ゆっくりのんびり市町村廻り

何年かかるか、もしかしたらできないかもしれないけど、日本の全市区町村の制覇を目指して頑張ってみる!

179日目 しぶしししぶしちょうしぶし、というしぶ~い町

2017-08-29 23:53:20 | 九州南部
平成29(2017)年5月2日(火)


今回の旅において鹿児島県最後の訪問地へ。
そこは鹿児島のトリを飾るに相応しい、話しのネタには全く事欠かない志布志(しぶし)市。

(657)鹿児島県志布志市役所
平成18年に曽於(そお)郡の志布志町・松山町・有明町が合併してできた市で、人口は約32,000。
昔は日向国に属していたために宮崎県だったこともあります。

主な産業は、中・南部に広がるシラス台地でのサツマイモや茶などの畑作、豚・牛などの畜産。
海にも面しているので漁業も行われていますが、意外なのは養鰻業。
1年前、市のPR動画が物議を醸し、配信停止に追い込まれたのはまだ記憶に新しいところ。

ところで、この庁舎のある場所と言うと・・・→
何と、見渡す限り畑が続く山の中。
それ自体驚きなのですが、堂々貫録充分すぎる立派な役所建物であるのにもさらにビックリなのです。
あたかも、車を運転しない人は来るな!と言わんばかり。

ここは志布志市、なので旧志布志町役場なのかと思いきや、実は旧有明町役場だったりする。
その旧有明町ですが、どう見たって有明海に面してはいません。
志布志湾が別名、有明湾と呼ばれている事によるそうです。

役所は有明町に取られても市の中心をなすのは、後で触れますが、港町として栄えた旧志布志町。
さぞ志布志地区の人達は不便極まりなかろう・・・。

でも、大丈夫!
志布志地区の中心部には役所の支所がありますんで。
ただ、これが曰く付きのもので・・・。

志布志市志布志町志布志の志布志市役所志布志支所
看板は区切りの所で隙間があるのでそれほどでもないけど、これをくっつけてみると目がチカチカします。

仮名にすると「しぶしししぶしちょうしぶしのしぶししやくしょしぶしししょ」。早口言葉にも使えそう。
ついでですが、wikipediaの「志布志町志布志」の冒頭と地理欄は笑えるくらいスゴイ事になっています。

支所の背後は高台になっております。
上から見る志布志中心部→
江戸時代は大坂や琉球などとの貿易で発展した港町で、それは「志布志千軒の町」と呼ばれたほどだったようです。
奥に伸びる道路は「駅前通り」。

志布志の東西を国道220号線が横切っていまして、まずはその北側、古くから開けた地区を廻って見ます。

支所のある辺りは、昭和が残る商店街→

↓港町を彷彿とさせる雰囲気漂う街並み→

  

大正6(1917)年築の洋館まで残っていたりします→

志布志の東を流れる前川に架かる志布志橋から北側を見る→
今回は行きませんでしたが、奥には武家屋敷地区があります。

橋の南側→

川に面している「津口番所跡」→
廻船・貿易船の積荷の取締りを行っていた所。

次に国道の南側へ。
↓見た目はボロけど、そこがまたいい、昭和の飲み屋。
 

片や、ちょっぴり都会感のある「郵便局前交差点」近く→

全然銀座っぽくないけど、銀座街→
志布志は人はそれほど多くないけど、飲み屋の充実ぶりには目を見張るものがあります。

↓JR日南線の志布志駅。
 
今でこそ行き止まりの寂しい駅ですが、かつては大隅線・志布志線も乗り入れていた鉄道の要衝。
というか、今でも生き残っているのが奇跡的な感じの駅。
ポツンと止まっている気動車もどこかしら儚げ。

駅前→
目の前の交差点にかつての駅舎とホームがあったようで、その交差点を左右に伸びる道が高台からの写真でも触れた「駅前通り」。

駅前をまっすぐ行くと「志布志鉄道記念公園」があります→

↓志布志港
 
重要港湾に指定され、長距離フェリーや貨物船が入港する海陸交通の要衝。

奄美大島から船に揺られてこの港に降り立ったのが6年前。
その船は那覇発東京行きの旅客船でしたが、その航路は今では鬼籍入りし貨物船のみ運航。

因みにその旅では、奄美大島へは那覇から船で渡ったのですが、その船は某隣国の会社に売られた後、名前を変えて就航していたものの3年前にあえなく沈没。その国では大騒動となったあの事故です。
僅か6年でも、その間の変わりようたるや、ア然とするばかり。

それはそれとして、長距離の船旅では暇を持て余しますので、知らない人と話しをするようになることが多く、それは船旅の醍醐味の一つのような気がして、とても楽しいものです。
長時間乗る船旅からずいぶん遠ざかっているので、ちょっと恋しくなってきている今日この頃。

 



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