昨日の記事に関して、少し補足してみた。
(以下は昨日の記事)
(記事投稿後に、再度、補足訂正した。最後の行から上に4段落目の「最後に一言」のすぐ上のくだり。ディープ・ステートの先と言うか背後の関係云々のくだりを追加したが、内容はまったく変わらない。)
「システム」(論)から改めて「新自由主義(ネオコン)」の台頭を見直すとき
これについても、既に拙書や拙論で論じてきたが、この記事でもう少し大胆に分かりやすく書いてみよう。その際、1972年、73年の出来事を念頭に置いておくのは大切である。少なくともニクソン・ショックとニクソン訪中、それと米国ニクソン政権下でのCIAによるチリのアジェンデ政権転覆工作事件は特に関係する出来事である。両者の出来事は相互に関連したものとして、私は理解している。
何度も述べてきたように、1970年代を分水嶺とするかのように、システムとその関係の歩みは、{[A]→(×)[B]→×[C]}(のセカイとその関係の歩み)から、{[B]→(×)[C]→×[A]}(のセカイとその関係の歩み)へと転換、変容していく。(なお。モデルは省略形、共時態モデル)
この転換、変容がなぜ1970年代初頭に引き起こされたのかと言えば、70年代までのシステムとその関係の歩みの下では、もうこれ以上お金を搾り出せなくなったということである。すなわち「金の成る木」としてのシステムがその本来の務めを担えなくなったのだ。システムとその関係の歩みは、システムを構成するA、B、Cとの間における差別と排除の関係の存在にあったが、その差別と排除の関係を導く、すなわち「金の成る木」の源である、システムとその関係における「格差バネ」が効かなくなった、首尾よく働かなくなったのだ。
そこでシステムの自己完結運動、つまりシステムとその関係の歩みは、これまでとは異なるシステムとその関係の歩みを模索する。何とかして、「金の成る木」としてのシステムとその関係の歩みを「リ・モデリング」しようと必死となる。そこでシステムは、ロスチャイルド財閥やキッシンジャーを使い、さらにはニクソンを使い、新たなるシステムとその関係の歩みをつくり出させることとなる。
ここからが一番大切な話となるのだが、「金の成る木」としてのシステムとその関係の歩みにおける構造転換とその変容を導くことに貢献したのは、世界の大富豪や世界の有力指導者達だけではなかったということである。むしろそうではなく、戦後の日本の高度経済成長の実現を担った名もなき人々や、ベトナム戦争や中国の文化大革命で辛酸をなめた人々、あるいは軍事独裁政権下で「人権」を蹂躙された人々が、お互い見ず知らずの彼らの人生を相互に織りなしながら、「衣食足りて(足りず)礼節を知る(知らず)」の営為の世界的ネットワークとしてつくり上げた歴史の歩みこそが大きく与っていた、と私は見ているのだ。その彼らの歴史の歩みこそが、システムとその関係の歩みの主たる構成要素であったのだ。名もなき人々の人生こそが歴史を動かす主人公なのだ。とは言え、それは素晴らしいというよりもむしろほろ苦く残酷なことなのだ。
その意味では、名もなき人々の歴史に対する責任は、一握りの金持ちや指導者層たちよりもはるかに重いし、大きいのである。彼ら自身が自覚しない限り、どうにもならないのだ。彼ら自身が担うべき歴史に対する責任とその所在のありかを知る上でも、私は訴えたいのである。システムとその関係の歩みを是非とも学んでほしい、と。
それを少しでも学んだならば、いわゆる「陰謀論」で語られる事柄の中にも、陰謀どころか確かにそうなんだと知覚できる数々の出来事に気が付くだろうし、それ以上に、陰謀論だけではどうにもならない、それだけでは済まされない問題にも必ず気が付くに違いない。すなわち、そうした陰謀論の世界の中で、私やあなたや私たちはどのような形で歴史に関わっているのか、と言うことに気が付くだろう。そうした地点において、1%の人たちと99%を構成する人たちとそこに含まれる「私」との関係を確認できるに違いない。その時初めて、「私が」引き受けなければならない歴史に対する責任を理解できるのではあるまいか。
本当はもう少し言及したいのだが、私の体力の問題から、本題に戻るとしよう。
1970年代以降のAグループは、70年代以前の頃そうであったように、製造業を中心として、生産を重視した経済から、金融・サービスを中心とする消費重視の経済に方向転換する。
彼らAグループが占めていたところに、中国やインド、ブラジル、ロシア等のBグループが占めるように、従来の役割を変更するのだ。先進諸国は、システムとその関係の歩みにおいて、「低度化」の段階の歴史を引き受ける。その最たる役周りは、自らの生活をつつましくしていく、直截に言えば、自らを貧しくしていく歩みを引き受けるのだ。勿論、Aグループのすべての者がそうなるわけではない。Aにおいても相変わらず、{[A]→(×)[A’]→×[A”]}の関係が続く。Aは1%で、A’、A”が99%であり、さらにA、A’、A”においてそれぞれの差別と排除の関係が存在するのは言うまでもない。
ところで、そうしたAに対して、BやCは、(システムとその関係の歩みにおいて)「高度化」の歴史の段階を歩んでいく。(詳しくは拙著、拙論、または以前の記事を参照されたい。)特にBにおいては次第に中間層が形成されて、その層の厚さも分厚くなっている。ここで注意したいのは、米国の新自由主義ばかりではなく、Aグループでは新自由主義的な色合いの政治が展開していることだ。福祉国家を破壊していく政治の流れである。こうしたAグループにおける「民主主義の発展」に見る「低度化」の歩みは、B、Cグループにおける「高度化」の歩みと相互補完的な関係にあるということだ。もっともそうした歩みが顕在化するのは、2040,50年代頃である。それを踏まえるとき、Aグループのかつての先進国の人々の生活はかなり深刻な状態にあるのは必至であろう。
米国はいつもネオコンと軍産複合体の国として、またその関連からディープ・ステートと結び付けられて論じられるのだが、私が読者に伝えたいのは、このディープ・ステートをシステムとその関係の歩みに置き換えて、まずは見てほしいのである。そうした時、程度の差はあれ、Aグループでは、新自由主義的色彩の濃い政治(簡単に言えば、福祉切り捨ての政治に代表されるように、国家が国民の命と暮らしを保障する役割を放棄する政治)がここかしこで進行中であり、同時にまたそれら諸国は軍産複合体国家として描かれるのではあるまいか。日本も韓国も例外ではない。(千葉の台風(大雨)被害対策の遅れは、こうした国家の傍観者的役割を反映している。)
(付言すれば、私たちが過去の歴史から学べという際、また従軍慰安婦問題や徴用工問題、日韓基本条約問題を取り上げる際、私たちが米国や中国を頂点とする軍産複合体の世界的な、すなわちシステムとその関係の歩みにおけるネットワークの中に絡め取られながら、がんじがらめとなっていることを自覚しながら、過去の検証に向き合うべきではあるまいか。そうした態度が、雰囲気がマスメディアからみじんも感じられないことが、私には一番おかしく思われるのだ。)
(これ以上もう野暮な話はしたくないが、統計資料を持ち出して、軍産複合体の目安となる基準を各国ごとに分析した上で、それらの数値の変遷から、軍産複合体として位置付けるのはふさわしくないという見方をするとき、私はそもそも一国枠の中で、そうした複合体を捉えるのは難しいと考えているのだ。あくまでも関係として、一国を超える「複合体」として描き直すべきだと理解している。ややこしくなったが、これに関してはまた腰を据えて論じてみたい。)
と言うより、システムとその関係の歩みは、70年代以降、Aにおいては、B、Cと連動しながら、世界的な規模での軍産複合体を強化する中で「金の成る木」としてのシステムの格差バネの弾力性を強めようとしている。そうしたAの歩みは、システムとその関係の歩みにおけるBやCの(システムとその関係の歩みにおける)「高度化」の段階に向かう歩みを、相互補完的に支えている。その意味では、Aの現覇権国の米国と、Bの次期覇権国の中国とは、システムとその関係の歩みにおけるAグループとB、Cグループとの相互補完的関係の形成と発展に貢献すべく、米中覇権連合を今日に至るまで発展、強化させているのである。
システムとその関係の歩みから見るとき、チリのアジェンデ政権の誕生はどうしても許されないものであったと言えるだろう。ずっと以前に、ニクソン政権とCIAの政権転覆工作に関する文献資料を読みながら、「陰謀論」の話を頭の中で思いめぐらせたものだが、当時の私にはまだシステムとその関係の歩みを十分に描き切れていなかったために、なぜ転覆したのかに関して、陰謀論の域を出れなかったのだ。すなわち、何でもかんでもがディープ・ステートであり、ロスチャイルド財閥に代表される世界的投資銀行やその系列下に置かれた多国籍企業といった見方で事足れりとしていた感が強い。さらに、その背後にあるなにがしかの関係にまで私は30歳台においては理解できないままであったのだ。
最後に一言。GSOMIAの話で私が感じたのは、日本も韓国も(そこには勿論イギリスやフランスウを始めとするNATO加盟諸国やロシアやイスラエルの他に多数の国家が含まれると私は見ているのだが)相当に軍産複合体国家であるのに、米国のそればかりが喧伝されるのは、やはりおかしいのでは。しかもそこでの話がディープ・ステートと結び付けられただけ(まま)で、それ以上の話の展開とはならない。すなわち、システムとその関係の話と結び付けられないことから、私たちの日々の暮らしとして体現される「衣食足りて(足りず)礼節を知る(知らず)」の営為と結び付けられないことから、他人事みたいに、トランプがディープ・ステートの軍門に下ったとか、いや最初からトランプはその一味だったとか、否そうではなくて、連中が内部分裂しただとかの話で終始してしまい、私とそのように結びつくかが全く見えてこないのだ。
(もっとも、私のシステム論も読者に理解できるほど、話の道筋がわかりやすく具体的かと問われれば、うつむいてしまうのだが。それでも伝えたいのは、具体的な話は読者の誰かにゆだねたい。私は、私なりに自分のできることは少しはしてきた、と。ここまで枠組みを示したら、あとはお願いしたい。特に大事な作業は、中国と中東諸国との関係である。サウジとイラン、アラブ首長国、イエメン、そしてロシア、イスラエルと米国との関係は俎上に載せられるのだが、そこにあるはずの中国の影響力が見えてこないのだ。(記憶が定かでなくなったが、中国(軍)によるイランに対する軍事支援(戦略や戦闘を始めとした軍事教育・訓練を含む)に関する資料を読んだことがあるし、イランだけでなく、その他の中東やアフリカ諸国に対してもそうした関係を描いた資料を目にしたことがある。)何度も言うように、私は{[B]→(×)[C]→×[A]}(省略形、共時態モデル)のセカイとその関係の歩みを形成、発展させていく中で、どうしてもシステムはその「高度化」のために世界各地で地域紛争や戦争を不可避とすると考えてきた。Bグループの先頭を走る中国は、同グループ内のロシアとBグループの下位あるいはCグループの中東諸国、そしてAグループの米国との関係の中で、先のセカイとその関係の歩みに大きく与る(はずだ)と、いつもこうした観点から中東問題に接近してきた。ところが中国ファクターに関する資料が、私の見る限りはあまり見つからなかったのだ。さらに言えば、私が知りたかったのは、世界の工場となった中国の安価な誠製品がどれほど中東やアフリカ諸国に流れ込んだのか。そのことの結果として、当該諸国の経済主権、そして内政上の主権がどれほど浸食されたのか。もしこの流れを確認できたら、20-21世紀転換期から今日に至る以降の中東やアフリカ諸国の地殻変動(その変動は、当然ながらAグループ諸国とCグループ諸国の特にアフリカ諸国もB、C、Aのセカイとその関係の歩みの中で相互に関連させて捉えられるのだが)の説明として、一つの「仮説」を提供できるのではあるまいか、と考えていたのだ。言うまでもなく、私のシステム論、すなわちシステムとその関係の歩み、それに関するモデルとそこで示されているセカイとその関係の歩みも、同様に「仮説」である。そして私なりに関係資料を探ってきたが、残念ながら、読めなくなってしまったのだ。とにかく残念なのだ。 もっとも、そうは言うものの、やはり死ぬまでに、具体的な話をまとめてみたいと考えている。ただし、その前にモデルの精緻化と分かりやすさにこだわりながら、もう少し枠組みにこだわってまとめてみたい。だが、もう自分自身の体の問題から、これは相当に難しいのだが。とにかく、やれる限りはやるしかない。)
ところで、日韓米の軍事に関する相互協定は何のためかと問われれば、嘘でも私たちの命と暮らしを守るためだと答えるはずだが、その命と暮らしを守るために、世界的規模での軍産複合体を強固にしていくしかないとすれば、次から次へと(仮想)「敵(国)」を求め、つくり出していくしかないだろう。そこからさらに軍産複合体が大きくなり、(国際・国内)社会の隅々にその根を張っていくとしたら、そしてまた更なる巨大な敵の存在がつくられていくとしたら。そうしたなかで、覇権システムが強固となり、そのシステムの中で、私たちの「衣食足りて(足りず)礼節を知る(知らず)」の営為のシステムとその関係の歩みがつくられていくとしたら、システムとその関係の歩みの全体像をみないままに、またみることもしないままに、そこから勝手に自分たちに都合のいいように、資本主義がどうであるとか(たとえば、中国の、米国の、またイギリスのと言うように)民主主義がどうのと(たとえば、格差社会の侵攻の中で民主主義が危ないとか、中国は民主化できるのかと)言う上辺だけの話では到底済まないものとなるのではあるまいか。私から見れば、相当にやばい所まで私たちは来ているのだが。
今回もまったく目新しい話はなく、私の記事に目を通してくださっている読者には申し訳ない。昨年の帯状疱疹がぶり返したかのようで、何もしたくないのだ。昨日に続いて今日も盲学校を休んでしまった。救いは、昨年とは違い、痛みをそれほど感じないこと。ただし、身体が自分の体ではないかのように、動かない、何もやる気が怒らないのだ。いつお迎えが来てもおかしくないような感じ。もしこれで長生きしたら、申し訳ないが、ほんとにそうなのだ。それでも何とか記事をまとめたが、新しいものは何もない。ご容赦を。