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映画・演劇のレビュー

劇団往来『マクベス』

2022-04-05 12:20:13 | 演劇

昨年の『ヴェニスの商人』はとてもよかった。題材自体も往来のテイストに近いから無理なく作られていた。だが今回はシェイクスピア4大悲劇の一つ『マクベス』である。コミカルに仕立てるのではなく、シリアスで押し通すことになる。その重圧に耐えられるのか。その辺が成否のポイントになるだろう。

残念だが、失敗だ。最大の問題点は役者たちの芝居に幅がでなかったこと。手練れを配して確実に短いシーンでも彼らの芝居だけでキャラクターを伝えることが出来なくてはこういうダイジェストは成功しない。新人をたくさん起用したことが裏目に出た。

もちろん主人公マクベスを演じる要冷蔵はさすがに上手い。だが、彼と向き合う周囲のキャストが彼と拮抗できない。だから、マクベスが破滅していくというストーリーに説得力が生まれないのだ。お話自体は原作に忠実になぞっている。だが、お話を追うことだけに気を取られて、そこには余白がない。そして、ストーリーがあまりに単調に流れすぎた。だから見ていた退屈する。わかりきったお話なのにそのお話に引きこまれていくためには、個々のキャラクターの充実が大事だ。なのに、ストーリーを追うことが第1になっている。

1時間40分にまとめるためには、緩急が必要だ。そして、どこに焦点を置くか、その2点が眼目になる。この場合、マクベスと夫人との葛藤にそれを持ってくるべきだった。なのに、マクベス夫人は生きてこない。演じた洋あおいが悪いのではない。彼女を生かせない台本の不備だ。主人公であるはずのふたりの対峙が前面には出てこない。マクベスの強さと心の弱さ、同じように夫人の強さと弱さ、このふたつが共鳴したり反発したりという駆け引きがしっかりと描かれないことには緊張感は持続しない。表層的なストーリーに足を取られて、大事な部分がおざなりになってしまったようだ。

思い出してみよう。黒澤明監督の傑作『蜘蛛巣城』の主人公は三船敏郎ではない。山田五十鈴のマクベス夫人だった。彼女の狂気が映画全体を引っ張って行き、あの破滅へのドラマは作り上げられた。マクベスの弱さは彼女に頼る生き方に起因した。

冷静さを失い、森が動くという狂気に至る心のドラマがお話の中心になる。マクベスの破滅は自滅である。それが愚かな人間の営みにつながる。そんな図式がきちんと伝わるとよかった。真面目にみんなが頑張って演じていることは認める。だけど、ポイントポイントを担う若い役者たちには荷が重かったのだろう。残念だ。


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