雑感日記

思ったこと、感じたことを、想い出を交えて書きたいと思います。

LIFE CYCLES  ライフサイクルズ 4月号

2018-02-26 07:26:41 | 発想$感想

 ★ 『LIFE CYCLES という雑誌』は、昨年スタートした『メーカーの広告のない』ユニークな雑誌なのである。890円と価格はちょっと高いが、メーカーなどの影響を受けずに自らの意志を貫こうという『コンセプト』には好感が持てるのである。

 そんな LIFE CYCLES の4月号が 今日から発売である。

        

 

  

今月号は『カワサキ特集』のようである。

昨日のツイッターにこのように発信されている 。

        

 

予算度外視の盛りだくさん感が不安です』との記述があるが、なかなかの濃い内容なのである。

 

カワサキ特集』ということで、1月中旬に突然の取材申し込みがあったので、NPO The Good Times として受けることとし、三木の Good Times Plaza で 取材をお受けしたのである。

そんなことで表紙にも『80年代カワサキ単車秘話 NPO The Good Times 古谷錬太郎氏インタビュー』との記載もある。

 

現役時代から雑誌や新聞の取材は何度も経験があるのだが、2日間に亘って延べ10時間近い熱のこもった取材を受けたのは初めての経験なのである。

取材と言うよりも、登山道夫さんも、Hideya.Miki さんも、夜には山本隆さんも加わっての 東信享記者との『二輪談義の雑談』が延々と続いたと言っていい。

  

 

 

             

 

そんな LIFE CYCLES のツイッターを『リツイート』したら、早速、こんな反応があるのも ネット社会のオモシロさである。

              

 

 

 

★ 早速、雑誌が我が家に送られてきたので読んでみた。

前述したように、2日にも亘る長時間の取材ではあったが、一問一答ではなかった『まさに雑談そのモノ』だったのだが、そんな中味を1万字は越えてはいるが、きっちりと要点を纏められているのは東信享さんの『プロの業』だなと感心する次第なのである。

 

マーケッテングのキーマンに聞く カワサキの販売戦略とは』 という見出しで、

4ページに亘った記事になっているのだが、二輪の専門誌で『マーケッテング戦略』などが語られること自体が珍しいので、 マシンやメカなどに興味のある読者もたまには、『その販売戦略の根底にあるモノは何なのか?』ということをご一読されることもいいのかな、と思う次第なのである。

東信享さんは、私は初対面だと思ったのだが、カワサキ関連では浜脇洋二さんも、大槻幸雄さんにも、既に取材をされていたし、西明石であった『カワサキZの源流と軌跡』の会合には出席されていて先方は私をご存じだったのである。

     

こんな風に書いていたのだが、朝起きてみたら Facebook に東信享さんのこんな記事がアップされていた。

  

古谷錬太郎さん(写真)は、'60〜'90年代、カワサキでバイクの販売やマーケティングに携わってきました。カワサキがバイクの完成車メーカーではなく、他社にエンジンだけを供給していた時代から、カワサキのバイク事業を見つめてきた人物です。

当方などは、バイクの開発エンジニアの方々には何度も会っているんですが、販売やマーケティングを行う人にはなかなか会う機会がありません。バイク雑誌は基本的に新車(それもハード面)を扱うものなので、どうしても開発エンジニアの話が中心になってしまうからです。新型車の販売やマーケティングの話は、生々しいというか夢を壊すというか、ちょっとばかり採り上げにくいんですよね。

今回は珍しく販売やマーケティングを行ってきた人に会い、いろいろお話をうかがうことができました。ボンクラな当方には非常に興味深い内容でした。

 

★本文をご紹介するわけにもいかないので、そこに載せられた写真の一部をご披露し、私なりの感想を述べてみたい。

 ● まずはこんなレース場での写真

 

         

 

 これは昭和41年(1966)の写真なのでもう50年以上も前のことだが、当時私はカワサキのファクトリーチームのマネージメントを担当していたのである。

私の横は当時の国内レース監督安藤佶郎さん、ライダーは山本隆、その横は大西健治くん、カッパを着てるからこれは雨に降られた青森県弘前の岩木山であったMCFAJ全日本モトクロスで、F21Mのデビュー戦の時ではないかと思う。写真提供者は山本隆さんである。

 当時の私の本職は広告宣伝課長なのだが、私の年収が45万円ぐらいであった時代に、1億2000万円もの広告宣伝費があったので、当時のライダー契約も、レース運営費もすべて広告宣伝費で賄っていた時代なのである。

 

なぜそんなことになっていたのか? 

カワサキの二輪事業は当初はヨタヨタ歩きで大変だったのだが、青野ヶ原モトクロスの圧勝で息を吹き返えし、当時調査に入っていた日本能率協会の答申の『事業継続の条件』の中に『広告宣伝課を創ること』と言うのがあって、その予算は当時の川﨑航空機本社の開発費として3年間毎年、1億2000万円の予算が配布されていたのである。

私が『マーケッテング』に関心があるのも、そんな予算を目当てに、電通・大広・博報堂などが出先営業所ではなく本社企画スタッフの担当となって、そんなマーケッテングのプロたちとのお付き合いがあったからなのである。

 

 

● これは 『SPA直入のオープン当日の写真』 だが私は東記者には直接渡していないのである。

 

       

 

 

日本で初めて、『一般のユーザー車輌がサーキットを走った』記念すべき日なのである。

当日SPA直入には4000台を越す一般ユーザーの二輪車が集まったのである。

サーキットはバイクで埋まって、直入町長は『有史以来最大の人数がここ直入の地に集まった』とご挨拶されたのである。

当時はレーサーレプリカ最盛期だったのだが、ユーザーはそれを走らせる場所もなく峠のカーブに集まって『峠族』などと言われていた時代なのである。『そんなユーザーたちが走れるサーキット』という想いから、岩崎茂樹と私が中心でSPA直入を創り上げたのである。

 

それにしても、この写真は私は東記者にお渡ししてはいないのだが、どこから持ってこられたのか?

東記者は、今回の取材に関連して、私のネット関係を詳細にご覧になっているのである。この写真は私も持っていなかったのだが、とチェックしてみたら、昨年 田崎雅元さんが私に送って頂いたものなのである

 そのことを書いた 『私のブログからのもの』だったのである。

   http://blog.goo.ne.jp/rfuruya1/e/c320185ff98dbd956f97316e852df850

 

 

    

 

 SPA直入は、私の現役時代の中でも『想い出に残るプロジェクト』であった。

ユーザーに対する想い』みたいなものがその根底にある。

 大自然の中にある素晴らしい環境のサーキットに仕上がっている

 

    

    

 

      これはもっと後だが、田崎さんと岩崎さんとの3人の SPA 直入での貴重な写真である。これも田崎さんが送ってくれたのである。

   

 

●そして、もう一つこんな写真も載っている。

 

     

 

   左から登山道夫さん そして川崎重工の二輪事業部にもおられたHideya.Miki さん、場所は三木のGood Times Plaza である。

  私はマーケッテング関連は兎も角、マシンや技術に関しては全く弱いので、登山道夫さん・Hideya.Miki さんに援けて貰ったのである。このお二人はカワサキのマシンや技術だけでなく旧い資料などもお持ちで、『旧いカワサキ』を語るには最右翼の方たちなのである。

そして私と登山さんを繋いでくれたのは、『岩崎茂樹のこと』を書いたブログにコメントを頂いたのが「キッカケ」なので岩崎茂樹が私に紹介してくれたようなものでなのである。

 

★そんな裏話みたいなものを含めての今回の取材だったのだが、

私・古谷錬太郎 とのインタビュー』とはなっているのだが、登山道夫・Hideya.Miki さん、山本隆さん、田崎雅元さん・岩崎茂樹さん にも、いろいろとお手伝いを頂いたことで成り立っているのである。

 そして、若しご縁があれば、LIFE CYCLES さんとも、これを機会に今後密接に繋がればいいなと思っているのである。

 ぜひ、カワサキファンも、ホンダ・スズキ・ヤマハのファンの方も、ぜひ一度お読みになってみてください。

その基本コンセプトは『顧客を満足させることが全てに優先する』と心底そう思っているのである。

 

 

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