日本経済新聞・ビジネスリーダー 10/23
110円目前で見事に売り ミセス・ワタナベの手練の裏 編集委員 清水功哉
清水功哉(しみず・いさや) 1988年日本経済新聞社入社。東京やロンドンで金融政策、為替・金融市場、資産運用などについて取材。著書に「日銀はこうして金融政策を決めている」「記者が見た黒田革命の真実」。証券アナリスト(CMA)、ファイナンシャル・プランナー(CFP)の資格も持つ。
ミセス・ワタナベもずいぶん変わったものだ。そう言わずにはいられない調査結果が先週出た。ミセス・ワタナベとは外国為替証拠金取引(FX)を手掛ける個人投資家の通称。一般の主婦も多いためそう呼ばれ、20~30代の比較的若い世代が中心とされてきたのだが、今では40代以上が主流というのだ。投資のベテランが増えるにつれて取引手法も巧妙になっている。最近の円安局面では、従来にはなかったようなジャストタイミングのドル売りで利益を確保したという。その手練のワザを詳しく見てみよう。
FX投資家をミセス・ワタナベと名付けたのは、海外の人々だとされる。欧米の市場関係者が日本のFX利用者に注目するのは、その影響力が大きいためだ。今や東京外国為替市場で金融機関が行う為替取引の総額のうち、約23%は個人のFXから派生したものとされる(大西知生・ドイツ証券外国為替営業部長の推計値に基づく計算)。
筆者がFXの取材を本格的に始めたのは2000年代半ばだ。登録制導入によって悪質業者の淘汰が進み、主婦など間での普及に弾みが付き始めたころだったが、利用者の主流は新しもの好きの20代~30代の人々。当時40代以上の人々がドルなどを買うときには、高い手数料を払って銀行の外貨預金を利用するのが普通だったのである。
■40代以上が68%占める
ところが、今や年齢が比較的高い人々がFXを手掛けるようになっていることがわかってきた。有力業者、外為どっとコムの顧客向けアンケート調査を基にした「外為白書」を読めばそれがわかる。同白書はFX投資家の素顔や動向を知るための各種調査結果をまとめたもので、4年前から毎年出ている。先週公表された「13~14年版」によれば、回答者の年齢で最も多かったのは40代(34.4%)で、40代以上が全体の68.1%に達した。第1回の白書(09~10年版)では最多が30代の39.2%で40代以上は49.7%にとどまっていた(グラフ参照)。4年間の変化は大きい。
110円目前で見事に売り ミセス・ワタナベの手練の裏 編集委員 清水功哉
年齢が高くなれば取引がうまくなるという単純は話ではないだろう。ただ、様々な投資を経験してきたであろうベテランのFX利用者が増えれば、テクニックが巧みになる可能性はある。その点を印象付けたのが、最近の円安局面での極めて上手な立ち回り方だ。
■「過去にほとんど記憶にない」現象が発生
1ドル=102円程度で推移していた円の対ドル相場は8月下旬以降、急速に下落した。米経済復調を背景にドル金利の先高観が広がりドル買い・円売りに勢いが付いたのだ。そして9月下旬から10月初めにかけて、ついに109~110円台を付けるに至った。「過去にはあまり記憶にない」(外為どっとコム総合研究所の神田卓也調査部長)という現象が起きたのはそのときだ。
一般的にFX利用者のポジション(持ち高)は、ドルなど外貨の買いが売りを上回っている。それがドル安局面であればいい。安い時にうまくドルを買っていることを意味するからだ。問題は「その後ドルが上がりピークを付けた局面でも買いの持ち高の方が多いままになっている」(神田氏)点である。
例えば13年5月下旬、ドルが103円台と当時のピークを付けた時点でも、外為どっとコムの顧客のドル買いポジションは売りポジションの倍以上あった。ドル高時にうまく売って利益を得るという芸当ができていなかったわけだ。ところが、今年9月26日にはドル売り・円買いがドル買い・円売りとほぼ同水準に増えたのだ。同日の海外市場でドルは109円台半ばに上昇していた。つまりドルのピークに近い水準で上手に売り抜けた投資家が従来よりかなり多かったことを示す。有力業者のデータなので、他の業者でも似た状態になっていた可能性が高いとみられる。
このように取引テクニックが巧妙になってくれば、ミセス・ワタナベの動きに対する注目度が一段と高まる。相場のリード役としての存在感も大きくなるだろう。
ちなみに、足元の外為どっとコムの顧客ポジションでは、ドル買いがドル売りの3倍程度に膨らんでいる。ドルがいったん105~107円程度に下落したことを受けて、改めて買いを増やしたわけだ。ミセス・ワタナベが次に利益確保の売りに動くのはいつか。世界の為替市場参加者が注視しそうだ。
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