ベルリン、ハンブルグに次いでドイツ第三の規模を誇るミュンヘン。
この辺り一帯、もともとは修道院の土地で、そこに後から街ができたらしく、市の紋章も修道僧をモチーフに描かれていると言う。
ちなみに、修道院では中世からビールを醸造していたらしく、ビールの街としての実績は十分とみえる。
ドイツ北部を代表する都市が自由ハンザ同盟の中核ハンブルクならば、ミュンヘンは南ドイツを代表するバイエルン公国800年を支えたヴィッテルスバッハ家の宮廷文化の中心地。
♪ ハンブルク(左)とミュンヘン(右)の市役所、どちらも由緒ある建物なのだそうです
♪ 待降節には、庁舎前広場のクリスマス・マーケットが賑わいます
旅の案内書に、“ オーストリアのザルツブルクからドナウの支流イザール川を渡って、大都市アウグスブルクへ塩を運ぶ通商交通の要衝にあったことから、莫大な通関収入を得て発展、その後、次第に都市としての機能が整いバイエルン王国の首都となった ” とあるミュンヘン。
ケルンやアウグスブルク、フランクフルトなどのように、ローマ人が町の基礎を築いたのではなく、ゲルマン人自らが造り上げた、いわば “ ドイツ人の街 ” と言われている。
♪ ミュンヘンの旧市街への入口カールス門(左)です
♪ 塩の砦の意のザルツブルク(中)のシンボル、ホーエンザルツブルク城から眺めた旧市街
♪ クリスマス・マーケットで賑わうニュルンベルク(右)です
そのミュンヘンが誇る美術館がアルトとノイエとデア・モデルネ。
ピナコテークが絵画の収蔵所という意だということは以前にも書いたが、デア・モデルネは欧州最大の規模を誇る近代アート、新しいという意のノイエは印象派から近代・現代絵画を中心に展示されている。
時間が限られた旅行、ノイエも訪ねてみたかったが、その日片道2時間ほどを費やし、彼のヒトラーが愛したニュルンベルクへのエクスカーションを予定していたこともあって、中世宗教・ゴシックからルネッサンス、マニエリスムを経てバロックまでの絵画を展示するアルテ・ピナコテークを選んだ。
♪ 待望のアルテ(左)、開館時間の10時きっかりに正面の大きな重いドアを押しました
♪ ロビーに続く大階段(右)、昇ると廊下に沿って展示室が並んでいます
降誕祭を間近にあわただしいであろう平日の朝、のんびりと名画を鑑賞する人もまばら、貸切のような展示室をゆっくりと巡った。
Peter & Catherine’s Travel. Tour No.596
旅も続けられて600回近く、今度は、ミュンヘンでしたか。
私の友人が、この街のオクトーバヘストに行って、ビールを一杯飲んだと言っていましたよ。
楽しみにしています。[E:foot]
爛漫の花、春の嵐に見事一夜にして、という感じでしょうか。
ロンドンの小さな美術館とも思ったのですが・・・、お楽しみに。[E:key]