時のうねりのはざまにて

歴史小説もどきを書いてみます。作品と解説の二部構成で行こうと思います。

蒲殿春秋(二百八十六)

2008-07-27 06:43:43 | 蒲殿春秋
源頼朝は何通かの書状に目を通していた。
一通は『秘策』が記された小山朝政からの書状、もう一通は下総の住人下河辺行平から志田の動向を知らせる書状、
さらに、一族の中で優位に立とうとしている足利忠綱に対して強烈な反感を抱いている忠綱の同族佐野基綱からの書状。
彼らは、志田が蜂起した場合必ず志田に反旗を翻す、ということを表明している。

そしてもう二通の書状が頼朝の手元にある。
一つはかつて独立した武家棟梁として上野にあり、その娘である義平未亡人を擁して頼朝の南坂東の優位を脅かした新田義重からの書状、
そして、その義重からの書状に添えられた一通の書状。
義重のもう一人の娘婿であるその男からの書状をみて頼朝は大きく頷いた。

━━ あの男とそろそろ本気で向かい合わなくてはならないな。

頼朝は、北陸に大きく勢力を延ばし、北坂東にも無視しがたい影響力を及ぼしている一人の男のことを思い起こした。

━━ それにしても、新田や平賀はよほどあの男が目障りなのだな。

独立した武家棟梁としての地位を捨てて頼朝に臣従を誓い、その協力を得てまで
あの男と対抗しようとしているほどなのだから・・・
そして、未だに頼朝とは同格として存するつもりらしい甲斐の者━━
手に入れかけた南信濃の権限をその男に奪われつつある甲斐源氏にとってもあの男は敵にあたるらしい。

この機会に、その男に一撃を与えてやろう。
頼朝はそのように決心した。



頼朝は何通かの書状を密かに発した。
小山朝政の秘策が活きた場合、この書状の記す内容は大きな意味を持つはずである。
頼朝の書状は身をやつした雑色の手によって運ばれた。
同じ日、大きな荷を担いだ雑色が鎌倉を出た。

その雑色は真っ直ぐに武蔵国吉見荘へと向かった。
雑色は吉見荘にいる範頼に面会すると人払いを願った。
荷の中身は軍を率いる将にふさわしい見事な造りをした甲冑一領だった。
その雑色は甲冑を託すと共に、範頼に頼朝の言葉を伝えた。

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