(産経新聞)
アジア太平洋地域で巨大な自由貿易圏の構築を目指す環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)交渉は、日本の参加から1年2カ月が経過した。だが、交渉は参加12カ国の経済規模の8割を占める日米2国間の関税協議が一向に決着せず、越年論も現実味を増している。事実上、4度目の妥結目標時期の延期となりかねない情勢で、日本政府内ではTPP交渉は「まるでオオカミ少年」との嘆き節も聞かれる。
■日米閣僚協議で怒鳴り合い
「ふざけるんじゃない」。米ワシントンの通商代表部(USTR)で9月23~24日に開かれた日米閣僚協議の席上、甘利明TPP担当相はこう声を荒らげ、机をたたいた。さらに甘利氏が「日本は対等だから折れると思ったら大間違いだ」と続けたのに対し、フロマンUSTR代表も激怒し、「怒鳴り合いになった」(交渉関係者)という。
5月のシンガポールでの協議以来、4カ月ぶりに開かれた今回の協議で最大の焦点になったのは、日本の重要農産品5分野のうち牛・豚肉の関税の引き下げ幅や引き下げにかける期間、輸入急増時に関税を引き上げる緊急輸入制限(セーフガード)の扱いだ。
甘利氏は日本としてのギリギリの譲歩案を提示したが、フロマン氏は「(日本側の提案を)とりあえず突っぱねて、日本がさらに降りるかどうかを見極めようとした」(交渉筋)という。甘利氏が怒りを爆発させたのもこのためだ。
帰国後も腹の虫がおさまらなかった甘利氏は記者団に「覚悟を決めて柔軟性を示したが、それに見合った誠意ある対応が見られなかった」と吐き捨てた。
■「年内合意は無理」
オバマ米大統領が6月、アジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議が開かれる11月までにTPP交渉を大筋でまとめたいと表明したことから、交渉参加12カ国は早ければ11月、遅くとも年内の合意を目指して動いている。10月25~27日にはオーストラリアで閣僚会合を開催する予定だ。
しかし、交渉で最大のブレーキとなっている日米協議が今回の閣僚協議でも物別れに終わり、日本の交渉筋は「年内の大筋合意は無理」と断言する。
そもそもTPP交渉はこれまで、日本が合流した昨年を含め、3度にわたって妥結の目標時期が先送りされてきた。このほかにも、今年4月の日米首脳会談など妥結に向けて重要な節目とされる機会はたびたびあったが、ことごとく不調に終わった経緯がある。
「オオカミが来た」と嘘を繰り返し、だれからも信用されなくなる-。そんな羊飼いの少年を描いたイソップ童話にたとえて交渉の現状を嘆く日本の政府関係者には、このまま交渉が長期化すれば、妥結の機運が低下して暗礁に乗り上げかねないとの危機感がある。
米議会でも交渉が越年した場合、「交渉のモメンタム(勢い)はなくなる」との警戒論が浮上している。
■オバマ政権は「レームダック」
それでも、日米協議で米オバマ政権が強硬姿勢を崩さない背景には、11月4日の米議会中間選挙を控え、日本側に妥協したとみなされれば、米畜産業界から突き上げられ、選挙で与党・民主党の足かせになりかねないとの懸念がある。もともと選挙は民主党の苦戦が伝えられ、日米協議の決着には民主党内の慎重論も根強い。
日本側も米国のこうした国内事情は十分承知しているが、政府内では本気で交渉をまとめようとしないオバマ政権に対する不満も募っている。
「共和党だけじゃなく民主党からも、オバマ大統領から(協力を)頼まれていないという発言が出ている」
「クリントン元大統領は偉かった。NAFTA(北米自由貿易協定)やウルグアイ・ラウンド協定といった通商協定を成立させるために、民主、共和両党の議員をホワイトハウスに呼んで朝飯、昼飯をとりながら徹底的に根回しをした。議会長老にはその時の記憶があるから、『オバマ大統領は何もやってないじゃないか』ということになる」
「議会がうるさいから日本に譲歩を迫るなんて、オバマ政権はひどいていたらくだ。早くもレームダック(死に体)化している」…。日本政府内では、オバマ氏を批判するこんな声が相次いで上がる。
このまま日米の対立が解けなければ、TPP交渉の漂流は必至だが、日本の政府高官は強気だ。
「日本が動くことはもうない。交渉がまとまるかは米国次第だ」(本田誠)