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陰謀論的符号・・・ボストンマラソン爆破事件

2013-04-17 08:40:00 | 時事/金融危機
 


■ 何だか昔の左翼活動家やユナボマーを想起させる事件 ■

ボストンの爆弾事件は卑劣な犯行であり、
亡くなった方や、怪我をした人方々の事を思うと胸が痛みます。

一方で、アメリカ国内で起これば、これ程ショッキングな事件が、
イラクやアフガニスタンやパレスチナの日常である事も事実です。

ただ、今回の爆弾事件に関しては、犯行声明が出されていないなど、
いわゆる、イスラム過激派のジハードとは少し雰囲気が違い様です。

圧力鍋に爆弾と釘やベアリングなどを封入して爆発させる手口は
かつての「ピース缶爆弾事件」など、
左翼過激派の一連の手口を想起させるものがあります。

又、アメリカにはかつてユナ・ボマーと呼ばれた狂人的爆弾魔が居ました。
彼、テオドア・カンジンスキーは16歳でハーバードに飛び級入学した天才でしたが、
数学の助教授の職を辞した後、山小屋で隠遁生活を送ります。
そして、1975年から1995年の20年間、
彼は爆弾を大学の研究機関などに送り付け、3人が死亡し29人以上が負傷しています。
「ユナボマー事件」として全米を震撼させた事件です。

NYタイムスに送りつけられ、紙面に掲載を要求した
「ユナボマー・マニュフェスト」の文章が、
兄の文章に似ていると気付いた弟の通報から、
彼に嫌疑が掛かり、逮捕されるに至ります。

「ユナボマー・マニュフェスト」の中身は、
科学技術と産業の過度な発展に対する警鐘で、
内容的には、稚拙なもとも言えます。
現在で言えば、「中二病」的な妄想に彼は取り付かれていた様です。

ユナボマーは単独犯でしたが、同様の犯罪を左翼活動家達も繰り返しています。
そもそも左翼活動家達は、現実社会と折り合う事が出来ない
「永遠の中二病」を患った人達かも知れません。
「間違っているのは自分では無く、社会だ!!」と思い込んでいます。

こういった「屈折した怨嗟」が、暴力にはけ口を見つけると、
爆弾で無差別に人を殺傷する様な事件に発展します。

現在の「中二病」の重症者が、無差別に刃物で人々に切る付ける事と大差はありません。

■ アメリカの根底に渦巻く不満 ■

現在アメリカは極度に貧困の差が進んでいます。
1%の富める者と、99%の貧者に峻別が進んでいます。

若者は大学を卒業しても就職先がありません。
企業をリストラされた者は、たとえエリートであっても再就職に時間が掛かります。
元々貧しかった人達は、さらなる貧困に喘いでいます。

そういった人々の怨嗟の思いは、確実にアメリカ社会の根底に渦巻いています。

今回の爆弾事件は、ボストンマラソンのゴール付近で発生するなど、
明らかに、注目を集める事を目的としています。
そういった意味においては、劇場型の犯罪であり、
社会に対して、強いメッセージを発信しようという意図が感じられます。

■ アメリカの正義は弱者への暴力を許さない ■

一方、仮に社会に不満を持つ者の犯行であったとしても、
アメリカ人は貧困層まで含めて、今回の爆弾事件を支持する事は有りません。

アメリカ人の標榜する「正義」は、無抵抗の弱者への暴力を決して許しません。
(相手が外国人には全く適応されない法則ですが・・・)

■ イスラムのテロリストの犯行にすり替えられる恐れがある ■

私は今回の爆弾事件が、イスラム教徒の犯行とは思えません。
前述した様に、もっと個人的な歪んだ恨みの様な物を感じます。

しかし、この事件をイスラム教過激派の犯行と見る方も多いでしょう。
あるいは、マスコミがやんわりとそういう世論形成を誘導する可能性もあります。

FBIが、「イスラム過激派の犯行」と断定する場合もあります。

財政縮小を余儀無くされているアメリカでは軍事費が大幅に削減される予定です。
追い詰められた軍産複合体にとって、今回に事件は利用価値が大きい事も事実です。

今回の事件は、アメリカの世論の誘導がどの様に行われるのかを観察する
絶好の機会であるとも言えます。

■ 陰謀論的に気になる、J・F・ケネディー図書館の火災 ■

爆弾事件と時を同じくして、ボストン市内にある
J・F・ケネディー図書館で火災が発生しています。

J・F・ケネディー大統領の暗殺は有名ですが、
ケネディー一家は呪われた家系として有名です。
一族の者達は、飛行機事故や自動車事故で多くが亡くなっています。

ケネディー家はイルミナティー13家族の一角と言われていますが、
アメリカの歴代大統領の中で、カトリック信者ケネデイーだけです。

J・F・ケネディーには4人の子供がありましたが、3人は既に他界し、
今回、駐日大使に名前が上がっているキャロラインだけが存命です。

ケネディーの暗殺の理由は色々と取りざたされていますが、
アメリカの政府通貨を発行しようとした為に暗殺されたとの噂もあります。

ケネディー暗殺はFRB発足後、ちょうど50年目の節目でした。
FRBの発行した長期債券に関する内輪もめが原因だとの説もある様です。

一方、今年は1913年にFRB発足してから100周年にあたります。
FRBは民間銀行ですが、そのドルの発行権が100年で切れるとの説があります。


今回の爆弾事件とキャロランが館長を務めるJ・F・ケネディー図書館の火災は、
FRBとドルに渦巻く、様々な噂と共に、
陰謀論者の好奇心を刺激して止みません・・・・。


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5 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (ごまめ)
2013-04-24 14:41:13
お久し振りです。
家族の要介護度が進み、しばらくネットどころでなく、遠のいておりました。

さて、ボストンマラソン・テロの真犯人がチェチェン人兄弟ではないとするに足りそうな証拠写真が以下に挙がっていましたのでご報告します。
http://rictardkoshimizu.at.webry.info/201304/article_153.html
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Unknown (人力)
2013-04-24 16:50:11
ごまめ さん

お久し振りです。介護、大変ですね。私の親達もそろそろ老齢と呼ぶに相応しい年になってきており、他人事では無いと感じます。

ご紹介のページ、私のPCからは上手く開けませんでしたが、もしかして、事件後に兄がリュックを背負っていたと思しき写真でしょうか?
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Unknown (人力)
2013-04-24 16:52:51
高橋さん

5月はヘッジファンドの決算期であり、「Sell in May」の格言の月でもありますね。

米株は調整が入ると思いますが、日本だけの5月の大型連休って、問題ですよえね・・・。確かに市場関係者は安心して遊んでいられないでしょう。
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Unknown (東澤雅晴)
2013-04-25 11:40:13
閣僚の靖国神社参拝の本音の裏読み

実は中国も韓国も日本人の気質をそうとう恐れているのだと思います。日本の戦争の歴史ニュースを見ると、ちょっと異常と思える戦いぶりが記録されています。特攻隊であったり切腹であったり、玉砕であったり、現在の金儲けにまい進するドライな中国人や韓国人から見れば信じ難い行為です。どう考えても今の中国人や韓国人が過去の日本人の様な行動がとれるとは思えません。一般の国民は極めてドライです。勇ましい言葉ばかりで本当に国に殉ずる!という発想は元からないのではないでしょうか。反面,日本人は硫黄島ではありませんが、一度動き出すと徹底的にやりぬく国民だ!というイメージが潜在的にこびり付いています。現実に過去の歴史が示しています。靖国神社参拝はその復活を過剰に感じているのです。


おそらく今の日本人も過去のような行動をとらないと思います。民主的に人命が尊重され、それほど貧しくもありません。21世紀の近代的な国民です。それはそれで、参拝はスカッドミサイルや原爆以上に恐怖を与えています。日本人にはその過去から受け継いだ威圧力が判らないのです。今の一人っ子政策の中国の若者は、贅沢が身に着いた共産党幹部は、昔の日本の軍隊の様に玉砕を覚悟で死地に赴くなど絶対にできないと思うのです。
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Unknown (人力)
2013-04-26 05:27:47
東澤雅晴 さん

昔は人の命は軽かったのでしょう。7人も8人も子供が生まれれば、人の命の重さは現在よりも軽かったのでしょう。医療の発達していない社会では、人が死ぬのは日常であり、そして、有史以来戦争を繰り返して来た人類にとって、死も又日常の一部だったのでしょう。

日本人は日常である死に際して、武士道が発展する過程で一種の「美学」を作り上げますが、これはお茶を茶道に進化させたのと同様に、「死の形式化」だったのかも知れません。

武士以外は「死の美学」とは無関係でしたが、明治時代以降は軍の指導的立場であった将官クラスが軍の中に「死の美学」を持ち込んだのでしょう。学校教育に名を借りた軍隊教練が全国民に行なわれていた事とも無関係では無いと思います。

一方、現在の日本では「死の美学」は既に廃れて思想であり、老人に至るまで「生に執着」しています。現在野日本において徴兵制度が復活しても、ろくな軍隊にならない事は想像に難くありません。

ネットで勇ましい発言を繰り返す若者達は、いざ戦争となれば、われ先に逃げ出すでしょう。そういう私も戦争だけは御免です。

靖国参拝というパフォーマンスは、愛国心の名を借りた「売国行為」です。それが誰の利益になるか考えれば、派手はパフォーマンスによる損失の大きさは計り知れません。アメリカのアジアの分断工作に、無自覚に加担する国会議員なんて、結局は選挙の事しか考えていないのです。

英霊達の命の犠牲は、派手ばパフォーマンスで購うのでは無く、「不戦」の決意にて報われるべきではと考えます。その為には、私は核兵器の保有が一番だと思うのですが、世界がそれを許してはくれません。
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