2016年7月13日(水)
私の住んでいる稲毛からそこそこ距離があるので、別世界にある感じの町。
だけど有料道路を使って車を飛ばせば30分程度で行けてしまうので、そういう意味では遠いどころかとっても近い。
そんな遠くて近い千葉市の東側に隣接する大網白里(おおあみしらさと)市に、仕事ができたので車で行ってまいりました。
もちろん、町中をうろついたのは仕事が済んだ17時頃から。
(601)千葉県大網白里市役所→
東西に細長い自治体で、人口は約5万人。
つい最近、平成25年になったと同時に晴れて町から市に昇格。
「町」に長い間慣れていたので、どうもにも「市」に違和感があります、正直。
この間なんか郵便の宛先を「町」で書いてしまっていたし。
ところで、私がここを訪れた前日に亡くなった大橋巨泉さんの最後の居住地がここ大網白里市だったという。ふむう。
JR大網駅→
奥が千葉方向で、左は外房、右は東金の方。
駅ホームは二手に分かれている変わった作り。何でこんな風になっているかというと・・・。
↓東金方向の線路に沿って大網駅から北東へ4~500メートル程度行くと、こんな場所があります。
ここはかつて大網駅があった所(奥が東金方向)。
私の記憶ですと、そう遠くない頃にまだ昔の駅舎・ホームが放置されていた気がします。
昔の外房行きの列車はここでスイッチバック。それを解消するために外房線の新線を作り駅を今の場所に移したワケです。
旧駅からちょっと大網駅寄りにある踏切→
右のちょん切れた線路が外房への旧線。
旧駅舎跡地は今は公園→
因みに千葉駅も大網駅と似た感じの構造なのですが、千葉駅も房総半島へ向かう列車のスイッチバック解消のため、現在地に移転した経緯があったりします。
↓旧駅近くの、恐らく昔は大網の中心をなしていた商店街。
駅が近くから消えた(?)せいか、すっかり廃れてしまっています。
再び大網駅前→
大網シンボル(?)の高層ツインビルが迎えてくれます。
県道20号線を跨ぐ外房線の高架線→
この高架線を向こう側に、これまた最近まで旧外房線の線路があって踏切もあったのですが・・・。
今はですっかり一掃されて、そのカケラも見当たりません。
↓高架線をくぐると、ロードサイト店舗っぽいのが立ち並んでいたりイオンがあったりと、今では市の中心部っぽい様相を呈しております。
でも、ちょっと離れるとこうなっちゃう→
商売って厳しいのお。
さて、県道20号線を東にひたすら進むと海に辿り着きます(途中で県道83号線になりますが)。
せっかく車で来ている事だし、行ってみます。10km程度なんで。
海までの途中にある増穂地区→
ここらは住宅・商店が広がっていますが、それ以外は田んぼばかりの地区。
ところで察しはつくと思いますが、「大網白里」は「大網+白里」、つまり2つの自治体が合併してできたものと思うでしょう。
でも正解は「大網町+白里町+増穂村」。昭和29(1954)年に合併して、前身の大網白里町が誕生する。
「大網白里増穂町」ではさすがに長すぎる。そこで唯一村だった増穂にご退場いただいたのでしょうが、弱肉強食は世の常ですな。
↓正面の壁っぽいのをくぐると、そこは地の果て。
その名は「白里海岸」→
全国に通じる名前で言えば九十九里浜。
白里地名の由来は知りませんが、九十九里浜に面している集落。
仮に「九十九里=百マイナス一(いち)里=白里」(白寿が九十九歳であるのと同じ理屈)だったとしたら、昔の人の洒落っ気に感心するワケです。
↓2つ上の写真の壁は「九十九里有料道路(通称・波乗り道路)」の盛り土。
ただ、かさ上げ工事のため今年の4月から来年3月いっぱいまで閉鎖中。
↓夏は海水浴場客で賑わう海岸ですが、この日は人っ子一人いません、当たり前か。
あれから2週間あまり、梅雨も明けたし暑くなったしで、いよいよ夏本番!
そして「海の家」で働く人は多くの人が来てくれないかと、こう歌っているハズ(?)。
♪ああ神様お願い~
ぱやぱや。
参考・カッコしてあるのはこれまで行った所→
私の住んでいる稲毛からそこそこ距離があるので、別世界にある感じの町。
だけど有料道路を使って車を飛ばせば30分程度で行けてしまうので、そういう意味では遠いどころかとっても近い。
そんな遠くて近い千葉市の東側に隣接する大網白里(おおあみしらさと)市に、仕事ができたので車で行ってまいりました。
もちろん、町中をうろついたのは仕事が済んだ17時頃から。
(601)千葉県大網白里市役所→
東西に細長い自治体で、人口は約5万人。
つい最近、平成25年になったと同時に晴れて町から市に昇格。
「町」に長い間慣れていたので、どうもにも「市」に違和感があります、正直。
この間なんか郵便の宛先を「町」で書いてしまっていたし。
ところで、私がここを訪れた前日に亡くなった大橋巨泉さんの最後の居住地がここ大網白里市だったという。ふむう。
JR大網駅→
奥が千葉方向で、左は外房、右は東金の方。
駅ホームは二手に分かれている変わった作り。何でこんな風になっているかというと・・・。
↓東金方向の線路に沿って大網駅から北東へ4~500メートル程度行くと、こんな場所があります。
ここはかつて大網駅があった所(奥が東金方向)。
私の記憶ですと、そう遠くない頃にまだ昔の駅舎・ホームが放置されていた気がします。
昔の外房行きの列車はここでスイッチバック。それを解消するために外房線の新線を作り駅を今の場所に移したワケです。
旧駅からちょっと大網駅寄りにある踏切→
右のちょん切れた線路が外房への旧線。
旧駅舎跡地は今は公園→
因みに千葉駅も大網駅と似た感じの構造なのですが、千葉駅も房総半島へ向かう列車のスイッチバック解消のため、現在地に移転した経緯があったりします。
↓旧駅近くの、恐らく昔は大網の中心をなしていた商店街。
駅が近くから消えた(?)せいか、すっかり廃れてしまっています。
再び大網駅前→
大網シンボル(?)の高層ツインビルが迎えてくれます。
県道20号線を跨ぐ外房線の高架線→
この高架線を向こう側に、これまた最近まで旧外房線の線路があって踏切もあったのですが・・・。
今はですっかり一掃されて、そのカケラも見当たりません。
↓高架線をくぐると、ロードサイト店舗っぽいのが立ち並んでいたりイオンがあったりと、今では市の中心部っぽい様相を呈しております。
でも、ちょっと離れるとこうなっちゃう→
商売って厳しいのお。
さて、県道20号線を東にひたすら進むと海に辿り着きます(途中で県道83号線になりますが)。
せっかく車で来ている事だし、行ってみます。10km程度なんで。
海までの途中にある増穂地区→
ここらは住宅・商店が広がっていますが、それ以外は田んぼばかりの地区。
ところで察しはつくと思いますが、「大網白里」は「大網+白里」、つまり2つの自治体が合併してできたものと思うでしょう。
でも正解は「大網町+白里町+増穂村」。昭和29(1954)年に合併して、前身の大網白里町が誕生する。
「大網白里増穂町」ではさすがに長すぎる。そこで唯一村だった増穂にご退場いただいたのでしょうが、弱肉強食は世の常ですな。
↓正面の壁っぽいのをくぐると、そこは地の果て。
その名は「白里海岸」→
全国に通じる名前で言えば九十九里浜。
白里地名の由来は知りませんが、九十九里浜に面している集落。
仮に「九十九里=百マイナス一(いち)里=白里」(白寿が九十九歳であるのと同じ理屈)だったとしたら、昔の人の洒落っ気に感心するワケです。
↓2つ上の写真の壁は「九十九里有料道路(通称・波乗り道路)」の盛り土。
ただ、かさ上げ工事のため今年の4月から来年3月いっぱいまで閉鎖中。
↓夏は海水浴場客で賑わう海岸ですが、この日は人っ子一人いません、当たり前か。
あれから2週間あまり、梅雨も明けたし暑くなったしで、いよいよ夏本番!
そして「海の家」で働く人は多くの人が来てくれないかと、こう歌っているハズ(?)。
♪ああ神様お願い~
ぱやぱや。
参考・カッコしてあるのはこれまで行った所→