新型コロナウイルスによる肺炎は、これまでと何が違うのか? <time datetime="2020-03-03T00:00:00+09:00">2020/3/3</time> 伊藤和弘=ライター
新型コロナウイルスによる感染症は拡大の一途をたどっている。このウイルスに感染すると、風邪のような症状だけで済むこともあれば、肺炎を発症し、命を落とすこともある。不安は募るばかりだが、こうした状況で一番大切なのは、この感染症を正しく理解し、正しく恐れること。特に「肺炎」については、誰もがその名前を知っているが、実態を理解している人は少ない。そもそも肺炎はどのような病気か、なぜ肺炎で亡くなる人が多いのか。新型コロナウイルスによる肺炎は、これまでとは何が違うのか。肺炎を避け、予防するにはどうすればいいのか。池袋大谷クリニック院長の大谷義夫さんに解説していただく。
「肺炎」がどんな病気か理解している人は意外と少ない
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が拡大し、収束の糸口が見えない。折しも今は、風邪やインフルエンザだけでなく、スギ花粉症の流行時期にもあたる。咳や鼻水、発熱などの症状が出たとき、「新型コロナでは?」と不安に感じる人も多いだろう。
安倍晋三首相は、大規模なイベントを2週間自粛するように呼びかけたことに続き、3月2日から春休みまで全国の小中高校と特別支援学校を臨時休校にする、という異例の要請を表明した。まさに前代未聞の事態を迎えている。
パニックを起こさず冷静に行動するためには、この感染症について正しく理解することが大切だ。新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は未知の病原体であり、まだまだ分からないことが多い。だからこそ、誰もが不安を抱えている。
私たちがまず知っておくべきは、「肺炎」という病気についてだ。新型コロナウイルス感染症において人の命が奪われるのは「肺炎」が原因。まず肺炎について正しく理解すること、それが新型コロナウイルスを「正しく恐れる」第一歩となる。
しかし、肺炎は誰もが名前を知っている病気だが、正しく理解している人は必ずしも多くはないだろう。具体的にどのような病気で、どんな症状が出るのか、風邪やインフルエンザとは何が違うのか、どう検査を進めるのか――。即答できないことは少なくない。そこで今回の特集では、肺炎を含めた呼吸器疾患のエキスパートとして知られる池袋大谷クリニック院長の大谷義夫さんに解説していただこう。
ウイルスによる炎症が上気道だけでとどまれば軽症だが…
そもそも肺炎とは、その名の通り「肺に炎症が起こった」状態だ。多くは感染症で、気道から侵入した細菌やウイルスなどの病原体が肺の中で炎症を引き起こす。なお、感染が原因ではないアレルギー性の過敏性肺炎もある。
それに対し、風邪は、炎症が起きる場所が違う。別名「上気道炎」というように、気道のうち、食べ物も通る上側「上気道」(喉頭から上)で炎症が起きている。これより奥の、空気しか通らない下部が「下気道」(気管から肺まで)であり、体のさまざまな防御システムがあるため、健康な人なら細菌やウイルスの侵入は許さない。
なぜ高齢者や持病のある人は重症化しやすいのか?
つまり、普通の風邪の場合、ウイルスが侵入したとしても上気道止まりとなる。だから、たいていの場合、のどや鼻などの炎症で終わるわけだ。では、新型コロナウイルスはどうなのだろうか。
「新型コロナウイルスに感染すると、まず風邪のような症状が1週間ほど続きます(*1)。多くの人はそれで回復しますが、中には重い肺炎の症状が出る人もいます。つまり、上気道にとどまらず下気道にもウイルスの侵入を許したというわけです」(大谷さん)
ここで理解してもらいたいのは、新型コロナウイルスに感染したとしても誰もが肺炎になるわけではなく、軽症で済むことが多いということ。体の防御システムが機能して、下気道への侵入を阻むことができれば、軽症で収まることも多い。これは中国における患者データの分析の結果からも見えている。
中国の4万4672人の感染者のデータを分析した結果、新型コロナウイルスの感染が確定した患者の81%は軽症(肺炎ではない患者、または軽症肺炎の患者)で、重症は14%、重篤は5%となっている。
また、致命率(患者数に対する死亡者数の割合)は2.3%、死亡者の多くが60歳以上か、心血管疾患や糖尿病など持病のある患者だった(参考記事「中国の新型コロナ患者の8割は軽症、死亡者の多くが高齢者または持病あり」)。
「軽症で済むかどうかの分かれ道は、ひとえに、体の防御システムが機能するかどうかにかかっています。高齢者や基礎疾患のある方は、免疫力が低下していて、防御システムがうまく働かず、重症化しやすいのです」(大谷さん)
ここで、年齢と免疫力、そして病気の頻度の関係を示したグラフを紹介しよう(下図)。これを見ると、加齢とともに免疫力が落ちていくのに伴い、病気にかかるリスクが着実に高まっていることが一目瞭然だ。もちろん個人差はあるが、一般に免疫力は思春期でピークを迎え、40代で半分に、70代で10%に落ちてしまう。当然、加齢とともに、肺炎にかかるリスクは着実に上がっていく。
また、咳によって異物を吐き出すのも防御システムの1つだが、これも加齢とともに衰える。ウイルスや細菌がのどの奥まで侵入すると、気道の表面にあるセンサーが異物を察知して脳に伝え、脳は、即座にのどに対して、異物を吐き出すように指示する。これが咳だ。
このほか、気道には細かい毛(線毛)がビッシリと張り巡らされており、これも異物の侵入を防ぐ。線毛の毛先は粘液で覆われており、口の方向になびくように動いているため、異物をキャッチして、ベルトコンベヤーのように口へと運んでいくのだ。この絡めとられた異物は、咳をすることで痰として吐き出される。
「このような防御システムがあるため、通常、病原体は上気道で炎症を起こす程度で、なかなか下気道まで入れません。ところが、年を取ったり、糖尿病や心疾患などの持病があると、このようなシステムがうまく働かないことがあるのです」(大谷さん)
ウイルス性肺炎はそもそも診断が難しい
新型コロナウイルスによる肺炎は、当たり前だが、「ウイルス性肺炎」だ。ところが、「健康な人がなる肺炎は、多くの場合、細菌性肺炎です。細菌性のほうが、ウイルス性に比べると、診断や治療がしやすいのです」と大谷さんは話す。
「高齢者は、インフルエンザになったときに肺炎を併発する率が高いのですが、その場合でも、ウイルス性ではなく細菌性であることが多い。つまり、インフルエンザで免疫力が落ちたときに、肺炎球菌などが原因となって、肺炎が起きるわけです。一方、ウイルスが原因の肺炎は、数としてはずっと少ないのです」(大谷さん)
細菌性肺炎が疑われる場合、抗菌薬(抗生物質)を投与すれば、症状が良くなることが多い。複数の菌に対して効く抗菌薬もある。一方で、ウイルス性肺炎の場合、その原因となっているウイルスを退治する抗ウイルス薬があればいいのだが、そもそもインフルエンザウイルスなど一部のウイルスしか治療薬がないのが現実だ。ご存じのように、新型コロナウイルスもまだ治療薬が作られていない。
感染力が高く、治療薬がないことが不安のもとに
ここまで、そもそもウイルス性肺炎が、細菌性肺炎に比べて、診断や治療が難しいという話をしてきた。それに加え、新型コロナウイルスが未知のウイルスであるがゆえの難しさもある。
その1つとして、新型コロナウイルスが当初、考えられていたよりも感染力が強いことが挙げられる。1人の感染者から何人に感染するかを示す「基本再生産数」は、新型コロナウイルスの場合、WHO(世界保健機関)が暫定的に出した値は1.4~2.5だが、ほかの機関はそれよりも大きく見積もっているところが多い。なお、基本再生産数は、季節性インフルエンザが1.3程度、SARS(重症急性呼吸器症候群)で2~4だ。
「感染力が強いのは、無症状の感染者からもウイルスが排出されていることと関係しているかもしれません(*2)。また、ウイルスの生存期間が比較的長いことを示唆する報告もあります(*3)」(大谷さん)
予防の基本は「手洗い」 30秒以上かけて
最後に、現時点で私たちができる予防策をまとめておこう。
新型コロナウイルスの感染ルートは主に2つとされている。「飛沫感染」と「接触感染」だ。
- 飛沫感染
- 感染している人のくしゃみ・咳によって空気中にウイルスなどの病原体が「飛沫」として排出され、それを吸い込むことによって起こる感染。だいたい1~2メートルの距離で感染する。
- 接触感染
- 感染ウイルスが含まれた鼻汁、唾液などに直接触れることで手にウイルスがつき、その手で口や鼻を触ることで感染する。
これらへの対策は、従来のインフルエンザと同じで、「徹底した手洗い」が最も重要になる。外出先から戻ったとき、トイレに行った後、食事の前などには必ず石けんで手を洗うようにしよう。軽く水で流す程度の手洗いはNG。下の図にあるように石鹸を使って30秒以上かけてしっかり洗うことが大切だ。ノロウイルスと違って、新型コロナはアルコールでも消毒できるので活用したい。