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映画・演劇のレビュー

『ナイトメア・アリー』

2022-03-31 10:50:40 | 映画

今回のデル・トロの新作映画のタイトルは日本語にすると「悪夢小路」ということになる。なんだか小さなお話を思わせるタイトルだけど、映画自体は2時間半の大作だ。ここに入ると抜け出せないし、ずっとここでさ迷っていたいとすら思わされる(悪夢なのに)夢のような心地よい物語。

2部構成で、前半は見世物小屋でのお話。空き地に建てられたカーニバルはなぜか雨ばかりが降る。主人公のスタンはそこで出会ったモリーとふたり、そこから飛び出していく。後半は2年後、スタンはある町で読心術を駆使してショービジネス界で成り上がり、やがて上流社会の闇へと飲みこまれていくことになる。夜のとばりが落ちた後、幻のような世界が幕を開ける。これはそんな映画だ。

冒頭の、父親を殺して家を焼くシーンから、見世物小屋へと流れ着き、そこで少しづつ読心術を学んでいくというストーリーはどうでもいい。我々観客は有無を言わされず、彼がこの悪夢のような(というか、すべてが悪夢そのものだ!)幻想的な世界に導かれていく姿を見つめることになる。驚異と恐怖の世界に誘われる。見世物小屋の呼び込みに声に誘われるように、デル・トロが仕掛ける世界に放り込まれるのだ。この迷宮はなぜか心地良い悪夢だ。破滅が待っているとわかっていても、いつまでもこの世界でまどろんでいたいと思わされる。

前作『シェイプ・オブ・ウォーター』の異形の恋愛譚も素晴らしかったが、今回の目くるめく悪夢の連鎖が何とも言えず心地よい。この夢の世界に導かれ、その甘美な毒に侵される。流れるように綴られていくお話はどこかで見たような夢の世界だ。リアルな現実ではなく、いつか見た夢。1939年から41年という戦争へと突き進む時代を背景にしてその現実が悪夢ならこの映画の描くスタンの人生は甘美な夢だろう。チャップリンに似た小男がドイツを戦争へと駆り立て、戦場はヨーロッパから日米間戦へと移り行く。そんなありえないような出来事が現実となる世界を彼らは生きている。でも、彼らがここで見せる現実はこんなにもおぞましく恐ろしいにも関わらず、甘やかだ。これはただの夢でしかない。美しい夢だ。その世界で一緒にまどろむといい。


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