日本の「政治」の〈可能性〉と〈方向性〉について考える。

「政治」についての感想なり思いを語りながら、21世紀の〈地域政党〉の〈可能性〉と〈方向性〉について考えたい。

「システム」の自己完結運動の歩みとその関係から見た中・日経済協力構想実現とその帰結(3)

2018-10-29 | 社会 政治
「システム」の自己完結運動の歩みとその関係から見た中・日経済協力構想実現とその帰結(3)

昨日の続き

今日は私の見方をより分かりやすく伝えるために、天木直人さんのブログ記事を引用、参照しながら述べてみたい。

(「阿修羅、拍手ランキング」から引用)
社説で取り上げなかった朝日と一面トップで報じなかった東京  天木直人 
http://www.asyura2.com/18/senkyo252/msg/759.html
投稿者 赤かぶ 日時 2018 年 10 月 27 日 10:10:15: igsppGRN/E9PQ kNSCqYLU
 

社説で取り上げなかった朝日と一面トップで報じなかった東京
http://kenpo9.com/archives/4356
2018-10-27 天木直人のブログ

 今度の安倍訪中をどう見るか。

 結論から言えば、よかった、よかったと大いに評価すればいいのだ。

 日中関係に改善が見えたからではない。

 安倍首相の対中政策に改善が見えたからである。

 たとえそれがパフォーマンスや自己保身であっても、安倍首相が自らの歴史認識や対中敵視を封印して、ここまで日中友好を演出したことは評価すべきだ。

 やればできたじゃないか、もっとはやくそうすればよかったのに、と褒め殺せばいいのだ。

 ここまでやって、再び、歴史認識問題や尖閣問題で中国を敵視するような言動をすれば、その時こそ中国は倍返しで安倍政権に牙を剥くぞと脅かせばいいのだ。

 いずれにしても、もはや安倍首相は逆戻りできなくなった。

 日中関係改善の罠にみずから飛び込んでいったということだ。

 そのことは既に書いた。

 私がここで指摘したいのは、大手メディアが社説で今度の安倍訪中をどう評価したかである。

 ほとんどの社説は、程度の差はあるが、限定的に評価していた。

 そんな中で、唯一産経だけが全面否定したのには笑ってしまった。

 すなわち、今度の安倍首相の訪中と関係改善を、「誤ったメッセージを国際社会に与えた」、「ムードの流された関係改善は砂上の楼閣だ」、とまで酷評したのだ。

 産経は正直な新聞だ。

 よほどしゃくにさわったのだろう。

 それにしても、安倍首相がせっかく苦労して演出した安倍外交を、ここまで批判するとは、忖度できない産経にむしろ好感すら覚える。

 それにくらべ朝日は面妖だ。

 今度の安倍訪中を社説で取り上げなかった唯一の大手紙が朝日だった。

 きょう10月27日の朝日の社説は、山さつき地方創生相大臣の国税庁への口利き疑惑と、英国のEU離脱問題である。

 そっちのほうが安倍訪中より重要だというのだろうか。

 安倍訪中はすでに社説で書いたというのだろうか。
 
 あるいは後日、あらためて書くというのか。

 あるいは日米同盟優先の朝日だから書きづらいのか。

 そして、最後に東京新聞について触れておく。

 産経、朝日を含め、すべての大手紙が安倍訪中を一面トップで大きく取り上げたのに、きょう10月27日の東京の一面トップは安倍訪中ではない。

 政府(経産省)は、福島復興の象徴である洋上風力発電施設を、採算が見込めないため撤去することを検討している、という記事である。

 安倍嫌いで、中国嫌いの東京新聞にとっては、安倍訪中より日本の自然エネルギー問題の方がより重要だと言わんばかりである(了)

(「阿修羅、拍手ランキング」から引用)
読売と毎日が報じた安倍首相の訪中成果改ざん発言  天木直人 
http://www.asyura2.com/18/senkyo252/msg/789.html
投稿者 赤かぶ 日時 2018 年 10 月 28 日 09:30:05: igsppGRN/E9PQ kNSCqYLU
 
読売と毎日が報じた安倍首相の訪中成果改ざん発言
http://kenpo9.com/archives/4358
2018-10-28 天木直人のブログ

 鳴り物入りで行われた安倍訪中も終わった。

 その安倍訪中をきのう10月27日の大手紙は一斉に社説で限定的に評価した。

 前進した事は良かったがすべてはこれからだと。

 棚上げした困難な問題を克服できるかはこれからだと。

 経済協力だけで乗り切れるのか、米中対立が激しくなる中で日本は板挟みになるおそれはないかと。

 それでも最悪の関係から一歩前進した事は評価できると。

 私もそう思う。

 誰もが考える評価であり、誰もが抱く懸念だ。

 そんな中で、ひとり産経の社説だけが、「今度の安倍訪中は砂上の楼閣に終わる」と否定的に評価をした。

 それからわずか一日たって、やはり産経が正しかった。

 そう思わせるスクープ報道を、奇しくもきょう10月28日の読売と毎日が書いた。

 その要旨はこうだ。

 つまり、安倍首相は李克強首相、習近平主席との会談の後、自らのツイッターやフェイスブックで書き、ご丁寧にフジテレビのインタビューでも自慢した。

 今度の訪中では、今後の日中関係の道しるべとなる三原則を確認したと。

 その三原則とは次の三つだ。

 1.競争から協調へ
 2.日中はパートナーであり、互いに脅威とならない
 3.自由で公正な貿易体制の維持

 本当に、この三原則で合意したなら、今度の安倍訪中は歴史的な前進である。

 ところが、三原則で合意したとは、中国外務省の発表にはどこにも出て来ない。

 李克強首相も習近平主席も、三原則などという言葉を発していない。

 どうなっているのか。

 そこを同行記者団からつかれた西村康稔官房副長官は、「三原則という言い方はしていない」と釈明し、外務省幹部も、「原則は呼びかけたが三原則という言葉は使わなかった」と重ねて否定したというのだ。

 これは重大な食い違いである。

 なぜ、このような食い違いが起きたのか。

 それは明らかだ。

 安倍首相としては、過去の四つの歴史的基本文書につぐ五番目の文書をつくりたかったが間に合わなかった。

 そこで、口先だけでも三原則の合意が出来たと改ざん発言して、今度の訪中の成果を前のめりに誇大宣伝したかったのだ。

 その矛盾を突かれ、なぜ西村官房副長官や外務省幹部は、安倍首相の発言を否定せざるをえなかったのか。

 もちろん、それは事実に反するからである。

 しかし、それだけではない。

 来年6月に期待される習近平主席の訪日の際にはこの三原則を文書にして第五の基本文書を何としてでも作りたい。

 そう安倍首相から西村官房副長官や外務省は厳命されている。

 しかし、果たして中国がそれに応じるか保証はない。

 後退した表現に終わると日中関係が前進どころか停滞したと受け止められる恐れがあるからだ(毎日)。

 おまけに、はたして習近平主席は来年6月に訪日するのか。

 今回の首脳会談で安倍首相は招待したけれど、習近平主席は確約しなかった。

 きょうの読売と毎日のスクープ報道が教えてくれた事。

 それは今度の安倍訪中は、安倍首相お得意の、事実を改ざんしてまで宣伝する日中友好関係の構築外交に過ぎなかったのだ。

 「砂上の楼閣」だと書いた産経の社説が正しかったのだ。

 ところが、この改ざん発言を、産経は書かない。

 インタビューまでしているのにである。

 やはり産経はダメ新聞である(了)

(引用はここまで)


最初に断っておくが、天木氏の記事を引用したのはあくまで私の見方との違いを述べるのに分かりやすいと思ったからで、市の記事内容の論評や批判ではない。むしろ、こうした見方もできると教えられた次第だ。

私が強調したいのは、安倍首相がどう考えようが、また今回の訪中が彼のこれまでの言動とたとえどれほど乖離したものだろうが、日本の外務省がこれから先の展望を読んでどのように行動しようが、『産経』の言うように、たとえそれが「砂上の楼閣」であり、 誤ったメッセージを中国や国際社会に発信したとしても、今回の中・日両国による第三国に対する経済協力関係の世界的表明は、私のモデルで描くセカイの歩みとその関係を維持、発展させ、今後ますます強固にしていくことを宣言したものに他ならない、と私は見ている。

つまり、安倍首相が語ったとか、語らなかったとかと議論される「三原則」がどのように中国側に思われようが、認められなくても、そのような次元と関係なく、システムの自己完結運動とその関係は深化していくのである。

つまり、システムの歩みとその関係の今後の展開において、中国の共産党や習近平主席ががどうしようが、日本がどう動こうが、その動きを阻止できないのだ。それが一番深刻な問題なのだ。確かに「一帯一路」構想は中国がその実現の主要な担い手であるように思われるのだが、システムを構成するB、Cグループの高度化に向けての動きが、すなわちⅠ期の段階からⅡ期の段階へ、そしてⅢ期の段階へと向かう動きの中で、システムが中国共産党と習近平主席にそうした政治(外交)路線を選択させるのだ。

そうした動きを受けて、システムはAグループの米国や日本やEUに対して、B、Cグループの高度化を支えていくように、Aグループにおける低度化を促すような政治路線を選択させていくのである。この中には、例えば、「新自由主義」路線も含まれている。

私から見れば、ほとんどの論者の議論は木や葉を見て、それが何か大事なことであるかのように論じているのだ。何度も言うが、森を見ていないし、森が描けないままなのだ。日本共産党の志位委員長の中国の覇権主義批判も、覇権主義が悪いというだけであり、その先の話につながらないのだ。すなわち、なぜ中国がそうした覇権主義の行動に出ているのか、という分析に至らない。システムの歩みとその関係が、1972年のニクソン訪中以後の中国にそうした覇権主義の道を選択させていることを理解できたならば、中国の覇権主義批判をもう少し違った観点から論及できていたであろう。勿論、たとえ描けたとしてもその結末はどうにもできない、ならないものだが。

Aグループが直面しているⅡ’期やⅢ’期の段階においては、中間層が解体されて、国民国家自体の紐帯が弱体化していき、国民自体がさらなる分極化、断片化へと導かれていく。当然ながら、そうした声を代弁し、代表する政治集団は、左右に激しく分裂した立ち位置を取るだろう。

ただしここで注意すべきは、ブラジルのトランプは米国のトランプとは、その立ち位置が異なっていることだ。前者は、Ⅰ期の前期から中期、そして後期を経てⅡ期の前期の段階において登場するのに対して、後者は、Ⅱ’期からⅢ’期の段階に登場するのである。いずれもシステムの自己完結運動の歩みが、歴史のある段階にそうした役者と彼らが引き受ける役割を提供するのである。

付言すれば、戦争屋とかCIAとか軍産複合体は、システムが歴史のある段階に登場させた役者であり、彼らの担う役割もシステムが決めるのだ。この点を注意しておかないととんでもない議論が展開されることとなる。たとえば、米国のトランプ大統領の出現で、戦争屋とか軍産複合体が壊滅されていくとか、そこから「平和」が到来するとか。こうした議論もまた森が見えていないことを示している。

今回もまた、これまでの拙著や拙論で論じてきたことの繰り返しで申し訳ないのだが、ご寛恕のほどを。

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「システム」の自己完結運動の歩みとその関係から見た中・日経済協力構想実現とその帰結(2)

2018-10-28 | 社会 政治
「システム」の自己完結運動の歩みとその関係から見た中・日経済協力構想実現とその帰結(2)

昨日の続き、今日の話で強調したい点は、少し前の安倍首相やその取り巻きの御用仲間連中がどんなに勇ましい発言を繰り返してきたとしても、10年、20年後においては、私のモデルで描くセカイの歩みとその関係を維持発展させていくように、露払いの役割を担う以外に何もできないというのを露呈したことを銘記すべきということである。
東シナ海での、尖閣諸島における「不法採掘」や、中国船による、また中国空軍による領海や領空の主権侵犯行為にあれほど騒がしい動きを示していた、ほんの昨日までの勇ましい安倍首相シンパの「日本」と「日本人」はどこへ行ってしまったのだろうか。まるで、戦後のGHQによる占領下の「日本」と「日本人」が、今度は中国の占領下におかれたかのような雰囲気が漂っている。

こうした流れはこれからも続いていく。そろそろ国民も騙されないように、政治とは距離を保つことが大事なのだが、そうした自覚の有無にかかわらず、ますます私たちが{[B]→(×)[C]→×[A]}のセカイの歩みとその関係の中に吸い込まれていく圧力に抵抗するのは難しいことを悟ることが大切だ、と私は指摘しておきたい。

先の図式は、共時的関係を示していることから、以下のように書き換えられることにも注意してほしい。
すなわち、{[B]→(×)[C]→×[A]}①のセカイの歩みとその関係は、{[B]→×[A]→(×)[C]}②のセカイの歩みとその関係として描けるということである。

今回の中・日両国間の経済協力構想とその実現の背後にあるのは、こうした②{[Bの中国]→×[Aの日本]→(×)[C]の第3国}のセカイとその関係を深化させたいとのシステム(の自己完結運動の歩みとその関係)から導かれる構造的圧力である。

こうした圧力の下で、1970年代までのA、B、Cと異なり、CはⅠ期の前期段階にずっと据え置かれていたのに、70年代以降のCはⅠ期の前期から中期、そして後期へと高度化の道を歩む傾向にある。勿論、℃グループを構成するすべてに該当するものではないものの、そうした方向性に置かれていることは否定できない。

同様に、Bグループも、Ⅰ期の段階からⅡ期の段階へ、そしてⅢ期の段階へと高度化する方向性にある。Bの中でも中国やインド、ロシアやブラジルはすべてそうした方向へ向かっているが、今はⅠ期の後期からⅡ期の前期、あるいは中期の段階の移行期に差し掛かっている。

こうしたBとCの高度化に向けての動きは相互に補完的関係にあり、それぞれはお互いの高度化を助ける形で動いているのだが、ここで大きな役割を担っているのがAグループの存在である。AグループはⅡ’期の前期から中期、そして後期を経て、Ⅲ’期の前期から中期へと移行する過程にあるが、そうしたAにおける低度化の動きがB、Cの「衣食足りて礼節を知る」営為の実現を促進するように、自らは「衣食足りず礼節を知らず」の営為に甘んじていく流れを甘受するのだ。

こうした歩みが、さらに①の図式で示したシステムの歩みとその関係を維持、発展させ、そしてますます強固となるように、共時的関係を構成するのである。

私はこれまで拙著や拙論において、またブログ記事でも少し形を変えて論じているように、従来の右翼的、左翼的議論ではとてもこうしたシステムの歩みとその関係が含み持つ問題に向き合えないと主張してきたのだが、これからなお一層、そうした傾向がはっきりと理解できるだろう。もうその時には遅すぎるのだが。

逆から見れば、システムは私のような見方をする者が臍(ほぞ)を噛(か)んで生きていかざるを得ないように、いつも仕向けるのだ。システムに提供された右翼的、左翼的論壇が相互に献花しながら、そこに多くの読者をひきつけて彼らのエネルギーを消耗させる。それこそシステムの狙いである。

フランス革命は、まさにシステムの歩みとその関係を維持、発展強化させた出来事だと私は理解しているが、「革命」によりつくられた右翼と左翼の集団は、そしてその後の政党は、システムの歩みとその関係を擁護することを大前提としながら、資本主義対社会主義(共産主義)、民主主義対全体主義云々の不毛な議論を繰り返してきた。

私がいつも思う疑問の一つに、多くの論者は今日の社会が抱えている問題をいきなりそれは資本主義に起因しているとか、否民主主義が攻撃されているとか云々の議論から始めることだ。どうしてそんな発想をするのだろうか。なぜ私がモデルで描いたシステムの歩みとその関係にまで目を向けようとしないのか。

なぜ、いきなり民主主義と帝国主義は水と油だとか、相反する関係にあると決めつけてしまうのか。

共産党の志位委員長は、中国の覇権主義に反対するというのだが、彼が礼賛するアメリカの民主主義は、いやそればかりか市民革命を経験したオランダやフランスやイギリスもそうであったが、覇権国あるいは世界の強大国ではなかったか。

覇権主義に反対するのは結構なことだが、その一方で中国との経済協力関係を歓迎するのであれば、彼も何かをごまかしているのだ。私のモデルのシステムの歩みとその関係を支えているのだから。その意味では安倍首相も志位委員長も「同じ穴の狢」ということだろう。

私は初めからそのムジナであるとの自覚をしているが、システム人である限り、誰かを偉そうに非難したり、批判できないのは、これまた確かである。

それに関連して言えば、今また自己責任論云々で安田さんというジャーナリストが批判、非難の的になっているらしい。3億円を身代金として用意したとか、それは税金であるとか。もしそんなことを言う輩がいれば、私は言いたい。それでは東京電力や原発は安全だとかのコマーシャルをしていた連中は、事故後に彼らの責任を引き受けたのか。東電は今も税金を使い続けているではないか。

放射線の被爆に苦しむ婦女子や多くの人たちに、原発関係者は彼らの責任を取ったのか。私はそんな危ないものはいらないと言い続けてきているが、原発推進論者hそうした声を無視して、安全だ安全だと嘘をついた挙句、あっまひさっま事故を起こした後も、被爆した者たちに十分な補償も救済処置も取らないで、税金だけはもらい続けているのだから。

私たちは、なぜ弱い者には偉そうなことを言うのに、強い者には何も言えないのだろうか。今の安倍首相ならその理由がよく分かるのではないか。プーチン氏、習近平氏、トランプ氏の前で、おとなしくふるまっていたのだから。


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「システム」の自己完結運動の歩みとその関係から見た中・日経済協力構想実現とその帰結

2018-10-27 | 社会 政治
「システム」の自己完結運動の歩みとその関係から見た中・日経済協力構想実現とその帰結

(要旨)
あれほど中国を敵視してバカにしていた安倍首相やその御用学者やマスコミのあまりにも無残な変貌ぶりに思わず記事を書いてみたくなった。米国をよいしょしていたかと思えば、今度は中国をよいしょしている。少し前まで、中国は崩壊するとか、共産党はもう終わりだとか、人権感覚のない中国は駄目だと声高にマスコミを私物化していた連中がこうも見事にカメレオン的変身をするかと思うと、溜息も出ない。

さらに、米中両国の経済協力の流れを喜ぶ人たちは、そうした歩みが日本の分厚い中間層から薄くなりつつある中間層の解体化をさらに加速化させ、日本人の普通の人たちの生活崩壊がますます顕著になることにあまりにも無頓着な態度を示している。彼らの多くは、Bの経済発展→Aの経済発展の関係が、Aの民主主義の発展(低度化)と共時的関係にあることを理解できないままなのだ。

そしてその一方で、日本人の暮らしを豊かにするために、中間層を厚くする経済政策云々を提言するのだから、どうにもならない。そうした状況下に、今度は海外からの労働力を確保しようとする今国会での法案実現が行われたら、もはやそれは移民政策そのものであるが、日本人の雇用や社会保険、年金の奪い合いを必至とした流れが完成していくだろう。

そしてそれが日本においても、内紛や内乱状態を招来することにつながるかもしれない。それでも、そうした事態が起こらないとすれば、もはやこの民族は終わりだろうが。いや、もうすでに終わっているのだが。

勿論、そうした流れは避けなければならないが、システムの歩みは米国やEUにおいて既にそのドラマを実演して我々に見せてくれている。そうした事態が、今度は外に向けられて戦争へとつながることも、ずっと以前の歴史は教えてくれている。

以前のブログでも書いたのだが、以下の図式に示している〈Bの経済発展→Aの民主主義の発展→Aの民主主義の発展(低度化)〉の共時的関係に少しでも触れるような9条・護憲の話とならない限りは、そうした関係の舞台となる{覇権システム}に向き合うことなど到底できないであろう。誤解のないように一言付け加えたい。この問いかけは私自身に向けたものである。私なりに考え続けてきたが、やはり十分な返答ができないままである。もっとも私自身は、システムの歩みを支えてきた憲法や第9条に対して批判的な論及を繰り返しているのだが。)


中国と日本が協力して第三国の経済発展に貢献する形での経済協力構想とその実現を目指す中日両国間の首脳レベルでの交流が久しぶりに再開されたとのマスコミ報道に接して、以下のようなことを考えた。

私のモデルで言えば、Bグループの中国の経済発展→Aグループの日本の経済発展→日本の民主主義の発展(の低度化)が共時態的関係として顕在化していく。この関係の発展を逆から見ると、Aの日本の経済発展→Bの中国の経済発展→中国の民主主義の発展(高度化)が一段と進むことを意味している。

「経済発展」という用語ではうまく伝わらないと思うので、経済発展を「衣食足りて」、あるいは「衣食足りず」、さらにその中間の段階としての「衣食足りて・足りず」に置き換えてみる。同様に、「民主主義の発展」も「礼節を知る」、「礼節を知らず」、「礼節を知る・知らず」に置き換えてみる。

先の図式は、Bグループの中国の「衣食足りて・足りず」→Aグループの日本の「衣食足りず」→日本の「礼節を知らず」が共時態的関係として顕在化していく。この関係の共時的発展を逆から見ると、Aの日本の「衣食足りず」(→日本の「礼節を知らず」)→Bの中国の「衣食足りて・足りず」→中国の「礼節を知る・知らず」の共時的関係が一段と進むことを意味している。

私のモデルで示す、通時的段階モデルをここで思い出してほしい。
以下のように、6段階に分けられる。

1970年代までのモデル
A、B、Cそれぞれに共通していたモデルである。ただし、その「段階」が該当するかどうかは別の話であるが。

Ⅰ期の段階
権威主義的性格の政治→経済発展

Ⅱ期の段階
経済発展→分厚い中間層の形成

Ⅲ期の段階
分厚い中間層の形成→民主主義の発展(高度化)

1970年代以降のモデル
B、Cグループに該当

Ⅰ期の段階
権威主義的性格の政治→経済発展

Ⅱ期の段階
経済発展→分厚い中間層の形成

Ⅲ期の段階
分厚い中間層の形成→民主主義の発展(高度化)

1970年代以降のAグループに該当

Ⅰ’期の段階
民主主義の発展(高度化)→経済発展

Ⅱ’期の段階
経済発展→分厚い中間層の解体

Ⅲ’期の段階
分厚い中間層の解体→民主主義の発展(低度化)

(この6つの段階は、さらに前期、中期、後期に区分される。なお詳しい話は、拙著『21世紀の「日本」とーー』を参照されたい。)

Bグループの中国は、Ⅰ期の後期の段階からⅡ期の前期へと、その移行過程にある。「一帯一路」構想に巻き込まれる国は、つまり第三国の多くが含まれている)Cグループに位置していて、Ⅰ期の段階にある。

これに対して、Aグループの日本は、Ⅱ’期の後期からⅢ’期の前期の段階に位置している。なお、Aグループは、Ⅲ’期の段階に、その多くは中期、あるいは後期の段階に位置している。なお、民主主義の発展(低度化)の先に関する話は後日の宿題としたい。

いま問題になっているかつてのAグループの先進国への移民や難民の流入問題(それはまた「グローバリズム」に関係した問題である)と、またそうした人々を排斥しようとする問題(それは「ナショナリズム」に関係した、つまり○○第一主義の問題でもある)は、1970年代以降のシステムの歩みとその関係(構造)がつくり出したものである。換言すれば、私のモデルの共時的関係モデルにおける{[B]→(×)[C]→×[A]}のセカイを舞台として、通時的モデルにおけるB、CグループにおけるⅠ期、Ⅱ期の段階の出来事と、AグループにおけるⅢ’期の段階の出来事が「衝突」している、衝突しているのだ。しかもそれらは一見対立しているように見えながらも、先のモデルで描いたセカイ、すなわちシステムの歩みと関係を相互に補完しながら、さらに強化していくのである。

そうした点を踏まえた上で、付言すれば、システムの歩みとその関係は、その高度化(低度化)に向かう過程で、いつも戦争を必要としていることに注意しなければならない。何も「陰謀論」云々の話ではないのだ。そんな次元では語れない別の問題なのだ。これに関しても、既に拙論で触れているので参照されたい。(「歴史叙述の神話」に関する一考察)
なお、もう少し詳しい話はいずれまとめて発表したい。

中日の経済関係者1000名が参加したとの報道は、ますます先のシステムの歩みとその関係が強化されていくことを示している。こうした関係の下に、{覇権システム}が強化され、同時に安定化することとなり、その中で、中国が覇権国として名実ともにその地位に就く流れが確実となっていくことがわかる。そうした歩みが、さらに中国以外のBグループとAグループとそこに位置する日本と、Cグループと、それぞれのグループに暮らす人々を、{[B]→(×)[C]→×[A]}({  }は覇権システムを示している)のセカイの歩みが維持、発展するように、強固に組み込んでいくだろう。

最後に、また同じ話を繰り返して読者には申し訳ないと思うのだが、ここで触れた「出来事」の中身をいろいろと連想して考えてもらいたい。格差や非正規問題や身近な生活環境に関連した問題を当てはめて考えてほしい。勿論、私も今後はそうした具体例を盛り込んだ話をしてみたい。

システムの歩みとその関係の中で私たちが手にしてきた民主主義の発展(高度化と低度化)、つまり「礼節を知る」「礼節を知らず」における問題は、私たち自身が「私たちが私たちであるために「勝ち(負け)続けなきゃならない」、そのためには「人間を人間として扱わない、思わない」空間をつくり出してきた、つくり出していくということではあるまいか。私たちが手にしている人権や自由、平和もそうした空間の中でつくり出されたものだ、と私は論じてきたが、今回の中・日両国間の経済協力関係が世界中の人々を、これまで以上に、その空間の中に吸い込んでいくように思われて仕方がない。

今日に至る明治維新以降の日本の150年間を、私のモデルの二つのセカイ、すなわちシステムの歩みとその関係の中でとらえ直すとき、どのように語られるのかに関して、もしよければ、拙著や拙論に少し目を向けてほしいのである。


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昨日の続き

2018-10-20 | 社会 政治
昨日の続き

そもそも戦後日本に押し付けられた米軍基地を、本土の反対運動により当時まだ米国の施政権下にあった沖縄に移転させた歴史を鑑みるとき、平和国家、平和憲法、第9条の含み持つ「いじめ」の構造(関係)が浮き彫りにされるのではないか。50,60年代の「日本人」は第9条の下で「日本」は一度も戦争に巻き込まれることなく「平和」を維持してきたと、宣(のたま)うだけであったのを忘れてはならない。

そんな身勝手な歴史を忘れたかのように、そもそも平和国家として戦後新たな旅立ちをしたはずの9条を抱く本土が沖縄に押し付けた米軍基地を、今一度、基地負担の軽減のために本土で引き受けようとするのだから、その結末は最初から見えている。

そうした運動の推進者は、沖縄の基地反対運動を彼らの思想や議席獲得のために利用するだけではないのか。日米安保条約がどんなにひどいものであれ、それが提供する「パクス」の下に私は生きながらえてきた。決して第9条などではない。日米安保条約は、その関連で、覇権国の米国とそれに従属する日本国家が提供する「衣食足りて(足りず)礼節を知る(知らず)」の営為の実現に、「日本」と「日本人」を取り込むことに成功したのだ。

その結果として、戦後の私たちは肥え太った。多くの者には、それだけでよかったのだ。その営為に沖縄や中東や朝鮮半島や最貧国等の苦しみがセットとして組み込まれていたとしても、である。

それに対して、9条の会は、いかなる「衣食足りて(足りず)礼節を知る(知らず)」の営為の実現に向けての新たなモデルを提供してきたのだろうか。立件民主党も、他の野党もそうなのだ。共産党に至っては、盲「革命」など夢にもないのではあるまいか。

システムの自己完結運動とその関係が提供する「衣食足りて(足りず)礼節を知る)」営為の仕組みにちゃっかりとただ乗りしながら、平和だ、9条だというだけではもう有権者の支持を得ることはできない。システムの提供する覇権システムにまさか素手で立ち向かうとしたら、これはもう何をかいわんやだ。しかも、在沖米軍基地の問題や日米安保条約の解消云々の話で、覇権システムにかかわる問題がすべて済んだかのような見方ではとてもじゃないが、どうして日本と日本人を、また日本に暮らすその他の諸国民の命と暮らしが守られようか。

私の眼には、日本と日本人にとって、相当厄介な過酷な時代がすぐそこに来ているように思われる。米国の次には、中国に食い物にされていくに違いない。中国だけではない。韓国も北朝鮮も、ロシアも、みなそうではないか。ところが日本の安倍晋三やその他のリーダを見ていても、箸にも棒にもならない連中ばかりではないか。裁判所も、裁判官も、官僚もそんな輩ばかりなのだ。マスコミもそうだ。

私もそんな連中が支配する社会の中で生きているのだから、相当にやばいレベルに落ちているだろう。だからこそ、自戒しながら、少しずつでも、できる範囲で切磋琢磨していきたい。その現場が、今の私には盲学校という、なんとも形容しがたい閉鎖的空間なのである。


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「パクス・アメリカーナ」の「パクス」を支える「平和」憲法を手にして、「システム」の「下位システム」の一つを構成する「覇権システム」の下で覇権国の米国により押し付けられた日米安保条約、日米地位協定

2018-10-19 | 社会 政治
「パクス・アメリカーナ」の「パクス」を支える「平和」憲法を手にして、「システム」の「下位システム」の一つを構成する「覇権システム」の下で覇権国の米国により押し付けられた日米安保条約、日米地位協定を「日本」と「日本人」が破棄することは到底できない。

今日はまた帯状疱疹がぶり返したようで憂鬱な気分。原因はわかっている。もうそんなことは気にしない。世の中にはもっと苦しんでいる人たちが大勢いるのだから。私はそうして自分に言い聞かせるが、決して他人に対してはそんな言い方はしないつもりだ。程度差はどうであれ、他人が抱えている苦しみは簡単には理解できないから。いや、してはならない、というのが今回の私が得た教訓である。

ところで、これまでも気になってきた議論がある。すでにこの問題に関しても拙著や拙論で私の見解を開陳してきたが、以下に元レバノン大使であった天木直人氏のブログ記事を引用、参照しながら、私見を述べておきたい。なお、タイトルの中に、私の見解の内容は凝縮されている。

(以下、引用。)

「一つ目の記事」

 沖縄知事選で辺野古移設断固反対を訴える玉城氏が当選し、はたして 辺野古移設問題はどう解決されるのか。  その問いに対する答えはすべてこの中にある。そう思わせる記事をきょう10月5日の毎日新聞に見つけた。

 すなわち、ほぼ1ページにわたって掲載された「沖縄知事選の教訓」 と題する有識者三名の意見を掲げた「論点」という記事だ。  

 その一人は田中均元外務審議官に代表される次のような意見だ。

 日本の安全保障政策は、周辺国の脅威などに応じ政府が責任を持って 決めるものであり、時々の民意に左右されるものではない。ましてや地方自治体に決定権はない。沖縄の問題は、不公平な負担を一方的に強い られてきた点にあり、これからは従来以上に丁寧な説明が求められる、 というものだ。  

 この意見はおそらく多数派の意見だろう。  

 しかし、これでは何も変わらない。  

 安倍政権の言ってきた事と同じだからだ。  

 二人目は琉球大学教授の我部政明氏である。  

 彼はこう書いている。  

 政府は「辺野古は唯一の選択肢」と主張しているが、選択肢の無い政策決定などあり得ない。政府や国民は、辺野古以外の選択肢を考える時 に来ていると。  

 まさしくこれが、今度の知事選で沖縄県民が示した考えだ。  

 誰も反論できないだろう。  

 しかし、これもまた従来の議論の繰り返しに終わる運命にある。  

 県外に代替地を見つけられなかったからこそ、あるいは本気になって 見つけようとしなかったからこそ、今に至るまで解決しなかったから だ。  

 三人目は法政大学名誉教授のである河野康子氏の意見である。  

 すなわち、米国が沖縄の施政権を日本に返還する事に最終的に踏み 切ったのは、1968年11月に行われた琉球政府行政主席の初の公選 で日米両政府が支援する西銘順治氏が、即時復帰を掲げた屋良朝苗氏に 敗れたからだ。  つまり、沖縄の民意は、今も昔も、米国にとって大問題なのだ。いまこそ今回示された沖縄の民意に基づいて日米地位協定を米国に求 める時だ。なにしろこの要求は、安倍政権側が推した佐喜真候補でさえも選挙で 訴えた。その重みは大きいと。  

 その通りだ。

 まさしく玉城氏が真っ先に日米両政府に要求する事は、日米地位協定の改正である。  

 これは、河野教授も書いている通り、日米同盟最優先の国策とは矛盾しない。  

 なにしろ、日米同盟を優先する日本政府が公認した候補でさえ訴えたのだ。  

 しかし、日米地位協定の交渉を開始すれば、間違いなく日米同盟の矛盾に突き当たる。  

 米国の出方次第では、日本国民が本気で主権返還を求めて怒り出す。  

 そんなことになるぐらいなら米国の方から日米同盟を止めると言い出すだろう。  

 まさしく日米地位協定改正交渉の始まりが、日米同盟の終わりの始ま りになるのだ。  

 玉城沖縄知事誕生の後の辺野古移設問題のすべては、日米地位協定の改正交渉を始められるかどうかにかかっているということである(了)

 玉城沖縄知事誕生の後の辺野古移設問題のすべては、日米地位協定の改正交渉を始められるかどうかにかかっているということである(了)

「二つ目の記事」

記事 天木直人
2018年10月01日 07:06
沖縄知事選後の政治を占う(問題の本質は日米同盟の是非だ)

 沖縄知事選におけるデニー玉城氏の当選の第一報に接し、私は昨晩とりあえず歓迎のコメントを書いた。

 一夜明け、今朝の各紙は事実関係を伝えるだけで、まだ本格的な評価をするメディアはない。

 しかし、様々な評価がなされるのはこれからだ。

 例によってその前に私の評価を書いてみたい。

 真っ先に指摘したいのは、この選挙結果は安倍自公政権に対する大きな打撃となり、間違いなく安倍政権はすべてに勢いがなくなっていく。

 しかし、だからと言って野党が安倍政権を追い込む事になるかと言えばそうではない。

 なぜなら野党共闘が奏功したわけではないからだ。

 本当の勝者は翁長知事の辺野古阻止への遺志であり、選挙途中から翁長夫人が選挙戦に加わった時点でデニー玉城氏の勝利が確定したのだ。

 こう考えた時、結果論ではあるが、佐喜真陣営は大きな作戦ミスを犯した。

 すなわち辺野古隠しをするのではなく、辺野古反対を打ち出すべきだったのだ。

 どうせウソばかりついていたのだ。

 辺野古反対だが最後は国政が決める事であり、翁長知事の遺志を受け継いで私こそが国政に阻止を実現させる唯一の候補者だと大嘘をつくべきだったのだ。

 その点、デニー玉城氏は大成功した。

 選挙途中から戦略を弔い合戦一本に切り替え、翁長知事の果たせなかった辺野古阻止を訴え続けた。

 問題は、辺野古阻止が出来るかだ。

 結論から言えば難しい。

 安倍自民党政権にはその気は全く無いからだ。

 それどころか、反安倍を掲げて総裁選に挑んだ石破氏でさえも沖縄に飛んで佐喜真候補を応援した。

 小泉進次郎に至っては菅官房長官と並んで懸命に応援した。

 沖縄県民の辺野古阻止の意思が選挙で示されたにもかかわらず安倍政権は辺野古が唯一の解決策であることをくり返すだろう。

 それに対し、野党共闘はどうか。

 打倒安倍の立場から、辺野古反対の気勢を上げるだろう。

 しかし、本気で辺野古移設に反対するなら日米安保反対にまで至らなければウソだ。

 しかし日米安保に反対するのは共産党と社民党だけだ。

 そして社民党は村山政権時に日米安保を容認したトラウマを抱えたままだ。

 共産党を除くすべての政党が日米安保容認の中で、どうして辺野古阻止ができるだろう。

 かくて辺野古阻止の不毛な政局が役者を変えて再び始まる。

 おりからきょう10月1日に横田基地にオスプレイが正式配備される。

 横田の普天間化だ。

 日本本土の沖縄化だ。

 必ず都心で事故が起きる。

 しかし起きてからでは遅いのだ。

 繰り返していう。

 いまこそ日米安保体制を見直す時である。

 そういう声が政治の中から起きて来ない限り、沖縄知事選のデニー玉城氏の勝利の歓喜は、やがてこれまで通りのジレンマに戻るだろう。

 私が、今度は国政の責任が問われる番だ、と書いたのはそういう事である(了

「三つ目の記事」

玉城氏の勝利の本当の意義を見事に言い当てた高橋哲哉教授
http://kenpo9.com/archives/4278
2018-10-15 天木直人のブログ
(なお、この記事に関しては、「阿修羅 拍手ランキング 赤かぶ」からの引用)

 沖縄知事選の玉城氏の勝利から二週間以上がたち、安倍首相との面会もはやばやと終わり、すっかり静かになってしまった。

 辺野古阻止のあたらな動きは見られず、その後のあかるい展望もまったく見えてこない。

 そんな中で、今度の沖縄知事選の玉城氏の勝利の本当の意義を見事に言い当てた記事を見つけた。

 それはきのう10月14日の朝日新聞の中にある高橋哲哉・東京大学大学院教授の次の言葉だ。

 「沖縄にこれ以上、米軍基地を押しつけておくことはできない。安保条約があるかぎり、ヤマト(本土)が引き取るしかない、もし、ヤマトの自治体がどこも引き取りを拒んだら?みながみな米軍基地はいらないとなれば、安保そのものを見直す、という選択肢が出て来る。引き取りますか?見直しますか?ヤマトの多数派への問いかけでもあるのです」

 これこそが沖縄の知事選における玉城氏の勝利の本当の意義なのである。

 この事を沖縄に言わせてはいけない。

 玉城新知事に言わせてはいけない。

 ヤマトの人間が言わなければいけないのだ。

 ヤマトの政治家たちがまっさきに言わなければいけないのだ。

 しかし、誰一人としてこの言葉を国会で発言するものはいない。

 ヤマトのすべての政党、政治家に答えを求め、その判断を迫ろうとするのが新党憲法9条である(了

(以上、引用ここまで。)

天木氏の見解は簡潔に言うと、今こそ日米安保条約、日米地位協定を見直す好機との点に尽きる。つまり、在沖米軍基地負担を日本本土でも引き受けようとする運動は、いずれにしても本土の自治体の反対もありうまくいかないだろうから、それなら日本全体で米軍基地反対の声を上げればいいだろうし、そのことは日米安保条約や日米地位協定の見直しと破棄につながらざるを得ない、という見方だ。つまり、在沖米軍基地の沖縄負担を日本本土が引き受けることで軽減を目指そうとする運動の根底には、日米安保条約、日米地位協定の見直しと破棄が前提とされなければならない、との見解である。

私自身もシステム論を展開しながら、天木氏のような見方を何度も脳裏に浮かべるのだが、同時にまた、もしその実現を目指すときに、その政治団体が旗印(に掲げる主張)が、天木氏が提唱する9条を守る(今まで守られたことは一度もない)とか、(「システム」が提供した(押し付けた)「日本国憲法」の「普遍的価値」とそこにある「平和」だとなるのであれば、その運動は最初から実現困難だとみているし、そうした議論を自説の中で展開してきた。

その理由は、今日のブログのタイトルの中にある。


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