今日の毎日新聞一面の記事は
元少年3被告 死刑確定へ でした
同新聞の朝刊では 「時代を駆ける」というシリーズで
いろんな方の生き様を紹介しています
今は 吉松 政春さん(56才)という 北九州視覚特別支援学校の全盲の校長先生のお話です
3月10日に こんな記事がありました 引用します
点字を覚えて少しは読書の喜びを取り戻しましたが(注:この方は途中で失明された方です) なかなか読みたい本は点訳されない。本を読むのが唯一の趣味だったので 失明は大きな痛手でした。そんなとき手を差し伸べてくれたのが 中退した高校の副校長。先生は福岡拘置所で死刑囚に週一回話をする教誨師(きょうかいし)で 拘置所では当時多くの死刑囚がボランティアで点訳をしていたので 「君の分も頼んでみようと」言ってくれたのです
読みたい本を担当の死刑囚に依頼すると 数日から二ヶ月ほどで点訳本と 手紙が送られてきました。感動という言葉で表現できないほどうれしかった。
こうして 読書の喜びを 再び味わえるようになった 吉松さんなのですが
盲学校在学中の夏 拘置所から送られる点訳本が途絶え 間に入ってくれた先生に聞くと
「刑が執行されたんだよ」という 答えが返ってきました
ショックで 寄宿舎までの帰り道は涙が止まらなかったそうです
本を 点訳したからといって
犯した罪は 消えるわけではありません
被害者の方や その周りの方々の気持ちが
そのことで 癒えるわけでもありません
わたしは 死刑の是非・・・ を 今 ここで 述べるつもりもありません
でも
罪を 償うということは どういうことなのか
ちょっと 考えてしまった norinorimiffyでした
娘さんの手術
無事に終わって良かったですね
ここ奈良は地震の影響はなかったのですが
主人の実家が東松島市な ため
土日はかなり緊張して過ごしましたが
昨夜 ようやく義父 義兄が無事だという連絡が入りました
ご心配くださって ありがとうございます
全部懲役に換算している国も
あるみたいですね
死刑執行人は常に3人いて
だれの押したボタンが執行したのかわからなくなっているらしいですね
それだけ負担が大きいということですね
考えなければいけないと 思います
どんな人でも
どんな時でも
人は 誰かの役に立つことがある
それは どの人の命も同じということに
つながっていくと思います
そのことは 常に 肝に銘じたいと思っています
メール ありがとうございました
次女への温かなお言葉をありがとうございました。
死刑の是非。。。難しい問題ですよね。
本当に悔い改めている人への死刑執行は。。。
そうすることが罪への償いのになるのか、
でも被害者の心情を思うと、と。。。
心はああ揺れ、こう揺れします。
大きな地震のニュースでビックリしていますが
norinorimiffyさんの所では被害はなかったでしょうか。
関西もかなり揺れたとお聞きします。
被害がなかったことを心よりお祈りします。
死刑って本当に難しいと考えさせられますよね。
生きて償うのがいいと思いますが、被害者側はそう思えないだろうし。x±x
本当言うと、罪の重さは生きるか死ぬかで分けるのでなく、全部懲役に換算する方がいいのかと思いますがね。
というのも、死刑をその場で執行する人の気持ちがかわいそうで耐えられないんです。+±+
反省があった場合は減刑の対象にして、逆に反省してなかったらさらに重くすっればいい(たとえば麻原みたいのは)。
その代わり「恩赦」っていうのを廃止して欲しいですね。
死刑を宣告された囚人がどんな生活をなさってるのか、まったく知りませんでしたが、
風前の灯火を背に負いながら、点字の翻訳とは、犯した罪の償いは出来ないけど、奉仕の心は、未知のお人にも、お役に立てるのですね。
犠牲者のご家族にとっては許す事は到底できない事ですが、生存中にほんのわずかでも奉仕の心でなにかを行動するということはきっと、良心の復活だと思います。どんな人もだれかのお役にたつことを喜べることが、大切ですよね。ありがとうございました。