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太股引き締めを取るか、日焼け防止をとるか、ううむ、究極の選択だ。
買い物に行くのに車で行くとダイエットにならない。自転車で行と帽子が風で飛び、首から顔から真っ黒に日焼けする。
出がけに迷っていたらたらイリコさんが、「今日は曇っているから、ちゃとび号で行ったら?」という。ならそうしよう、というわけで、わっさわっさ太股あらわにチャリでスーパーまで出かけた。
すこし付け加えると、太股見せるのが好きなわけではない。私のスカートはほとんどが、八枚剥ぎのフレアスカートなのだ。風を正面に受けると、裾がめくれるというわけ。
じゃ パンツをはけば?と思いでしょうが、トンボ曰く「”お尻の下がすぐかかと”という珍しい人を生まれて初めて見たよ。」
「土手の柳は風まかせ」のトンボに言われたかぁないけど、事実だから反論のしようがないわ。
でも見たんだろろうか?ひと様の旦那様なのに。
またまた枕が長くなってごめんなさい。
ちゃとび号で出かけた買い物の帰り、少し距離を延ばして見ようと思い、国道9線から山陰本線を横切り産業道路へぬけた。
丁度 カンカンカンカンと踏切の信号機が鳴り、たった一両の列車が通過した。
自転車を降りて踏切を渡る途中 線路の真ん中で写真を撮ってみた。辿って行くと下関まで行く方向です。
ずーっと眺めていたら、踏切からちょっと逸っして、線路のうえを歩いてみたくなった。子供のころよく歩いたみたいに、くすんだ銀色のレールの上を。
自転車を広場に止めてよいしょと・・・( 田舎は、一時間置きくらいしか汽車が通らない。)
が、なんか変だ。やけにぐらぐら不安定で、ちっとも、まっすぐに歩けない。おっとと・・
子どもの頃は、もっと、たったかたったか歩けたのに何でだ!
もちろん、年と共に運動神経が衰えてはいるけれど、でも、高くて細い平均台の上を歩こうというわけじゃなし。
枕木の上のわずか数センチの高さのレールの上を、ただまっすぐに歩こうとしているだけなのに。
そうか、子供のころは足が小さかったのだ。もしかしたらレールの幅より小さかったかもしれない。いま私の足はレールからはみ出しているから 不安定なのだ。そういうことなのだと思う。
人はみな子供から大人になるのだから もちろん同じ人間なのだけど「感覚」というものは多分 最初に感じたそのままが頭のどこかに残っているのだと思う。だから子供のころは出来たのにと思っても そのギャップに戸惑うのだと思う。絶対にそうだ。
2、3年前、東京から越してきて一番最初に住んだ小さな町にに行ってみたことがある。半世紀ぶりに行ったその町は、住んでいた借家はもちろん古い家だったのでもうないと思っていたけど、水遊びした水路や、石蹴りや、缶蹴りをして遊んだ道や、石段を何段も上がって遊んだ畑の 高さも、道幅も、子供の頃より随分とと狭く、高く感じるのだ。違う、記憶の中の道は、もっとずっと、ずっと広かったのだ。
駅にしても、こんな田舎でも、まわりの商店の変貌ぶりは、予想していたことだから、それほど驚きもしなかったけれど、そこから毎日歩いて小学校に通った道からして、なんだか違う、もっと広かったと思ってしまったのだった。
レールの上を歩いて遊んだ線路も、もっと幅が広かった。枕木の下にごろごろ転がる茶色のグリ石も片手にあまるほど大きくて、カンカンカンカンと鳴り響く踏切の信号機も、もっとずっと背高のっぽだった。
今の私の記憶の中にある、その町の景色は、子どもの時の私の目に映っていた景色だったのだと思う。
よく、子供目線と言うけれど、それは単に「目の高さ」ということだけではなくて、もっと人間の五感の中の、感覚的なものを言ってるのだきっと うん、きっとそうだ。
子供の頃って何でももの珍しく、何でも見て吸収してやろうとキョロキョロ見つめていたけど、その時見ていた景色や、小さな手足でたくさん触れて感じて覚えた感覚。周りの環境の自然が醸し出す様々な音。それらが人の感覚と一緒になって、思い出の町として頭のどこかに残っているのだ。
残念ながら、人が便利を求めた結果あまりにも変ってしまった風景なので、もう二度と、その感覚を取りもどすことはできないしだろうし、あの景色をこの目に映すこともできない。
でもそれは、今も身体の片隅のどこかに絶対に残っている。消えないで。
人は 行ったこともないのになんとも懐かしい景色に出会うということがままある。それはきっと その時の感覚に近いものが 心の琴線に触れるからだと思う。

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