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ブレンド日記

世の中の出来事・木馬での出来事・映画の感想・本の感想・観るスポーツ等々ブレンドして書いてみました。

長生きの意味

2011年02月09日 | ひとりごと

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 朝、イリコさんのお父さんが倒れたとの連絡。
我々二人とも、自分の親の介護をしながら仕事をしているので、大変さがホントよくわかる。
いずれ行く道とは言いながら、家族や人様に世話かけずにあの世に行けたらどんなに幸せだろう。
親って子供にとって家族であり大切なものだから、不様な姿は決して見たくない。尊厳などという難しいことはよくわからないけど、この世の中に自分一人しか生きていないのであれば、尊厳なんてそんなものはあり得ない。人と繋がっているから、人と助け合って生きているから尊厳というものが成り立っているのだと思う。
親の介護は、自分の親ならなおさら悲しい。この親から生まれたのだろうか?こんな親の姿は見たくない、こんな親ではなかった、もっと凛としていたのに。
そんなこと思いながら介護するから余計にそう思うのだ。

いいか悪いのかわからないが、イリコさんのお父さんは、少しの入院で済みそう。
これからが大変とため息ついている。


長生きが幸せなのか、最近本当にわからなくなってきている。
この世に貢献するようないい仕事をしたってたくさん生きられない人もいるのだから、私などもう適当に召されてもいいのではないか、ただ介護だけに生きているのもつまらない。親の介護がすんだら今度は自分が要介護になったりして・・・
老老介護は得てして介護する側に心の乱れを生じると思う。

食べ物を制限され、好きなもの食べられず、好きなところにも一人では行けず、テレビに話しかけ、私の作った減塩たんぱく質調整食事を無心でほおばっている、そんな母を見ていると長生きはどうなのかと思ってしまう。

でも、この母がいたから私はこの世に存在するわけで、孫たちも今一番心配なのは、育ててくれたおばあちゃんの身体の事だという。
元気でいつまでも生きてほしいと口をそろえて言う。

それを思うと、世の中の何割かは、そういった他者への思いやりで成り立っていて、そういう願いが誰かを生かしているのかもしれない。だとしたら長生きも少しは意味があるのではないか、やっぱり、しっかりと健康への努力を怠らず、最後まで親を見なければ?とぼんやりと思ったのでした。

雲り時々雨 7℃


人生ってやつは・・

2009年11月06日 | ひとりごと
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 たったの往復2000歩。
日本海と木馬の距離です。
午後から少し陽が射してきたので、ウォーキングしてみました。
風は少々の南風 凪ですね。でも騙されてはいけません。
これが時に荒れ狂い、轟音とともに、怒涛のごとく逆巻きテトラポットにぶち当たるのです。
すごい迫力。こういうのを目の当たりにすると、あぁ、自然は手がつけられないなぁ、そう思う。

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 先月の終わりのこと。
三遊亭円楽さんが亡くなった。
私は志ん朝さんが消えたときよりショックは少ないけど、でもやはり、同世代のような気がして 寂しいし残念だ。
お通夜の様子がニュースで流れていて、6代目円楽を襲名する楽太郎さんが、涙ながらにインンタビューに答えていたけど、「『楽太に名前も譲った。弟子も真打になった。やることがなくなってしまったよ。』やることは”生きていてくれること”ですよ。」と・・・
高齢化の世の中 76歳はまだまだ若いのかもしれないが、やることがなくなったということはやはり充実した人生だったのだろう。
満足のいく終わり方ができるというのは 勿論努力もあるだろうけど、運や取り巻く環境 すべてが整っていなければならない。そういう意味ではうらやましい。

歳をとると「人生」ってやつは勝手にむき出しの形で付きまとってくる。
不況のせいもあるだろうけど、知りあいも、多くが突然ここにきて奈落の底に突き落とされたり、180℃生き方を変えざるをえないような「人生」の残酷さを感じているという話題が多くなった。
ほろ苦いとかそんな生易しいものじゃなくて、もっとキツイ苦さなのだ。
「人は何のために生きているのか」なんて甘っちょろい事は私は追及しない。
考えてもどうにもならない、人は意味がなくたって生きるのだ。

私は今 考えてもみなかった人生を、(若い時にはこういう風になるなんて考えてもみなかったという意味ね。)わけも分からず歩いている。そしてこれからどうなるのかだって皆目見当もつかない。
でもここにきてあきらめもあるのか、与えられた私の人生を 味わい尽くしたいなぁと思うようになった。
それには身の丈に合った生き方、甘いか、辛いか、えぐいか、それぞれに苦くてもそれが自分にとっての現実なら、きっと値打ちがあるような気がする。
誰ひとりとして同じ人生なんてこの世にないのだから。

ううむ・・・というかそう思わなければやっていられない。

そういう意味では歳をとるということもまんざらでもないかな。
76歳くらいになったら私はどういうことを考えて、どこで生活しているのか・・
独り身というのはある程度自由だ。
そんなこと言って 案外この世から消えてるかも。

円楽さんの訃報の話から 随分話が飛躍してしまいまして どうもすいません。

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晴れ 22℃

追記

そういえば・・・


満月の夜も雲が多いとはいえ 空ばかり見上げていたら見えたであろう まんまるお月さまが。
でも 暗くなると持病の涅槃時参り病の発作が起きて、見れなかった。
で昨夜は不穏な雲の向こうに、かすかに赤い月が。見えました!綺麗!!
中秋の名月の時とは色が違う。
あぁ悲しいかな・・・私のコンデジではこれが精一杯。

それでやっとちゃとびさんが教えてくれた『しし座流星群』は首がが痛くなるほどあんぐり口をあけて見上げたけど、見えなかったわ。残念・・

感覚のギャップ

2009年09月14日 | ひとりごと
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 太股引き締めを取るか、日焼け防止をとるか、ううむ、究極の選択だ。

買い物に行くのに車で行くとダイエットにならない。自転車で行と帽子が風で飛び、首から顔から真っ黒に日焼けする。
出がけに迷っていたらたらイリコさんが、「今日は曇っているから、ちゃとび号で行ったら?」という。ならそうしよう、というわけで、わっさわっさ太股あらわにチャリでスーパーまで出かけた。
すこし付け加えると、太股見せるのが好きなわけではない。私のスカートはほとんどが、八枚剥ぎのフレアスカートなのだ。風を正面に受けると、裾がめくれるというわけ。
じゃ パンツをはけば?と思いでしょうが、トンボ曰く「”お尻の下がすぐかかと”という珍しい人を生まれて初めて見たよ。」
「土手の柳は風まかせ」のトンボに言われたかぁないけど、事実だから反論のしようがないわ。
でも見たんだろろうか?ひと様の旦那様なのに。

 またまた枕が長くなってごめんなさい。
ちゃとび号で出かけた買い物の帰り、少し距離を延ばして見ようと思い、国道9線から山陰本線を横切り産業道路へぬけた。
丁度 カンカンカンカンと踏切の信号機が鳴り、たった一両の列車が通過した。
自転車を降りて踏切を渡る途中 線路の真ん中で写真を撮ってみた。辿って行くと下関まで行く方向です。

ずーっと眺めていたら、踏切からちょっと逸っして、線路のうえを歩いてみたくなった。子供のころよく歩いたみたいに、くすんだ銀色のレールの上を。
自転車を広場に止めてよいしょと・・・( 田舎は、一時間置きくらいしか汽車が通らない。)

が、なんか変だ。やけにぐらぐら不安定で、ちっとも、まっすぐに歩けない。おっとと・・
子どもの頃は、もっと、たったかたったか歩けたのに何でだ!
もちろん、年と共に運動神経が衰えてはいるけれど、でも、高くて細い平均台の上を歩こうというわけじゃなし。
枕木の上のわずか数センチの高さのレールの上を、ただまっすぐに歩こうとしているだけなのに。

そうか、子供のころは足が小さかったのだ。もしかしたらレールの幅より小さかったかもしれない。いま私の足はレールからはみ出しているから 不安定なのだ。そういうことなのだと思う。

人はみな子供から大人になるのだから もちろん同じ人間なのだけど「感覚」というものは多分 最初に感じたそのままが頭のどこかに残っているのだと思う。だから子供のころは出来たのにと思っても そのギャップに戸惑うのだと思う。絶対にそうだ。

2、3年前、東京から越してきて一番最初に住んだ小さな町にに行ってみたことがある。半世紀ぶりに行ったその町は、住んでいた借家はもちろん古い家だったのでもうないと思っていたけど、水遊びした水路や、石蹴りや、缶蹴りをして遊んだ道や、石段を何段も上がって遊んだ畑の 高さも、道幅も、子供の頃より随分とと狭く、高く感じるのだ。違う、記憶の中の道は、もっとずっと、ずっと広かったのだ。
駅にしても、こんな田舎でも、まわりの商店の変貌ぶりは、予想していたことだから、それほど驚きもしなかったけれど、そこから毎日歩いて小学校に通った道からして、なんだか違う、もっと広かったと思ってしまったのだった。
レールの上を歩いて遊んだ線路も、もっと幅が広かった。枕木の下にごろごろ転がる茶色のグリ石も片手にあまるほど大きくて、カンカンカンカンと鳴り響く踏切の信号機も、もっとずっと背高のっぽだった。
今の私の記憶の中にある、その町の景色は、子どもの時の私の目に映っていた景色だったのだと思う。

よく、子供目線と言うけれど、それは単に「目の高さ」ということだけではなくて、もっと人間の五感の中の、感覚的なものを言ってるのだきっと うん、きっとそうだ。
子供の頃って何でももの珍しく、何でも見て吸収してやろうとキョロキョロ見つめていたけど、その時見ていた景色や、小さな手足でたくさん触れて感じて覚えた感覚。周りの環境の自然が醸し出す様々な音。それらが人の感覚と一緒になって、思い出の町として頭のどこかに残っているのだ。
残念ながら、人が便利を求めた結果あまりにも変ってしまった風景なので、もう二度と、その感覚を取りもどすことはできないしだろうし、あの景色をこの目に映すこともできない。
でもそれは、今も身体の片隅のどこかに絶対に残っている。消えないで。
人は 行ったこともないのになんとも懐かしい景色に出会うということがままある。それはきっと その時の感覚に近いものが 心の琴線に触れるからだと思う。

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雲り時々薄晴れ 27℃

生まれ変わっても・・

2007年06月01日 | ひとりごと

 6月になり 我が家の中庭の紫陽花も綺麗に咲きました。
気分一新 爽やかなテンプレートに変えましたよ。悪戯フレンド日記さん!(ART-Meter > 金魚3 右 )

 

 この前のNHKの朝の連続ドラマ「芋蛸なんきん」で かもかのおっちゃんの遺影にむかって主人公が語りかける場面があった。
今度生まれ変わる時も 何度生まれ変わっても、絶対にわたしを見つけてね。わたしもあなたを探すから、きっと見つけるから・・・ドラマとはいえステキな夫婦だった。

私もその気持ちよーくわかる。すごくわかる。人は誰でも死ぬ わかっているけど、死によって離れ離れになるのは辛い。特に大切な人との別れが 突然ならなおのこと、いつか逢えるそう思いたい。  

 今日はまったく私事なのですが、6月1日は結婚記念日なんです。書こうか書くまいかと散々迷ったのだけど・・・・まぁ いいか。太宰治の富士山には月見草が似合う(こじつけで関係ないけどという意味ね。)のノリで読んでくだされば幸いです。

 

 もし生まれ変わるとしたら?と子供の頃はよく考えた。オリンピックの表彰台に上がる選手を見るたび、あー金メダルを取れる様な 日本国中に夢と希望を与えるような人に生れたかったなとか、歌手になってテレビで歌ってるような人に生れたかったなとか、数学がよくできる人に生れたかったな、とか思ったけど、たまには 動物なら鯨がいいなとか、でもそんなことを考えながらも「生まれ変わり」などあるはずないと思っていたから半分諦めていた子供の頃。

 でも ここに来て色々あれこれ考えると、今度生まれ変わるのが 大富豪なら お金持ちつけてないからすぐに身上潰しそうだし、楊貴妃のように美人なら もてすぎてあの男この男と選ぶのに困るだろうし、天才的な芸術家なら作品が制作できなくなったら落ち込みが恐いし、今のままでいいような気がする。

 今のままで 今のように大切な人や、よくしてくださる人達がいればそれが一番だと思う。でも?
それなら 夢がないかな?夢なら言いたい放題だから、微妙なところ(たとえば顔を小さくとか、足を長くとか?)を少し変えてくださいな。なーんてね。


   あの世とこの世 前世とか来世。そういうことがあるんだか、そしてまた行けるのだかそれは誰にもわからない。
けど 人生で出あったりめぐり合ったりした人に「何か不思議な縁」を感じることは確かにある。もしかしたら前世で繋がっていたのかも?と感じる出会いもある。
もしかしたら生れる前から この人とはどこかで繋がっていたんじゃないか、神様が悪戯したんじゃないか、そんな感覚に包まて不思議に思う事だってある。

 だから来世は実感できなくても 前世はあるような気がするのは うまく言えないけど 今生きていると言う感覚や細胞が左右しているのかもしれない。

 人は誰でも一人では生きていけない。それならこの心細さや 頼りなさを このような不思議な感覚や つながりのある人たちの暖かさに甘えて これからも生きて行いけたら こんなうれしいことはないと思うのです。

  そして命尽きたら 必ず待っていてくれるあの人を探して言わなくちゃね。
一日日向に干したお布団にくるまって目を閉じる時のような、幸せをまたお願いしますと…

 曇り 21℃


ひとり思う事。

2006年12月10日 | ひとりごと

 出掛けに雨足がひどく 鉛色のどんよりした空を眺めてため息をついた。そんな 憂鬱な気分を吹き飛ばしてくれるようないい香り。
目で探すと草むらから水仙の花が花をつけていた。
雨や風に 大揺れに揺れながらも元気に咲いていたので、パチリ。

           ******************************

  ちょっとしたことがきっかけで、自分の過去を省みる機会があった。
それで気がついたのだが、私には確固とした信念がなかった。人生における夢のようなもの、人はどうだか知らないが私のそれは、亡くなった主人と同じ物だったような気がする。同じ夢を見ることが幸せだったような気がするのだ。

 そしてひとりになった今現在が無い、この恐怖が私をいつも心細くさせる。
子育ても終わり、また自分の世界が戻ってきた、しかしそこには夢を一緒に実現する相手がいないのだ。飛ぶように言ってしまう時の速さ、いつもそれに手が届くようで、それはひらひらとしていて、現実の世界に住んでいながらそれが影に過ぎない、どことも無く消え去る影に過ぎないと思ったときの心細さ。

 しかし 森鴎外の「日本人は先のことばかり考えて生きている、小学生は中学生になるために早起きして学校に通い、中学生は高校生になるために早起きして学校に通い、高校生は大学生になるために早起きして学校に通う、大学生は社会人になるためにやはり早起きして学校に通う。社会人になったらなったで、また早起きして会社に通う、そしてその先はなにも無いのだ。」と言うようなエッセイがあったが、この先この先と考えるような生活はごめんだ。
先には何も無いのだから・・

 ついでに森鴎外の娘の森茉莉の「時の翼」と言うエッセイで書いていたのだが、
時は痩せた小さな小鳥で、一秒の何十分の一の速さで飛び去る。ある時ふと私はそれに気づいて不安になり、深い恐ろしさを感じた。それがどんなに恐ろしいことかというと、誰かが紅茶を掻き回した匙を受け皿に置く。それから紅茶の茶碗に手をかける、その紅茶に手をかけたそのときはもう 匙を置いた時はもう 返って来ない。云々
うまい事を言う、そうして誰も気づかないうちに時は過ぎていくのだから・・

深沢七郎もうまい事いってた。
「人間は誰でも屁のように生まれてきたんだから、生まれたことなどたいしたことない、だから死んでいく事もたいしたことないのだ。」

年も迫ってくると、くだらない事ばかり考えてしまう私です。

雨 後曇り 後時々晴れ12℃


おやじ論

2006年10月05日 | ひとりごと
それにしても 私もまったくイヤミな女です。

 朝のこと。
お客さんが「江の川の鮎は腹に砂を食べていて、美味しくない、やはり琵琶湖の鮎を半養殖みたいにして放流するからでね、それに比べて高津の鮎は腸が緑でコケがいいのか香りがいいね。」そう言われた。

 ちょっと待って!。私は鮎の生態にはちょっとばかりうるさいよ。
なんせ いつも頂く時に、その鮎についての能書きを耳たこ状態になるまで聞かされていますから・・

 「その鮎は、投網ですか? やはり鮎は友釣りですよ。私は解禁の時から高津の鮎、錦川の鮎、大田川の鮎、八戸川の鮎、勿論江の川の鮎もそれこそ毎月のように食べさせてもらっていますけど、江の川の鮎は大きくて脂が乗っていて、水の流れが早いので運動量もあり、ものすごく美味しいですよ。この前頂いた鮎などは、焼きながら脂がポタポタと落ちて、背中に白い脂が一杯でものすごく香ばしくて、最高でした。
まぁ、投網ならどんな鮎も引っかかるし、それに砂をかんでいるのは、鮎が子供を産むために体力をすっかり使い果たして、へとへとになっていて、その為に安全な岩場に卵を産むという母性本能で、砂を食べて減った体重を増やして水の底に潜るのです。多分それを口にされたのでしょう。江の川はコケも豊富ですし、全国でも大きさと、美味しさでは有名なんです。」と一気にまくし立てるように言ったら、そのお客さん、へぇーこりゃ変なことは言われんわい、というような顔をして、「そうなんですか?私は料理屋さんで聞いた話なんですがね。こりゃ失礼いたしました。」

  馬鹿なことを言うんじゃないよ、わたしゃ、何年鮎釣り名人と付き合ってると思ってるんよ。
イリコさんは、帰られた後でいつも色々なことを自慢して、知ったかぶりして、いい男でもないのに自分はもてるというようなことを平気で言う方だったので、「すっきりした、さすが電工のMさん直々の鮎談義も役に立つね。」と笑っていたが・・

 さて、少し関係ある話なんですが、男の人大好きで、おやじ大好きな私ですが、自分でも時々思うほど、イヤミな女だからエラッそうなことは言えないが、おやじにも好きなおやじと嫌いなおやじがいる。
好きなおやじとは色々あるけど、嫌いなおやじは決まっている。
洒落っ気とユーモアのないおやじ、ごめんね、ドンドン出て来る。現実を無視していいとこ取りし、ご都合主義的で自分を笑うセンスのないおやじ。
こういうおやじが店に来ると、表面はそりゃニコニコして合わせるけど、本当のところは、「げぇ、」「いけすかん」と思ってしまう、自分のことは棚に上げてですが・・

 で好きなおやじは、そりゃユーモアがあり、それ相応の常識を兼ね備え、しかし決してそれをひけらかすことなく、適当な悪戯も日々の生活の調味料のようで、心の二枚目、たとえば遠藤周作のような人が好きです。

雨 日がな一日雨  24℃