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映画・演劇のレビュー

万城目学『とっぴんぱらりの風太郎』

2014-02-07 23:46:12 | その他
 なんと750ページにも及ぶ大作だ。2冊に分冊してしかるべき分量なのに、わざとこのボリュームのまま1冊にして刊行した。重い。腕がもげるほどに。これは本を読む読者への試練である。重くて持ち運びが難しい本を作ることこそ今回の万城目の策略なのだ。まんまとその策に乗せられてしまったわい。

 伊賀の忍者の話だ。でも、山田風太郎ではない。荒唐無稽な忍術合戦なんか描かれないし、ドキドキもない。今回の万城目は今までの彼ではない。なんと、とてもまじめなのだ。まるで冗談が通じなくなった彼と750ページもの時間を過ごすのは辛い。でも、最後まで耐えた。これは修行なのだ。

 風太郎とともに世界を見る。伊賀の山奥から一歩も出たことのなかった彼が、都に行くことになる。さらには、天下の一大事と向き合う。なんと秀頼公の護衛をすることになる。さらには大阪冬の陣、夏の陣を戦う。それって壮大なスケールの歴史超大作ではないか、と思わせるけど、実はそうではない。そんなストーリーと実際の小説とは別物だ。まるで手に汗握らない。ストーリーはぜんぜん進まない。風太郎は何もしない。世事にも疎くて、吉田山に籠っていて、何も知らないで、何もしないで暮らしているだけなのだ。

 しかし、気づけば先に書いたような大事件に巻き込まれている。本人には自覚すらないまま、である。そう書けば、また冗談のようないつもの万城目ではないか、と言われそうだが、そうじゃないんだ。ふざけるようなあの軽いタッチはない。あくまでもシリアスで、だんだん悲壮観すら漂うようになる。

 秀頼公の遺児がどうなるのかは描かない。もちろんこれは『プリンセス・トヨトミ』に繋がるお話なのだが、それはここでは関係ない。それより、秀頼が望んだ自由をもっと突っ込んで描いて欲しかった気がする。風太郎と黒弓がたまたま「ひさご様」と呼ばれたひょうたんのような巨漢と出会い、彼とたった1日を過ごしただけなのに、彼に心ひかれる。そこから話はどんどん膨らんでいくのだが、「ひさご様」こと秀頼公は、この小説の中で風太郎と合わせ鏡のような存在になっている。出会うはずのなかった2人が出会い、彼らの冒険が始まる、というのがどこにでもあるような小説の筋書きなのだが、この小説は、このふたりが一緒に冒険をする話にはしない。最初から最後まで風太郎はひとりぼっちだ。でも、彼はそんな孤独に耐える。考えればこの小説に出てくるみんながみんなそんな孤独を抱えている。その両極に風太郎と秀頼がいるのだ。この小説では一切描かれない太閤秀吉も同じであろう。歴史物語への挑戦は大変だったはずだが、この小説によって万城目学は今までのレベルから大きくステップアップした。拍手しよう。

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