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太平洋沿岸を飛ぶ (37) - 高知県安芸市

2010-02-26 | 四国


土佐安芸郡に、井ノ口村という村がある。
村は高知の町から海岸づたいに十里ばかり室戸岬の方角へ行った安芸川の中流にあり、景色のいい所だが、人の気象はおそろしくあらい。
・・・・・
竜馬は高知を発つとき、兄の権平に、
「わしは室戸岬を知りません。こんどはあの景色を賞でながら浜づたいに阿波へ出るつもりです」
というと、
「室戸へ行くなら、途中、井ノ口に寄って岩崎弥次郎、弥太郎親子の様子を見舞ってやれ」
と権平がいった。
井ノ口村の地下浪人岩崎家と竜馬の家とは、薄い縁につながっていたらしい。竜馬は顔をみたことはないが、うわさはきいている。
(司馬遼太郎著『竜馬がゆく』より)



NHK大河ドラマ『龍馬伝』は、幕末、長崎などを舞台に活躍した坂本龍馬の生涯を、岩崎弥太郎の視線で描くオリジナル作品である。
第1話「上士と下士」で、岩崎弥太郎が鳥籠を背に担いで売り歩く姿は、強烈であった。

岩崎弥太郎は、三菱財閥の創始者として知られるが、1834年、現在の高知県安芸市に住んでいた地下(じげ)浪人・岩崎彌次郎の長男として生まれた。幼い頃から文才を発揮し、14歳の頃には当時の藩主山内豊熈にも漢詩を披露し才を認められた。貧しい暮らしに耐えて学問に励み、藩の参政・吉田東洋に見出されて出世を遂げる。
藩が長崎につくった土佐商会の実権をにぎり、1870(明治3)年、土佐藩の財政難を救うため、私商社「土佐開成社(九十九商会)」を開設。3年後には、この会社を解散して三菱商会をつくり、海運業を始めた。
政府の援助で、イギリスの汽船会社などとの競争に勝ち、郵便蒸気船会社(日本郵船の前身)を買収するなど仕事の幅を広げ、台湾出兵や西南戦争での物資輸送などを手掛けて、大きな利益を上げた。
弥太郎の死後、現在の日本郵船会社が設立され、三菱財閥の基礎が築かれた。

三菱グループの“スリーダイヤ”の起源は、岩崎家の家紋『三階菱』と山内家の家紋『三ツ柏』を組み合わせたもの。