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映画・演劇のレビュー

宇佐美まこと『月の光の届く距離』

2022-03-31 11:39:46 | その他

あの傑作『展望塔のラプンツェル』の宇佐美まことの最新作である。今回もキツイ話だ。読み進めるのには勇気がいる。あまりの痛ましさに目を覆いたくなる。辻村深月『朝が来る』を思わせるような始まりだ。17歳の少女が妊娠して子供を産むことになる。両親のもとを飛び出してひとりで生きようとする。同級生の恋人は妊娠を知り彼女を棄てて逃げ出す。誰一人頼るものもいない。死のうと思う。そこから始まる。第1章はそんな少女、美優のお話。2、3章では、彼女を助けて保護する兄と妹(明良と華南子)のそれぞれの事情が描かれる。

そこで描かれるお話はあまりにドラマチックすぎて、いくらなんでもそれはないだろ、とも思うけど、このあり得ないような偶然に導かれて、背景となる過酷な現実のリアルさとともに、そんなドラマに引き込まれてゆくこととなる。明良と華南子の話はありえないようなドラマだが、現実世界ではどんなことだって起こりえると思うと、そんなことだってあり得てもおかしくない。先日見た映画『10万分の1』だってそうだろう。

この小説の根底に描かれるような児童虐待は後を絶たない。無力な子供には抵抗はできない。だけど、犠牲になった子供たちをなんとかして救い出し、幸せに暮らして欲しいと願う大人たちもいる。ひとりの少女が出産に向けて立ち向かう姿と、彼女を保護して、彼女が無事に子供を産み、彼女とその子が幸せになれるために、最大限の努力をする。養子縁組、里親制度を描きながら、生まれてきた命を育てる意味を問いかける。自分のことだけで精一杯になるしかないダメな大人ではなく、どれだけ過酷な現実の中で生きていても子供のことを考え、生きる大人に。そして、子供たちが守られているんだという安心の中で生き生きと過ごせるように。たとえ一緒にはいられなくてもちゃんと「月の光が届く距離」で見守る。そんな覚悟をするたくましくなった美優の姿が胸に沁みる。


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