その夜、泊まって行けばいいという能保の言葉に範頼は甘えることにした。
姪たちは大柄な叔父のどこが気に入ったのか
「おじちゃま、遊んで、遊んで」と何度もせがんだ。
やがて、遊びつかれた姪たちは乳母たちの膝の上にいつの間にか
寝入っていた。
7歳の子の寝顔がどことなしか亡き父の寝顔に似ているような気がした。
乳母たちが子供達を部屋に連れて行き
侍女たちが散らかりきった部屋を片付ける。
その様子を見ていた姉は
「あら、この鞠は」
とある鞠に目をやった。
それは、上野に旅立つ範頼の餞別に姉が持たしてくれたものだった。
今日その鞠を使って範頼は姪たちと思いっきり遊んだ。
「東国はどうでしたか?」
と姉は聞く。
上野 ではなく 東国 という言葉が範頼の中にある意味を持って響いてきた。
「とても、広大な平野が広がっています。
馬を飼う者あり、田を開くものあり、絹をつくるものあり
都とはちがう雄大さがあります。」
それから範頼は姉の顔を覗き込んだ
「父上もご幼少の頃は、その坂東を駆け巡ったのかと思えば
なにかしら格別なものを感じました。されど、坂東は広いのです
私がいた上野と父上が昔すごされた、上総や相模とは趣が違うのです。」
上総や相模は南で海に近く比較的気候が温暖である。
しかも、その当時はまだ湿地沼地や入り江が多く基本的な移動手段は船の
「海の地」である。
一方上野は坂東の北方に位置し、夏は暑く冬は寒い。
上野国のなかでも山岳と山すそではかなり違う。
坂東の北のほうは山に囲まれた「陸の地」であった。
そのような話を姉にしたのだが心なしか姉の顔に興味の色がない。
上総や相模、父が国守を勤めたことがある下野の事は一生懸命聞いてくれたのだが
上野の話はあまり面白いと思っていないようだ。
━━やはり一番聞きたいのはあのことかな?
範頼は周囲を見回して人が誰もいないのを確認した。
ここまで人払いしているということはやはり━━
「三郎兄上はお元気に過ごされています。伊豆で静かな生活を送られています」
そういったとき時の姉の顔をみてやはり一番聞きたかったのはこのことなのだ
と範頼は悟った。
夜がかなり更けるまで範頼は伊豆での出来事を話した。
その様子を一言も聞き漏らすまいと姉は喰い付く様に聞き入っていた。
翌日範頼が能保の家を出るに当たって姉に安産を望む言葉を言った。
その時こう付け加えた。
「姫も可愛いですがこのたびはおのこも一人授かりたいものではないですか?」
その時姉は悲しそうな笑顔でこう答えた。
「私、男の子は産みたくない。殿は男の子をのぞんでおられるけれど・・・」
その時の範頼は姉の心の奥底に刻まれた深い傷を知る由もなかった。
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姪たちは大柄な叔父のどこが気に入ったのか
「おじちゃま、遊んで、遊んで」と何度もせがんだ。
やがて、遊びつかれた姪たちは乳母たちの膝の上にいつの間にか
寝入っていた。
7歳の子の寝顔がどことなしか亡き父の寝顔に似ているような気がした。
乳母たちが子供達を部屋に連れて行き
侍女たちが散らかりきった部屋を片付ける。
その様子を見ていた姉は
「あら、この鞠は」
とある鞠に目をやった。
それは、上野に旅立つ範頼の餞別に姉が持たしてくれたものだった。
今日その鞠を使って範頼は姪たちと思いっきり遊んだ。
「東国はどうでしたか?」
と姉は聞く。
上野 ではなく 東国 という言葉が範頼の中にある意味を持って響いてきた。
「とても、広大な平野が広がっています。
馬を飼う者あり、田を開くものあり、絹をつくるものあり
都とはちがう雄大さがあります。」
それから範頼は姉の顔を覗き込んだ
「父上もご幼少の頃は、その坂東を駆け巡ったのかと思えば
なにかしら格別なものを感じました。されど、坂東は広いのです
私がいた上野と父上が昔すごされた、上総や相模とは趣が違うのです。」
上総や相模は南で海に近く比較的気候が温暖である。
しかも、その当時はまだ湿地沼地や入り江が多く基本的な移動手段は船の
「海の地」である。
一方上野は坂東の北方に位置し、夏は暑く冬は寒い。
上野国のなかでも山岳と山すそではかなり違う。
坂東の北のほうは山に囲まれた「陸の地」であった。
そのような話を姉にしたのだが心なしか姉の顔に興味の色がない。
上総や相模、父が国守を勤めたことがある下野の事は一生懸命聞いてくれたのだが
上野の話はあまり面白いと思っていないようだ。
━━やはり一番聞きたいのはあのことかな?
範頼は周囲を見回して人が誰もいないのを確認した。
ここまで人払いしているということはやはり━━
「三郎兄上はお元気に過ごされています。伊豆で静かな生活を送られています」
そういったとき時の姉の顔をみてやはり一番聞きたかったのはこのことなのだ
と範頼は悟った。
夜がかなり更けるまで範頼は伊豆での出来事を話した。
その様子を一言も聞き漏らすまいと姉は喰い付く様に聞き入っていた。
翌日範頼が能保の家を出るに当たって姉に安産を望む言葉を言った。
その時こう付け加えた。
「姫も可愛いですがこのたびはおのこも一人授かりたいものではないですか?」
その時姉は悲しそうな笑顔でこう答えた。
「私、男の子は産みたくない。殿は男の子をのぞんでおられるけれど・・・」
その時の範頼は姉の心の奥底に刻まれた深い傷を知る由もなかった。
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