星を見ていた。

思っていることを、言葉にするのはむずかしい・・・。
良かったら読んでいってください。

夕凪(1)

2006-10-21 20:11:28 | 夕凪
 「おつかれさまでした。」
仕事の交代時間になると、店の緑色のエプロンを急いで外し、ロッカーにあるカバンをつかんだ。今日こそは、駅までの途中にあるドラッグストアに寄ってから、帰るつもりだった。店を出て足早に歩く。バス通りをそのまま真っ直ぐに歩くと、10軒ほど先にドラッグストアがあった。いつもよく利用するので、大体何がどこにあるかは分かっている。けれども、今日探そうとしているものは、普段買うようなものではないので、どこにあるのか分からなかった。薬屋としては広い店内をうろつきながら、どの辺にあるのだろうと検討をつける。生理用品の棚か、なければ体温計のある棚か。探していたものは体温計の方の棚にあった。じっとその棚の前に立って、どれを買ったらいいのか箱を手にとってみる。パッケージの説明文を読みながら、ふと、この店で誰かにばったり会ったりしたら嫌だなと思った。アルバイトしているコンビニから、ここはすぐ近い。パートのおばさんたちも近所に住んでいるようだし、それによくコンビニに来る客に、会うかもしれなかった。
 まだ生理の予定日ではなかった。だが、いったん頭に浮かんできた不安は、打ち消すことができなくて、もう半分決定されたことのように、思いこんでいた。この前の日曜日に俊と会った直後、その考えがすぐ思い浮かんだ。あの日の私は、色々なことに疲れていて、ぼんやりとしていた。今まで一度だって失敗したことがなかったのに、うっかりしてしまった。ことが終わったとき、今日は安全な日なのかどうかと咄嗟に考えた。かといって、毎日基礎体温を測っているわけでもなく、そんな目安はあてにはならないと充分わかっていた。おそらく最も危険と思われる期間ではないようだったが、そういった女の体の周期を書いたものを読むと、まったく安全という日は、ないのも一緒なのだった。可能性は、いつだってあるのだ。
 数種類ある判定薬の、何箱かのパッケージをざっと読む。どれも同じだ。そのうちのひと箱を隠すようにレジまで持って行った。誰にも知っている人に会わないようにと願っていたが、誰にも会わなかった。レジで商品を受け取る間、ああ、このレジ係は私をどう思っているのだろうと思った。そういうことになって困っている女と思うか、それとも子供が欲しくて仕方の無い既婚者で、これをどきどきしながら買っていると、思っているかもしれない。私はなるべく店員と顔を合わせないように俯き加減に、お釣りを受け取った。

 この数日間、私の頭の中は、もし妊娠をしていたら、という考えで一杯だった。私は子供が好きではない。結婚さえしていない。友達の中にはできちゃった結婚している子もいるにはいたが、彼女は子供が好きだし、何より相手に心底惚れていたのだから、躊躇なくこれ幸いと結婚に踏み切った。そういう例は、私にとってまったく参考にならない。俊と結婚し、家庭を築き、子供を育てていく。それは容易に想像できることではあったが、私は自分が家庭を持つということに対して、まったく自信がないのだった。幸せ一杯の、平凡な家庭、というものが、自分からは遠く離れた、関係のない、非現実的なことでしかないと思っていた。私は、もしかしたらいい奥さんには、なれるかもしれない。けれども私はいい母親にはなれないと思っているし、自分の子供を幸せにしてやるという自信も、まったく無かった。結婚はしても、子供を作らなくていいという男がいたら、結婚してもいいかもしれないとは思う。私は、私を愛してくれる人がいたら、それで充分だ。子供なんていらない。けれど、そんなむしのいい人が、この世にいるのだろうかといつも思った。付き合って半年になる俊は、とてもいい人だ。いい人、という表現が、ぴったりとくる、そんな人だ。私は彼といると、もしかしたら私にも普通の結婚ができるかもしれない、という気さえする。けれども、彼は、私にはあまりにも眩しすぎて、あまりにも普通の人に思えて、そのことが却って私の心に暗雲を発生させる。そんな漠然とした不安から、きっといつか別れなくてはならない人だと、思っている。彼だけと一緒にいるのはいいけれども、彼との間に子供ができたら、と思うと、私はまったく自信がない。彼が私より、もしかしたら子供の方を愛してしまうかもしれないということも、私にとって耐えられないことのようにも思えた。

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2 コメント

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読み始めて正解 (だっくす史人)
2007-11-29 16:38:31
こんにちは。
せっかく完結している作品があるのに読まない手はないと思っておりました。今日やっと読み始めました。
一日一話ずつ読んでみるつもりです。もちろん面白いと思ったからです。
以前にも書いたかもしれませんが、女性の心理を的確に表現するその手腕に脱帽です。
この主人公は私の最も身近な女性(今ではおばさん)によく似ています。(だから私には子供がいません)
男の気楽さは時には罪ですね。妊娠は喜びとばかりは限りませんから。女性には辛いことが多すぎますね。
反省。
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ありがとうございます (sa0104b)
2007-11-29 21:55:04
だっくすさん、こんばんは。
以前のものまで読んでいただけるとは本当に感謝です。
このお話は特に、女性にしか分からない心理かと思います。妊娠をしたかもしれないけれどはっきりしたことが分からない数日間の心の葛藤を描いています。
男性の方の、率直な感想を伺えたら幸いです。
これからもよろしくお願いします。
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