家出する10代

1998年11月07日 | テレビ

 11月5日(木)NHK教育10時からのETV特集「作家辺見庸・世紀末
の風景・ある少女との関係」に出ていた女の子と、7日テレビ朝日11時半か
らのザ・スクープ「ホームレスな10代」の最初に出ていた女の子は同じ子で
はないかな。
 それにしてもなんなんだ、あの少年、少女たちは。
 私だってたいした生き方はしてこなかったが、自分の人生をどう考えてるの
か。
 UとKは、今のところ家出はしていない。
 しかし、そんなことしたらおれは真剣にあいつらとそのことを話す。

 本日…、あいつらは中学のときの友人二人が来て、麻雀なんぞをやっている。
深夜の2時頃、4人で出掛けた。コンビニでも行ったのだろう。
 私も、高校生の頃、友人の家に行って、ビールなど飲んでた。
深夜に道路を5、6人で歩いていて、おまわりさんに質問されたこともあった。
そういうとき私は、ハキハキ答えて、おまわりさんに好感を持たれる話し方を
した。その頃から、心にもない人との付き合いのうまい私でした。
 これができなかったら、サラリーマンなんてやってられません。

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綿入りはんてん

1998年11月06日 | 暮らし

 今日まで、家の中では薄いジャンパーを着ていた。
 7時頃にうちについて、米をとぎ、シャワーを浴び、洗濯物をたたんで炬燵
で日米親善野球を観ていたら、もうれつに眠くなり寝てしまった。
 会社から帰ってきた、女房の晩飯の支度をする音で目が覚めた。
 晩酌で、ビール、日本酒を飲んでいてもなんか背中が寒かった。まだ早いか
なとは思ったが、意を決して立ち上がり、押入の中を探した。綿入りはんてん
をだ。これは、母が縫ってくれたものです。
 実家を出てから、もう何着目かな。2、3年で袖などがボロボロになり、そ
うすると母が新しいのを縫っておいてくれた。
 私は母の綿入りはんてんが好きです。身体に馴染んで暖かく、楽なんです。
冬になると、家ではパジャマにはんてんです。
 しかし、今着ているのが着られなくなったらどうしょう。もう母は、はんて
んを縫うことはできない。お店で売っている既製品は、化繊でできてるので馴
染めそうにない。九想の深刻な問題です。

 今日は、もうこれ以上起きていられない。明日も会社です。
 寝ます。

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半年

1998年11月05日 | 会社・仕事関係

 月日のたつのは早いですね。
 5月6日に今の会社に出社してから、今日で半年になりました。
 私の、これまでの転職経験では、まず3日、そして1ヶ月、それから3ヶ月、
で…半年、1年。ここまで勤まれば、あとはなんとかなる、と思っています。
 半年たち、なんとかここでいけそうだな、と現在私は思っています。
 今日までいろいろありました。
 7月に、私より半月前に入社して一緒に生産管理の仕事をやっていた人が退
職したことが一番ショックだった。彼は、かなり精神的にまいってしまい突発
的に辞表を出して辞めてしまった。
 なにしろ、沢山の種類のウィンドウガラスを4台の成形機で製品にし、お客
である車メーカー(ああ…、なんの運命か、私はこのメーカーの車にのってい
る。そのメーカーに勤める友人の勧めで去年買ってしまったのだ)の指定する
時間までに、指定された数量を納品しなければならない。日々これを守ること
は並大抵ではありません。
 生産計画から出荷まで、全部生産管理の仕事です。会社の誰もが、私にいろ
んなこと訊いてくる。私は、まだ入社したばかりの新人だってことを、みんな
忘れているのか。今の会社に10年いる人が、私にいろんなこと尋ねてくる。
そりゃ半導体業界のことはそこそこ知ってはいるが、自動車業界のことはくわ
しく知りません。
 でも、生産管理という仕事をしてると、親会社のガラスメーカーのこと、お
客の車メーカーの情報が、一番早く入ってくる。しっかりしてないといけませ
ん。
 毎日、パソコンのExcelの数字を見つめている私です。
 今日、「フォークリフトの学科の試験受かったよ」と業務のよく休む奴にい
われた。この人が、私の面接最初にした人です。
 嬉しかったなァ。ビールがあったら、飲みたかった。
 こうやって少し

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雄弁な息子と無学な父

1998年11月05日 | 家族

 10時45分から、NHK教育の人間大学「百科りょう乱(新聞の表記では
こうなんだな、ひらがなが哀しい)・女たちの中国史」を見ているときに、女
房がフラメンコのレッスンから帰ってきた。それまでテレビを見て知ったこと
を話していたら、Kがすぐそこにいて、
「テレビでいってる、………というのはおかしい」
 という。
「どこかの中国の歴史を研究している人がいってるんだから、間違ったことは
いわないんじゃない」
 と、私。
「でも、………は、○○○ではないよ」(忘れてしまったので書けません)
 と強気でいう。私は、中国の歴史はまったく知らないので、話をそらした。
「Kは、則天武后は知ってんの?」
「知ってるよ。則天武后は~~~で、玄宗は△△△で、あれがなんたら、これ
がかんたら………」
 酔いがそれなりの、無学な私は、ちんぷんかんぷん、でした。
「今初めて知ったんだけど、玄宗のおばあちゃんなんだな。おれは知らなかっ
たよ。えみさん、玄宗って人知ってる。中国の皇帝だけど、息子の嫁の楊貴妃
と一緒になったとき、玄宗が61で、楊貴妃が27歳だってよ。それじゃ国も
亡ぶよな。そんなふうにおれも亡んでみたいよ」
 まったくバカなこといってる私でした。それ以上に女房はとんちんかんで、
「K、すごいじゃない。がんばっていいとこ(大学)いってね」
 なんていって、シャワーを浴びに行ってしまった。
 玄宗は、女房(とはいわないか)を亡くして元気がなくなった。それをみか
ねてまわりの人たちが、女を捜した。そこで見つけたのが楊貴妃だった。とこ
ろが、彼女は息子の奥さんだ。それで家臣たちは、楊貴妃を息子さんと別れさ
せて、いったん尼に出家させて、それから玄宗とくっつけた。と、(いや、く
っつけたといういいかたは、けっしてしていませんよ)人間大学の“教授”は
話していた。
 楊貴妃とか玄宗とかの、名前は知っていたが、そういう関係だとは知らなか
った。無知な私です。
 時間があったら、そのへんのこと書いてある本を読みたいな。
 Kは、大学に行って世界の歴史を勉強をすることが希望だ。それにしても、
中国の歴史なんてよく知ってるな、というのが私の今日の感想だ。
「K、受験勉強がんばってるか」
 と訊くと、
「だめだよ」
 と、こころなしか小さな声でいう。
 ここらあたりは、私の息子だと、自信を持てます。

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そろそろ疲れました

1998年11月02日 | 健康・病気

 毎日のように書いてる九想話、疲れました。
 こんなことぐだぐだ書いててもしょうがないなァ、と思えて情けない。歴史
あるかしの木亭の汚点にしかならないや、と悲しい気持ちです。
 なんの気まぐれか、始めたときはけっこういきがって書いた。でもな…、空
しさだけが日々心に沈殿していく。
 毎日、今日は何を書こうかなと考えて暮らすことはなかなか張りがあってい
いんですが、2ヶ月近く書いてると、文才も教養もない私にとって、かなりの
重荷になってきました。
 おれなんてこんなもんだ、と嗤っちゃいます。

*この頃の九想話は、asahi-netの「かしの木亭談話室」(パソコン通信の会議室)に書いていました。

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テレビばっかし

1998年11月02日 | テレビ

 今日は、昨日昼間に大酒を飲んだせいで、身体のリズムが狂ったせいか、ど
うも体調がおかしかった。毎週月曜日は、親会社から納品される素板(モトイタ 、
車のウィンドウガラスの材料)が早朝に納品されるので、6時45分までに会
社に行かなくてはならない。毎日当番で、生産管理の人間が受け入れをやって
いる。私は、月曜日なのです。月曜日は、私が会社に一番最初に入ります。そ
れで、会社が動き出す8時15分に、私は疲れ切ってしまい、家に帰りたい気
持ちです。それからの一日は長い。そんなふうにして仕事を終え、家に帰って
くれば女房はいない。あいつは月曜日と木曜日にフラメンコの練習なのです。
家に帰ってシャワーを浴び、洗濯物を片づけ、台所の食器を洗い、ビールを飲
みだしたのが8時半だった。単身赴任のときは毎日していたことを、なんのこ
とはない、現在は週に2日している。
 NHKの「生きもの地球紀行」が興味深かった。なかでも、他の者より大き
くなれなかったヤマメが海に行き、大きくなってサクラマスになって川に帰っ
てくる。メスが産卵のとき、オスのサクラマスと一緒にヤマメのオスが自分の
子孫を残そうと大きなサクラマスと競うようにそこにいるのが面白い。昔、他
のヤマメより小さかったオスのサクラマスはヤマメのオスより数倍デカイ。
 北海道の冬を越すために、オジロワシやキタキツネなどは、川に戻って産卵
して死んだシャケやサクラマスを食べる。この魚たちは気温が低いから腐らな
い。自然の生態系はうまくできているな、と感心した。
 NHK10時から「二人のビックショー 加山雄三&さだまさし」、を見た。
 番組のはじめ、加山雄三の昔のヒット曲を二人で歌った。私は、高校生の頃
流行った歌を懐かしく聴いた。あの頃にしては斬新なメロディーラインが好き
だった。
 新聞の番組欄を見ると、教育テレビで「ETV特集 舞台の上の在日」
というのをやっていた。
 チャンネルを変える。マルセ太郎が出てた。彼は、ガンと闘いながら芝居を
やっていると、永六輔のラジオで知っていた。在日韓国人とは知らなかった。
機会があったら舞台を見たいと思った。
 私の関係する劇団に、いつか芝居を書こうと思っているのですが(書けない
くせに)、こういう、芝居で頑張ってる人たちを見ると、マジメに書こうと思
う。
 NHKにチャンネルを戻すと、さだまさしの「案山子」を二人が歌っていた。
20年前を思い出す。さだまさしは、私の恋敵だった。いや、私を振った女が、
さだまさしのファンだったのです。あいつと私は同じ年。彼が4月生まれで、
私が5月、なんの関係もありませんが…。
 また新聞を見ると、ニュースステーションに“タイガースのノムさん”生出
演、とある。これは見ないわけにはいかない。10時半、チャンネルを合わす
と、野村が出ていた。
 9時半から、私の大好きな「クローズアップ現代」では「勝負を分けた決断」
ということで権藤、東尾両監督の攻防をやっていた。来年が楽しみです。
 こんなことで今夜もテレビ漬けの夜でした。
 この文を書き始めた12時前、女房が帰ってきた。
「今日は、昔の会社の人たちと飲んでいた」
 ということだった。
 ということは、明日、あいつはフラメンコのレッスンに行く。ということは、
明日も息子たちの晩飯を考え、洗濯物をたたみ、食器を洗うのか。
 祭日に出勤というのに…。

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芋煮会

1998年11月01日 | 健康・病気

 今日は、所沢のパソコン通信仲間の芋煮会の日だ。春はバーベキュー、秋に
は芋煮会というのが私たちグループの年中行事になっている。
 昨夜、轟亭さんの句会へ投句するため、俳句を作っていて寝るのが遅かった。
なのに、女房の枕元の目覚ましで6時半に目が覚めてしまった。私から2メー
トルは離れているのに、なぜか本人は寝ていて私が目覚めてしまう。
 Uが、模擬テストがあるので7時に起こしてくれというので、6時半に目覚
ましをかけておいた女房は起きなくて、起きる必要のない私が目覚めてしまっ
た。これはいつものことだ。
 なんとか7時前に女房を起こして、私は寝た。これがいけなかった。9時に
は出掛けようと考えてた私が、次に目覚めたのが9時20分だった。
 飯能駅に着いたのが10時20分、待ち合わせ時間に20分遅刻だ。でも、
幹事のPHSに電話しておいたので焦ることもなく河原に向かった。
 いつもはみんなとワイワイ買い出しをして河原に歩いていくのだが、今日は
ひとり寂しく飯能の街を歩いた。しかし、これまでと違う商店街を歩いていく
と、この街の知らない別な面を見た。どことなく田舎の商店街という雰囲気が
店先にあり、楽しかった。駅前から大通りを行くと、どこにもある大きな街の
たたずまいだが、ひとつ裏の通りには、歴史的な田舎臭さがあった。これがと
ても新鮮だった。
 のんびりした気分で歩いていると、クラクションがなった。幹事夫婦の乗っ
ている車だった。後ろ座席の野菜などの入ったダンボールをどかして、私は車
にもぐり込んだ。
 飯能河原に行くと、すごい人だった。車もたくさん停まっていた。私たちの
車を遠くで見ていたのか、仲間が集まってきた。私はダンボールを持って歩き
ながら、一人ひとりに挨拶した。参加者は大人が11人、子供が5人。
 今日の献立は、芋煮汁と鮭の半身に野菜をたくさんのせたチャンチャン焼き、
それにジンギスカンだ。みな暗黙のうちにそれぞれの分担を分かっていて、働
く。河原を掘って石を並べかまどを作る人、野菜を切る人、水をくんでくる人。
私は、渡されたビールを気持ちよく飲む人。さりげなく、
「どうもおれは、準備するより後かたづけが性に合っている」
 と、いっておく。
 子供たちが賑やかだ。
 ビールを飲みながら、河原の上に架かっている橋を眺める。
 昔、まだ息子たちが小さかった頃、この河原に家族4人で何度か来た。車を
持ってない頃で、電車で来たからバーベキューなどはできなかった。女房が作
ったお弁当を食べただけだった。UとKと川に入って遊んだ。楽しそうに河原
で遊ぶ人の間に、あの頃のUとKがいそうだった。「パパー、パパー」と呼ぶ
声が聞こえそうだった。
 今日の“飲まなくてはならない”酒をチェックする。缶ビールの他に、ワイ
ンが2本、スペイン産のTORRES Tempanillo、チリ産のSUNRISE
CHARDONNAY、日本酒は特選純米酒「福源」と純米吟醸特別限定品
「天覧山」ひやおろし、だった。
 料理ができあがりみんなが群がる。酒も、ビールからワイン、そして日本酒
へと進む。話もはずむ。パソコンのこと、政治経済のこと、会社のこと。
 朝、曇りだった天気も、昼頃にはお日様が顔を出し、暑いくらいだった。
 楽しい芋煮会でした。

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