ブレンド日記

世の中の出来事・木馬での出来事・映画の感想・本の感想・観るスポーツ等々ブレンドして書いてみました。

益々 政治不信。

2007年05月31日 | 四方山話

 なんと、なんと、只今運休中の三江線にジーゼルカーが 走っていた。
6月16日の開通と聞いていたから 驚いたけど、どうも試運転らしい。
昨年の7月の大雨の土砂崩れで運休中だったが、超赤字路線(100円稼ぐのに300円かかるらしい。)だから きっとJRもこのまま 廃線にしたいのが本音だろう。

 午後の暇な昼下がりにこの話をしたら 無責任トンボが言う。
「JRもここまで待たせたのなら 梅雨が明けるまで待てばいいのに。どうせまた大雨が降って 開通即運休が関の山よ。もっともそんなこと言ってたら、永久に開通はないだろうけど。」

 さて 今日で5月も終わり。
昨年より気温が低かったような気がする。エアコン入れる回数が少ない。(今日など18℃で 寒い寒いとみな長袖着ている。)

 暑くもなく 寒くもなく ただ 曇り空が気に食わないけど 気持ちのいい日。
この季節エアコンがいらないのは最高よね、などといい気分に浸っていたら、スポーツ新聞を見ていて、たちまち驚く。

裏面は 紀香一色。一面はなんと若尾文子一色。
何でも 今度の参議院選挙に 夫の黒川紀章と揃って出馬するらしい。黒川氏が党首を務める「共生新党」の比例代表候補として立候補するんだって。

有名人ってどうして政治家になりたがるんだろう、黒川紀章なんて、この前の都知事選のときも お金がたくさんあるところをアピールして 豪華サロンカーや、クルーザーやヘリコプターなど使って、我々一般庶民のとても理解できないような選挙運動をしていたし、考えてみたら 何年か前の 野村沙知代より少しはましかと思うけど、それにしてもねぇ。
(何でも扇千影のようになりたいといったとか、扇千影は70歳になったから 議員を引退するのに 今若尾文子は72歳だよ。)

 女優の若尾文子って 上品で 少し鼻に掛かったような声で 結構好きだったんだけど、旦那さんの悪ふざけに付き合ってほしくなかったな。

 有名人立候補選挙は 若者の政治離れや政治的無関心を益々 増長させると思うんだが違うだろうか。
なーんて 私がここで力んで見たところでどうにもならない。
なら、立候補たちの資格審査をしたらどうだろう。
政治関係の知識に関する筆記試験と 公開討論等々 せめて世間並みの知識があるかどうか・・・

情けないね。

曇り 時々 薄晴れ 18℃ 4月の始めの気候かな?


大相撲の事

2007年05月30日 | スポーツの事

  

 昨日 サイドビジネスの日だった。午後から どんよりで、蒸し暑かった。お掃除がすんで汗かいて「さぁ 帰ろう!」
都野津まで来たら山田時計店のあたりから のろのろ のろのろ ・・・まったく車が動かない。大渋滞だ。
車からイリコさんに電話した。(車が止まっているんだから、違反じゃないよね。)

何でも木馬のすぐ先の合銀のところで交通事故してるらしい。
え~ 早くわかっていたら 山の内のほうに回ったのに・・・まだ2キロくらいある。
車のラジオを聴きながら 待つ待つ待つ。

そこに木馬が見えるのにそこからまた待たされた。(20分くらいかな?)

現場を目撃した事件記者そのの交通事故分析によると、高角団地のほうから降りてきて 右折しようとして アクセルとブレーキを踏み間違えて 思いっきりスピードを出して、高さ30センチはあると思われる縁石を乗り越えて、合銀の看板の鉄柱にぶつかり その弾みでまた国道に戻されたみたい。
4本のタイヤは全部パンク、運転席側のタイヤは 鉄柱に引っ付いていた。
運転手は救急車で運ばれていました。

気をつけましょうね。

 さて 今日大相撲の白鵬が、第69代横綱昇進を満場一致で決めた。
しかし 今 大相撲は大変なことになっている。というのも 週刊現代で毎週毎週 これでもか これでもかと八百長疑惑の記事が掲載されているからだ。
さらに 朝青龍と白鵬の出稽古での暴力行為とか、旭天鵬の追突事故(人身事故)とか、モンゴル勢の評判が悪い。
週刊朝日に連載している内館牧子(この人ホント犬顔で ポメラニアンにそっくり)さんのエッセイを楽しみにしているのだけど 全然この件に関しては触れてないしね。(横審だから、いえないのか?)
力士は強くなくちゃ話にならないが 強ければいい、勝てばいいというものではないと思う。
相撲の世界も心技体が揃っていて初めて見るものに感動や 相撲ならではの美観を味あわせてくれるものだと思う。

そもそも大相撲は 歌舞伎や落語の世界と似ていて 伝統芸能の世界だから、21世紀の今でも髷を結い、マワシをつけているのもそのことを物語っている。
その伝統芸能というか妙なところを失ってしまったら もはや何の魅力もなくなってしまうだろう。

私も大好きだった相撲をいつから見なくなったのだろう。千代の富士引退辺りからかな?

因みに 白鵬の土俵入りの形は不知火型らしい。
となりで 愚かなトンボが 「知っていてもしらぬいというのを知ってる?」

寒いオヤジギャグに「私は雲竜型が男らしくて ダイナミックで好きだよ。」といったら また愚かなトンボが「う~ん 俺の残留物は雲竜型だよ昇り龍だから。」とバカな事を言う。まったくっもう~・・

そこで私の相撲ウンチク
「大体土俵入りの形は ニ所一門は不知火型で出羽一門は雲竜型なのよ。」
それを聞いたトンボ。
「でわ!」と帰っていきました。

 なんでも今日は奥様が済生会病院の創立記念日でお休みらしい。
急いで帰らないと 6時に食事でベットインは8時らしいから・・・
養子端麗?もつらいのう。

雨 朝は雷がすごかった。のち曇り 21℃


昭和のノスタルジー

2007年05月29日 | 私ごと
 有難い事に 私の仕事は活字に飢えることはない。この意味においてはもし仕事を辞めざるを得なくなれば寂しくなるだろうな!と真剣に思う。
それで最近は、店に置いてある週刊誌で、昭和のことが書いてあると自然に目が行ってしまう。

 昭和を懐かしむのは 年を取った証拠とは思うが、私の人となりというか、五感を作ったと思われる昭和の時代を 事あるごとに書いて行きたいと思っていた矢先 『消えそうで消えない東京の下町の写真』をライフワークにしているてっつあん(←リンクしています。)のブログを見ていたら、なんと「昭和の暮らし博物館」の記事が出ていたのだ。
 ここは少し前 週刊誌を読んでいたら この「昭和の暮らし博物館」の二階で「南伸坊とお母さん展」をやっているのが紹介さてれいて、いつかチャンスがあれば行って見たいな、と思っていた所なのだ。(そこのところが小泉さんを知ってて訪れた テツ君と違うところだけど)

 この記事や写真を見て 週刊文春だったかな?以前連載していた 久世光彦のエッセイを突然思い出してしまった。
昔と今の決定的な違いは 町の音であるというくだりを・・・
それによると 人通りの少ない昏れかけた住宅街を歩いて 自分の足音が聞こえないのである。あの頃は靴を履いていても、下駄を履いていても、まず自分の足音が聞こえたような気がする。足を速めれば足音も忙しく、今来た道をふと振り返れば、足音もそのぶんためらい遅くなる。
そして次に聞こえないのは台所の音であると書いてあったような。
そういえば昔は 家のつくりがそうだったのか 歩いていて台所からお夕飯の支度の音が漏れてきていた。水道の流れる音とか、食器の触れ合う音とか、最近は聞こえないと書いてあった。

家の音といえば 私は冒頭の写真のようなガラス戸の音を思い出す。
今のようにアルミサッシの窓ではなく 木枠の窓でネジ式の鍵の付いた窓だったから、冬に風が吹いていい加減に鍵をかけていると木枯らしにカタカタと鳴るのだ。

話は変わるが、東京の平町で暮らしていた頃。(写真のような家で。)
私は髪を長くしていたので長火鉢で(冬の暖房はコタツと火鉢だった。)コテを当ててもらっていた。コテというのは長いハサミ状のもので、これを火鉢の火で焙って 髪をカールしてもらうのだけど・・。
火鉢のそばに濡れ雑巾を用意して 熱くなったコテをジューと冷まし髪をくるくると たてロールにしてもらうのだ。お金持ちのお嬢様になった様でうれしかった。
その時の耳の辺りの熱さや、かすかにこげる髪の匂い 火鉢の火の爆ぜる音、
中庭に面した縁側の木枠の戸のカタカタとする音 一気に思い出される。

長火鉢といえば そうそう、アイロン代わりにコテも使っていた。これは髪のコテではなくて、皺伸ばしに使うのだ。母も祖母も昔の人は着物が汚れると いったんほどいて洗い張りしてもう一度作り直すのだ。その時このコテで縫いしろとか、付いた癖を直すのだ。
やはり 火であぶり、母は指につばをつけてコテの焼け具合見る。そして濡れ布巾をおき ジューと冷まして 使うのだ。

たったこれだけのことだけど 私にとっては、もうたまらないノスタルジーなのだ。

追記
洗い張りとは季節が変わるころになると、着ていた着物をほどいて洗い、主に木綿の着物は米ののりをつけて板張りにし、絹物はふのりをつけて伸子(しんし=細い竹製で両端に針がついたもの)張りにした。
中庭にハングライダーを逆さにしたような 伸子張りの反物が干してあった。
風にまるでブランコのように揺れた。子供心にハンモックみたいだな、と思ったりした。

 板張りは長さ3メートルくらい、幅50センチほどの板に布を張って、日の当たるところに立てかけて乾かす。

そうそう 少し話はそれるが 布団の敷布は洗濯して糊付け(すずめのお宿のおばあさんが作っていたようなメリケン粉で煮るの)した後 干す時に二人で向き合って端と端を引っ張る。
対角線にキュ キュと。アイロンのない時代 皺が伸びるのだ。私は痛いくらいにぱりぱりに糊の付いた掛け布や敷布が好きだった。

貧しいけれどそのような長閑な光景を思い出しただけで ノスタルジーを覚える私です。

晴れ 27℃  

生き物の話。

2007年05月28日 | 四方山話
 連日 黄砂警報が出ていて鬱陶しい。
そんな中 電工のMさんが、今年初めての鮎を釣ってきてくださる。
だいたい 解禁は6月1日なんだけど 江の川の本流は5月20日に解禁らしい。

毎年 毎年 旬の物を旬の時期(当たり前だけど・・)食べさせていただいて本当に木馬肥える日々です。

ラーフル夫人が、和木の真島団地の所有地で草取りをしていたら ひばりの巣があり 雛が孵っているよという。え~ホント?
これは写真を撮らねばとアマチァカメラマンは早速駆けつけた。


見つけた!いたいた。
天高く ひばりの親がチィチィチィチィ鳴いているけど「ちょっと待ってね、すぐ終わるから・・」
ほとんど保護色で枯れ草色をしているので よーく目を凝らしてみないとわからないけど いました。いました。まだ一つ孵らない卵もありました。
天敵のトンビやカラスに見つからないように保護色なんだね。
卵が3個あったそうです。
 
話は 鮎の話に戻るのだけど、鮎は一年で成長して子孫を残して死んでしまう。
サケの一生と同じだ。(サケは年魚ではないが、その成長のさまが似ている。)
いつだか NHKの『生き物動物紀行』で放送いていたのを思い出すのだが・・  
 川の上流で生れたサケの子は、成長すると川を下り広い海に出る。はるかアラスカの海まで旅をしてシッカリ体力をつけたサケは 幼い時 下った川を今度は上って(遡上)行き 上流で産卵してその一生を終えるのだ。
その産卵シーンはすざましいものがあり、忘れられない。
一対のオスとメスが寄り添って泳ぎ、メスが泡のような、卵子を放出するとそばのオスが精子を振りかける、オスもメスも 苦痛に顔はゆがみ命と引き換えに最後の力を振り絞るのだ。
その後メスは力尽きて死んでしまう。

鮎もまた 同じような一生を 一年で終えてしまう。
鮎をいただき、食べるたびに 「悪いね、ごめんね、短い一生の途中で食べてあげて、私が悪いんじゃないよ。お前がMさんの針に引っかかるから悪いんだよ。」そういいながら、食べる。(いつも悪いのは私じゃない 人のせいにする私。)因みに今日は塩焼きと 天麩羅にしていただきましたが 美味しかったです。
初夏の香りがしました。

私は思う。
人間以外のすべての生物の「人生の目的」は種族の保存、または遺伝子を残そうという思いで成り立っているのだ。
だから、人間以外の生物は、オスはオスとしての、メスはメスとしての機能を果たせばいいわけで 彼らにとって男らしさとか女らしさは そういうことだから、実に単純明快なのだね。

 私は 理系オンチのくせにこういう生物の繁殖とか、自然の移り変わりとかすごく好きで、いつだか梅崎春生のエッセイで チョウチンアンコウの話を読んだ事がありもの凄く印象に残っている。

チョウチンアンコウはオスとメスでは何もかも大違いで 立派な外見を持つメスと違いオスは体の大きさがその十分の一くらいしかなくて、小さなオスはメスにいつも離れずくらいついて、ついにはメスの体の一部になってしまう。そして不要になった諸臓器をドンドン消滅させて、精巣だけの存在になり、そして全機能を発揮して 二階から目薬を射すようにその精子を海中に放出するそうな。
 
お魚の世界は実に摩訶不思議が多くて 勿論生れた時からオス、メスが分かれているのもいれば、その時の環境の状態や様々な条件により オスになったりメス変わったりの性転換をしたり、雌雄同体だったり、実に面白い。

最も私は 何でも美味しくいただければ男性女性 どちらでも受け入れオーケーですがね。


晴れ 21℃ しのぎやすい気温。

「風林火山」・・井上靖著 を読む。 

2007年05月27日 | 本の事

 そこまで綺麗好きではないが、それでもお休みの日には 一応家中の掃除をする。一応・・・

で 本箱のところに行くといつもながら ハタキがけの手が止まる。
我が家の本箱はガラスケースが付いているような立派な物ではなくて ボロ家に似合ったような棚だけなので 埃がすごい。

 で この前の休日 たまたまお掃除中に おっ!と目に付いたのが井上靖の「風林火山」 これこれ。
そしてもう一冊は「夏草濤」これも何年か前 必死で読んだけど 先日慧の本箱(←リンクしました。)にお邪魔したら、偶然にも慧さんが再読されて 書いておられましたので そちらをどうぞご覧になってください。
私も再読しましたが(斜め読み) とてもいい本です。

私はあまりテレビドラマを見ないが、今回のNHKの 大河ドラマ「風林火山」は毎回楽しみに見ている。今のところ・・
というのも 山本勘助にふんしている「内野聖陽」がなんとなく好きなのだ。
 
 話は少しそれるが
森田芳光監督 内野聖陽と深津絵里主演の映画「ハル」を見たときに、この俳優いいなぁ、とちょっと気になる存在になったのだ。
(何と言っても 物静かで切れ長の目、若いのに落ち着いている。唇の下の小さなホクロが妙に色っぽい。)

この映画は日本版 「ユーガットメール」のような映画で パソコン通信を通じて知り合った男女が、メールのやり取りをするうちに愛を育んでいく模様を描いた、新感覚の恋愛ドラマだった。
そして映画のかなりの部分をパソコン通信のディスプレイ上に打ち出されるメールによる文字=字幕が占めるという野心的な映画だった。
当時 ワープロを必死で使っていた頃だったので そういう意味でもこの映画は私にとってとても斬新で新鮮な感じに思えたのだった。

というわけで風林火山に戻るわけだけど、この本は、山本勘助が武田家に仕え、勘助が死んだ武田信玄(武田晴信)と上杉謙信(長尾景虎)との幾度と行われた戦の中で最大の川中島の決戦までを描いている。
山本勘助は架空の人物だとの説もあるが あくまでも物語りだし、あまりにも色々な映画やドラマになっているので 今では私は実在の人物のような気がしている。

そして この本のもう一つのテーマは主人公勘助にも、晴信にも 大きな影響を与えた 諏訪頼茂の娘であり、武田四郎勝頼の母となる由布姫の存在を描いているところだ。
由布姫は 戦国の時代にありながら 一人の人間として「生きたい」との強い思いを抱く 自分の意見をしっかりと持った美しい女性であったことから、勘助はこの由布姫と晴信に自分自身の夢を被せ 人生のすべてを捧げる、それゆえにその忠誠心は並々ならぬものがあるのだった。

であるだけに、由布姫が死んだ時の山本勘助の動揺のしよう、そして、それ以後の山本勘助の心理の微妙な変化は 読んでいて哀れさえ感じてしう。

原作を読んで 勘助の風体の描き方のドラマとの違いに驚くが、これも内野聖陽なら許せるというものだ。

なぜなら 原作では 勘助は 武将かつ軍師でなければ誰も近づく人もいないような、無男で、小柄で、身体障害者で、薄汚く 描がかれている。

ドラマのほうの「風林火山」も これからも楽しみだ。

晴れ 27℃ 黄砂ひどい。


頂き物のお料理レシピ。(写真をクリックしてくださいね。)

2007年05月26日 | 料理

  

  

 

  

 今週の頂き物のお料理です。

① チンゲン菜の煮物

② イカのゲソときゅうりの酢の物

③ サヤインゲンとうす揚げの煮びたし

④ グリンピースと新玉葱のかき揚げ

⑤ 淡竹(はちく)とがんもどきの煮たの

⑥ 生ラッキョウのサラダ

⑦ 新玉葱の親子丼

⑧ 鯵の煮付け

⑨ 鯵のたたきとバトウのお刺身

以上です。

 晴れ 黄砂 26℃


パイレーツ・オブ・カリビアン/ワールド・エンドを観る。

2007年05月25日 | 映画の事

 

 さて 待ちに待った『パイレーツ・オブ・カリビアン/ワールド・エンド』がこの地の場末の映画館にもやってきた。

今では 私はこの商売を天職だと思っているが 昔のように何もしなくてもお客さんが来てくれるようなこともなく 面白いように儲かった時代は遥かかなた・・・
それでも何もしないよりいいかな?と老体に鞭打って頑張っているわけだけど、それでも人の温かさとか、人間の本性などが垣間見られる楽しさは捨てがたい。そしてもう一つ リアルタイムで スポーツ中継が誰憚ることなく見れるということと 映画を見に行けるということは(上映していればだけど・・)差し引きしてもプラスかな?
そんな思いの今日この頃なんです。

またまた 枕が長くなりましたが、仕事明けのトンボと行く事にしました。
で、少し 最初から思い出してみると 、壮絶な戦いの末にバルボッサ船長率いる海賊達の呪いを解いたジャク・スパローとウィル・ターナーとエリザベスは、念願のブラックパール号を取り戻し海のかなたに消えていく。

あれから3年。

ウィルとエリザベスの幸せな結婚式のはずが一転。二人はとっ捕まって死刑の宣告を!スパロウを逃した罪で囚われるが、ジャックの持つ【北の指さないコンパス】を持ってくれば、罪を問わないといわれ、ウィルはジャックのもとに行く。

最近、特に脱力気味のジャックは、なんとも不甲斐ない。実はジャックは【深海の悪霊】と怖れられていたディヴィ・ジョーンズと契約を交わしていた。その期限が迫ってきた今、魂を売ったジャックが助かるためにはディヴィ・ジョーンズの心臓が隠されているという『デッドマン・チェスト』を探し出すしかない。
箱はどこに?鍵は盗み出せるのか?蛸のお化けみたいなディヴィ・ジョーンズ・・・

さらば ジャック・スパロー・・・

私にとっては 小さな幸せといっても過言ではありません。
午後から行ってきます。観てきます。

 小学生の頃 映画教室がある日 うきうきして午前中の授業が上の空だった。まるでそんな心境です。

おまけに 今日はトンボのおごりです。ただでジョニデに合える、オーリーに合える。
それも大画面で・・・

行ってきまーす。

 *****************************

『パイレーツ・オブ・カリビアン/ワールド・エンド』

【出演:ジョニー・デップ / オーランド・ブルーム / キーラ・ナイトレイ / チョウ・ユンファ / ジェフリー・ラッシュ ほか、 監督:ゴア・ヴァービンスキー、製作:ジェリー・ブラッカイマー】

 <ストーリー>

 七つの海を駆けめぐった海賊の時代が、終わろうとしていた。
世界制覇をもくろむ東インド会社のベケット卿は、“深海の悪霊” デイヴィ・ジョーンズを操り、海賊たちを次々と葬っていく。
 彼らが生き残る道はただ一つ。9人の“伝説の海賊”を招集し、世界中の海賊たちを蜂起させ決戦を挑むのみ。だが、鍵を握る9人目の人物こそ、溺死した船乗りが沈む“デイヴィ・ジョーンズ・ロッカー”に囚われのキャプテン・ジャック・スパロウ、その人だった・・・。
 ジャック、エリザベス、ウィルの運命が再び交差する時、前人未到の“世界の果て”で、海賊史上最初にして最後の決戦の火蓋が切られる―。(Yahoo!より・・)

 このシリーズで終わりだとか。
相変わらずジョニーデップはいいですね、はまり役といおうか、あのくねくねした歩き方も頼りなさそうな振る舞いも ぴったり。そしていたずらっぽい笑顔に、もうメロメロの私です。
この前ジョニデが「スパロウの船長を3本も繰り返してこの役は誰にも渡したくない所有欲を感じた。」とインタビューで答えていたのを聞いたが、この役はジョニデを置いてほかにないほどのはまり役だと思った。

 今回は色々な方が出演してた。
ジャックの父親役にローリングストーンズのキース・リチャード(特殊メークしなくても海賊のような顔してた)が、そしてアジアの(シンガポールの)海賊役で、チョウ・ユンファが出ていた。
私は 「アンナと王様」「グリーン・ディスティーニ」が印象に残っているけど、この映画に楽しんで出演していたみたい。よく似合ってた、重厚さもでていた。
そして今回最大の「その後どうなったの?」と思っていたエリザベスとウィルの恋は?ジャック・スパローとの関係は?
これは観てのお楽しみです。

 ところで、この前 オーリーが来日した時のジャパンプレミアで「映画の最後の キャストの紹介が始まったら終わったと思って劇場を出ないでね、続きがあるんだから。」とテレビを通じてだけど私に言ったのです。

今日は4人観客がいたのですが、皆席を立って帰っていきました。
立ち上がるトンボを静止して 「まだまだよ。」

ところがこれが英語も読めなくて わけもわからないのにやたら長いのよね。「エキストラまで一人ずつ紹介してあるんじゃないの?」と思うほど待ちました、待つこと5分。音楽を聴きながら・・・

字が消えて真っ黒な画面になると でてきました。これも観てからのお楽しみです。
これで欲求不満にならずに済みました。

私の批評は う~ん う~ん 悩むけど内容というか、笑わせてくれて娯楽映画ということでは前回の「デッドマンズ・チェスト」のほうが良かったかな?とは思ったのですが、なんせ御贔屓のジョニデとオーリーですから☆☆☆☆です。

エリザベスのキーラ・ナイトレイはブルックシールズに似てると思うのだがそう思いませんか?

雨 午前中は大雨、3時ごろから曇り 夕方晴れ 24℃


八冠とかけて ミラーマンと解く、その心は?

2007年05月24日 | 木馬の事

 

 となりの花畑で見つけた純白のカラー 素朴だけど 綺麗。
花言葉は 「熱血」らしい。
今日は この花言葉をそっくり 愚かなトンボに差し上げたい。

 さてさて  久しぶりに紅亭@おその登場です。 

まいどばかばかしいお噺をひとつ。

「おやおやトンボさんじゃないの。この前の県のマスターズの江津大会の成績はどうだったんですか?」
「わたしの口から、いちいち優勝したとか、新記録出したとか、素晴らしいとか、いい男だとか、いわれやしませんよ。そのうちどこからか流れてくるでしょうよ。」
「たいした大会でもなし マイナーの大会だと聞きましたよ。それなのに もったいぶって、言ったらいいでしょう。言ったら・・」

そうこうしているうち今日になり 何か抱えてきた 愚かな八っあんじゃなかったトンボさん。
「何ですか?その角封筒は?」
「マイケル・フリップスと同じ数の表彰状ですよ。」
「・・・マイケルフィリップス?誰ですかそれは?」
「なんにも知らないんですね、この前の水泳世界選手権で八個メダル取ったでしょう。八冠、ハチカンですよ。」
「へぇへぇ そうでしたね。でもそれを言うならトンボのは 植草ミラーマンでしょう?」
「なんですか?その植草ミラーマンとは?」
「はー 痴漢。」
お後がよろしいようで・・・

晴れ 29℃


書いた記事が消えた。

2007年05月23日 | 四方山話

 すごく悔しい。なんでかといえば、ほとんど書き終えてた今日の記事が ちょっとしたミスで消えた、消えてしまったのだ。おい、おい、おい、おい、ちょっと待ってよ
思い出して書こうとするけど、気力が萎えた。あぁ~ 悔しい、悔しい。悔しいけど・・・想いだしながら書き始めました・・う~ん もう 頭にくる。

 前置きはそのくらいにして
燦燦とふりそそぐ太陽は、今はオゾンホールの拡大によって シミや皺の脅威にされされている。
連日 いいお天気なのに、まるで投網を投げられたようでどんよりしている、こんな気候は余計に紫外線が溜まりそう。
小麦色の肌とか、こんがり日焼けは健康的というような話は、もはや過去の事。
というわけで 夕方とはいえまだまだ陽射しが強い昨日 お客さんを本町までで完全武装で送っていきました。(帽子に腕抜き)その時写した本町です。
本町の古い町並みは 今や大森銀山よりある意味有名です。

 さて 今日は暑い、午後から今年初めて クーラーを入れました。
「暑いね、ノースリーブでもいいね。」そんな話をしていたら「若い子はね 若い娘ならノースリーブは大歓迎だけど、あんたらぁみたいに、シミや斑点や、ソバカスや、毛穴の黒ずみたっぷりの ぶっとい二の腕を見せられたらたまらんよ、もはやそれだけで県の迷惑防止条例に引っかかる。大森銀山が今回世界遺産に推薦されなかったのも そんな御夫人ばかりだったからじゃないの。」
愚かなトンボが 鼻毛を抜きながら 新聞読みながら あざけ笑いながら言う。

まったくもう!・・・

 でも ま、私も思う。
自分が若さをやっている時は気がつかなかったが、自分が若さかからどんどん遠ざかるようになって 、ようやくわかって来たことがある。
それというのは「若さ」というのは「若い子」のほうがいいかな。
『若い子』とは思いっきり普通のなんでもない言葉であるが 人生の花みたいな存在なのだと思う。
そこにぽつんといるだけで、もう充分に娯楽であり、イロモノであり、見世物である。
人間の社会だけなのかもしれないが、とりあえず存在そのものが人生の花だと思うのだ。だから『若い子』が少ない田舎は、トンボのみならず私までもが 同じ思いになってしまう。
だって 私だって色々なポスターが並んでいたら、しょぼくれたオヤジの写真が写っているのより、若いピチピチした ばら色に輝いた可愛い子が並んでいるほうに目がいくもん。
別になーんにもしなくても、ただそこに居るだけで娯楽的価値を持ってしまうのだ。

そりゃ私だって若い子をしている時は 自分では気がつかなかったが得したこともあったと思う。
ということは歴史的にみて決してゆがんだ性意識ばかりではないよね。
今日の記事はスケベェトンボの援護射撃みたいになってしまったな・・

晴れ 夕方から曇り 27℃