時のうねりのはざまにて

歴史小説もどきを書いてみます。作品と解説の二部構成で行こうと思います。

蒲殿春秋(二百八十五)

2008-07-25 06:11:44 | 蒲殿春秋
一通り議論が出尽くした後で、郎党たちの間に主の裁断を望む空気が溢れてきた。
「若殿のご判断は?」
と促されて朝政は初めて口を開いた。
「まずは、志田殿には与力すると返事をする。」
この発言に一同は一瞬ざわめいた。
「そうして志田殿を油断させた隙に、じいの秘策を実行する。
じい、皆に説明せい。」
朝政に指名された老武者は、人々の輪を縮めさせて『秘策』について話はじめた。

その『秘策』を聞いた人々はその効果に疑義を示した。
なるほど、その奇策を用いれば一旦は敵をかく乱することができる。
しかしそれは多数の敵を少数で迎え撃つ際に一時の勝利を得ることができても
やがては数を誇る敵に飲み込まれてしまう策である。
勝敗の行方を大きく左右するのはやはり兵の多寡なのである。

「そなたたちの申すとおり確かにじいの策は僅かな時間稼ぎにすぎぬ。
だが我等が勝利するために時を稼ぐのじゃ。これを見よ。」
朝政は鎌倉にいる母八田局から送られた書状を示した。
そこには鎌倉殿源頼朝の下工作により、武蔵国検校職を有する河越重頼やその他武蔵有力豪族が小山援軍を送る準備をしているとしたためられていた。
しかも、その援軍を指揮するのが鎌倉殿の弟蒲冠者源範頼なのである。
範頼はすでに妻の所領吉見に向かっているとも書かれている。

「おお!」
一同は武蔵からの援軍の期待にどっと沸いた。
鎌倉殿の弟が下野からさほど離れていない吉見に入るという事実が
武蔵豪族の援軍という情報に真実味を帯びさせる。

「それに、鎌倉殿の調略の見事さは武蔵だけにはとどまらぬ。
坂東には、志田や大掾などに取って代わろうと常陸を虎視眈々狙っているものもいる。」
朝政は一同を見回して宣言した。
「とにかく長年の宿敵である足利をこの機会に一気に追い落とす。
皆々良いな!」

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