が伊豆に引きこもり甲斐源氏と誼を通じている状態は看過し難い問題となってきている。

まず、時政の舅である牧宗親を頼朝にひきつけねばならない。
駿河で無視しがたい勢力を有する宗親は一条忠頼を駿河から排除する際そしてその後の利用価値があるのである。

そしてもう一つ、これは頼朝の「後継者」の問題がからんでいる。
この年頼朝は三十八歳になっている。この時代ならば孫が何人かいてもおかしくない年である。この年になっても頼朝の息子は三歳の万寿しかいない。
この万寿が元服する頃には頼朝は五十歳に手が届く。

頼朝がこの先彼の家柄に釣り合うしかるべき家の娘を娶ってその娘に子を産ませるとした場合その子が成人する時の頼朝の年齢はもっと上になる。その成人の前に頼朝の寿命が尽きるかもしれない。
そしてそうなった場合、有力は母方を持つ嫡子と庶兄になってしまう万寿との間に深刻な内紛が起こるかもしれない。

この事を考えると母親の家柄が低く実力がなくても時政の娘政子が産んだ万寿を後継者にさせるのが最善の策に思える。
頼朝がしかるべき家柄から正室を迎えるのをあきらめればそれで済む話であるのだから。

その後継者たる万寿の外祖父が甲斐源氏と誼を通じていたとしたらどうなるであろうか。
今頼朝が甲斐源氏と対立してそれを屈服させる時外祖父時政が巻き込まれてしまうおそれがある。その外祖父の汚名が万寿を傷つける。
ただでさえ母親の出自が低さとその実家の実力の弱さが万寿の足かせとなると考えられている。
これ以上万寿の正統性を損なうことは許されない。
少なくとも時政が甲斐源氏に味方することだけは避けさせたいのである。我が子の為に。

そして頼朝にはこの時心強い味方が坂東に下っていた。
院の使いとして頼朝を訪れた平頼盛である。
時政の舅牧宗親は頼盛の母方の叔父であり頼盛の駿河の所領を管理している。
このような関係であるので宗親は頼盛には頭が上がらない。
この平頼盛は坂東下向以降宗親と頼朝の間の関係修復に尽力していくれていた。
そのせいかここのところ宗親も頼朝を許す気持ちに傾きつつある。

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