時のうねりのはざまにて

歴史小説もどきを書いてみます。作品と解説の二部構成で行こうと思います。

蒲殿春秋(二十三)

2006-05-25 23:22:10 | 蒲殿春秋
都に戻って落ち着いてすぐに範頼が向かった場所、
そこは姉の住む一条能保邸だった。
都を上にのぼり一条大路に面したところに能保の家はある。

能保は「二代の后」となった太皇太后多子に仕えているが
少年の頃任じられた丹波守になった後は
国守にもなることはなくうだつの上がらない
官僚人生を送っていた。
彼も幼少期に父を失っていた。
そんな能保であるが父から相続した屋敷は広大であった。

範頼を出迎えた姉は昔どおり優しい笑顔で出迎えてくれた。
姉の後ろには小さな影が二つ
7歳と4歳の娘がぴったりとくっついていた。
姉は既に二児の母となっていた。来年には三人目も生まれるという。
━━私は叔父さんになった。
範頼はとても不思議な気持ちがした。

久しぶりに会った姉は表情がすっかり柔らかくなっていた。
けれども、笑うと目のまわりに小じわが目立つようになっていて
会うことのった八年の歳月を感じさせられた。
姉に連れられて範頼は別棟の小さな持仏堂へ案内された。
公にできないがここに父を祀っているという。
姉がその母の実家に居候しているとき遠慮してできなかった
父の祭祀がやっと出きるようになったらしい。

暫くして屋敷があわただしくなった。
太皇太后の御所から能保が帰ってきたらしい。
姉は三人目の子供をお腹に宿した身でいそいそと出迎えの準備をする。
その姉には二人の娘がまとわりついている。
やがて、この家の主が戻ってきた。
そして、家にある種の落ち着きが現れた。

中肉中背のごくありふれた一般的な宮廷貴族。
特にずば抜けたところもない代わりにまわりに敵を作らない
そんな印象しか与えられない能保であるが
姉にとっては大切な大切な夫である。
姉の表情の柔らかさやこの家の落ち着きはこの男の力に他ならない。
この男に守られて姉は幸せなのだ。

前へ  次へ