
シンプルなチラシがいい。毎回趣味のいいチラシで以前から気になっていたCLOUD9を初めて見た。芝居も、チラシのイメージそのままのシンプルさ。
このなんとも不思議なテイストがいい。ここには明確なお話はない。何も伝わってこないまま、終わる。だから最初は戸惑いを隠せない。これは何なのか、と。会話はあるけど、中身はない。だけどそんな空洞が何故か、心に沁みる。わかりあえない。言いたいことはある。だけど伝わるとは思えない。だからイライラする。諦めた。
役者たちは舞台からはけないで、そこにいる。明かりはないところで転がっていたり佇んでいたり。もちろんいないことも。最初は3人。それから常に5人から7人くらいがいる。だけど9人ともいることはなかった気がする。(たぶん)広い舞台上には一部だけ照明が当たり、そこで2、3人による取り止めもない会話がある。話す内容はたわいない。明かりの外で無言の人たちの姿の方が気になり、ついつい見てしまうくらいだ。
9人(ほんとなら10人だったけど、怪我から降板)はそこにいる。見える場所だけでなく、見えない場所に。誰を待っているのか。何を待つのか。本人たちにもわからない。
作、演出の小沢佑太は「学校をテーマにした、」という。確かに教師たちが登場して、会話する。元生徒たちは教師と会う。生徒同士の交流が描かれる。だけど、それだけで、学園ドラマというわけではない。お話の中核に学校はない。見事に学校は描かれないから笑ってしまう。
では何を描こうとしたのか。人は学校を出て、社会に出る。みんなの中から飛び立って、ひとりの場所に降り立つ。先生はいない世界で途方に暮れる。この静かな芝居は、誰かと一緒にいても、だから寂しい。
冒頭、引越しの荷物を開いてタイムカプセルを探し出す3人の元同級生の姿を見せていく。そこから始まる。恥ずかしい過去を振り返って懐かしむ。やがて、ふたりは帰ってひとりになる。ダンボールだらけの部屋に佇む。お気に入りの居酒屋は閉店する。生徒に暴力を振るった教師。結婚したばかりの夫を失った妻。待ち合わせにやって来ない友人。幾つもの小さなエピソードは細切れのまま終わる。その先はない。2時間10分の長尺だけど、起伏もない。ただ静かに流れていくだけ。
こんな芝居はない。あまりにそっけなく、戸惑いは隠せない。茫然として劇場を出る。もう夕方になるはずなのに、夏の終わりの陽射しは眩しい。