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交通事故などで頭を打って脳に損傷を負った後、感情がコントロールできなくなるケースは少なくない。特に、「強い怒り」に対しては、これまで世界的にも手の打ちようがないとされていた。しかし、東京歯科大学准教授で精神科医の宗未来医師が開発したアンガーマネジメントが、脳損傷後の激しい怒りの制御に奏功した。この研究結果が9月に開催された日本精神神経学会学術総会で発表され、注目を集めている。

「交通事故などで深刻な外傷性脳損傷を受けた方の3割に激しい怒りが生じ、10年以上経ってもその問題が解消されないケースは少なくないのです」(宗医師=以下同)

バスが時刻通りに来ないからとバス停の標柱を蹴り倒し警察へ通報された。家族の態度が気に入らないと壁を蹴り穴を開けた。店員のささいな一言に激怒し暴言を吐いた……。すべて実例だ。

「そのような脳損傷患者は、一見普通の人と変わらないのに、怒りが爆発しやすい、頻繁にイラつく、いつまでも恨みが消えないと訴え苦しみ続けます。これは外傷だけでなく、脳卒中や脳外科手術の後などにも生じます。結果、対人関係が悪化し、離婚を切り出されたり、職場にいられなくなって患者さんは孤立に追い込まれがちです。脳損傷後の怒りには、従来のアンガーマネジメントでは歯が立たず、薬物療法の効果も限定的で副作用も出やすいのです」

■1回30分、全8回のプログラム

脳損傷後の怒りは脳の器質異常のために起こると医学書にも載るほどで、根治は半ばあきらめられていた。しかし宗医師らは自らの治療経験を通じ、脳損傷後の高次脳機能障害でも心理的アプローチで怒りのコントロールは可能と確信。独自の認知行動療法プログラム開発に至った。

プログラムは週1回30分のセッションを全8回で構成されている。治療の前半は、患者自身がどういうプロセスで怒りが生じたかを、時系列に見える化して分析する「感情すごろく」を練習する。これを繰り返すことで、怒りの構図を客観視することが可能になる。

「怒りを含め激しい感情の大半は、実は二次的に発生したフェイク感情です。その奥底には、感じるのに苦痛を伴うリアルな感情が存在します。たとえば交通事故で障害を負い、今まで通りの人生を送れなくなり、それを周りに理解してもらえない悲しみや不安の気持ち、これが一次感情です。でも、これがあまりにつらいと、人は怒りなどのフェイク感情に目をそらし逃げがちです。そこで治療後半では、怒りの背後に潜在する一次感情を直視する練習を行います。それができると、役割を失った怒りはもはや無意味となり、意識にのぼらなくなります」

40代の男性は、20代の交通事故後から怒りが制御できなくなり、一度キレると頭が真っ白になるほど我を失っていた。

当初は、感情すごろくでも「ワケが分からない」と混乱していたが、練習を重ねる中で「いつもなら激怒する場面で悲しい気持ちを感じられた」「深い感情に気づくことで、不安やエンドレスに繰り返していた自責的な苦悩も減った」と変化し、やがて怒りを感じることがなくなった。

「この方法は、従来のアンガーマネジメントのような生じた怒りを抑える対症療法ではなく、怒りそのものを生じなくさせる根治療法です。つまり、怒りは脳の損傷が直接原因ではなく、脳損傷を抱えて追い詰められたことにより生じた不健全だが正常な心理反応にもかかわらず、それを『脳の器質異常が原因だから治らない』と患者さんは信じこまされてきた可能性すらあるのです」

現在、宗医師らは並行して在籍する慶応義塾大学、および脳画像研究では国内最高峰とされる放射線医学総合研究所との共同研究を通じて、効果検証や病態解明を進めており、プログラムへの参加希望者を募集している。関心のある方は、東京歯科大学市川総合病院精神科の宗医師に連絡を(通院中の場合、主治医の許可と紹介状が必要)。