つばた徒然@つれづれ津幡

いつか、失われた風景の標となれば本望。
私的津幡町見聞録と旅の記録。
時々イラスト、度々ボート。

津幡町の軒先にて、モラル変遷考。

2011年12月13日 21時20分10秒 | 日記
「今日の一枚」は、とある民家の玄関先スナップ。
散歩中「寿司桶」が目に留まり、途端に朝食前の腹の虫が騒いだ。

『寒ブリやズワイが季節だし、久しぶりに行ってみるか。』

ネタとシャリを職人さんの技がまとめた寿司は旨い。
巻き物や握りが並んだ寿司桶の有様は、何とも壮観。
美味しさと華やかさを兼ね備えた寿司は、ハレのメニューである。
…などと、思いを至らせると同時に、妙な違和感も覚えた。

僕の生家では出前の寿司を食べ終わった後、寿司桶は内玄関に置いていた。
頃合いをみて引き取りにやって来たお寿司屋さんは、
勝手に引き戸を開けて回収するのが当たり前だったのである。
建物の構造や考え方などによって差異はあるだろうが、
そんな家庭は多かったのではないだろうか?
何故なら、庶民の家の玄関をロックするのは稀だったからだ。

丸一日、あるいは数日に渡って留守にでもしない限り、
昼も夜も鍵に手をかける事はない。
そもそも、引き戸に備え付けられた鍵は“ねじ式”。
防犯の観点からは十分とは言えない簡易なものだった。
それほど、大らかで安全。
人心はほのぼのとしていたのである。
しかし、今や厳重に防がないと枕を高くして眠れない。
玄関の扉も、一枚当たりのガラス面を狭くして、
たとえ割られても人が入り込めないようにしてあるのが常識だ。

お寿司屋さんには申し訳ないが、
何時でも誰でも気軽に出入り出来たのは、過去の光景なのである。
コメント
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