時のうねりのはざまにて

歴史小説もどきを書いてみます。作品と解説の二部構成で行こうと思います。

蒲殿春秋(十九)

2006-05-06 09:11:28 | 蒲殿春秋
さて、上野での日々を忙しく過ごしていた範頼であるが
数日前彼に喜びの報が都からもたらされていた。

都に一人残されていた姉が結婚して懐妊、つい先日着帯の儀を済ませたとのこと。
姉の結婚相手は、上西門院の乳母の孫の
(院近臣の故藤原通基の息子)一条能保という公家だった。姉より二歳年下である。
姉の婚約は父の生存中に定められていた。
しかし、婚約の直後姉の母が急死。その喪の間は慶事を行うことが出来ず、結婚は延期。
さらに喪もあけぬうちに平治の乱が勃発し、父は謀反人として敗死。
結婚の話はいつの間にか立ち消えていた。

それでも、能保は他に妻を娶ることもなく期が熟するのを待っていた。
そして、ついにこの年の初めに姉との結婚を果たした。
姉はすでに二十三歳、婚期を完全に逃す一歩手前だった。

都にいたときの姉の時折見せる寂しそうな顔は見ていても切なかった。
その姉の心は夫と生まれてくる子供に大きく癒されるだろう。
それは大きな範頼にとっても嬉しいことであった。
けれども一抹の寂しさも感じていた。
姉の心の中を大きく占めるのはこの先はずっと夫と子供になるだろう。
そして、それは大きく広がって行くに違いない。
その一方で、自分は姉の心の隅の方に追いやられるのだろう。
姉の心の支えとしての自分が小さくなるのは寂しかった。

それでも、姉の幸せを喜びたかった。
初めて自分を「叔父」という立場に立たせてくれる
小さな可愛い顔も見たいと思った。

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