
『ひと』『まち』に続く小野寺史宜の三部作完結編。と、勝手に書いてしまったけど、どうだろうか。このタイトルの付け方は明らかにそういうふうな意図だ。3作は別々のお話でひらがな2文字タイトルという以外に明確な共通項はない。だが、さりげない日常の積み重ねの先にある「人」の営みが綴られているのは同じだろう。「人」が「町」で暮らし「家」に帰る。そんな当たり前のことを大事に描いていく。
今回は交通事故の後遺症で足を引きずるようになった妹を見守る兄のお話。『天使と悪魔のシネマ』『片見里荒川コネクション』『とにもかくにもごはん』『ミニシアターの六人』など軽くて読みやすくて、なんだか暖かい気分にさせられる作品を書くいつも通りに彼が肩の力を抜いたまま綴る渾身の力作である。
でも、この3部作は明らかに彼のほかの作品とは違う。ある種の覚悟がそこにはある。気負うのではない。だけど「自分にとっていちばん大事なものを伝えたい」という意気込みが感じられる。これはここまでの自分の集大成を目指した作品なのだ。でも、いや、だからこそ、力を入れすぎない。主人公である兄と妹はこの世界のどこにでもいるようなふつうの人たちだ。でも、そんなふたりだからこそ愛おしい。
大切な妹が交通事故の後遺症で足を引きずるようになった。恋人とのデートの途中で事故に遭う。恋人の運転のせいだ。その恋人は彼の親友で、事故の後、彼とは疎遠になる。許せないというわけではない。でも、仕方なかったとあきらめることができない。事故の後、妹と友人は別れた。事故のせいではないと妹は言うけど、なんだかなぁ、と思う。大学生の妹の就職を巡る出来事。自分の職場でのトラブル。そんなのは、どこにでもあるような日常だ。妹の事故後の対応を巡る両親の問題(母親が家を出ていく)も含めて、だ。
10か月の間に起こる小さな出来事を通して、彼の心がほんの少しだけ気持ちが動いていく推移とその姿が描かれていく。これはあくまでもお兄ちゃん目線のお話である。兄と妹の視点を交互に描くというよくあるパターンにはしない。オーソドックスに主人公は兄。そして時系列に沿って丁寧にエピソードは綴られていく。こんなにもなんにもないお話。シンプルの極み。もちろんそれを意図した。誠実で愛おしい物語だ。