<おでいげ>においでおいで

たのしくおしゃべり。そう、おしゃべりは楽しいよ。

おれはいい気持ちになっている。

2023年09月15日 19時51分53秒 | Weblog

ウイスキーのオンザロックを飲んで、いい気持ち。

なんだ、簡単じゃないか、いい気持ちになるって。

いい気持ちになるってことが、人間を生きているってコトになるのか?

なんだ、だったら、いつもウイスキーを飲んでいればいいってことになるのか?

いや、そんなことにはならない。

ゴマカシなのだ、これは。

手っ取り早いのはみんなゴマカシ操作だ。・・・というわけでもないのだろうけど。

ともかく、おれはいい気持ちになっている。器官が痺れている。

0になってもいいって気持ちになっている。この世を生きているわたしのわたしによる評価が、0になってもそれでも償われているという安易な気になっている。

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不思議なことが起こるところ、この地上は。

2023年09月15日 10時38分15秒 | Weblog

今日は曇り空。気温がやや低め。

近所の人が、電動草刈り機械で、土手道の草を切っておられる。機械がぶんぶん唸っている。

草の青い匂いがここまで届いて来る。匂いの元気をもらう。

近所の人も、電動草刈り機械も、元気を上げようというこころはなかっただろうが、それでもそれで、離れたところにいるわたしが、元気をもらっている。

わたしが生きているこの地上は、不思議なことが起こるところだ。

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悪いことばかりじゃないさ。

2023年09月15日 10時26分26秒 | Weblog

悪いことばかりではない。いいこともある。

いいこともあるさ。そう己に言い聞かす。にっこりさせる。

いことばかりでもない。悪いこともある。悪いこともあるさ。

これで、耐える力を養える。

いい悪いなんて、気ままだから。

居心地次第で、ひっくり返ることだってあるんだよ。

草叢に来て、ひっくり返って空を仰ぐ。

ひっくり返って見ても、秋の空は変わらず秋の空をしている。

羊が空の牧場で遊んでいる。メエーメエー鳴いている。しばらく羊になって遊ぶ。

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拒否されていれば、

2023年09月15日 10時08分08秒 | Weblog

拒否されていれば、拒否を覆すだけのエネルギーがなければならない。それはない、わたしには。拒否されているままにするしかない。

近付かない。近付かないでも、なんとか暮らしては行ける。歪(いびつ)だが、歪なままにして。

そこからはパワーをもらえないなら、他へ行って補充するしかない。畑に行く。草を取る。畑に癒される。

調和の裏には不調和がある。しかし、不調和は調和を欲求する力を養うところ。

他者を責めない。非は常にわたしにあるのだから。悪果はわが悪因に由る。

今日は悲しい。悲しいけれども、どうしようもない。友人に蒔いてもらっていた大根の、発芽の勢いがいい。これを賛嘆する。

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珍奇な現象が起こる。

2023年09月15日 09時23分51秒 | Weblog

わたしの99%を幸福の条件が満たしている。残り1%の空き空間に、それを拒む条件ががさごそ侵入して来る。

するとどうだ。その残りのがさごそ1%に、わたしの目が奪われてしまうのだ。そういう珍奇な現象が起こることになる。

わたしは慌てる。1%が99%にまで拡大したようになる。

宥(なだ)める。落ち着かせる。それにしばらくの時間が必要になる。逆さまになったのが、元の位置に戻る。こうなればもう我が愚かさを責めることもしない。

今朝、そういうプロブレムがあった。ここを通過した。

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肌は、ぬくもり合う。

2023年09月15日 09時06分09秒 | Weblog

人は肌を重ねて、ぬくもり合う。ぬくもり合うことができる。人であること、人をして生きていられることを、愛しみ合うことができる。

わたしは、しかし、それをしない。肌を重ねない。もう幾十年も。そうするにはわたし以外のもう一つの肌が必要になる。ぬくもり合いたいとするもう一つの肌が、わたしには、ないからだ。

秋風がそよろに吹いて、わたしの肌を撫でて行く。それに委ねるだけにする。老いて老いて、枯れ木になった枯木肌を秋風が、そよろに吹いて、過ぎる。

 

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砂漠の一人

2023年09月15日 08時54分35秒 | Weblog

声を掛けてくれる人がいない。というわたしの方も、誰にも声を掛けていない。断絶している。それで、せいせいしている部分もあるが、ふっと我に返ったときに、砂漠の一人が寂しくなる。寂しさをどうにかしなければならなくなる。月を浴びる。星を浴びる。昼であれば? 百舌鳥の声を浴びる。秋風を浴びる。浴びるほどに浴びる。

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生きている時間の、いまこの現在。

2023年09月15日 08時45分40秒 | Weblog

庭に、雀が遊びに来ている。チュンチュンチュンと鳴いている。それが、「お爺さん、ここへお出でよ」「いっしょに遊ぼうよ」に聞こえる。

生きている時間の、いま現在をいとおしむ。雀をいとおしむ。死んでしまえば、いくら雀が庭に来て、チュンチュンチュンと鳴いても、聞こえない。わたしにもう耳はないのだから。

肉体の死を離れた魂に、耳が残っていれば、しかし、聞こえて来るかもしれない。そうだとしたら、雀はどう聞こえて来るのだろう?

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9月も中半まで進んで来た。

2023年09月15日 06時44分04秒 | Weblog

早朝6時45分。もうほとんんど雨音は聞こえて来なくなった。といっても、空は鉛を流している。風が止まっている。気温は25・3℃。しきりに虫の音がする。一晩鳴いても疲れを知らないらしい。

畑のアスパラガスが、単独、すくすくすくっと伸び上がって来て、黄緑色をしている。酔芙蓉の花の蕾が2個だけこっちを向いている。

9月15日、金曜日。9月の中半まで来た。一雨ごとに、秋らしくなって来た。処々、臆することなく、堂々の発現を見せている。

畑に育っている大根は、そろそろ間引きをしていい頃になった。一夜漬けが美味しかろう。これを白ご飯に乗せれば、それだけでもう元気が湧き立つであろう。

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