土曜日(10/28)に、母のいる特別養護老人ホーム「ひだまりの家」に行った。
前日に兄に電話をすると、病院に母を連れて行くので3時には家を出る、と
いうことなので、その時間をめがけて所沢の家を出た。
2時半に、茨城の実家に着いた。
兄から、8月に「ひだまりの家」に入ってからの母の様子を聞いた。
3時に兄の車で実家を出た。車の中でも、母のことを聞いた。
母は最初、他の人のいる4人部屋に入ったという。しかし、人付き合いのへ
たな母は、まわりの人と仲良くなれずに、誰もいない4人部屋に移された。
そして、金曜日に個室になった、と兄がいう。
母は、汚した下着を自分で洗いたかった。しかし、その部屋には洗面台がな
い。水のあるところはトイレの便器の中しかない。そこで下着を洗っていたら
しい。でも、ときどきそこに洗った物を忘れてしまって、トイレを詰まらせる
結果になった。そういうわけで、個室になったらしい。個室にはトイレはなく、
携帯の便器があるだけらしい。
3時半、「ひだまりの家」に着く。玄関の扉に「自動ドア」と書いてあるの
に、兄は手で開けた。入所者たちが逃げ出さないように、電源を入れてない、
と兄が説明してくれた。なるほど、電源の入ってない自動ドアは重かった。
受付のノートに兄は、自分と私の名前、住所、訪問目的を書いた。
中に進んでいくと、右手に広い空間があった。そこにテーブルがいくつもあ
り、10人ぐらいのお年寄りが椅子に坐っていた。その中に、母がいた。
29インチのテレビのスイッチは入っていた。その脇の本棚には雑誌類があ
った。そこは、食堂と娯楽室という感じだった。
母に近づくと、母は二人を認めた。「久、来たのが…」と嬉しそうに笑った。
まわりの老人に「おれの息子だ」と得意げに話した。
しかし、母の笑顔はそのときだけだった。
母の部屋に3人で行った。母は、まだその部屋を自分の部屋だと思ってない
ようだった。昨日までいた部屋に歩いていこうとした。それを兄は、「母ちゃ
んの部屋はこっちだっぺよ」といった。
もうそのへんから、母の機嫌は悪くなった。
兄が、持ってきた団子をベッドに坐った母に渡し、事務所に行ってくると出
ていった。帰ってきたときに母は、
「お箸がながったら、食べらめんめな」
と、大声を出した。
「楊枝があっぺな」
兄がいうと、
「おっちょれっちって(折れてしまって)、くえめなー」
とわめいた。
なるほど、楊枝は折れて食べにくそうだった。
それから、もう母は私の知ってる母とは違った人間になっていた。
「かあちゃんは、もう、うじ(家)に帰えんだ。こんなどごろにもういられね。
みんなでおれのごど、いじめんだ。おめらはかあちゃんをこんなどごろに入れ
で親不孝モンだ」
「そんなごどいうなよ。かあちゃん1人うじにおいで会社に行げねがら、ここ
に入れでもらったんだっぺな」
兄は、困ったようにいった。
「おら帰えんだ。あんちゃんがだめだったら、久、行ぐべ」
私は、ただ突っ立てるしかなかった。
「かあちゃん、おれは、あんちゃんの車で来たんだ」
「ほうが、そんじゃ、かあちゃんは1人で行ぐ。歩いで行ぐ」
そういって、母は、部屋を出た。
「久、おれは辛いよ。こんなにかあちゃんのごど思ってんのになァ。」
兄が寂しくいう。私はいう言葉が出なかった。
兄は、会社が終わると毎日「ひだまりの家」に来てるのだ。ここに入ってる
多くの老人は、1年以上も家族が訪ねてこないらしい。
しばらくして、母が戻ってきてベッドに坐った。
「わがった。かあちゃんは死ぬ。おれは自殺する。おめらは親不孝モンだ」
そう、目をつり上げて叫んだ。
兄が私に目配せして、
「久、今日は帰っぺ。こんな状態じゃ病院には連れで行げね」
兄と私は部屋を出た。
「久、早ぐ歩げ。追っかげでくっと」
私は、複雑な想いで足を早めた。後ろを振り返れなかった。母を見るのが怖
かった。
(なんでこんな逃げるようにしてここを出なくてはならないんだ)
重い自動ドアを手で開け、私たちは外に出た。
私は、自己嫌悪でたまらなかった。
「こんなふうな気持ちで旅行なんか行きたくねぇな」
兄は、その夜東京の姉の家に行き、翌日富山方面に旅行に行くことになって
いた。これまで母と暮らしていてどこへも行けなかったので、姉たちが計画し
てくれたのだ。
「久、もしよかったら、明日かあちゃんのとこに行ってやって」
「うん、わがった」
私は、その日田舎の友人のところに泊まる予定だった。
(明日も、かあちゃんがあんなふうだったら辛いな)
そう思ってしまう自分が哀しかった。
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10月の九想話
10/3 オリンピック雑感
10/8 久しぶりの野球観戦
10/8 おまつり
10/19 初めての煙草
10/21 壊れた洗濯機
10/21 tokorozawa.com
10/21 許せない差別
10/23 哀しい選挙
10/25 知性のない人たち
10/27 つらいtokorozawa.com
10/27 怖かった
10/29 息子の存在
10/30 ひだまりの家