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映画・演劇のレビュー

『小さいおうち』

2014-02-09 21:31:46 | 映画
 山田洋次監督が、新境地に挑戦した。こんな映画を巨匠が撮るなんて、驚きを禁じ得ない。いくつになっても前進していく。そんな姿勢に頭が下がる。僕たち若い者も負けられない。そんな気分にさせられる映画だ。もちろん、これは変な若作りではない。それどころか、映画はさすがに円熟の極みだ。そんなこと、当り前だろう。日本を代表する巨匠が、怯むことなく、こういうミステリータッチの作品に挑むのだ。

 昭和10年代という時代をどう切り取るのかが、今回の挑戦である。ノスタルジアではない。教科書のような「事実」の説明でもない。確かにこんなふうに生きた人たちがそこにはいた。そのことを教えてくれる。あの時代に赤い屋根のかわいいおうちを作るなんて、不謹慎だ、という非難はあったかもしれない。現実には、あれだけ目立つ屋根なら、戦争に突入したなら、塗り替えを強要されたかもしれない。そんなこと、その時代を生きた山田洋次なら、十分わかっているはずだ。僕たち何も知らない人間より、彼のほうがずっと、知っている。そんなことは、映画の中でタキおばあちゃん(倍賞千恵子)と健史(妻夫木聡)とのやりとりで示されている。彼がお勉強で知っている歴史と、おばあちゃんの見た実際の出来事との落差が、この映画のテーマでもある。平成の今と昭和のあの頃、ふたつの時代をつないで、タキの切ない想いが描かれていく。

 戦争の影が迫り来る時代、でも、人々は幸せに生きていた。そんな中でいろいろな出来事が生じる。生きているって、そんなものだろう。時代に翻弄されながらも、必死になって、自分らしく生きようとした人たち。これは、14歳で山形から東京に出てきて女中として暮らすタキ(黒木華)と、彼女が奉公した先の奥さま、時子(松たか子)との物語だ。そして、タキが生涯心に秘めたままにした奥さまへの想いが描かれる。叶わない恋心。ふたりの女性の届かない想い。それは、彼女たちを残して戦地に赴き、生きて帰ってきたふたりが想いを寄せた青年(吉岡秀隆)へと引き継がれていく。

 大仰なお話ではなく、それどころかこんなにもささやかでいいのか、と思うくらいに小さなお話なのだ。でも、この「小さいおうち」で起きた「小さいお話」を山田洋次は、誰にでもあり得たこととして、丁寧に綴ってみせた。

 山崎貴監督の『永遠の0』と構成が似ている。しかも、同じ時代の話だ。特攻隊の青年と、女中。それぞれ大学生の2人の青年が、死んでしまった祖父と、生きている祖母を訪ねる話。まるで符合するような2本の傑作映画が、時を同じくして若き巨匠と、老境に達した巨匠によって共作された不思議に驚く。


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