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映画・演劇のレビュー

宮下奈都『終わらない歌』

2014-02-09 21:28:50 | その他
こんなにも優しくて、弱りきった心を慰めてくれる小説はない。いつも気を張って無理して、頑張りすぎているから、どこかに支障ができて、気がつけば、性も根も尽きている。そんなとき、こんなふうに慰めてもらえると元気になれる。

別に言葉が欲しいのではない。反対に気持ちのこもらない慰めは「うざったい」ばかりだ。何も言わなくてもいい。ただそこにいてくれるだけで。これはそんな小説なのだ。

自信を失くしている。音大に行ってそこですごい人たちがたくさんいて、自分はもう一番ではないという事実を突き付けられたとき、ではこれからどうしたらいいのか、わからなくなる。井の中の蛙ではなく、蛙の中の井戸だ、と友達に言われる。もちろん、わけがわからない。でも、そんなふうに混乱しているということだ。これからどうしたらいいのか、わからない。どう慰めたならいいのかも。そんな彼女が主人公だ。玲と千夏。歌に魅せられた2人の少女たち。今ではばらばらの道を行く。まだ、高校を卒業して2、3年しか経ってない。でも、もう人生にくたびれている。当然のことだ。大人にはわからないだろう。20歳前後の1年はめまぐるしい。いろんなことが怒濤のように押し寄せる。50代になってしまい、本当にくたびれたオヤジになってしまった僕にでも想像できる。というか、体験した事だから。でも、半分忘れてしまっていたことだ。(そんな大事なことを忘れてしまってはいけないのに)

ここに出てくるもと2年B組の女の子たち。並びに3年A組の面々。そのなかの、数人がピックアップされるけど、本当は同窓会に集まったみんなの、それぞれのお話なのだ。もちろん、出席できなかったメンバーも含めて。みんながそれぞれの場所で戦っている。そんなみんなへの応援歌だ。歌とともに奏でられる6つのエピソードはそれぞれせつない話ばかりだ。そこにいる彼女たちのそれぞれのドラマが重なり合うことで、この『終わらない歌』が形作られていく。

玲と千夏の話から始まり、再び彼女たちの話へと戻ってくる。就職で新潟に行った女の子や、ソフトボールを断念し、トレーナーを目指す自分の道をあきらめた(あきらめざるを得なかった)女の子の話を挟んで、(同窓会のエピソードではみんなの「それぞれ」のさわりが語られる)玲と千夏のふたりの話に収斂されていくように綴られていく。そして、もちろん、そのすべてが歌をめぐるお話となっている。

高校時代の合唱コンクールで歌った。ただ、それだけ。でも、そのことが今の彼女たちを支えている。なんだか、それって奇跡のようだ。でも、人にとって何が大事なことかなんてわからない。どんなささいなことが、どれだけ、生きる力になるか、なんて。

読みながら、何度も涙ぐんでしまった。清らかな心に触れた気がした。歌うこと。ただそれだけのことなのに。ここに描かれるお話自体は、別にたいしたことではない。どこにでもあるような些細なことだ。だが、そのかたすみにある優しさに心震える。


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