日本の「政治」の〈可能性〉と〈方向性〉について考える。

「政治」についての感想なり思いを語りながら、21世紀の〈地域政党〉の〈可能性〉と〈方向性〉について考えたい。

私の語る「システム」論から、「こちら側の私たち」の〈難民・移民の受け入れ〉問題を「あちら側の彼ら」の

2024-09-27 | 日記

私の語る「システム」論から、「こちら側の私たち」の〈難民・移民の受け入れ〉問題を「あちら側の彼ら」の提供する報道番組の一つである「報道ステーション」(2014年9,24)で取り上げていたドイツ地方議会選挙における移民・難民の受け入れ反対を主張する、極右政党と目されている「ドイツのための選択肢(afd)の躍進を批判的観点から報道する姿勢を、こちら側の私たちの立場から反批判するとき


*今回記事の最後の)(付言)において、布施祐仁著『従属の代償 日米軍事一体化の真実』から抜粋・編集した〈吉田茂が米国と交わした「約束」の正体に驚愕!強硬姿勢崩さぬ米軍に最後は…9/26(木) 6:50配信 『現代ビジネス』〉を紹介すると同時に、同記事の内容を踏まえて、矢部 宏治氏による「日米合同委員会」と「米国」との各々の役割分担とを切り離して、矢部氏の前者の日本への独立した強い影響力を主張する際の問題点に関して言及しているので、その点にも読者は目を向けてほしい。




(最初に一言)


 先ずは確認であるが、わたしがこちら側の私たちの一員であるとすれば、私たちの生き残りのための最後の手段として、選択的条件の下に移民・難民を受け入れざるを得ないのだが、現状のように、あちら側の彼らの支配する社会の中に組み込まれている私の立場からすれば、簡単には賛成できないのである。その理由は、あちら側の彼らの社会を日本において体現する日本政府が、日本国民の総意に基づいて主体的に受け入れを推進するのではなく、「親分」である米国とその取り巻きの意向に従って成されることが容易に推測されるし、事実そのとおりなのだ。政治の世界において、移民・難民の受け入れを一大争点として、与野党が選挙戦で国民の信を問う形で相互に争う態勢は未だ整ってはいない国内の現状を踏まえれば、なおさら外部の力の強い声に従うのは否めないであろう。〈これに関連して、*でも指摘しているように、記事の最後の(付言)を参照されたい。〉さらにその後の国内に受け入れた移民・難民と、受け入れ先の国民との対立や衝突に対して無責任な対策・対応に終始して、その付けを末端の生活難民者に追わせるだけであるからだ。


 その関連から言えば、結局のところ、ドイツのメルケル氏はドイツのその後の歴史に何らの責任も取ることもなく、ただただその後の欧州の不安をもたらしただけではなかったろうか。当時のドイツにおいて、今日の事態は既に予想されていたのだから。だが、ドイツの今の混乱を引き起こした張本人の一人は自由や民主主義、方の支配といった価値観を守ったとして褒め称されるのに対して、メルケル氏を含む当時の支配層がその一翼を担ったはずのドイツの格差社会の進行・深化と国内の治安と混乱問題に対して歯止めを撃つことを主張する者たちは、「極右」とレッテルを貼られるのだとすれば、これはやはりおかしなことではあるまいか。それゆえ、このように語る私もドイツのafd支持者と同様に、「極右」の一員として朝日の番組関係者には位置づけ理解されるのだろうか。勿論、それは容認し難い話である。報道ステーションでの内容も、私には到底受け入れ難い「偏向」報道」でしかなかったのである。


 誤解のないようにさらに言及すれば、だからといって、すぐさまトランプ支持になるわけでもないし、ましてやナチス礼賛でもない。同様に、「自由主義・民主主義」体制万歳となるわけでもない。移民・難民の受け入れ問題は相当にややこしく込み入った問題が介在しているのだ。それゆえ、私たちはあちら側の社会の垂れ流す民主主義と法の支配を守る側と、独裁的専制主義体制を擁護する側云々といったあまりにも通俗的な二項対立的図式の枠組みの批判的検討から始めなければならない。ところがこうした観点からの見直しというか検討を、最初からあちら側の彼らの支配する社会は許そうとはしないから、あちら側の社会に生きている多くの人々はそうした枠組みを受け入れてしまうことになる。


 自由主義・民主主義体制の下で生み出される非正規労働者に代表される大量の「生活難民者」を国内社会の安全かつ安定した生活空間の中に受け入れることに消極的あるいは反対の姿勢を示す欧州や日本の政権担当者は、軍産複合体を中核とする支配構造が推進する戦争や紛争の犠牲者としての難民や移民を、特にウクライナからの受け入れには躍起となっている。勿論、その原資は国民の税金であり、その中には非正規労働者党の生活難民者が支払う税金も含まれているのだ。彼ら支配者側の権力・利権・利害関係者は、戦争を利用しながら軍産複合体とそれを取り巻く巨大な私的経済権力の懐を潤す一方で、戦争や紛争で生み出される政治移民・難民を受け入れることで、さらにこうしたお金の成る木の循環を滞らせることなく進めるのだ。元より、こうした政治移民や難民に彼ら自身の非というか責任を求めるのはやはり酷と言うべきだろうが。




 それゆえ、そうした政治を批判して、移民・難民の受け入れに生活困窮者が反対するのは、当然と言えば当然なのだ。ところが、報道ステーションのようなあちら側の彼らの社会の維持・安定に貢献する御用メディア?は、そうした動きに対して、いとも簡単に「極右」のレッテルを貼るのだ。今の日本は相当にヤバイのだが、それがほとんど国民の意識に反映されていないかのような有様なのだ。私のこれまでのブログ記事や拙著や拙論での主張は、先ずは私たちが置かれているこの社会の煙幕を取り払うことであった。換言すれば、「歴史叙述の神話」を暴露することであったといっても過言ではなかろう。




(最後に一言)


 今回記事の流れとは直接結びつかないものの、前回、前々回記事を踏まえて、ここに補足説明をしておきたい。あまりにも痛まし過ぎる石川・能登の豪雨災害に際してこれまでと同様に思うことなのだが、メディアは都道府県の首長を始めとした政治家の災害時における「奮闘ぶり」をどうしてすぐさま主権者に伝えないのか


 災害時にはいつも私は不思議に思うのだが、政治家はどうしているのかがほとんど伝えられないから、一番大事な瞬間における「政治」が見えてこないのは、私たち主権者には残念なことではあるまいか。たとえば、少し以前のブログ記事でも書いたが、首相は当時、国外脱出した。総裁選や代表選の政治家は何をしているのか、換言すれば、何をしていなかったのかはよく分かった。石川県の豪雨災害時、県知事は日本にいたのか。その他の政治家はどこにいて、何をしていたのか。これを伝えるのはメディアの大事な役割だと私は考えるのだが、いつもこの問題はスルーされるのだ。これほど自然災害の危険性が叫ばれている今この時であるはずなのに、また口を開けば決まって国民の命と暮らしを守るのが大事だと宣うのに、政治家が表舞台に表れて陣頭指揮している姿が見えてこないから、災害時には彼らは必要ないとでもいうのか。おかしな話ではあるまいか。


 さて、前回記事において、私の「私的権力」云々の話に関して、読者の中には、もうついていけないと思われた方がいるのでは、と私は推察している。それも無理はない。私たちは、生まれてこの方、いわゆる「歴史叙述の神話」の世界の中で生きているのだから。たとえば、米国の政治を見るとわかりやすい。私的権力が本来は公的機関であるはずの公的空間をハイジャックして、公的な仮面を被り続けているのだ。その実態は私的権力が独占する私的空間でしかない。公的空間は死滅しているといっても過言ではないのだ。市民革命以来、ずっとこうした流れは不変なのだ。少なくとも、私はそのように論じてきたし、今もそのようにみている。


 米国の「中央銀行」とされるFRBの構成主体は、民間の巨大銀行であり、その意味では、私的権力機関でしかない。「中央」という言葉に騙されるのだ。日本銀行を語るときも、政府の保有する株の構成を民間のそれと比較して、日本銀行の公的性格云々の議論がなされるのだが、これなども最初からおかしな話なのだ。明治維新とその前後の歴史の流れを鑑みれば、明治国家の誕生には英国の私的巨大経済権力の介入を無視することはできないはずだ。その英国も、私的巨大権力によって、公的空間はハイジャックされて久しい。英国国王の存在もそうした私的権力との関連から位置づけ理解するならば、私的空間の中に包摂されているとした見方ができるはずではあるまいか。日本の皇室もその英国王室との歴史的関係性の強いことを踏まえるとき、その延長線上に位置しているのではあるまいか。




 私はこのブログ記事において、「私」と「公」の関係について何度も考察しているのだが、私たちは国家や国民、あるいは官庁や公務員と言うとき、どうしてもそこに「公」的側面を見てしまうのだが、その際、どれだけの人がこの「公」を構成する「私」と「私」と「私」の関係について思いを巡らすことができるのだろうか、と私は考えるのだ。すなわち、「公」と「私」の間には、幾重にも重なる関係が存在していて、両者の空間は繋がっている、連続しているということなのだ。両者の間を遮断する何か固いコンクリートのような物体など存在してはいないことに、私たちは気が付く必要がある、と私は強く述べておきたい。


 もし、このようなイメージを浮かべることができれば、例えば、公的空間の中に私的空間がすっぽり入っているような「公」と「私」の関係を想像することもできるであろうし、逆に、私的空間の中に公的空間が埋没しているそうした両社の関係を想像することもできるであろう。それを踏まえて言えば、私たちが選挙で選んだ候補者が議員となって議会に議席を占めた時、通常は公的空間とされるその議会を支配しているのはいったい誰なのかを考えていくとき、それはややこしい話となるに違いない。たとえば、日本の国会は、もし日本が米国の属国であるとすれば、また今回記事でも紹介した布施氏による日米関係の密約の存在を踏まえれば、日本の国会を支配するのは米国であるということになるに違いない。


 さらに、その米国を支配するのは一体、誰なのかを考えるとき、たとえば今回記事でも取り上げたFRBの構成主体を思い浮かべた時、また米国の共和党と民主党の両政党を背後で操作していると言われる巨大な世界的私的経済権力をその傘下に置いている超富裕層を念頭に浮かべるならば、米国中央議会は私的空間の中に組み込まれているということになる。そこから、回り回って、日本国家、日本政府、日本の国会は、米国の巨大な世界的私的経済権力がその構成主体である私的空間の中に納まっている、といったイメージを浮かべることができるのではあるまいか。それゆえ、「公」は「私」の中に組み込まれているということになる。前回記事での私の話は、こうした観点から再度読み直すならば、これまでの私たちの「公」と「私」に関する議論のおかしさに気が付くのではあるまいか。そこから、私たちがいま声高に叫んでいる自由主義や民主主義や人権や法の支配の構成主体を再検討・再考察するならば、いわゆる普遍的価値と普遍主義が抱える問題点にも気が付くはずに違いない、と私はみている。(なお、米国の経済支配者に関しては、広瀬隆氏やN・チョムスキー氏の著作を一読されることをお勧めしておく。)


*(付言)


 (最初に一言)で述べていたように、日本政府が単独で主体的に移民・難民受け入れ等の政策を打ち出すことのできない理由に関して、私は今回記事の最初でも案内しているように、布施氏の見解に従いながら以下のように見ている。布施氏によれば、〈吉田茂と米国、交わされた「密約」〉を問題視している。それは、ーーー今から70年以上前の、日本がまだ米国を中心とする連合国の軍事占領下にあった時代までさかのぼーーーる。ーーー1950年秋、米国政府は連合国の占領終結後も米軍の日本駐留を認めることなどを条件に、日本と講和条約を締結する方針を決定しーーーそして、翌年の1月から日本政府との交渉を開始ーーーする。そこで一番重要なことは、ーーーこの交渉で米国政府は、占領終結後の日米の安全保障協力について定める協定に、有事の際は警察予備隊(自衛隊の前身)など日本の部隊を米軍司令官の指揮下に置くという規定を入れるよう要求しーーーたのに対して、ーーー日本政府は、「憲法と関連して重大問題をまきおこす懸念がある」などとして明文化することには強く反対しーーーたものの、ーーーしかし、明文化しない代わりに、当時の吉田茂首相が、有事の際に米軍司令官が日本の部隊を指揮することに同意すると密かに約束しーーーたということである。


これに関して、布施氏は次のように述べている。すなわち、ーーー1952年4月28日、サンフランシスコ講和条約が発効し、日本は主権を回復しーーー同日、日米安全保障条約も発効し、占領軍であった米軍はそのまま日本への駐留を続けーーーその3ヵ月後の7月下旬、吉田茂首相、岡崎勝男外相、マーク・クラーク米極東軍司令官、ロバート・マーフィー駐日米国大使の4人が会談しーーークラーク司令官が会談の内容を報告するために国防総省の統合参謀本部に宛てて送った公電に、次のように記されていーーーた。すなわち、ーーー「私は7月23日夕刻、吉田(首相)、岡崎(外相)、マーフィー(駐日米国大使)と自宅で夕食を共にした後、会談を行った。私は、我が国の政府が有事の際の軍隊の投入に当たり、指揮の関係について日本政府との間で明解な了解が不可欠だと考えている理由を詳細に説明した。吉田は即座に、有事の際に単一の司令官は不可欠であり、現状の下では、その司令官は合衆国によって任命されるべきだということに同意した」ーーーとある。そしてーーーこの公電には、吉田首相がこの合意を秘密にするよう求めたことも記されていーーーるとのことだ。ーーー「(吉田は)この合意は、日本国民に与える政治的衝撃を考慮して当分のあいだ秘密にされるべきであるとの考えを示し、マーフィーと私はその意見に同意した」ーーーこれが、いわゆる「指揮権密約」と呼ばれているものでーーーあると、布施氏は述べている。


 布施氏が語るように、日本政府は、当初から日本の主権を放棄すると同時に、米国の51番目の州」として自らその制約に甘んじることを選択した、と私はみている。占領期から今日に至るまで日本は日本の主権とその国防に関する主体的権限を米国に奪われてきたということを鑑みれば、日米関係における日本の不在を日本側が認めていたという問題こそが、先ずは日本の主体的行動を許さない大きな理由であったと、私は言わざるを得ないのだ。その大枠を、つまりは覇権システムの制約を認めた上での日米合同委員会の役割が問われるということになる、と私はみている。


 日本は米国を中心としたGHQの占領期において、自己決定権の獲得とその実現を巡る争奪戦を俟たず、米国に自らの自己決定権としての主権を放棄すると同時に譲り渡したということを踏まえるとき、私たちは日米関係の下に米国から要請されるさまざまな要望リストの実現に迫られると同時に、覇権国の米国を中心的構成主体とする覇権システムから、そして私の語る「システム」からの要請にも従うことを迫られたと言うことではあるまいか。つまりは、日本と日本人は、覇権システム、そして「システム」における「米国」との関係の下で、その首根っこを押さえられたままに、今日に至っている、と私はみている。



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私の語る「システム」論から、「こちら側の私たち」の〈難民・移民の受け入れ〉問題を 勢古 浩爾氏の〈人

2024-09-23 | 日記
私の語る「システム」論から、「こちら側の私たち」の〈難民・移民の受け入れ〉問題を
勢古 浩爾氏の〈人類は隣人の騒音トラブルひとつ解決できない――事態は深刻、軽視されてはならない 9/18(水) 11:51配信 『JBpress』〉を読みながら再考するとき


(最初に一言)


 読者に先ず確認してほしいのは私たちの社会にはそもそも「公的空間」など存在していないということを。すなわち、すべては「私的空間」における「私」を基本単位とする諸個人間、諸集団間、諸共同体間を介在した錯綜した人間関係における私的活動であるということに目を向けてほしいのだ。それは民族(エスニック・グループ)や国家や国民、あるいはナショナリズム、自由主義、民主主義、全体主義にも該当する、と私はみている。




 こうした観点からイスラエルによるパレスチナへの果てしない理不尽極まる暴力行使は、私的権力による暴走であり、同時にその暴力行使は「民事不介入の原則」の下でまかり通る私的活動であるということである。こうした観点からタイトルで紹介している勢古 浩爾氏の〈人類は隣人の騒音トラブルひとつ解決できない――事態は深刻、軽視されてはならない〉を読み直すとき、そこに私たちの抱える重要な問題が見えてくる、と私はみている。ちなみに、イスラエルとパレスチナの闘争(戦争)は、勢古氏の顰に倣うならば、〈人類は隣国の自己決定権の獲得とその実現を巡るトラブルひとつ解決できない――事態は深刻、軽視されてはならない〉と書き直されるのではあるまいか。ただし、隣人のトラブルも隣国のそれも、「根」は同じであると私は理解している。


 巨大な私的権力が支配する私たちの社会において、偽りの公的権力はほとんど意味を持たない。私たちは何かの事件があるたびに、加害者の人権が被害者の人権に勝っている云々と悲憤慷慨しながら、両者間の「矛盾」を口にするのだが、イスラエルとパレスチナの関係を直視するとき、そこには矛盾など存在していないことに改めて気が付くのではあるまいか。


 民事不介入と警察(国家)権力の関係は、これまた私たちが国家(警察)権力を、私的権力として再確認するならば、両者の関係はごくごく当然なこととして位置づけ理解できるはずである。行論の都合上、前回記事で紹介した私の語る〈「システム」とその関係の歩み〉のモデルで描いた図式をここに引用張り付けておく。


**1970年代までの〈「システム」とその関係の歩み〉
一番外側の記号{ }は覇権システムを、またその中の[ ]は主権国家・国民国家を表している。


{[Aの衣食足りて→Aの礼節を知る]→[Bの衣食足りて・足りず→Bの礼節を知る・知らず]→[Cの衣食足りず→Cの礼節を知らず]}
(なお、逆から見たモデルと通時的モデルは省略する。)


1970年代以降から今日に続く〈「システム」とその関係の歩み〉
一番外側の記号{ }は覇権システムを、またその中の[ ]は主権国家・国民国家を表している。


{[Bの衣食足りて→Bの礼節を知る]→[Cの衣食足りて・足りず→Cの礼節を知る・知らず]→[Aの衣食足りず→Aの礼節を知らず]}
(なお、逆から見たモデルと通時的モデルは省略する。)




 1970年代までのモデルで描くA、B、Cの関係は、Aを「加害者」とするとき、BとCはそのAに対して「被害者」として位置する関係にある。同様に、1970年代から今日に至るモデルで描くB、C、Aの関係は、Bを加害者とするとき、CとAはそのBに対して被害者として位置する関係にある。このモデルで描かれるA、B、CあるいはB、C、Aの関係はすべてが民事不介入の原則を前提とした世界として位置づけ理解できる、と私はみている。被害者の立場に置かれたそれぞれのグループは、隙あらば加害者の立場に立とうとしてあれこれと活動するのだ。それゆえ、もしその被害者の行動が邪魔になると加害者側が判断するときには、一般には公的権力として見られているのだが、本来的には私的権力でしかない国家・警察権力を、加害者は使用することをためらわないのである。こうした文脈で私たちの世の中の出来事を改めて見渡すならば、そこには同じような光景が広がっているのではあるまいか。


 たとえば、その代表的事例として様々な「公害事件」を引き合いに出すことができる。荒畑寒村の著作『谷中村滅亡史』 で知られる足尾銅山鉱毒事件の公害問題も、長期にわたり、民事不介入の原則の下で、被害者の住民は苦しめられていたが、そこに田中正造を筆頭とした被害者住民団体の抗議に直面した加害者である足尾銅山の開発と経営に携わる古河財閥は、明治政府の後ろ盾の下に国家・警察権力の介入を求めて事態の打開を図ることに努めた、と私はみている。こうした加害者と被害者の関係は、そして民事不介入と国家・警察権力の介入の関係史は、その後の水俣病問題や薬害エイズ事件、そしておそらくはこれから起こるであろうコロナワクチン後遺症事件訴訟等々の日本の公害問題にも等しく垣間見られるのではあるまいか。


 そうした公害問題でのトラブルは、今回記事でも取り上げている勢古 浩爾氏の隣人トラブル問題とも重なる、と私は理解している。氏も言うように、「事態は深刻、軽視されてはならない」のだが、それにもかかわらず、今のイスラエルの体現する私的権力の暴走を誰も止められないのだ。そのイスラエルの私的権力の背後には、英国や米国を始めとした私的権力が存在していて、イスラエルを擁護しているからだ。加害者のイスラエルの暴力が被害者とそれを取り巻く私的権力の反発・反抗に直面することによって、その目的を果たせなくなったときに初めて、国際社会を構成するその他の私的権力の介入が要請される、と私はみている。


 こうした加害者と被害者の関係は、今日ではその立場を逆転させつつある。加害者と被害者の関係は、何度も論述してきたように、自己決定権の獲得とその実現を巡る力と力のぶつかり合いを介した争奪戦の中での、まさしく差別し排除する側と差別され排除される側の関係に他ならない。私たちはこのような仕組みの下に生きざるを得ないことから、誰しもできれば差別し排除する側に回ろうとするのは致し方あるまい。私が「あちら側の彼ら」の支配する世界・セカイの問題を「こちら側の私たち」という観点から告発めいた批判・非難をいくらしたとしても、こちら側の私たちの側でもあちら側に、できれば組することを望んでいる者たちも少なからずいるのは間違いない、と私はみている。


 私たちの世界・セカイが、私の仮設で主張するような世界・セカイであるとすれば、当然ながら、差別され排除されるよりは、少しでもより優位な地点に身を置こうとして、差別し排除する側を目指すのは間違いなかろう。それは別言すれば、加害者側の人権が被害者側の人権に優位することを意味している。そこから、私のモデルで描く〈「システム」とその関係の歩み〉を担い支える人間集団が生産・再生産されるのは必至となるだろう。それにしても、今の私たちの眼前で展開されている風景は、あまりにも精神を汚染させる出来事の連続ではあるまいか。




(最後に一言)


 以下に、勢古 浩爾氏の記事の最後のくだりを引用張り付けておく。氏の念頭にあるのは私人であるのだが、それを「イスラエル」に置き直して考えてほしい。


人類は隣人の騒音トラブルひとつ解決できない――事態は深刻、軽視されてはならない
9/18(水) 11:51配信
JBpress


ーーー


(中略)


 モットーは迅速、即決、厳罰である。


 たったひとりのならず者のために、住民が何年間も我慢して暮らすなど、あってはならないことである。


 今月、シンガポールで強姦罪でつかまった38歳の日本人の男が、日本人として初めて20回の鞭打ちの刑を受けた(はずである。刑務所内なので非公開)。それだけではない。この男は17年6カ月の禁固刑も食らっている。


 わたしはこれらの処置に、大いに賛成である。


 「叫んだり威嚇したりはしていません」。こんなふざけた男にも鞭打ち10回(さすがにこれは省いてもいいが)、それに最低でも禁固5年くらいを科してもらいたい。


 人の人権など歯牙にもかけない悪質な者の人権など、1ミリも考慮することはないのである。


 かれらは自分が痛い目にあわなければ、人の苦しみや痛みはけっしてわからないのだ。


 一般の人間にとって重大なのは、日々報じられる刑事事件よりも、むしろこんな問題にあるのである。


 なぜ民事には悠長な解決方法しかないのか。民事だからといって、事態の深刻さはけっして軽視されてはならない。


 悪意ある連中は、最初から「民事」だということがわかってやっているのだ。弁護士も警察も、つまり法は舐められているのである。


ーーー


なお、 私もこのくだりに異論は全くない。


 今回記事はここまで。


* 誤解を恐れずに付言すれば、私はことさら「イスラエル」を批判・非難しているのではない。私も「システム」人であるから、またそうした私が今の〈「システム」とその関係の歩み〉を担い支えることによって、金の成る木としての「システム」のさらなる発展(高度化)とその存続のために、「システム」({[B]→(×)[C]×[A]})の要請に従って、イスラエルによるパレスチナへの暴力行使が展開されているということなのだ。それはロシアによるウクライナに対する暴力行使の動きとも関係している、と私はみている。差別と排除の関係を前提としてつくり出されてきた〈「システム」とその関係の歩み〉が生み出した「宿痾」と結びつけられないイスラエル批判・非難は、まさに天に唾する所業である、と私は言わざるを得ないのである。



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私の語る「システム」論から、「こちら側の私たち」の〈難民・移民の受け入れ〉問題を宮川裕章氏の〈米国

2024-09-22 | 日記

私の語る「システム」論から、「こちら側の私たち」の〈難民・移民の受け入れ〉問題を宮川裕章氏の〈米国はなぜ強いのか イタリアで世界の「覇権」を考える
9/21(土) 9:30配信 『毎日新聞』〉と勢古 浩爾氏の〈人類は隣人の騒音トラブルひとつ解決できない――事態は深刻、軽視されてはならない 9/18(水) 11:51配信 『JBpress』〉と『共同通信』〈技能実習生の転職、要件明確に 失踪者は過去最多、対策強化へ 9/16(月) 16:00配信〉の記事を読みながら再考するとき(族)




(最初に一言)


 何とかして、またまた入り込んでしまった心の闇というか病みから抜け出そうと、自分が勝手に突き進んだ流れを巻き戻そうとするのだが、心が動かないのだ。それでもその間にいろいろな記事に目を通す中で、なんだかブログ記事を書いてみたくなった次第。タイトルに掲げた三つの記事は、私の語る「システム」論の観点から一つの流れとして捕らえ直すことができるように思われたのだが、その結末がどのようになるかはわからない。




 またまた私の「気になる記事」に接したので、先ずはそれから話しておきたい。宮川裕章氏の〈米国はなぜ強いのか イタリアで世界の「覇権」を考える
9/21(土) 9:30配信 『毎日新聞』〉の記事を読みながらいろいろと考え直したことを話しておきたい。


 グラムシの「ヘゲモニー」論とそれに依拠した国際政治学研究における覇権安定論に関する記事を、私の「システム」論から再度、捉え直してみた。宮川氏は以下のように述べる。すなわち、ーーー当時のグラムシの問題意識は、マルクスが予想した革命や社会主義への移行が、なぜロシアで起きたのに、西欧で実現しないのかという点にあった。グラムシがたどり着いたのが、「同意による覇権」という考え方だった。(段落)ロシア革命が起きる前のロシアと比べ、より成熟した西欧の社会では、支配層の倫理観や政治、文化的な価値が社会に広く受け入れられ、人々の間に支配への一定程度の同意があった。その分、力ずくの革命は起きにくく、秩序は長持ちする。グラムシはそう考えた。強制力だけでなく同意に基づく秩序があり、それが市民社会の中でイデオロギーや道徳などを通して強化される、と分析した。ーーー


 続けて宮川氏は述べる。ーーーこの覇権という考え方が、まったく異なる形で発展したのが米国だった。米国では70年代以降、「覇権安定論」と呼ばれる国際政治学の学説が影響力を持つようになった。英国は19世紀、海軍力や植民地支配を基に覇権を確立したが、20世紀には米国が取って代わった。米国の軍事力や財力、通貨や金融の力が世界の安定に必要だと議論された。(段落)1980年代以降、米国の国力が相対的に低下すると、今度は米国による覇権もやがて崩壊するのではないかと予想された。だが、そのような事態は起きていない。米国を中心に築かれた国際組織や制度が、米国の衰退に関係なく、世界秩序の安定に貢献しているからだと考えられている。(段落)そしてグラムシの覇権の概念を国際政治学に取り入れたのが、カナダの政治学者ロバート・コックス(1926~2018年)だ。民主主義や自由貿易などのイデオロギーや文化が、覇権国である米国を中心とする秩序への他国の同意を促し、安定させると論じた。コックスを中心とする研究者は「ネオ・グラムシアン」と呼ばれるようになる。ーーー


 私が宮川氏の記事内容に関心を抱いたのは以上のくだりだが、記事の中・後半ではグラムシのヘゲモニー論や覇権安定論に対して異議申し立てをするイタリアの研究者による
「ミドルパワー外交・理論と実践」が紹介されている。宮川氏の興味と関心はこ子にあるように私には思われるので、読者にはその点についてお伝えしておきたい。


 さて、ここまでのくだりを踏まえて私の主張しておきたいことは、私もグラム氏や覇権安定論者の見方に対して理解を示す者の一人だが、やはりそうした見方だけでは不十分であると言わざるを得ない。何よりも私が懸念しているのは、ーーー米国を中心に築かれた国際組織や制度が、米国の衰退に関係なく、世界秩序の安定に貢献しているーーーと説くとき、またーーー民主主義や自由貿易などのイデオロギーや文化が、覇権国である米国を中心とする秩序への他国の同意を促し、安定させるーーーと見るとき、覇権国とそれをつくり出す仕組みの抱える私たち人類を限りなく不幸にしてきた「宿痾」に関して、あまりにも牧歌的というか、それこそ自己決定権の獲得とその実現を巡る力(暴力)と力(暴力)の争奪戦を繰り返しながら、強者が弱者を差別し排除する人間関係の頂点に位置する覇権国とそれをつくり出す人間関係の抱える問題点が不問に付されてしまうからだ。


 もう少し簡単に言えば、力づくで多くの者を踏みつけながら頂点に立った人間集団がら構成される覇権国が、世界の秩序作りの中心に位置して、その覇権国の下で国際組織や制度を構築するというのだから、それはおぞましい限りではあるまいか。その覇権国と民主主義や自由貿易が結びつくというのだから、これはもう何をかいわんやなのだ。だが、ここで急いで読者にお伝えしたいのは、ここに引用したくだりは、まさに世界の現実を正確に語っていることを、私は認めなければならないのも事実であるということだ。


 それを踏まえて私が言いたいのは、どうしてそのような覇権国と国際組織や制度、民主主義と自由貿易の密接な関係がつくり出されるのかということである。もう少し踏み込んで言うならば、覇権国の力が陰りを見せてもなお世界の秩序の安定は保たれるのかという問題だ。私はそれに関して、ここに引用紹介したグラムシや彼の覇権論を援用した国際政治学研究者とは異なり、覇権国をつくり出す私の語る「システム」の存在を、先ずはともあれ押さえておく必要性を強調しておきたい。覇権国の不在の間、国際秩序の安定に貢献するのは国際組織や制度、あるいはまた民主主義や自由貿易等々のイデオロギーや文化であるとの見方に対して、私もそうした見方を全面的に否定はしないものの、やはりそれだけでは十分ではないとみている。


 すなわち、覇権国の不在の間に、民主主義や自由貿易、国際組織や制度を長期間にわたって安定させ存続させるのは、差別と排除の関係を等しく共有する覇権システム、世界資本主義システム、世界民主主義システムの三つの下位システムから構成される一つの「システム」の、換言すれば、私の語る〈「システム」とその関係の歩み〉の形成と発展そしてその存続が大きく与っている、と私は強調したいのだ。覇権国は、この「システム」の形成と発展、存続の歩みの中でつくり出されるということを鑑みれば、覇権国の不在がどれくらいの間であろうとも、「システム」が存続する限り国際秩序は何とか安定するのである。


*ここで少し前のブログ記事で紹介した〈「「システム」とその関係の歩み」〉の簡単なモデルを再度引用しておく。なお、詳しくは、拙著『21世紀の「日本」と「日本人」と「普遍主義」』の88-91頁の図式と図表を参照されたい。


**1970年代までの〈「システム」とその関係の歩み〉
一番外側の記号{ }は覇権システムを、またその中の[ ]は主権国家・国民国家を表している。


{[Aの衣食足りて→Aの礼節を知る]→[Bの衣食足りて・足りず→Bの礼節を知る・知らず]→[Cの衣食足りず→Cの礼節を知らず]}
(なお、逆から見たモデルと通時的モデルは省略する。)




1970年代以降から今日に続く〈「システム」とその関係の歩み〉
一番外側の記号{ }は覇権システムを、またその中の[ ]は主権国家・国民国家を表している。


{[Bの衣食足りて→Bの礼節を知る]→[Cの衣食足りて・足りず→Cの礼節を知る・知らず]→[Aの衣食足りず→Aの礼節を知らず]}
(なお、逆から見たモデルと通時的モデルは省略する。)




 さらに言及すれば、「システム」は、差別と排除の関係を抜きにしては語られないのだ。その暴力行使の頂点に位置するのが覇権国であると同時に、その歴代の覇権国が中心となってつくり出してきたのが覇権システムであるということであるここの差別と排除の関係と表裏一体にある暴力関係こそが、自由主義や民主主義のイデオロギーと文化的伝統力の、また国際連合、国際原子力機関、IMF等の国際組織や自由貿易等の制度をつくり出し、それを維持し存続させるのだ。決して、この順番を見誤ってはならない、と私はみているのだが、残念なことに、未だ誰も私の語る「システム」論を直視しようとはしないのである。それも仕方ない。覇権国と民主主義の関係を徹底的に踏み込んで考察したならば、私の話にも耳を傾けるだろうと私は推察するが、もしそれ推したならば、それこそ研究者声明を自ら閉じることを意味するだろうから、覇権国と民主主義は並列的に位置づけ理解されるだけである。


 ここで再度繰り返しの話となるのを恐れないで言うならば、上に引用張り付けたモデルとその図式で描く〈「システム」とその関係の歩み〉の存在が覇権安定論で語られる世界を具現化している、と私はみている。それゆえ、覇権国がある時期不在となったとしても、国際秩序の動揺をきたすことはないのだ。本来問題とすべきは、国際秩序が仮に安定したとしても、その秩序は差別と排除の関係を前提として作られてきた覇権システムと世界資本主義システム。、世界民主主義システムの三つの下位システムから構成される一つの「システム」を意味しているということを、私たちは看過してはならないのだ。


 その意味では、グラムシの見立ては「システム」の形成と発展とその存続に手を貸すものに他ならない、と私は言わざるを得ないのだ。誤解のないように言えば、グラムシの覇権論はとても重要な見方であるのは言うまでもない。ただ、それを主たる説明要因として採用するのは、木を見て森を見ない議論になると私は言いたいのだ。また、それと関連するのだが、グラムシによるロシア革命に関する見方も、私の語る「システム」論から捉え直すとき、そこには重大な問題点が垣間見られる、と私はみている。


 行論の都合上、既に引用張り付けている宮川氏によるグラムシのロシア革命についてのくだりを再度、以下に引用貼り付けておくことを断っておきたい。すなわち、ーーー当時のグラムシの問題意識は、マルクスが予想した革命や社会主義への移行が、なぜロシアで起きたのに、西欧で実現しないのかという点にあった。グラムシがたどり着いたのが、「同意による覇権」という考え方だった。(段落)ロシア革命が起きる前のロシアと比べ、より成熟した西欧の社会では、支配層の倫理観や政治、文化的な価値が社会に広く受け入れられ、人々の間に支配への一定程度の同意があった。その分、力ずくの革命は起きにくく、秩序は長持ちする。グラムシはそう考えた。強制力だけでなく同意に基づく秩序があり、それが市民社会の中でイデオロギーや道徳などを通して強化される、と分析した。ーーー


 ここに示されるグラムシの分析に見られる「より成熟した西欧の社会」と「同意に基づく秩序」は、それでは当時のどのような国際関係の中で実現したのかを考えるとき、私は上で紹介した1970年代までの{[Aの衣食足りて→Aの礼節を知る]→[Bの衣食足りて・足りず→Bの礼節を知る・知らず]→[Cの衣食足りず→Cの礼節を知らず]}のモデルの図式で描かれる〈「システム」とその関係の歩み〉を前提としていたということを強調しておきたいのである。つまり、Aに位置した西欧における成熟した社会とそこでの同意に基づく秩序形成には、Bに位置したロシアとCに位置したAの支配する植民地や従属地に対する差別と排除の関係が抜き難く与っていたということなのだ。


 結局のところ、私たちは性懲りもなく、自己決定権の獲得とその実現を巡る力(暴力)と力(暴力)の争奪戦を繰り返しながら、強者が弱者を差別し排除する人間関係を人類の誕生から21世紀のこの地点に至るまで担い支え続けているのだが、以下に紹介する二つの記事も、そうした観点と関連から読み直すことができる、と私はみている。


 読者に先ずは確認してほしいのは、私たちは「同じ」〈民族(エスニック・グループ)〉とか「同じ」〈国民・移民・難民・技能実習生〉としての存在の前に、「同じ」「システム人」として存在しているということである。もう少し言及すれば、同じ日本人であるとか本国を同じにする移民や難民や技能実習生であるとしても、その前に、同じ「システム人」の存在であるということなのだ。つまりは、たとええば、今欧米で顕在化している本国民といわゆる外部から流入してくる人間集団のぶつかり合いは、実は同じ「システム人」同士のぶつかり合いに他ならないということを、私たちが理解できない限りはほとんど事態解決の展望は見えない、と私は言いたいのだ。すなわち、私たちを苦しめてきた私の語る「システム」の存在と向き合えないということを、私は強調しておきたい。そして、悲しいかな、おそらくは決して向き合えないだろうということを、つまり同じ「システム人」としての存在に気が付くことはないということである。


 これに関連して付言すれば、いま私たちが目の当たりにしている世界各地における移民や難民の、そして日本での技能実習生の受け入れを巡る様々な問題は、実は私の語る〈「システム」とその関係の歩み〉が{[A]→(×)[B]→×[C]』から{[B]→(×)[C]→×[A]}へと構造転換・変容した歴史の新たな段階における出来事だということを、私たちは再確認しなければならない。すなわち、かつての先進国であるAへの移民や難民の「流入」は、「システム」がA、B、Cから構成されていた段階におけるAのB、Cに対するとくに後者への「侵略」として描かれる差別と排除の関係の歩みと重なるものであり、その意味ではBやCを母国とする移民・難民のAへの流入は、B・Cグループに位置する強者のAグループに位置する弱者に対する関係を物語る出来事として、私はみている。すなわち、ベトナム人や中国人の技能実習生の「失踪」の出来事は、決して弱者のそれとして位置づけ理解してはならないということだ。


 それでは、「システム人」の本性は何か。それはこのブログ記事でも何度も語ってきたように、自己決定権の獲得とその実現を巡る力と力のぶつかり合いを介した争奪戦の中で、私たちは自己決定権としての主権・生存権や各人の自由を手にするために、少しでも相手よりもより優位な地点に立てるように、相手をねじ伏せようとする。その結果として、誰かが別の誰かを支配することとなり、それはいつしか「親分ー子分」関係としての差別と排除の関係をつくり出すということだ。こうした諸個人、諸集団、諸共同体間の差別と排除の人間関係から、やがて覇権システムがつくられてくる。その覇権システムの下で、強者に有利な「衣食足りて礼節を知る」営為の関係が産み出されると同時に、劣位に置かれた人間集団は、「衣食足らず礼節を知らず」の営為の関係に甘んじることになる。これらの関係は、先の同じ人間集団にあっても等しく適用されることから、例えば、同じ移民や難民でもその取扱いの仕方は同じではないのだ。より優位な地点に位置する移民や難民もいれば、そうでない者たちも存在する。さらに、彼らを受け入れた当該国の国民も、そうした移民や難民よりも、自己決定権の獲得とその実現のレースにおいて、差別され排除されることもしばしばなのだ。


 それゆえ、彼らの間で、いつしか生存権や自由の実現とその獲得を巡り闘争が起きるのは何も不思議なことではないというかむしろ自然なのだ。問題は、その際、本国の同じ国民と外部から流入してきた同じ人間集団が相互に対立衝突していると位置づけ理解することである。もしそのような見方をしてしまえば、私たちは移民や難民が発生する背景について知ることはできない、と私はみている。その関連から、タイトルで紹介した
『共同通信』〈技能実習生の転職、要件明確に 失踪者は過去最多、対策強化へ 9/16(月) 16:00配信〉の記事にある失踪した技能実習生は彼らの自己決定権の獲得とその実現に今のところは負けてしまったということだ。


 また、勢古 浩爾氏の〈人類は隣人の騒音トラブルひとつ解決できない――事態は深刻、軽視されてはならない 9/18(水) 11:51配信 『JBpress』〉の記事で語られる隣人トラブルにおいても、その生活現場では、私の語る「システム」をつくり出してきた自己決定権の獲得とその実現を巡る力(暴力)と力(暴力)のぶつかり合いが繰り返されているのである。そのぶつかり合いに勝利したつまりは差別し排除する側に立つことができた者は敗者である相手に対して、たとえその主張や要求する事柄がどれほど理不尽極まりないものであったとしても、彼や彼女、彼らのの自由や生存権を認めさせることができるのだ。こうした生活現場でのぶつかり合いは、今のロシアとウクライナとの、またイスラエルとパレスチナとの関係にも垣間見られるのである。それらのぶつかり合いは、まさに諸個人間、諸集団間、諸共同体間の相互に錯綜する人間関係に見い出される差別と排除の関係の集合体・集積体としての覇権システムと「システム」をつくり出している、と私はみている。


 私たちにとって移民や難民問題に取り組むことは容易ではない。日本や世界の権力者集団には最初からできない相談である。というのも、彼らは覇権システムそして「システム」の差別と排除の関係の中で生きているからなのだ。それは同時に、私たち末端の「システム」人にも該当する。何しろ、私たちはおギャーと一声発して生まれた瞬間から、私の語る差別と排除の関係を前提としてつくり出されてきた「システム」の中で生きてきたからだ。それゆえ、移民や難民問題の望ましい形での解決策など到底、望みようがない。力と力のぶつかり合いを繰り返す中での消耗戦となるだけだろう。日本の場合には、それこそ「鶴の一声」でもって、移民や難民の受け入れが可能となるようだ。ここ最近の米国からの圧力には素直に従う日本政治の現状・現実を踏まえるとき、その問題のツケを私たちは必ず払わされるのは必至となるに違いない。先の技能実習生の失踪問題も、経済界からの圧力というかその前に日本政府が手回ししたというべきかもしれないが、いずれにせよ、この疾走問題の付けも、国民は支払うことになるのだろう。




(最後に一言)


 石川県の能登や輪島の豪雨災害を横目に、日本を脱出した首相、名前が出てこない。またこんな時に、のんきに総裁選や代表選にのめりこむ各党候補者たち。せめて嘘でもいいから、緊急事態を前にして、政治休戦を呼びかける候補者がいてもいいはずなのに。私たちはもう今後は自己責任を心がけなければならないということだ。だが、すぐわかるように、自己責任でもって、未曽有の天災に立ち向かえないのは自明の理だ。どうしてこんなお粗末な政治や政治家しか私たちは手にできないのか。その理由は分かり切っている。国民の3割近い人間集団が、世界の超富裕層と連携しながら、もっとも、その実態は彼らの子分でしかないのだが、日本の政治を支配し、政界から官界、経済界、法曹界から学会やメディア界を牛耳っているからだ。この3割の保有する資産は残りの7割の資産を合計しても、とても足下に及ぶものではない。最初から勝負はついているのは言うまでもない。


 それにしてもだが、立憲の代表選には驚いた。今は亡き安倍元首相が2013年に官邸内で統一教会の幹部と一緒に写真に収まっていた云々の『朝日新聞』の記事にも驚いたものだが、ここではそれよりも、立件の代表選の候補者のすべてが日米関係は維持しながら云々を繰り返すのを聞くたびに、苦笑してしまった。せめて、自民党の日米関係に対する態度とは、野党の立場としてどこが違うのかについて、語るべきではなかったろうか。彼ら候補者の中には、鳩山氏が首相の時に、沖縄県の基地問題で鳩山由紀夫氏を支え切れなかった(裏切った)者がいるはずだ。それもあってか、日米関係を大事にするとの発言なのだろうが、それを口にした瞬間、日本の政治の可能性と方向性について語るのは不可能となるのではあるまいか。さらに、彼らは「連合」という「労働貴族」の集団と手を切ることができない。これではもうどうにもならない。


 自民党や公明党、そして立憲民主党、維新も、先の3割の集団を支えるための政党である、と私はみている。勿論、それは悪いとかいいとかの次元の問題ではない。とにかく、覇権システム「システム」の中で生き残らなければどうにもならないのだから。それを考えるとき、最後の最後になってしまったが、このブログ記事で取り上げた宮川氏の紹介している「ミドルパワー外交」路線について、私たちはもっと考察する必要があるのかもしれない。とはいえ、その外交を担い支えるに足る日本の政党や政治家や官僚、そして国民は存在しているのかを想像したとき、残念ながら先へと論を展開するのは難しいことに気が付いた次第。ここでもそうした外交に適う人材が不足しているのだ。それをカバーするためにも、移民や難民の中から、人材の補充をと、私など真剣に考えているのだが、これを言った瞬間に、おそらく私はいつものように、四面楚歌の状態となるのだろう。まあ、それは毎度のことだが。(続)


*余談だが、私はここ最近の記事の中で、勢古 浩爾氏の〈人類は隣人の騒音トラブルひとつ解決できない――事態は深刻、軽視されてはならない〉の記事に正直なところ魅了されてしまった。読者にも是非お勧めしたい。記事の中で、「民事不介入」という話が出てくる。民事と刑事事件の話を関連させて述べているくだりだが、これを私の語る「システム」論の観点から読み解くとき、非常に面白い共通点があるのを再確認した次第だ。もし次回の記事でそれについて書ければと今は思っているが。 



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私の語る「システム」論から、「こちら側の私たち」の〈難民・移民の受け入れ〉問題を再考するとき

2024-09-15 | 日記
私の語る「システム」論から、「こちら側の私たち」の〈難民・移民の受け入れ〉問題を再考するとき


(最初に一言)


前回記事での)最後に一言)において指摘したように、私たち日本と日本人の「生き残り」をかけた安全保障問題を難民と移民の受け入れ問題と重ねながら、論を展開していきたい。今回記事では行論の都合上、遠藤誉氏の〈自民党総裁候補者に問う 「日本の官公庁のデータは中国人が作成している実態」をご存じか?(9/15(日) 14:02)〉を紹介する。




 前回記事の(最後に一言)において私が指摘したことは、おそらく正鵠を射ているのではあるまいか。今のというか、これまでもほとんどそうであったように、日本と日本人を率いてきた歴代の政権担当者とそれを補佐する国会議員と官僚は、日米関係の一方の当事者である覇権国の親分の米国の意のままに行動してきた、と私はみている。そこには米国の力に逆らってでも日本と日本人の国益を死守しようとする意思や意欲は欠落していたというしかあるまい。それに変えて、彼らの保身と彼らの身内の生き残りだけを第一目標として動いてきたのではあるまいか。


 彼らは国民の前では国家と国民の安全保障は最優先の課題であると臆面もなく話すのだが、それが嘘であるのはこれまでの原爆被爆者や公害患者や福島原発事故後の被爆者やコロナワクチン後遺症に悩む人々、そして直近では石川・能登半島地震後の取り残された生活困窮者等々、それこそ少し振り返るだけでも相当に深刻なダメージを受け続けている国民を放置しているところにも明らかである。彼らにはそれらは取るに足らない問題としか思われないのだ。彼らの「ご主人様」は、覇権システムと「システム」を指揮・監督する米国と現在進行中の米・中覇権連合と、その背後に控える世界の巨大な多国籍企業とその大株主である超富裕層なのだ。


 それゆえ、残念ながら、日本と日本人の「独自のまた固有の」安全保障の構想とその実現など、彼らの頭の中にはないのである。ただ、そうした現実を、彼らだけの責任として押し付けるわけにもいかない、おそらく、これは日本と日本人がどれほど頑張ったとしても、到底できない相談ではあるまいか。なぜなら、何度も言うように、私たちは私の語る「システム」の中に開国前夜から、これまで以上にがんじがらめの形に組み込まれ、その中で生きることを強いられてきたからだ。それゆえ、彼らがたとえどんなにその「システム」の中で日本と日本人の独自の固有の安全保障路線を構想してそれを実現しようとしても、〈「システム」とその関係の歩み〉の発展・強化・存続を見守る先の米国とその背後に位置する巨大な世界の利権・利害関係者グループの存在によって、最初から許されないことを次第次第に学習していくのである。


 そしてそうしたグループの意向に従う方が彼らの生き残りにおいて最善であると悟るのだ。そこから後は推して知るべしとなる。最優先課題となるのは、彼らとその身内の生き残り問題だけだ。こんな連中(失礼!)には、日本の高齢化や少子化問題は二の次・三の次となる。それがいわば当たり前のことだから、日本の政治を担う権力者たちにとって、国民の大切な情報が中国に漏洩したとしても、おそらくそれほど深刻な問題だとは感じていないのだろう。その一端が冒頭で紹介した遠藤誉氏の記事の中にも垣間見られる。本当に呆れるしかないのだが、これが今の日本政治のおかれた現状であり現実であるのは疑う余地もない。


 私はこれまで、遠藤氏の著作や論文から多くの教えを受けたのだが、遠藤氏の中国論は、私の語る「システム」論から捉え直してみても、ほとんど違和感を抱くものではないし、氏の中国に関する位置付け方と理解の仕方には共感を禁じを得ない。私と市の違いは、そのように位置づけ理解した中国とそれではどのように日本と日本人は向き合うべきかについてであろう。遠藤氏の立場は、「保守?」的だと見られるものの、その論の展開は極めてマトモなものであり、その意味では日本と日本人は遠藤氏の継承に耳を傾けてこの先を歩むことが望ましいはずであろう。


 私の立場は、そうした遠藤氏の立場を理解しながらも、私の語る1970年代以降から今日に続く〈「システム」とその関係の歩みを踏まえるとき、日本と日本人には日本独自の固有の生き方が許されないとの観点から、日本と中国との関係を見るのである。それゆえ、遠藤氏の指摘するように、確かに日本の政権担当者における政治的怠慢と怠惰にはあきれるのだが、今や日本政治を動かしているのは日本の政治家ではなく、これまでの米国に加えて中国の影が色濃く投影されている、と私はみている。つまりは、米国は元より中国の意向に逆らえないということを示している。それは日本に対する中国による「領土・領海・領空」侵犯に対して抵抗しない・できない日本政府の対応にも見て取れる。これも、遠藤氏の先の記事の中にある日本政府・官庁のおかれた実態と変わりないということだ。


 このような日本と日本人の惨状を前にして、日本と日本人の安全保障云々を「真面目」な振りを装いながら語っている今の自民党総裁選の候補者たちには、もはや言葉もない。だが、何度も述べてきたように、それを怒ったとしても、「システム」の中で生きている限りは仕方あるまい。それゆえ、中国を必要以上に敵視して、中国包囲網云々の勇ましい掛け声を発しながら国民を次なる戦争へと駆り立てようとする〈詐欺的手法〉を駆使した政治に対して、こちら側の私たちはより一層の警戒網を張り巡らす必要があるに違いない。(続)




(最後に一言)


 私は何かにせかされるかのように、ここ数回は立て続けに記事を書いているように思えるのだが、最近というか少し前から、心身の変調に気が付くようになったのも、そうした焦りに関係しているのかもしれない。歳をとるにつれて、おもしろいことに気が付く。私自身が誰なのかとわからなくなる、そんな場面に思わず出くわすのだ。ごくごく稀な出来事であり、あっという間のことなのだが、そんなことがあってから、私が壊れないうちに、なんでも書き残しておかなければという思いが強くなってきたのだ。だが、同時にまた、もう何も書いてもダメだからアホな繰り返しは、もうやめた方がいいとの思いもますます強まってきた。こんな精神状態の中で、私はここ最近は生きていることもあり、言い知れぬような孤独感と不安感に苛なまれるのはしばしばである。


 今回の記事もそんなわけで、早く投稿した次第。いずれにせよ、死んでしまえば何も残らないのは確かだ。生きているからこそ、なんだこのつまらない拙論は拙著はと、ああだこうだと自己批判を繰り返すことができるのだから、しんどくてもまだ生きなければ。(続)



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(訂正・修正版)私の語る「システム」論から、〈哲学界のロックスター、マルクス・ガブリエルの倫理資本主義論を聴いて

2024-09-15 | 日記


(訂正・修正版)私の語る「システム」論から、〈哲学界のロックスター、マルクス・ガブリエルの倫理資本主義論を聴いて考えたこと 9/13(金) 11:32配信 『AERA』〉と〈75歳以上の医療費「3割負担」拡大、60代後半の就業率「57%」目標に…高齢社会対策大綱を閣議決定『読売新聞』〉の二つの記事を再考するとき


*記事を投稿した後に頭の中で内容についていつものように見直していた。その際、〈「さすが」左翼的経済政策ーーー「歯止めをかける」ーーー〉云々のくだりを踏まえた次の段落の話で、読者に誤解を与えかねない論の流れがあったので、改めて(訂正・修正)した記事を投稿したことを読者に断っておきたい。




(最初に一言)


 前回記事の続きをと思っていたのだが、今回記事ではどうしてもタイトルで紹介した記事を再考することが大切だと考えて、少し回り道することにしたい。私もいつお迎えが来てもおかしくない歳なので、できる限りかけるときは書いておきたい。次回は私の移民と難民を受け入れる云々の話における「条件・制限」問題について、より突っ込んだ論を展開するつもりだ。




 それにしても、「あちら側の彼ら」は、私の語る「システム」の提供する語用論者には事欠かないと見えて、「倫理資本主義」を提唱しているマルクス・ガブリエルの話を『アエラ』に掲載しているようだ。倫理資本主義の考え方は何もガブリエルが初めてではない。イギリスでは「騎士道精神」とか、「共通善」を重視する資本主義論というか、「自由主義」経済の行き過ぎを制限する論も既に知られるところだ。ただ、私がここで言いたいのは、私たちの語っている「資本主義」とは、本来ならば、覇権システム、世界資本主義システム、世界民主主義システムの三つの下位システムから構成される一つの「システム」を前提とすることによってはじめて実現される1970年代までの{[Aの衣食足りて→Aの礼節を知る]→[Bの衣食足りて・足りず→Bの礼節を知る・知らず]→[Cの衣食足りず→Cの礼節を知らず]}の、そして1970年代以降から今日に続く{[Bの衣食足りて→Bの礼節を知る]→[Cの衣食足りて・足りず→Cの礼節を知る・知らず]→[Aの衣食足りず→Aの礼節を知らず]}の営為の関係を前提としてつくり出されてきた{[Aの衣食足りて]→[Bの衣食足りて・足りず]→[Cの衣食足りず]}の、また{[Bの衣食足りて]→[Cの衣食足りて・足りず]→[Aの衣食足りず]}の営為の関係として描かれる世界資本主義システムに他ならないということである。それゆえ、資本主義をそれがひとりでにその歩みを始めたかのように位置づけ理解するのは差し控えたほうがいい、と私はみている。*なお、図式に関する詳しい説明はここでは省略する。このブログ記事でも何度となく述べているので、それを参照されたい。


 それを踏まえた上で先のガブリエルの話に戻ろう。彼の主張の論点は、記事に従うならば、「資本主義と倫理観は共存できるのか」を論の軸として、〈■「資本主義は倫理的でなければならない、■巨大企業が利益を優先して社会を壊す行為は「新しい全体主義」、■個人が利己的でも、社会は利他的にふるまう〉の各論から構成されている。正直なところ、こんな議論があちら側の彼らの社会では、「よりまともな・ましな」話とされるのかと思うとき、これではとてもではないが、先は見えないといわざるを得ない。本当にこの人は資本主義に関する「哲学」云々の論を展開しているのだろうか。世界経済の中で進行する超富裕層から極貧層に至る階層ピラミッドの成立の歩みを見るならば、暴走する資本主義の前では、とてもではないが「倫理」云々の出番などありはしない、と私はみている。もう、私は笑うしかない。マトモにこの人の議論と付き合う暇などない。


 それを断った上で付言するとき、すぐ上でも述べていたように、私たちの生きている社会・世界は、1970年代までの{[Aの衣食足りて→Aの礼節を知る]→[Bの衣食足りて・足りず→Bの礼節を知る・知らず]→[Cの衣食足りず→Cの礼節を知らず]}の営為の関係から、1970年代以降から今日に続く{[Bの衣食足りて→Bの礼節を知る]→[Cの衣食足りて・足りず→Cの礼節を知る・知らず]→[Aの衣食足りず→Aの礼節を知らず]}の営為の関係へと「システム」の構造的転換・変容を経験している。それゆえ、1970年代までのAにおける「システム」の「高度化」の「段階」の歩みの下に享受できた経済的豊かさに裏打ちされた左翼における経済政策の提言は比較的容易であったのに対して、今日のAに見られる「システム」の「低度化」の下では経済発展もままならず、それゆえ「さすが」左翼的経済政策であると礼賛されるような提言は期待できないし、これから深化する低度化の歩みに歯止めを打てる経済政策など望めないと考えるのがマットウな話である、と私はみている。


 今の日本の左翼的?あるいは野党の令和新選組が提唱する消費税の廃止など、これはとてもではないが、左翼の経済政策と考えてはいけない、と私は言わざるを得ない。誤解のないように言えば、別に令和の批判ではない。令和は当然の話をしているだけで、ただ私からすれば、消費税廃止によっても、「システム」の低度化の深化の歩みに歯止めをかけることができない、と私は述べているだけなのだ。日本と日本人は、〈「システム」とその関係の歩み〉の中でその歩を進めざるを得ないことから、今のAに位置する諸国と諸国民は、「システム」の低度化とその深化を当然の流れとして受け入れるしかないのだ。それゆえ、左翼的とされる経済政策を提言するとすれば、先ず箱の歩みを的確に理解しておかなければならないのだが、それはほとんど現状では期待できない、と私はみている。


 さらにそうした問題に加えて、さすがに私とは異なる次元で活躍されている研究者が、「正直な話」をするのは難しいだろ。う。それゆえ、たとえばガブリエルは倫理資本主義を、最善の哲学的見解として提唱した、と私は勝手ながら見ている。私からすれば、何も恥ずかしいことではない。むしろ、これからの〈「システム」とその関係の歩み〉に逆らって、再びAの米国が、また日本が世界の頂点に戻ることができるかのような戯言をぬかすことの方がより罪深いというべきだろう。これに関しては、少し前に紹介した野口 悠紀雄氏〈2040年、中国のGDPは「日本の10倍」に…!多くの日本人がまだ気付いていない、その時起こる「重大で深刻な問題」〉(9/10(火) 6:04配信 『現代ビジネス』〉の記事を参照されたい。


 それにしても、以前の記事でガブリエル氏の論とコラボさせて拙論を展開したことのある私には、氏の倫理資本主義云々に関する議論に行き着くことは予想されるとしても、それでもやはり、失礼ながらこれほどひどくなると「オー・ノー」と絶叫するしかないのだ。本当に残念でしかない。だが、あちら側の彼らは、ことさら氏を持ち上げるだろうから、こちら側の私たちから見れば、こんなどうしようもない話だと一蹴しても、びくともしないどころか、あちら側の彼らの社会に残存する良心的な、それこそ倫理的使命感を持って社会の改革・改良に取り組んでいる人たちの共感・支持を得るのかもしれない。


 私は思うのだが、こうした知的後退?がまかり通る社会では、当然ながら今の自民党総裁選での候補者による新自由主義的路線の徹底化に対する日本社会の中から沸き起こる非難や批判など、到底期待できないと私は確信している。先の倫理資本主義論は、小泉進次郎氏の提唱する経済政策に警鐘を鳴らすどころか、自民党が標榜するより良い国民生活を保障する「倫理」的訴えと何ら矛盾するものではなかろう。そして、そこから当然の帰結として、タイトルにある『読売新聞』が報じたもう一つの国民生活における「改悪」が、これまた許されてしまうのだ。ここまで舐められてしまうと大抵の国民は怒り狂ってもおかしくはないのだが、毎度のこと、自民党総裁選劇場の前でどうにもならないといったところだろうか。


 それにしてもだが、〈75歳以上の医療費「3割負担」拡大、60代後半の就業率「57%」目標に…高齢社会対策大綱を閣議決定〉とはまさに火事場泥棒的所業といわざるを得ない。自民党総裁選の候補者たちも、この閣議決定を所与の前提として選挙戦を戦っているのは間違いなかろう。これは詐欺師?のやり方だ。本当ならば、候補者たちは、この閣議決定と、これまでの岸田政権下の政治に関して、各人の見解を国民に向かって述べるのが筋なのに、驚くことにそれには蓋をしてしまって、あたかも過去の自民党政治とは決別して出直すかのような主張のオンパレードだから、この人たちは少し以前の統一教会と自民党の根深い癒着の構造や「政治とお金」にまつわる由々しき問題を始めとした自民党政治の破廉恥さを忘却したのかと、こちらの方が戸惑うばかりなのだ。


 アメリカやウクライナに対して気前よくばらまかれた国民の巨額の血税を、日本国民の生活の安全保障に、何はともあれ最優先事項として回すのが当然であるはずなのに、それは決しておこなわれない。もし、そのような当然と思える政治行為の後で、先の閣議決定となるのであれば、それは致し方なかろう。勿論それができない理由は私もわかっている。日本の権力者は、日本と日本人をダシにして、彼らの出世と保身をより強い者から保証してもらおうと必死である。彼らも私の語る差別と排除の関係を前提とした「システム」の中で生きているから。情けないといえばそれまでだが、夏目漱石も言うように、強い者と交際すれば強い者に従う以外にほかにはないから。問題は、それを正直に国民に伝えられるかどうかなのだが、勿論そんなことはしないし、できない。それは命取りになるから。


 それゆえ、もしこんなどうしようもない政治に終止符を打たなければと思うならば、よりましな野党とその候補者を探そうとなる。ところが、この先がなんともいかないことに気が付くから、私には万事休すとなってしまうのだ。連合やその他の少しは力のあるグループに所属している人々は、立憲とその野党共闘を支持して、何某かの利権に与れるかもしれないが、私のような孤独な高齢者の声など彼らは真剣には聞こうとはしない。勿論、彼らもそれなりの見え透いた芝居はするのだが、結局はほとんど無理であることを知る、知るーーーの連続であった。彼らも来る者は拒まずであるのだが、彼らの方から率先して孤独な有権者の方に歩み寄ることはしないのだ。選挙の前だけはびっくりするように、歩み寄ってくるときもあるが、所詮はその時々の選挙での議席確保・獲得が最優先なのだ。


 誤解のないように付言しておく。私は野党とその政治家を批判するつもりはない。これは自民党とその政治家に対しても然りだ。「システム」人の私に偉そうなことを言う視角はないから。それを断って言うと、自民党や公明党もそうだと思うのだが、立憲や共産党、社民党は、いわゆる「後継者」問題に直面しているのではあるまいか。野党を支える党員やボランティアの人員不足は、相当に深刻であるかもしれない。そこにはこれまで野党の支持母体であった労働組合と組合員の減少は勿論だとしても、野党も与党も高齢化と少子化、若者や中高年の有権者の政治離れ等々の諸問題に対して、有効な対応・対策を打ち出すことができていないのではあるまいか。ただし、与党も野党も現状のままで構わないと考えているのかもしれない。なぜなら、選挙戦を経て議員となれば、それだけでメデタシメデタシなのだから。あくまでも私の勝手な意地悪な思い込みであるとすれば、それはそれでいいのだが。




(最後に一言)


 すぐ上で指摘した政党の後継者問題は、そのまま日本と日本人の後継者?を巡る問題につながってくるのではあるまいか。それゆえ、与野党が彼らの後継者問題を棚上げにすることは、そのまま日本と日本人の重要な「生き残りを巡る安全保障」問題を棚上げする・たなざらしするのを意味するといわざるを得ない。それを踏まえるとき、ひょっとして今の国会議員は、自分たちの後継者をごくごく身近な範囲の問題に限定して、身内に後を継がせれば何の問題などないと考えているのかもしれない。そこから世襲議員の生産と再生産が繰り返されるとすれば、日本社会の高齢化や少子化、老若男女の命と暮らしを守る問題は、ますます後回しにされるだけとなるに違いなかろう。世襲議員というとき、そこには連合やその他の労組関連グループの後押しを受けた議員も含まれると私はみている。たとえ選出される議員がある時点で別の議員となったとしても、その背後に同じ組合やその関係・関連支援団体が位置しているとすれば、それもある意味での世襲に他ならないだろう。



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