ゆっくりのんびり市町村廻り

何年かかるか、もしかしたらできないかもしれないけど、日本の全市区町村の制覇を目指して頑張ってみる!

49日目 新屋山神社奥宮参拝2年目(2)~身延

2013-06-30 01:02:42 | 甲信越
2013年5月25日(土)


富士河口湖町から身延(みのぶ)町へ。
残る富士山麓の湖は本栖(もとす)湖だけ(山中湖は今度来る時に)。
本栖湖の西側に位置する「浩庵(こうあん)荘前」バス停近くのビュースポットです。

↑どこかで見たことのある富士山のアングル。
そう、皆さんが持っているアレです。そのアレとは?→コチラから
今日は逆さ富士になっていないのが残念!
しかし、そのアレの左下の植物、何?
現場にはそれらしきはないんですが・・・

ここで富士山麓に別れを告げ、国道300号線のグニャグニャした道を低地に下って行きまして、再び休息。

道の駅「しもべ」→

道の駅の中にある、そば処「木喰(もくじき)庵」→
「木喰」とは、この地出身の僧侶の名前。微笑仏を彫りながら全国を巡礼したといいます。

ざるそば(\700)→

腹ごしらえの後、12時半に出発し、何はともあれここへ。

(258)山梨県南巨摩(みなみこま)郡身延町役場
平成16年に、旧身延町・中富町・下部町が合併して、今の身延町になりました。

↓役場の横を流れる富士川(下流の方向、橋は「富士川橋」)

日本三大急流の一つ。他の2つは熊本県の球磨川と山形県の最上川です。

↓車を走らせ、ちょっと立ち寄ったコンビニの駐車場にこんな看板がありました。


右手前方の山はこれ→

びょうぶ岩ってこれですか?→

さて、身延といえば久遠(くおん)寺です。
そこは、お題目を「南無妙法蓮華経」と唱える日蓮宗の総本山。
折角なので、行ってみましょう。
あっ、そうそう、我が家の宗派は浄土真宗なので、参拝はしませんよ、見るだけです。

総門→
 
門前町の様子→

三門という所に来ると、白装束の大集団が坂の上から例の「南無妙法蓮華経」と唱えてゾロゾロ降りてきて、非常に不気味であります。

坂を登り切った所に広い駐車場があったので、車を停めます。
そこから本堂へ行くには、斜行エレベーターがあるのですが、とりあえず自力で登ります。

駐車場→

看板の後ろに歩道があります→

こりゃ、きっつい坂だ→

本堂→

本堂前から境内を見る→

五重塔→
まぁ、やたら広いですね。
ある宗派の総本山だけあります。

本堂からやや離れた所にロープウェイ乗り場がありまして、それに乗ると身延山頂へ行け、絶景が堪能できるらしいのですが、ただ・・・
16時の最終便が出て行ってしまっている。
ん?もう、16時ですか?と思われるでしょう。
実は久遠寺に着いたのは16時20分頃で、それまで色々と寄り道をしていたのです。
それについては次回にて・・・

長い事ここにいても仕方ないので、エレベーターというよりケーブルカーといった方がしっくりくる斜行エレベーターで降ります。




身延駅の方へ行きます。

↓駅前商店街、別名・しょうにん通り
 

↓参考・カッコしてあるのはこれまで行ったところ


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49日目 新屋山神社奥宮参拝2年目(1)

2013-06-27 23:42:50 | 甲信越
2013年5月25日(土)


ついこの間の今月22日、世界遺産の登録が決まり、沸きに沸いているという富士山麓に、先月25日に行ってまいりました。

そう、その目的とは・・・
世界遺産登録決定前祝登山?それとも、その2日前にエベレスト登頂に成功した三浦雄一郎さんに触発されての雪山登山?
いやいや、市町村巡りもありますが、去年から一つのライフワークにし始めた旅の軍資金増加祈願のための新屋山神社奥宮(別名・金運神社)への参拝でございます。

因みに去年の珍道中→http://blog.goo.ne.jp/q-taro-choko/e/fc7b3638f411b341b4f8f522a1e2c292 

あれから7か月、その間思いがけず沸き起こったアベノミクス効果に抜け目なく私も便乗し、ささやかではありますが、私もこの恩恵にあずかる事ができました(小笑)。

恐るべし、金運神社!

でも、もっと度胸があればより多く軍資金を増やせたなと少し悔しくもあります(欲の皮が突っ張って、みっともないけど)・・・
次の参拝まで、今度はどんなご利益を授けてくれるのか、或いは全くくれないのか、ひょっとして天罰が待っているのか(それはカンベンだが)、我が事ながら興味津々ではあります。

ただ、今回の参拝を終えた後に、気になる情報に接してしまう・・・
ご記憶の方も多いかと思いますが、東日本大震災の4日後に発生した静岡県沖の大地震。
津波の大被害、一向に止まない余震に加え、原発事故、停電などと、特に東日本では不安渦巻く中、東海大地震がついに来たか?!富士山も噴火するのではないか?、日本は一体どうなるんだ?と、更に不安を極限の果てに高めたあの地震です。
その大地震で新屋山神社奥宮は金運神社ではなくなり、なんと、金運神社は別の場所に移ったという説があるのだ。
ならば、去年今年の私の行動は何だったんだ!、と叫びたくもなりますが、その説が正しいとするならば、改めてその別の場所に行かねばならない。
という事で、後日、また出掛けようか目下思案中でござる。

さてさて、ここからは当日の行動をツラツラと書きます。
今年は一人での参拝です。

早朝4時すぎ出発→

愛車も清めておこう→

今回も前回同様、京葉道→首都高→中央道で現地に乗り込みます。

↓これまで富士山をほとんど拝めなかったのが、今日はよく見えます。幸先よろし。


7時ちょっと前に到着。

新屋山神社奥宮入口→

駐車場より→

参拝も含め、およそ1時間、神のパワーを浴びていました。
が、前に来た時は秋だったので分かりませんでしたが、ハエやハチ、アブ、ブヨがうようよ飛んでいて参った参った・・・

午前中は富士山麓の湖でも見て廻ります。

まずは、水位が下がって大騒ぎの河口湖。
去年の9月に行ったときと比べてみよう。




↓この際、水位が下がったことのシンボル?六角堂にも行ってみる。





この日は地元の人達による清掃の日でした。

西(さい)湖→

↓「自殺の名所」などと有り難くない名前の青木ヶ原樹海


精進(しょうじ)湖→

この湖畔に興味深い集落を見つけました。

旧中道往還→
昔、駿河国と甲斐国を結んだ道路。

↓この辺りは元は宿場町だったのか、それらしい古い民家が多い。
 残念ながら空き家が多く、実に勿体無い・・・




↓普通の古い民家(もちろん空き家)も多いです。






歴史、特に宿場町と廃墟の両方好きな人なら恐らく満足できる場所ですよ!

諏訪神社→

↓諏訪神社境内にある精進の大杉
  
平安初期の古木で、別名「千年杉」というそうです。

こちらは諏訪神社の隣にある廃寺っぽく見えるお寺→

この寺社のある場所、何か特別な雰囲気を感じる。
ひょっとして、知られざるパワースポットなのでございましょうか?!

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48日目 再び渡島半島(3)~北斗市

2013-06-25 23:46:55 | 道南
2013年5月5日(日)


七飯駅を出まして、函館駅で乗り換え、江差線の清川口駅で降ります。

清川口駅→

(257)北海道北斗市役所
駅のすぐそばにあります。
北斗市は平成18年に旧上磯(かみいそ)町と旧大野町が合併して成立、有名な観光施設として日本初・男子修道院「トラピスト修道院」があります。

この後は千葉に帰るだけですが、次の列車が1時間以上しないと来ないので、1.5キロくらい西にある上磯駅まで歩こうと思います。

上磯八幡宮→

老舗の酒屋?→

ラッキーピエロ北斗飯生店→
函館のご当地バーガーのお店。
でも、かなり昔に千葉市にも一軒ありました。なぜ?

戸切地(へきりち)川(河口側)→

国道228号線から見る函館山と太平洋セメントの海上桟橋→

上磯駅→

前回のブログでは、大沼公園駅から七飯駅にそのまま移動したように見えますが、実はその途中に渡島大野駅というのがあり、そこで道草を食っています。
なので、その時の写真も載せておきます。
この渡島大野駅は北斗市にあり、北海道新幹線が開業した際の当面の終点駅(仮称駅名・新函館)になるのですが、工事中の姿を見ておきたいなと思ったからです。
北斗市は駅名に「北斗函館」を希望しているようですが、函館市のそれは「新函館」であり、今の所お互い譲らないみたいです。
ここに限りませんが、相変わらずの地元のエゴが働いた駅名争いは醜くて辟易しますなぁ。
こうなったら函館市と北斗市が合併して函館市になり、駅名を「新函館」にすれば一番スンナリしてよろしいかと。

↓渡島大野駅
←函館方向

←大沼方向

↓工事中の北海道新幹線のホーム




←駅の出入口の方向

↓渡島大野駅前



↑上の写真の左側にあるチラリと見える古そうなレンガの建物、なんだろ・・・



←駅出入口を背に右の方向

こんなド田舎に新幹線の駅ができるという訳ですよ。
しかも函館からかなり離れています。
なので、函館へ乗り入れる新幹線専用のレールを在来線に平行して敷いた方が、利便性が高くなっていいと思うんですけどね・・・
ま、いずれにせよ開業後の姿が楽しみであります。

上磯からは普通列車で木古内駅へ行き、そこで特急・スーパー白鳥42号に乗り換えます。

渡島当別付近の海→

知内あたり→

さらば、北海道~。また会う日まで~。

新青森駅からは19時36分発の「はやぶさ20号」に乗ります。

東京駅にて→
もはや「はやぶさ」に目もくれない撮りテツたちが「こまち」に群がります。

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48日目 再び渡島半島(2)~大沼公園

2013-06-21 20:18:27 | 道南
2013年5月5日(日)


大沼公園駅を降りたら、向かう足はあそこしかなかろう。

↓大沼公園駅ホーム・駅舎・駅前






↓やって来ました、新日本三景・大沼公園。





ここへは9年半ぶり5回目です。まぁ、それでもかなり慣れたもので、自分の庭にいるみたいな感覚。
北海道の中でもお気に入りの場所の一つ。なのですが・・・
こんな美しくない大沼公園は初めて・・・
それもこれも曇りのせいなのだ。

↓足こぎボートもこんな天気では、気分も今一つだろうな・・・


「千の風になって」のモニュメント→
誰一人おらず、さざ波、そよ風で木がザワワ、そんな音だけの中にいれば、それこそ「千の風」を感じられるであろう。
ところが周りは人が多く、しかも中国人の団体がいて、「△■★Σζ∽∇」と大声で話ししているので、ムードぶち壊しである。

遊覧船→
臨時便が出ていました。
それ位、押すな押すなの大盛況。の筈が、乗船率はあまり芳しくなさそう。

↓普段は波はたっていないけど、近くをモーターボートが通るとバシャバシャ寄せてくる。


こちらひっそりと太公望→

↓釣り堀
 

↓売店を見る。焼きとうもろこしの臭いが香ばしく、いかにもうまそう。
 でも、おいしくないんだよな・・・


結局、買ってしまった(\300)→
やはりおいしくなかった。買うんじゃなかったと後悔・・・

1時間の滞在の後、函館行きの列車に乗ります。

こちらは小沼(こぬま)です→

七飯(ななえ)駅で降ります→

七飯駅→

↓駅を出ると、!!

写真では坂に見えませんが、目の前は先が見えない長そうな登り坂・・・
5日間、充分すぎるほど溜まった疲労が不本意な形でさらに蓄えられるぞ。
イヤすぎる・・・

国道5号線に出た所で、坂登りは終わりました。

赤松街道→
元は五稜郭に植えられていたものを、ここに移植。
日本の道100選や歴史国道に選ばれています。

上の写真の300メートル先の交差点を右に行くと役場があります。

↓そこへ行くと、( ̄- ̄)

またも坂ですか・・・

(256)北海道亀田郡七飯町役場
大沼公園も七飯町の中にあります。

役場前から下を見る→
登山並みに登ってきただけあって、見晴らしは悪くない。

↓役場前の「本町見晴公園」



あのぉ、木と家しか見えないんですが・・・

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48日目 再び渡島半島(1)~八雲

2013-06-19 23:46:57 | 道南
2013年5月5日(日)


いよいよ北海道も最終日となりました。
↓始動は苫小牧7時42分発の特急・スーパー北斗2号です。


しばらくは車窓をご覧下さい。

鷲別岳辺りの山々→

小幌駅通過→
前回登場の牛山隆信氏による秘境駅ランキング堂々第1位の、鉄道と船でしか辿り着くのが困難な異常な駅。
駅名標が写っていますが、実は小幌駅に進入して、写真でも一枚適当に撮っておこうかとパシャとやったら、偶然にもうまい具合に吸い込まれるように駅名標が入ってきたというのが真相でござる。

静狩峠を越えようとしているところ→

長万部(おしゃまんべ)川→

八雲駅には9時14分に到着し、下車→

↓八雲駅と駅前ロータリー




↓駅から歩いて数分の所にある梅村庭園






そこから200メートル程の所に役場があります。

↓(255)北海道二海(ふたみ)郡八雲町役場
 
平成17年に旧八雲町と旧熊石町が合併して、新たな八雲町が誕生しました。
その結果、全国で唯一の太平洋と日本海に面する町となりました。
二海郡もそうした理由から名付けられました。
木彫熊とバター飴の発祥の地でもあります。

↓役場には町名の由来の石碑があります。


 
徳川慶勝とは旧尾張藩主で、失業した旧藩士救済のために入植しました。
「八雲たつ 出雲八重垣 妻ごみに 八重垣つくる その八重垣を」という和歌、意味は皆様でお調べ下さい。

しばらく散策します。

八雲神社→

航空自衛隊八雲分屯基地→

余裕をかまして、町を見ながらのんびり歩き、何時かなと鞄の奥に突っ込んである携帯電話を取り出して見る。
ややっ、次の列車の時間が迫っているではないか!
大急ぎで走って何とか特急・北斗4号に間に合う。やれやれ・・・

私は腕時計を持っておらず、基本的に旅行は携帯電話を持って行かないので、時間は感覚或いは街頭の時計・お店を覗き込んで時計を見るなどが頼りの状態です(自動車の時は時計が付いているので問題なし)。
これでいて、どうしてもこの列車にという列車に乗り遅れた事がない、単にラッキーが続いています。
でも、いつかは手痛い目に遭うのであろうとは思いますが。
今回はさすがに5日間出ない状態にしておくのはマズかろうと、しぶしぶ携帯電話を持ってきていたのです。

また車窓です。

↓噴火湾






いかめしで有名な森駅→

これは一体何だ→

駒ケ岳→
またしても、この日も曇り。
最近は出掛けても天気に全く恵まれない。
というか、今年になって晴れた日での旅行ってあったかなぁ・・・

大沼公園駅に列車は滑り込みます→

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47日目 石狩川に沿って(5)~札沼線沿線

2013-06-18 23:57:35 | 道央
2013年5月4日(土)


石狩月形駅から再び新十津川の方向に戻ります。

豊ヶ岡駅→
秘境駅訪問家・牛山隆信氏によるところの秘境駅ランキング16位の駅。
確かに周りに人家は全く無く、薄暗い藪の中にあります。

↓乗った列車の終点、浦臼駅



駅舎は新しく、「ふれあいステーション」と呼ばれ、歯医者さんも入っています。

乗ってきた列車は折り返して札幌方面へ行くのですが、その間の30分で駅周辺を散策します。

(253)北海道樺戸(かばと)郡浦臼町役場
「ウムイウシ(網代の場所)」というアイヌ語に由来した地名。
人口は2千人余り。

↓国道275号線沿いには、北海道らしい、どっしりとした感じのレトロチックな建物が多くあります。








駅近くの潰れたそろばん塾→
そろばん珠の弾き方は教えられても、経営のそろばん勘定は出来ずに弾けてしまった様だ。

この日の最後の訪問地は、折り返しの列車の終点・石狩当別(いしかりとうべつ)駅のある町。

石狩当別駅構内→

↓駅北口を出ますと、白樺をはじめとした多くの樹木が立ち並んでおり、綺麗な街並みとなっています。
←駅を見る

←その反対側

(254)北海道石狩郡当別町役場
アイヌ語「トーペツ(沼川)」に由来する町名です。

↓役場近くの公園







常識的には3.9度はメチャクチャ寒い筈なのですが、全く寒さを感じない。
もはや完全に神経が逝かれてしまったようです・・・

石狩当別駅から札幌行きの電車に乗ります。

手稲山の方だったかな?→

札幌駅到着目前→

↓札幌駅からは特急すずらん8号に乗り、苫小牧へ行きます。




北海道最後の夜は苫小牧市に宿泊です。

ということで、例のごとく繁華街に出向きます→

↓北の幸を堪能(幸せじゃ)


←かすべ(エイ)の煮付け

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47日目 石狩川に沿って(4)~札沼線沿線

2013-06-17 23:22:07 | 道央
2013年5月4日(土)


滝川バスターミナルよりバスに乗車しました。

石狩川(国道451号線の「滝新橋」より)→
右にちらりと見える「たきかわスカイパーク」。
そこではグライダーの体験飛行ができるらしいです。
飛行機が超苦手な私にはとてもとても・・・

石狩川はアイヌ語の「イシカリベツ(曲がりくねった川)」が語源です。
その通り、クネクネ蛇行していたので、たびたび氾濫し、流路もしょっちゅう変わり、その名残りとして、至るところに三日月湖が残っています。
洪水被害を防ぐために川の直線化改修工事がなされ、その結果100キロも長さが減り、日本一長い川の座を明け渡すようになったといいます。

12時半頃、皆様お察しのとおり、終点の「新十津川(しんとつかわ)役場」に到着。

「新十津川役場」バス停→
視線を右に向けると役場庁舎です。

(251)北海道樺戸(かばと)郡新十津川町役場
奈良県の南部に十津川村という、まさに秘境といった中にある村がありますが、その出身者が入植したのが始まりです。
おととしの台風12号による豪雨被害を受けた十津川村に対し、新十津川町が様々な支援をしたというニュースをよく耳にしました。

役場庁舎正面を背にして右の方向→

手前の交差点を左に歩きます→

突き当たりを右に→

すると目の前は、これです。
↓札沼(さっしょう)線の終点・新十津川駅


←ホームから

時刻表→
一日僅か3本しかありません。

駅全体の風景
 

こちら行き止まり→
40年位前まではさらに先に線路が続いていました。
札沼線の名はかつては、札幌と石狩沼田を結んでいた事に因るのですが、新十津川と石狩沼田の間が廃止されてしまいました。

列車は12時59分に発車します。

↓車窓



こんな感じの風景が続きます。

50分位乗って、石狩月形駅で下車。

駅舎の中→

↓石狩月形駅正面と駅前




(252)北海道樺戸郡月形町役場

↓ここも視線を右に向けると、

月形樺戸博物館が建っています。
時間に余裕がありますので、見学してみます。

↓旧樺戸集治監本庁舎





集治監は現在でいう刑務所です。一時、町役場にも使われていました。
なお、館内は写真撮影禁止になっています。

↓こちらは博物館本館






ここは北海道開拓時代の集治監の歴史を扱った博物館です。
学芸員資格のある私の感想は、レベルが高度で、子供には難しすぎるかなと思いました。

樺戸集治監本庁舎は明治14(1881)年に開庁、大正8(1919)年に廃庁となる間、囚人を収容していました。
当時の政府の「囚人は極悪非道人なので、労働で野垂れ死にしても構わん。それで死んでも監獄費用が助かる。しかも、労働費用は安いから一挙両得だ」といった極悪非道人以上の酷い発想で、囚人達を開墾、道路・鉄道工事、炭鉱等の現場に送り込んでこき使いました。
周囲にはヒグマがおり、冬は厳寒の中、過酷な労働と不衛生な環境によって、多くの人達が命を失ったといいます。
やがて、明治27(1894)年に囚人の労働は廃止され、そうした労働は民間に委ねられたのですが、囚人に対して抱いた発想はそのまま雇い労働者に対する扱いにも引き継がれ、以前「常紋トンネル」で述べたような「タコ部屋労働」に取って代わったいったみたいです。

監獄についての観光施設は、何といっても網走が有名で、それはそれで悪くはないのですが、月形町の近くに来た際は、是非、ここも見ていただきたいと思います。
そして、今現在、我々が北海道で快適な暮らしができ、快適な旅行ができるのは、こうした囚人達が命と引き換えにその礎を作ってくれたからだという負の歴史を忘れてはいけないのだと思います。

旅行から帰ってきて1週間後、読売新聞の5月12日付け日曜版にデカデカとこの博物館の記事が掲載されていました。
出発前に出してくれれば、大いに参考になったのにな・・・

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47日目 石狩川に沿って(3)~滝川

2013-06-15 23:41:50 | 道央
2013年5月4日(土)


特急・スーパー宗谷2号に乗ること約1時間、滝川駅に到着。

滝川駅で特急を見送る→

滝川駅正面→

これよりバスに乗るのですが、それまで1時間待たねばならないので、駅の周囲だけですが、散策します。

駅の左手(旭川方向)に伸びる栄通があります→

栄通は国道451号線にぶつかります→

その場所を右にちょっと行くと下記の交差点→

↓左に「三楽街」という飲食店街、右に「鈴蘭商店街(通称ベルロード)」でメインの商店街の位置付けのようです。
 

↓さらに進むと、こちら(大町1丁目1番・本町1丁目交差点)。

国道12号線・38号線・451号線が交わる所。

↓上の看板の左側の写真と同じような建物があります。


看板の背後には美しい建物→

さらにちょっと歩くと市役所です。

(250)北海道滝川市役所
「ソラプチペツ(滝の下る川)」というアイヌ語を和訳して、そのまま滝川にしたという。
それまでのアイヌの文化を踏みにじるように、無理やりに漢字を当てて、読みやすいように音を変えたり、言葉遊びのような事をしたり、この点については大和民族はけしからんと思う。

↓鈴蘭商店街を駅の方向に歩きます。





この日は駐車違反の取締りが至る所でやっていて、商店の人は「車も人も少ないこんな所を取り締まってどうするの(怒)。これじゃ、お客さんが来なくて商売上がったりだわ・・・」とボヤキまくりでした。
「普段よくやっているんですか?」と私が聞くと、「今まで来た事来ないよ(ヘッ?)」と言う。
でもさ~。
取り締まりがなくても、お客さんは来そうにないんだけど・・・と、喉元まで出かかった言葉を飲み込む。

↓古い昔ながらの建物にシャレた美容室と、そのギャップが何とも言えない。


↓鳥の為にこのようなご立派な巣を建てるなんて、何て太っ腹なのだろう。





それにしても、伝染病が起こったらどーするのかな、オラ知らねぇ・・・

もはや客が恋慕する事のないお店→

滝川市は近くに炭鉱が多かったためか、昔はかなり賑わっていたであろう感じが見て取れます。
でも、閉山してからは、ご覧のとおり、中心街はすっかり抜け殻のような状態・・・
これは滝川に限った問題ではないですが、もはや打つ手はないのか、ないんだろうな・・・

↓突然空がギャーギャーとうるさいので見上げると、
 
V字編隊の飛行、渡り鳥の北帰行ですな・・・
大群だったので、凄い迫力!なのですが、写真でそれをうまく伝えられないのが残念。

↓駅の近くにある北海道中央バスの「滝川ターミナル」





ここから、バスに乗ってどこへ行くのか?
鉄道好きならきっと察しがつくでしょう。
続きは次回に。


↓参考・カッコしてあるのはこれまで行ったところ


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47日目 石狩川に沿って(2)~天塩上川郡

2013-06-13 22:44:54 | 道北
2013年5月4日(土)


北の果て、宗谷地方に向かう途中の剣淵(けんぶち)駅で下車。

駅の脇に盛られた雪山→
平地でこれだ、寒いわけですよ・・・

↓剣淵駅舎と駅前
 

(248)北海道上川郡(天塩)剣淵町役場
恒例の地名の由来ですが、アイヌ語の「ケネニペツ(ハンノキの多い川)」によるといいます。
明治35年に、最後の屯田兵が入植した町です。

以下、駅近辺の様子

商店街っぽい通り→

↓この~木、なんの木、気になる木
 

ポツンと建つ石碑→
辺りを見廻しても、神社本殿はおろか、境内っぽいものもない・・・
後で剣淵神社の所在を確認したところ、もっと遠い所にありました。
最初にここにあって、移転したのでしょうか、実に紛らわしい・・・

剣淵町絵本の館→
絵本を通じて親子が触れ合う事を目的とした剣淵町看板の施設。

北海道で既に先行上映され、そして近く全国的に公開される予定の映画「じんじん」は、この町や絵本の館が舞台となっています。
映画「じんじん」の公式サイトはこちら→http://www.jinjin-movie.com/
首都圏でも上映されたら、見に行かないとな~。

折角、北に向けた足は残念ながらすぐさま南に戻ります。

隣接する和寒(わっさむ)町へ。
わっさむ・・・いかにも北海道らしい地名です。
但し、地名は「アッサム(楡の木のそば)」というアイヌ語に由来していて、寒さとは関係ない。

和寒駅ホームから旭川方向を見る→

↓和寒駅と駅前
 

(249)北海道上川郡(天塩)和寒町役場

和寒神社→

↓町の商店街の様子




地獄鍋?→
実に興味をそそられる名前。
ご当地グルメかな?聞いた事ないな・・・
とっても気になったので調べてみましたが、詳しい事などはこっちを見て下さいな。
http://blog.livedoor.jp/wassamu001/archives/50662019.html
旨そうでねえか!
やっぱり現地へ行かないと、知らない名物ってあるもんですなぁ。
ここは是非、B-1グランプリなどに撃って出て、和寒の知名度を上げて欲しい。

駅に戻ったら、こんな事が起こっていた→
あ~あ~。やってくれたよ・・・
追突したのか?でも後ろがグシャリの車は辺りにはない。
それともどこかで自爆してしまったのか、真相はわからん。

↓和寒駅で稚内からやって来た特急・スーパー宗谷2号に乗ります。

特急は止まるけど、無人駅なのですよ、ここは。

↓参考・カッコしてあるのはこれまで行ったところ


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47日目 石狩川に沿って(1)~旭川

2013-06-11 23:27:30 | 道北
2013年5月4日(土)


朝、起きる。
ノドが痛い。しかも、やや熱っぽい・・・
のは、昨日。
一晩寝て、若干ノドは痛いけど、すっかり元気回復!
最近は体力面の低下を感じることもありましたが、いやいやまだまだ(と妙に変な自信を付ける)。

さて、この旭川市、言わずと知れた有名動物園がありますが、休日の今日は混んでいるでしょうから、とてもとても行ってられず、ジミ~に町の散策をします。

↓早朝の旭川市街


←レトロな建物が3軒並んでいます。

←軍艦島にありそうなある意味レトロな建物


今日も寒いのか・・・いい加減にしてくれ!
と、言いたいところですが、どうやら寒さにも適応し始めたのか、実は全然寒さを感じない(それとも鈍感になったか?)。
明治35(1902)年1月25日に、-41度!がここ旭川で観測されていますが、これは日本の観測された最低気温です。一体、どんな寒さなんだ!
因みにちょうどその頃に、あの忌まわしき八甲田雪中行軍遭難事件が起こっています。
北国は稀に見る寒さだったようです。

(247)北海道旭川市役所
人口35万人ほどで、北海道第2の都市。
それでも札幌市の人口の5分の1にも満たないです。
いかに札幌に人が集中しているか分かりますが、ある意味今の日本の縮図のようなここ北海道であります。
地名は、市内を流れる忠別(ちゅうべつ)川をアイヌ語で「チュプペツ(朝日の出る東の川)」と誤って訳したことによるらしいです。

話は変わりますが、我がルーツはこれまで何度も述べていますとおり、愛媛県です。
昔、我が家系の一部が愛媛から北海道開拓に行きまして、以来その一族は今現在、旭川に土着しています。
まぁ、血は繋がっても、遠い遠い遠い遠い血筋という、ほとんどの他人同然で、面識もないので、わざわざ名乗り出て訪ねるなどしませんが。

↓平和通り買物公園、それまでの自動車道を潰して、歩行者天国に変えた道路。








←いかにも貴金属製品を取り扱っている雰囲気の老舗店

←芸術品とは言え、青少年も歩くこの通りにこれはいかにと思うんですけど。



←だから、マズくない?
たるみをしっかり忠実に出しているのが、却って締まりのない銅像に見える。

動物園の他には旭川のシンボル・旭橋、ロマンティック街道といった見所もあるのですが、ここだけ時間をかけられないので、今回の旭川廻りはこれでやめます。

↓旭川駅南口、目の前は忠別川
 
このあたりは美瑛や富良野へ行く列車のホームがありましたが、最早その面影は全くありません。
かつては駅舎からやたら遠く、ひたすら歩いたのが嘘のようです。

8時8分発の名寄(なよろ)行き、各駅停車でスタート→

石狩川→

塩狩峠→

まずは剣淵(けんぶち)駅で下車→

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46日目 オホーツク廻りで道央へ(4)~遠軽

2013-06-10 23:35:48 | 道東
2013年5月3日(金)


北見より遠軽(えんがる)行き鈍行列車に。

↓徐々に山を登っていきます。




金華駅→
列車はこれより常紋峠に挑みます。

と、その前に「常紋トンネル」(大正3(1914)年完成)について触れない訳にはいかない。
このトンネルは多くの幽霊話や怪談話がある事で知られています。
トンネル建設は難工事であり、過酷な「タコ部屋労働」によって造られたといいます。
重労働と栄養失調による重病人や斃れた人をそのまま穴に遺棄したとか、労働者の頭をスコップで叩いて、逃亡防止の為のみせしめにトンネル内で塗りこめられて人柱にしたとか、その他いろいろ現在では信じられないような事が起こりました。
この旅行中に、ある町を訪れた際、何故このような非人道的な労働がなされたのか分かる施設にたまたま行きましたので、その時にまた触れたいと思います。

列車は唸りを上げて、息も絶え絶えのごとく登ります→

←常紋トンネルを出ました、工事で斃れた労働者たちに心の中で合掌。

遠軽駅に到着→

この駅はスイッチバックですが、かつてはそうではなく、スルーで延びていた部分が廃止されたので結果的にこうなってしまいました。

↓ここから先、ずっと線路が伸びてました(ピンボケ、申し訳ない)。


遠軽駅正面→
次の列車が来るまでの40分間で、急ぎ足ですが、日が暮れつつある町を廻ってみます。

↓町の様子
←駅前通り(連隊通り)



←飲食店が軒を連ねる通り
こうした看板のネオンは、何故だか文字の一部が欠けていたり、何文字かが消えていたりと、寧ろ満足に灯っている方が珍しい気がするんですが・・・。

←国道242号線

(246)北海道紋別郡遠軽町役場
地名はアイヌ語「エンガルシュペ(眺望する所)」より、人口2万人余り。

19時5分発、特急・オホーツク8号札幌行き→

定刻より20分近く遅れて21時20分頃、旭川駅に到着。

↓高架駅になって初めてやってきた旭川駅
 

特急列車の中でビールを飲んでいたので、すでに出来上がっています。
よって、締めに入りますが、となると、やっぱりラーメンですな!
旭川ラーメンは、北海道三大ラーメンの一つで、醤油が有名。

←平和通り買物公園

↓飲み屋街
 

↓右上の写真の「男山」のネオンの下にある、ホテルの人に紹介されてやってきたお店


ねぎ塩ラーメンを薦められたので、それにしようと思っていましたが、メニューを見て気が変わる。

鮭ぶし塩ラーメン(\900)→

これは、うまい!
鮭のほのかな風味漂う、あっさりしたスープ、絶品です。
くどいですが、もう一回いいですか?旨すぎる!

北海道14振興局(旧支庁)のうち、上川振興局だけは今まで宿泊した事がなく、これで蝦夷国取り物語はここに完結!

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46日目 オホーツク廻りで道央へ(3)~美幌・北見

2013-06-07 23:35:54 | 道東
2013年5月3日(金)


網走から石北(せきほく)線の特急列車に乗り換えました。

発車してすぐ右手に網走川が見えます→

やがて私の好きな湖の網走湖が→
ここらへんの車窓はかなりお気に入りなのですが、つくづく曇りが恨めしい・・・

↓網走湖に食い込んでいる呼人(よびと)半島付け根辺りを走行中。

日本最大といわれる水芭蕉の群生地、今年は生育が遅れているのも恨めしい・・・

特急列車は25分乗っただけですぐに降ります。

美幌(びほろ)駅で特急を見送る→

美幌駅→

駅横にある銅像→

↓中心街に向けて国道240号線を歩きます。


←レトロなものばかり揃えた骨董品屋さん







「大通北2」という交差点を左に曲がって少し歩くと役場があります。

(244)北海道網走郡美幌町役場
地名はアイヌ語「ピポロ(水多く、大いなる所)」に由来。
その当時は「ビホロ」で良かったのかも知れませんが、今現在はそのまま「ピポロ」の方が受けはいいような気がするんですが。

美幌町は一番の見せ場は誰が何と言おうと、町の南部にある美幌峠ですね。
展望台からは屈斜路(くっしゃろ)湖、斜里岳などを眼下に望め、視界を遮るものが全くない360度大パノラマは圧巻です。
現時点では、私個人的には日本で一番の絶景だと思っている場所です。
皆様には機会があれば是非ご覧戴きたいと思っています。
ただ、風がとても強いことが多いのが難点・・・

↓こちらは飲み屋が集結している所



「銀座通り」と聞いたら華やかなイメージがありますが、地方の「銀座通り」は、うらぶれ、廃れた通りが多く、何とも皮肉な事よ・・・

続いて訪問したのはオホーツク地方最大の都市、北見市です。

↓北見駅構内と駅舎
 
駅のすぐ横には「まちきた大通ビル」があり、以前は東急百貨店が入っていましたが、いつしか撤退。
では今は何が入っているかと言うと・・・

↓(245)北海道北見市役所
 
4・5階部分を役所として有効活用。
かつて駅前のデパートだった建物を役所として利用している例は、宮城県の石巻市で見たことがあります。
駅前商店街の空洞化が叫ばれている中、こういう利用方法はいいと思います。
否が応でも人はやってきますからね。
だた、少しでもいい方向に持っていけるかどうかは、最低限近くに大きな駐車場がないとダメでしょうが。

北見市は昔、ハッカで相当潤ったといいます。
今は玉ねぎ生産が盛んで、それとオホーツク産のホタテを使ったご当地グルメ「オホーツク北見塩やきそば」があります。

↓シャッター街化が進む?市街地







それとも連休中だから、休んでいるだけ?
そうは見えず、やはり役所を持ってきただけでは、もはやどうにもならんか・・・
最初に訪れた時は、もっと人で溢れていた印象があったんですけどね、残念です。








飲み屋さん、焼肉屋さんが非常に多いです。

午後5時頃の気温ですよ、これ→

北見は好きな町で、もっといたいのですが、1時間半程で後にします。

再び駅前→
次に北見駅を降り立った時には、正面に大きなホテルを目にする事となるんでしょうな。

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46日目 オホーツク廻りで道央へ(2)~釧網線沿線

2013-06-05 23:32:30 | 道東
2013年5月3日(金)


東釧路駅から釧網(せんもう)線の快速「しれとこ」に乗ります。

↓車窓です


←何川って言うんだろ?

←右下に見えるはブツブツは水芭蕉ですかね。

←シラルトロ沼だったかな?




日本最初のラムサール条約登録地・釧路湿原、約2万9000haの湿地帯。
ところが、枯れていてさほど綺麗には見えず、やっぱり青々としていないとなあ。
ここに来るなら6月以降だな、やっぱり。

↓茅沼駅
 
タンチョウ鶴が来る駅として有名ですが、この日はいませんでした。

摩周駅の横にある足湯→
この駅からバスで摩周湖へ行けます。
摩周湖へは3回行った事があり、うち1回は例の霧で覆われていました。

この釧網線、釧路湿原の中を通り、他に摩周湖やクッシーで知られる屈斜路(くっしゃろ)湖、硫黄山といった観光地の近くは通るのですが、それらへのアクセスは今ひとつよろしくない。
もし、これらにできるだけ近い所を走っていたら、観光路線としてもっと使えて、乗客も増えたと思うんですがね。
嗚呼、計画した人の何と不明な事よ・・・

再び車窓→

↓峠を越えるぞ~
 

「しれとこ」にトコトコ乗ること2時間、体調が悪くてしんどいですが、清里町駅で下車します。

清里町駅→

どれが斜里岳?→

雨がショボショボ降る寒い中を歩きます。
雨降りは厄介ですが、この日は風がないだけマシ・・・

(243)北海道斜里郡清里町役場
清里と言えば、関東では山梨県八ヶ岳山麓のリゾート地となるのですが、ここの清里はそれとは全く関係なく、当時の小清水村と斜里町から分村したので、それぞれの「清」と「里」から採ったといいます。

清里町で最初の手作りパン屋さんという「麦香房」→
このように健気に頑張っているように見えるお店を見るとツイツイ買ってしまいたくなる私です。
やっぱり今回も、かぼちゃアンパンと「春よ恋」という北海道産小麦を使った蒸しパンを買ってしまった・・・

町中の公園?だったか何だったか忘れた(笑)→

↓町のコミュニティーセンター
 
地元出身の岡崎朋美らのオリンピック選手の品が展示されています。

清里町にいること1時間、次の列車に乗ります。

かぼちゃアンパンでござる→

↓オホーツク海



いかにも寒そうだよなー

原生花園→

網走駅に着きました→


↑網走は無視して、そそくさと13時29分発・特急「オホーツク6号」に乗り込みます。

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改題のお知らせ

2013-06-02 23:35:28 | その他
皆様、今晩は。


さて、早いものでこのブログを始めて今日でちょうど1年経ちました。
正直、始めた頃は続けられるかなあ、持っても半年位かな、せいぜい1年だろうなと思っていたんですけどね。
というのも、私は非常に飽きやすい性格なので、旅行は止められなくても、ブログは?と半信半疑の状態のスタートでした。

それと、私は気分転換が好きな性格でもあります。
という事で、これまでの「いなげな旅の日乗」を「のんびりゆっくり市町村廻り」という至極平々凡々なタイトルに変えたいと思います。
しばらくしたらまた別のに変えるかも知れませんし、元に戻すかも知れませんが、とりあえず、ブログ自体はまだ続ける意気込みは充分ありありですので、今までと変わらぬご愛顧の程よろしくお願いします。

46日目 オホーツク廻りで道央へ(1)~釧路

2013-06-01 23:23:53 | 道東
2013年5月3日(金)


朝、起きる。
ノドが痛い。しかも、やや熱っぽい・・・
マズイよな~。
やっぱり昨日さんざん体を冷やしてしまったのがよくなかったな・・・
夜は風呂にお湯を張り、加湿器も付けっぱなしにしていたのですが、全く効果なかったようです。

でも、こんな事ではめげません。
寒い中を気合いで早朝散歩します(体調不良なのに、果たしてそこまでする必要あるのかという疑問が頭の片隅にあるのも事実・・・)。

(241)北海道釧路市役所

↓以下、昨晩来た幣舞橋と炉ばた屋さんです。










↓こちらは幣舞橋を渡った所

↑渡ってすぐにあるロータリー。国道38号線の終点・国道44号線の起点。


↑南大通、「啄木通り」の愛称が付いています(左上に啄木の顔の入った懸垂幕が見えます)。
昔は釧路の繁華街だった所で、歌人・石川啄木は2ヶ月半ここに滞在し、いくつかの歌を残したようです。

←今日も寒いッス!

↓飲食店の集まる繁華街








↓北大通沿いの建物


 

いつだったか、「死の街釧路」という外国人による衝撃的な動画が投稿されましたが、朝、繁華街を歩いてみても、しもた屋がやたら目に付くので残念ながらそれは感じます。
信じられないかも知れませんが、釧路という知名度抜群の都市にはデパートがたったの1軒もありません。
飲食店とホテルだけはまだ元気みたいですけど。
察するに、釧路とその周辺への観光は全く衰えていないのと、支店がごっそり撤退をして釧路での仕事は本社から出張で対処する企業が増えたという事なのでしょう。
であれば、こうした観光客・出張族は買い物や飲食などの用事は駅周辺しか繰り出す所はないのだから、現地の人のための街というより、こうした人達をターゲットにした街づくりをすべきなのではないかな。
まぁ、いろいろと活性化策は練ったんだろうとは思いますが、もしかしたら最早万策尽きて、事実上放置されたんでしょうか?

和商市場→
勝手丼というここの名物があるのですが、ご飯を買って、様々なお店で好みのネタを買って盛り付けるというもの。

食事処「むらかみ」→
釧路に来た時は、必ずここで夜は食事をしていたのですが、昨晩は浮気しました。
酒は飲まず、ただ北海道の幸を味わえる定食だけでいいという方は、見た目は汚く、入るのにはちょっと勇気がいりますが、ここをお勧めします。

さて、今日は旭川という所で宿泊することは決めています。
問題はどこを経由して行くかです。
昨日通った所を引き返して、富良野あたりをブラブラしてから旭川へ行くか、それともオホーツク側を廻るルートにするか・・・

全く決まらないまま取り敢えず列車に乗り、根室方面へ3つ目の別保(べっぽ)駅へ行きます。

釧路駅→

↓別保駅舎と駅前
 

↓駅舎横の歩道橋より
←釧路方向
←根室方向

(242)北海道釧路郡釧路町役場
釧路市の隣に釧路町?!
同じ名前の市と町が隣り合っているんだったら、一緒になっちゃえばいいのに・・・と、思うでしょう。
元々は同じ仲間であったようですが、現在に至る経緯はコチラをご覧下さいまし。
分かれた経緯が経緯だけに今でも両者(行政は勿論、住民間でも)の関係はギクシャクしているようです。

別保神社→

この別保地区はまさにド田舎ですが、釧路町の釧路市に近い地区では、国道沿いの郊外型大規模ショッピングセンターが連なっています。
この事が釧路市中心部の衰退に繋がったようです・・・

釧路方向に折り返し、結局さんざん悩んだ挙句、東釧路駅で降りてしまいました。
よって、今日はオホーツク経由で旭川に向かいます。

東釧路駅(これは釧路市の駅)→

↓参考・カッコしてあるのはこれまで行ったところ


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