夕べは台風放送を流しっぱなしだったが、心配した風は思ったほどではなかった。一安心。
でもそれに伴う雨が朝からすごい。
窓から見下す景色は まるでレースのカーテンが風に揺れるように、雨のベールの白い影が波打ち 車が水をはじく音がけたたましい。
このような天災が襲来するたび、古家のアチコチが傷む。嫌だ、嫌だ。
さて 私はいつも思う。この国の常識はどのようになっているのかと。
いつの時代にもバカはいる、けどこのように常識のないバカは昔はいなかったような気がする。本当に腹が立つ。
と言うのも大降りの雨の中 サイドビジネスのお掃除の日に決めているので出かけた。すぐさま 突き当たりのゴミ箱の片づけをする。
カン、ペットボトル入れ と書いてあるゴミ箱を整理。
毎回必ず コンビニのお弁当の食べかすや、家庭用の生ゴミが入っている。はずれがないのだ、ただの一度も・・
乾燥機にいれたままの洗濯物がそのままになっていると、他の人が使えないのでとオーナーさんが、わざわざダンボール箱を用意して「乾燥が終わっても、取りに来られない場合 中の物を入れてください。ゴミ箱ではありません。」と書いてあるのに必ず生ゴミが入れられている。
心が痛まないのかな?それともこうするのは当然と思っているのか、何歳くらいの人がこのようなことをするのか、敵は男か女かそれさえもわからない。
オーナーさんに「監視カメラを付けたら?」といったら
「そんなものすぐ壊されますよ。なんでも持って帰ったり壊したりする。浜田、江津と複数店舗を持っているが 江津のお客が一番性質が悪い。」といっておられた。恥ずかしい話だと思う。
大体ね、(小言ばばぁと化す私。)法改正でそりゃ 天下国家を論じるのもいいが、このような人が生きていくうえで必要最低限のマナー、決まりごとの方がもっと大事なんじゃないの?
俗世間で最も枠の小さい善悪基準、これもわからない大人に大手を振って歩いてもらいたくない。法律なんて難しいことはよくわからないが常識に従って判断する、行動する、そして無難に人に不愉快な思いをさせないで過ごす。
私は常識を法律より大きな行動基準にしてもいいと思う。
こういう大人に限って、給食費を払わないとか、子供の教育にいちゃもんつけるとか、決まっている。
電車の中や、レストランなどで自分の子供が騒いでいると「騒いではいけません、騒いでいるとほらそこの恐いオバサンに怒られるよ。」といった言い方で注意する親。
まわりの人に迷惑だからじゃなくて、叱られるから悪い事。叱れらなければ構わないのだ。ということはまわりに人がいなければ騒いでもいいということなのだ。
叱る親の善悪の基準というものが我々より大幅に外れているのだと思う。
もう 書き出したらきりがない。
こんな中途半端な大人を育てたのは我々団塊世代なんだよね。このことのほうがショックは大きい。
それにしてもいつか 見えざる敵をひっ捕まえて百叩きの刑にしてやりたい。
雨 夕方雨上る 30℃
台風直撃の予感
午後から雲行きが怪しくなってきた。いやだなぁ テレビは台風情報ばかり。
子供の頃は台風の来るのがうれしかったが 今はホント嫌!昔より断然勢力が強いんだもの。(写真は朝 少し陽が射した窓ぎわです。)
阿久悠さんが亡くなった。
阿久悠さんと言えば あまり歌を知らない私でさえも 「あれも?これも?」と思うくらい色々な作詞をしてるんだなぁと新聞を読んで驚いたが、私は江の川高校の野球部が少し前 甲子園でベスト4になったときに記念に野球部の応援歌と作詞してくれて、学校にその碑が立っているのを知っている。
トンボは「津軽海峡冬景色」が一番好きだなぁと言ったが、しもちゃんはやっぱり「ピンクレディでしょう。」という。イリコさんはジュリーの「時の過ぎ行くままに」が好きだと言う。私は「ジョニーへの伝言」が好きだなぁ。
年を感じるね。
で歌と言うと思い出すのだが いつだか 週刊誌に出ていた久世光彦のエッセイで「マイ・ラスト・ソング」を読んでいてなんとなく 死のまぎわ、この世との別れに聴きたい歌って何かななぁと ぼんやりと考えるよになった。
尤も人が死ぬということは壮絶なもので、そんなにゆったりとはいかないだろうけど、でもせめて それくらいの気持ちのゆとりは持ちたいものだと思う。後わずかだろうからね。
久世さんのこのエッセイは、自分の人生をどんな気持ちで終わるか、個人史を重ねた形で懐かしい歌への思いを綴ったものだったのだが・・・
おかしなもので いざ考えるとなると いい子ぶって懐かしい唱歌が出てきたり。
月の砂漠とか、牧場の朝とか、里の秋とか、浜千鳥とか、今わの際に耳にするには、いいんじゃないですか。
でも歌謡曲のラストソングなら、照れくさいんですが・・・・私は断然「逢いたくて「逢いたくて」と「そっとおやすみ」だ。
私の場合は レイ・チャールズの「愛さずにいられない」を静かに流して頂いた後、私の乙女心の部分をわしづかみにしてメロメロにした「逢いたくて、逢いたくて」を流していただき、我侭言うようですが、最後に「そっとおやすみ」で〆ていただきたいのです。
話はとんでもないところに飛び火したが 私が物心ついて初めて覚えた歌謡曲は「銀座カンカン娘」です。
「上海帰りのリル」とか「星の流れに」とか「黒百合の歌」とか、その後覚えて歌った歌だが、近い将来私がおボケになっても、こういう歌が流れるとうつろな目にも一瞬何か生気が宿ったりするものなのだろうか。
私は歌の力というものはそういう意味においては想像以上に大きいものではないかと思う。
なぜなら主人の母は、アルツハイマーで晩年は何もわからず恍惚の人だったが、ただ一つ「金色夜叉の歌」♪熱海の海岸散歩する 寛一お宮のふたりずれ~
この歌だけは最後まできちんと歌えたのです。
曇り 32℃
今年の七月は色々あったなぁ。
雨ばかりで 日照不足で、大地震があり、大型台風が日本列島を襲って、参議院選挙で自民党の大敗あり、色々な事が目まぐるしく、ニュースつけだった七月が終わった。それにしても光陰矢のごとしですね。
この前 亀井親子のほかに親子で国会議員はいる?と書いたが いました。河野洋平親子が・・
で 昨日の地方紙の一面に、当選した亀井あき子が出ていたのを見て笑った。
タイトルが当選の喜びを新聞で見ている亀井あき子さんだったが、中国新聞には中国新聞を広げたところ、山陰中央新聞では山陰中央新聞を広げているところが出ていた。当たり前だけどやらせだ!と笑ったのだった。
地方紙の一面って記事がほとんど どの新聞もみな同じなんですね。色々な新聞を比べてみてケチつけるの好きなんです。
さて 私たちは猫の化身ではありません。(え~猫のほがもっとまし?すいませんね。)
先日 なんちゃんが 「この鯛の粗を骨だけにしてもらえませんか?」
よくよく聞いてみたら、何でも小学校の娘さんの夏休み自由研究に使うらしい。
「これ 私たち食べていいの?どうしたんこれ?」
「お寿司屋さんに頼んで頂いたんです。真ん中の骨だけでいいんです。我が家は食べないから。」
ほい!きたガッテン!そういうことなら任してよ、お安い御用よ。と言うわけで食いしん坊の我々、思わず舌なめずり。
大きなお頭は兜煮にして 骨までシャブシャブ、シュパシュパとすわぶりながら
「あ~ビールがあったら最高!大きい鯛は美味しいね。」と言いながら手までぺろぺろと なめながら頂きました。
身の骨の部分は茹でて スープは潮汁に、こさいだ身はそぼろにして美味しく頂きました。次の日冷蔵庫に入れて保存していた兜煮の煮汁が煮凍りになっていて、これがまたご飯と一緒に食べたらもう ほっぺたが落ちそうなくらいゼラチン一杯でお肌つるつるじゃなくて指先べとべと。美味(びみ)でした。
でこのようになりました。大変おいしゅうございました。この研究が是非とも江津市長賞を獲得される事をイリコさん共々心からお祈りいたしております。
こういう協力ならいつでも言ってくださいね。大歓迎です。(写真はクリックで大きくなります。)
晴れ と言ってもどんより 31℃