日本の「政治」の〈可能性〉と〈方向性〉について考える。

「政治」についての感想なり思いを語りながら、21世紀の〈地域政党〉の〈可能性〉と〈方向性〉について考えたい。

私の語る「システム」論から、改めて「国民」が担う歴史的役割を問い直すとき

2021-06-07 | 日記

私の語る「システム」論から、改めて「国民」が担う歴史的役割を問い直すとき


(最初に一言)

前回記事において、「国民」と「こくみん」に関する話をしたので、今回はもう少し、それらについて語ってみたい。


先ずは、前回記事の(付記)をもう一度再確認するために、そのままの形で、以下に貼り付けておく。


(付記)

記事を投稿した後で、何かもやもやというか少し感じの違うような何かを意識していたが、それがやっとわかった。この(最後に一言)でいみじくも私が用いた「日々の国民投票」とは、エルネスト・ルナンの『国民とは何か』の中で言及されている表現であったことに気がついたというか、思い出したのであるが、勿論、それとは似て非なるものであることをここで、断っておきたい。

私がその言葉で意味していたのは、私たちがどれほど政治に失望し、嫌悪して、政治からどれほど離れようとしたとしても、「政治なるもの」(すなわち、それは私の語る〈「システム」とその関係の歩み〉に他ならない)は、常に私たちをその腕の中に覆い包むかのように、身動きの取れないように縛り続けるものであるから、私たちも、覚悟して、政治に向き合う必要があるのであり、そのためにも、毎日毎日その政治なるものの中で身動きが取れず、もがき苦しんでいることを自覚する必要があり、それを私はブログを書くことによって痛感するのだが、それは同時に、私自身の、また私たち〈「にほん」とにほんじん〉の担い手である「こくみん」からの「日々の〈異議申し立て〉としての選挙投票」に譬えられるとの意味であった。

その意味では、ルナンのような格調高い表現には程遠いと言わざるを得ない。だが同時に、そのルナンの先の著作も、またそれに関連して言えば、フィヒテの「諸国民に告ぐ」も同様に該当するが、私の語る「システム」論の中で捉え直すとき、改めて、「ナショナリズム」の抱える問題点が浮かび上がってくることを、ここで強調しておきたいのである。

(以上、貼り付け、終わり)

さて、行論の都合上、以下に(このように書いていたが、結局は、今回記事の最後の報になってしまった)私のモデルを紹介しておきたい。読者には、またか、と思われる方もいるかと思うのだが、私のボケ防止と、おそらくはもうあり得ないだろうが、またひょんなことで、ひょんなところで、「お前の話を聞かせてくれ」、というありがたい申し出があるかもしれないので、そのための準備もあり、何度でも紹介しておきたいのである。おそらく、これは私の死後の世界においてかもしれないが。

私自身で、モデルの一部を書き記すのは、目の不二遊佐もあって、それだけで相当に神経は参るのだが、怪我の功名ではないのだが、その都度、何かが私の頭の中で閃くのを感じるから、その労をいとうことはできない。まぁ、とにかくお付き合いをお願いできれば、幸いということである。

それでは、少々結論めいたことを、最初に箇条書きの形でまとめておきたい。最後のモデルと照らし合わせながら、もしよければ、考えてほしい。

①漢字の「国民」とひらがなの「こくみん」の意味の違いは、前者が、〈「システムとその関係の歩み〉の形成と発展、そしてその維持と強化に与るのに対して、後者は、私がこれまでの研究から学ぶに至った、どうすれば〈「システム」とその関係の歩み〉から、自分自身をできうる限りの範囲でもいいから、引き離すことによって、私自身が担い続けるであろう「システム」の「差別と排除の関係」に与る構造的圧力を軽減することを企図する存在を示している。

②その意味において、フィヒテの「諸国民に告ぐ」も、ルナンの「国民とは何か」も、同様に、「システム」の差別と排除の関係を生み出し、それを支持・強化する方向に導く物語に他ならないということであり、両者ともに、1970年代以前の〈「システム」とその関係の歩み〉を応援するナショナリズム論として位置付けられる。

③〈「システム」とその関係の歩み〉の中でフィヒテとルナンを位置付け評価するとき、前者は、Bグループに、後者はAグループにそれぞれ体現される「国民」を描いている。共に、戦争を介した国民の物語と関連付けられるのだが、ここで忘れてならないのは、「フランス」と「ドイツ」の戦争に表面的には捉えられるにせよ、それらの戦争は、〈「システム」とその関係の歩み〉を前提として引き起こされた者であり、戦争の結果は共に、「金の成る木」としての〈「システム」とその関係の歩み〉の強化と今後のさらなる発展に与ったということである。

④1970年代までの〈「システム」とその関係の歩み〉の中で、A、Bグループの担い手である「国民」は、Cグループの人々を、長らく「国民」としての存在として認めない、許さないような関係を、つくり出すことに貢献してきたことが理解される。すなわち、その関係は差別と排除の関係として、位置付け理解される。そこには、「怖ろしいまでの」国民の物語が如実に(素直に)示されている。

⑤それゆえ、いかなるレトリックを駆使しようが、また美辞麗句を重ねて言辞を弄したとしても、このような〈「システム」とその関係の歩み〉を前提として創造されたAグループ諸「国家」とその「国民」と、その彼ら国民を担い手とした「近代(現代)憲法」の實相は、腐り果てたものだと言うしかあるまい。

これらの点に関しては、拙著や拙論、そしてこれまでのブログ記事において、論述してきたことだが、今回もまた、ここに要約して老いた次第だ。なお、以下に、私のモデルの一部を紹介しているので、参照されたい。


1970年代までの〈「システム」とその関係の歩み〉

{[Aの衣食足りて→Aの礼節を知る]→[Bの衣食足りて・足りず→Bの礼節を知る・知らず]→[Cの衣食足りず→Cの礼節を知らず]}

Ⅰ期の段階

[権威主義的性格の政治→経済発展]

Ⅱ期の段階

[経済発展→分厚い中間層の形成]

Ⅲ期の段階

[分厚い中間層の形成→民主主義の発展(高度化)]

(この〈通時的〉モデルでは、「衣食足りて」を「経済発展」に、「礼節を知る」を「民主主義の発展」に。それぞれ置き換えている。なお、Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ期は、それぞれさらに、前期、中期、後期に区分される。)


1970年代以降の〈「システム」とその関係の歩み〉

{[Bの衣食足りて→Bの礼節を知る]→[Cの衣食足りて・足りず→Cの礼節を知る・知らず]→[Aの衣食足りず→Aの礼節を知らず]}

B、Cに該当する「段階」

Ⅰ期の段階

[権威主義的性格の政治→経済発展]

Ⅱ期の段階

[経済発展→分厚い中間層の形成]

Ⅲ期の段階

[分厚い中間層の形成→民主主義の発展(高度化)]

Aに該当する「段階」

Ⅰ’期の「段階」

[民主主義の発展(高度化)→経済発展]

Ⅱ’期の「段階」

[経済発展→分厚い中間層の解体]

Ⅲ’期の「段階」

[分厚い中間層の解体→民主主義の発展(低度化)]

(この〈通時的〉モデルでは、「衣食足りて」を「経済発展」に、「礼節を知る」を「民主主義の発展」に。それぞれ置き換えている。なお、B、CのⅠ、Ⅱ、Ⅲ期と、AのⅠ’、Ⅱ’、Ⅲ’期は、それぞれさらに、前期、中期、後期に区分される。)


(最後に一言)

何か、やっと私のリズムを取り戻したようで、心身にはきつい作業だとしても、少しだけ安どした思いである。私は、学生時代に文章を磨く訓練をしていたことから、とにかくうまい文章を書く人のまねばかりしていたことがある。もっとも、うまく書くことは未だにできないのだが。

ただ、ある時、気がついたのだが、自由、民主主義、人権、平和といったいわゆる普遍的価値を見事に「ごまかして」語る論者に騙されていた私を「発見」したことである。それ以来、私が目指したのは、モデルでもって、そのごまかしをあぶり出すことであった。

たとえば、「Aの民主主義の発展→×Cの民主主義の発展」の関係を知り、そしてそこから、「Aの民主主義の発展→(×)Bの民主主義の発展→×Cの民主主義の発展」の関係を知り、またそこから、、[Aの民主主義の発展]→(×)[Bの民主主義の発展]→×[Cの民主主義の発展]の関係を知ることとなり、さらにそこから、{[Aの民主主義の発展]→(×)[Bの民主主義の発展]→×[Cの民主主義の発展]}の関係へと、モデルで描くことができるようになったのだ。

そして、この逆から見た図式も描くことで、さらに普遍的価値の抱える問題点が理解できるようになっていくのだが、そのことは、私からこれまでお付き合いのあった友達を一人、そしてまた一人、失うことにもなったのだが、これまた仕方のないことである。世界中の人たちが普遍的価値と普遍主義を礼賛してやまないのに、私はそれを全否定してきたのだから、「これはもう、おかしいどころではない」と映ったのだろう。

ここでも注意してほしいのは、先の「国民」と「こくみん」の使い方の違いに関して。「普遍的価値」と「ふへんてきかち」、同様に、「自由」と「じゆう」、「民主主義」と「みんしゅしゅぎ」、「人権」と「じんけん」、「平和」と「へいわ」の意味の違いに関してである。これらについても、私は何度も言及してきたが、なかなか「普通に」理解してもらうのは、難しい限り。

(付記)

誤解のないように念を押しておきたい。とてもじゃないが、「リズムが取り戻せる」ような今の政治状況ではない。ましてや安堵するような気持でもない。私は、野党議員やマス・メディアをよく批判するものの、私も「システム人」である以上、同じ局面に立たされた時には、おそらく彼らと同じか、それ以下のことしかできないのは承知の上だとしても、さすがに、最近の菅や竹中アンポンタン(あんぽんたん)を見るにつけ、彼らには同情することしきりなのだ。よくもまぁ、「発狂しないで踏み止まれるものよ」と。皮肉でも何でもなく、感心するというか、同情を禁じを得ないのだ。

(再・付記)

今しがた、JOC 職員の方が飛び込み自殺?したとのネット記事に気がついたところ。その間の事情を詳しくは知らないものの、なんとも言われぬほどに、寂しく、同時にまた、怒りがこみあげてくる。東京五輪開催による「犠牲者」であるのは間違いないだろう。本来、死ななくていい人が亡くなってしまう。この場を借りて、ご冥福をお祈りする限りだ。

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