日本の「政治」の〈可能性〉と〈方向性〉について考える。

「政治」についての感想なり思いを語りながら、21世紀の〈地域政党〉の〈可能性〉と〈方向性〉について考えたい。

(雑談につぐ雑談)日本の「政治」の〈可能性〉と〈方向性〉について考える(3)

2020-04-30 | エッセイ
(雑談につぐ雑談)日本の「政治」の〈可能性〉と〈方向性〉について考える(3)

今日は、最初の一語が出てこないのだ。やはり、自分ができないことを、誰かに期待するのだから、やはり引っ掛かりを覚えているのかもしれない。そんな状態が続き、昨日の黒古さんのブログ記事を、少しだけ熱を込めて、斜め読みをしてみようかと思った次第だ。「民主主義の危機」云々の記事は、別に文学者とか、文芸評論家でなくても書けるものだが、私は、それゆえ、期待して読みたいのだ。

文学研究者の観点から、民主主義とか、その危機に関して、どのような切り口をされるのか、と。残念ながら、すぐに期待は裏切られてしまった。おそらく、この感想は、もし黒古氏が、私の拙論や拙著に目をとおされるや否や、あきれたと思われる瞬間と似ているのかもしれない、とつくづく感じたところ。

それで、文学研究者の専門領域に関する記事ならば、また感想も違うかもしれないと、気持ちを新たにして、別の記事を探していると、以下に、その一部を引用貼り付けした記事に出会ってしまった。

(黒古一夫さんのブログ記事より)

今「戦争文学」を読むことの意味(2014年6月22日)

ーーー中略ーーー

『蠅の帝国』(2011年 新潮社)と『蛍の航跡』(同)を、一昨日、遅ればせながら読了し手、改めて痛感した。この2著は、北は満州から南は太平洋の島々まで、先のアジア太平洋戦争に動員され、敗戦によって幸いにも帰還することのできた軍医30人の「手記」を基に、それぞれ短編という形で仕上げたものを短編集にしたものであるが、それぞれの巻末に伏せられた「資料(手記)」の多さを見れば一目瞭然なのだが、作者は「資料」とした手記にできるだけ「忠実」に書いている(と思われる)。
 ここに出てくるのは、ヒロシマ・ナガサキの出来事を基にした「原爆文学」と同じように、夥しい数の死者」である。戦争というものが、特に「無謀」な戦争というものが、数多くの「悲劇=死者」しか生まないということを、この『蠅の帝国』と『蛍の航跡』は、これでもかこれでもか、と読者に訴えてくる。作品としては、抒情過多の傾向にあるな、物語の展開がワンパターンだな、という印象を免れないものと言っていいが、僕はこの二つの「軍医」を主人公=語り手とする短編集を読んでいる間、ずっとこの短編集を、集団的自衛権行使を認めさせようとしている安倍首相はじめ、高村自民党副総裁、石破幹事長らに読んで欲しいと思い続けてきた。
 戦争をすれば、必ず敵味方を問わず「死者」が出るのである。その「死者」を戦前のように「国のため」に仕方のないものと考えるか、それとも戦後69年間ずっと「戦争」をしてこなかった、つまり「戦争の死者」を出さなかった「平和主義」を大切なものと考えるか、僕は子供のため、孫のため、「反戦・平和」こそ「最高のモラル」であるとする思想的立場を堅持し、間違っても「目先の利益=経済・金儲け主義」を優先させるようなことは決してしまい、と思っている。

(以上、引用記事の終わり)

私の読者ならば、もう私がどんな思いでいるかを推察できるに違いない。前回の記事で、「会話」が成立しなくなった云々のことを書いたのだが、同時に黒古氏の力量を高く評価する一文も書いていたので、これは何だろうか、と複雑な気持ちである。たくさんの著作を世に問うてこられた氏の歴史には、素直に頭が下がるのは、その通りだが、---、残念至極であるとの思い、それだけだ。

最後の段落にある氏の主張は、すなわち、〈戦争をすれば、必ず敵味方を問わず「死者」が出るのである。その「死者」を戦前のように「国のため」に仕方のないものと考えるか、それとも戦後69年間ずっと「戦争」をしてこなかった、つまり「戦争の死者」を出さなかった「平和主義」を大切なものと考えるか、僕は子供のため、孫のため、「反戦・平和」こそ「最高のモラル」であるとする思想的立場を堅持し、間違っても「目先の利益=経済・金儲け主義」を優先させるようなことは決してしまい、と思っている。〉で展開されている市の主張は、私の「システム論」において、激しく論難してきた内容である。

正直なところ、氏とは「会話」が成立しない。その前提を創るのは、至難の業に違いない。あまりにも皮相的な議論に終始している。自衛隊が69年間、外に出ないことが、はたして誰も殺してないことの証明になるだろうか。

1970年代までの私たちは、{[A]→(×)[B]→×[C]}の、そして70年代以降は、{[B]→(×)[C]→×[A]}の、システムとその関係の歩みの中で生きている。このシステムの中では、いつも誰かが誰かを殺している、そうすることで生き残りを図っている。このシステムは、その存在からずっと差別と排除の関係を前提とした社会をつくり出してきた。その一番の象徴的出来事こそが、「平和な民主主義」社会の実現のために「勝ち(負け)続けなきゃならない」セカイ・世界とそこでのセンソウ・戦争なのだ。(なお、上記のモデルは、省略形、共時態モデルであることを、ここで断っておきたい。詳しいモデルとその解説については、以前のブログ記事、および拙著を参照いただければとお願い申し上げます。)

戦争には、そもそも「無謀」か否かはない。「平和」憲法に関しては、もうここでは論及しない。それにしても思うのは、私が述べてきたこと、私の研究は、このような文学研究者には理解されないのは、確かなことだ。政治学や国際関係論の研究者にも、理解されないままにあったのも、ある意味では、当然のことだったのだろう。

それにしても、今日は、というか今回の記事はどうにもならない、つまらない話であった。何かに対して、「賛成」するにしろ、「反対」するにしろ、人間というどうにも捉えがたい生き物を演じている「システム人」は、もっと屈折した、歪みをもった反応を示すのではあるまいか。たとえ、システム人だとしても、いつも心の中に割り切れない、ふっ切りたくない、か弱ささがあるはずだ、と私は感じるから、他人に対して、隙を見せることができる。ただ、黒古氏にはそれはできそうもない。どうしてなのか、またゆっくりと考えてみたい。

それにしても、今回の記事は辛さだけが残ってしまった。読者には申し訳ない。



  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

日本の「政治」の〈可能性〉と〈方向性〉について考える(2)

2020-04-30 | エッセイ
日本の「政治」の〈可能性〉と〈方向性〉について考える(2)

あまり面白くない話だが、今も鮮明に覚えていることがある。それはある飲み会でのこと。京都大学の理系を卒業後に三菱重工業に就職した某氏が私に話した何気ない一言であった。愛媛県は三菱のお得意さんですよ原発を買ってくれました。そしてその次は風力を。

その話のずっと以前に、まだ私が松山の大学にいた時のゼミ生のことを、今でも覚えている。「松熊君」であった。彼が今どこで何をしているかを、私は知らないし、その名前も定かではないのだが、しかしながら、彼が当時すでに伊方原発に反対する運動に参加していたことをわかっていた。おそらく、彼からすれば、私など、このボンクラ野郎であったに違いない。今でも何人かの学生を覚えているが、忘れられない、その中の一人である。

「原発」で言えば、広瀬隆さんも忘れることのできない人である。私がまだ30代の半ば頃に、松山の講演会で「広瀬先生」と主催者の弁護士会?の弁護士から紹介されたときに、「私は先生ではありません」と前置きして話をされたのを思い出す。『東京に原発を』の著作に関連した話であったが、もう既に戦う人だったことを記憶している。その後の著作も素晴らしく、とにかく脱帽せざるを得ない人であった。

さらにその関連で言えば、土井淑平さんもその一人。吉本隆明に対する批判をはじめ、この人もまた、優れた著作を世に問うている。個人的な好みで言えば、土井さんの「民主主義」に関する著作について、直に話を聞きたいと思うのだが、これまた見果てぬ夢だろう。

偶然だが、その土井さんの名前がなかなか思い出せずにいた時に、ネットで吉本隆明さんの批判云々で検索していた時に、黒古一夫さんのグー・ブログ記事を目にしたのだ。この人の誕生日が12月で、また邦夫ではないが一夫ということもあり、少し興味をもった次第。

また、記事のコメントに対するこの人の馬鹿丁寧な対応にも親近感を抱いたのだが、相手に対して、「匿名ではなく名前をきちんと示すべき云々」の話には、気持ちはわかるけど、たとえ相手の名前がはっきりしたとしても、おそらくもっと匿名状態になることが予想されるから、コメントをしてくれた相手をさらに傷つけてしまうのでは、と思いながら、どうにもならないやるせなさを感じてしまった。難しいところだが、話がかみ合わないというか、「入り口」にも立てないような相手に、つまり、黒古さんの力量がわからない相手を、相手にしていては、それこそ時間の無駄だということに、気づかされた次第。

しかしながら、この物言いは、専門家がそれ以外の人間に対して、あなたは素人でしょうから、口を差しはさむのは遠慮した方がいいの類になり、これもまたおかしなこととなる。専門家という人種がどれほどの者かは、いろいろなところで、嫌というほどに思い知らされてきたことだし、私もそうした専門家の一人であるのは間違いないから、この言い方は修正ないし訂正すべきなのか、とも悩む。とにかく、それこそ相手の言い方にもよるだろう。

いずれにしても、「会話」が成立しなくなって、もう久しいが、そんなものずっとなかったのかもしれない。そこまで言ってしまうと、ここに記事を書いている私も、相当に間抜けだと言うしかないが、それは間違いないことだ。お互いが、みなそんなことを繰り返して生きているのだから、ご愁傷様である。何か一人カラオケ状態で、相手の歌は聞きたくないが、聞くそぶりをしないと、同じ土俵に立てないから、そうしないと、ひょっとしての、まさかも起きないから。

たとえ、まさかがおきたとしても、それは相手の勘違いとそれに基づく偶然なのだが、それでもやはり、誰かに認知されたいという、欲求には勝てないのだ。認知される時間は、長くて、せいぜいが2、3日のことに過ぎないが、それでもなのだ。この世から消えてしまえば、もうあとは泡沫となってその痕跡すらも分からなくなるのに。つくづく、自分を哀れだとさげすんでいるが、これもまた、偽りのない私自身なのであるから、自分で慰めてやるしかない、「よし、よし」と。

とにかく、世の中にはそれこそ偉い人がたくさんいる。生きている人はすべて命を削りながら生きているのだが、さらにそこから先を生きている人に、直接、間接に出会うとき、なんとも言えないものを感じてしまう。それこそ、へこむではないが、そんな感じだ。

私なんかは、えらそーに日本の政治がどうの、世界のシステムがどうのと話しているが、いつも私自身の中に、自分自身を軽蔑する、できれば何とかしたい、どうにもならない何者かが存在している。もうこんな自己弁護、弁解をする時間も惜しいのだが。

そんな具合に生きてきたのだが、前回の記事は、ある意味で、そんな私のこれまでの人生と決別する、決意を示したものでもあった。勿論、そうは言っても、それほどあっさりとはいかないのは承知しているものの、それでも、そこには相当の思いが込められていたのも確かなことであった。そう、確かなことーーー、これも、もう数十年近く言ってきた話ではないか。

自分ができない、できそうもないことは、なるべくは話したくなかったが、もう今は時間があまり残されてはいないので、無責任のそしりを受けるのを覚悟して、私よりもはるかに行動力のある、若くて大志を抱く誰かに、これから先のことを託すつもりで、私なりのメッセージを発信していきたいのである。その一つが前回の私の記事であった。

とは言え、わかり切った勝負を、しかも自分にはできなかったくせに、若い人に後は頼むというだけだとすれば、無責任なことだが、さらに、さらに、私のような「システム論」者が頼むとするならば、それはもう「未必の故意」を超えた、ある種の「犯罪」だろう。それでも、おそらく、これから先2、30年もしないうちに、やってくる未曽有の危機に対処・対応するには、前回記事で示した、あのような方向性も、選択の一つとして考えられる余地が、この日本という空間に残されていなければ、と私は願うしかないのだ。

勿論、広瀬さんや土井さんの著作がそれほどの広がりをもって日本に暮らす人々に支持され、共有されたとは思われないことから、私のような者が書き残した著作がどれほどの支持を得るかは、今でもはっきりと。それは皆無に近いことだと、私は理解している。覇権システムと、それに連動した世界資本主義システム、世界民主主義システムの三つの下位システムから構成される「システム」とその「関係」の「歩み」に対して、抗うことの愚かしさも、嫌という程に分かってきたつもりである。

それでも、それにもかかわらず、何とかこのシステムの中で、生き残りを図るためにその準備を今からしておかないと、とてもではないが、犠牲者は、このコロナ禍など比較にならぬものだということになるだろう。

しかもその時には、もう時すでに遅しであり、私はこの世にはいないのだ。それがわかるからなおさら、悔しいし、これまた仕方がないことだが、それでも言っておかなければならないのだから、さすがに、こればかりはと、またなってしまうのだ。

農林水産業を中心として云々の話は、これまでも何度も書いてきたことだが、書きながら、これまた笑ってしまうのだ。農業従事者ですら、もう自分で手間暇かけて、自分が食べる作物を作ろうとする者は、少なくなっているこの昨今の状況を少しでも知れば、私が言う話は、もういかれた、いかれたどころではない人間の、否、人間ならばこんな話などはしないと思われることを、ここで述べているのだから、誰からも見向きもされないとは、私でも理解しているのだが。

戦前の、そして戦後からここまでの民主主義を語る論者の議論を回顧しても分かるように、簡単に言えば、農林水産業を担い手とする民主主義の話ではないのである。これから先の民主主義論もおおよそ予想ができる。それは、ますます食べられない者を増やすこそはすれども、減らせない、そんな流れに手を貸す話であろう。そのくせ、その責任は資本主義社会にある、その格差社会にこそあるとする論者がほとんどであろう。

アメリカでも、イギリスでも、またフランスでも、どうしてこんなに失業者があふれ、最低貧困ライン付近で生きている者が多いのだろうか。それら諸国は、かつての市民革命の聖地であり、「デモクラシーの母国」と称賛されてきたのではあるまいか。それゆえ、やはり問い直してもいいのではあるまいか。たとえ、仮に資本主義社会の、その格差社会に今日の様々な問題が起因しているとしても、そうした格差社会をこれほどまでに放置し続けるデモクラシーの何が一体、問題なのかを、ここで再検討すべきではないのか、と。

ここでの話は、誤解のないように言えば、コロナ以前の話でもそうであったのだということである。それを鑑みれば、今後の事態がさらに悪化するのは容易に分かるというものではあるまいか。ところが、そのような社会の問題にどのように向き合うべきかを各政党が考える際に、まさか農林水産業が云々の話にはならないだろう。せいぜいが消費税をなくせとか、もっと累進課税をとか、企業の内部留保を吐き出させろといった話に終始してしまうだけだろう。

失礼ながら、それは「政治」の話ではない。政治とは、少なくとも30年間を単位としたはなしであり、そこでは産業の育成とそれを担う人材の育成と、それに関わる教育と研究の課題とその実現方法が論じられてしかるべきなの二、令和新選組とか立憲はもとより、老舗の共産党も腐り果てて、既に異臭が発せられているではないか。

政治が明日をまったく語れないのだ。離されることは、どこかの政党と組んで、何ができるかといった些末なものばかり。それゆえ、山本太郎が障碍者を候補者にして国会議員にしたとか、消費税を0にするとか。もっと財政を出動させろの類の話が、まるで政治を語っているかのように、錯覚されるのだ。なんとも寂しい日本と日本人の現状ではないのか。
私は思うのである。もし先の私の問いかけに少しでも耳を貸す読者が増えたならば、まだ救いはあるのかもしれない、と。最後に、先の質問を此処で思い出してほしい。すなわち、その質問とは、「---たとえ、仮に資本主義社会の、その格差社会に今日の様々な問題が起因しているとしても、そうした格差社会をこれほどまでに放置し続けるデモクラシーの何が一体、問題なのかを」。

「追記」
記事の投稿後に、少し加筆した。
誤解のないように一言申し添えておきたい。私の拙論や拙著に目を通してくれた読者には心配ないことだが、そうでない読者がいればと思い、老婆心ながら話しておきたい。デモクラシーの何かという際、それは決して大衆デモクラシーとか、議院内閣制であり、そこでの意見が迅速に集約しないとか、政権党が自民公明の連立政権だからとかの問題ではない。デモクラシーの「低度化」の問題に起因するということである。ここが何よりも大事な点である。念のために。なお、またこの問題に関してはお話しさせてもらいたい。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

日本の「政治」の〈可能性〉と〈方向性〉について考える

2020-04-25 | エッセイ
日本の「政治」の〈可能性〉と〈方向性〉について考える

今回は、以下のくだりにあるように、箇条書きにして話を要約している。次回から、ここで述べたことを下敷きとして、話を展開していきたい。ただし、これまでの拙論や拙著でも論じたものではあるが、やっと私自身に、「これだ」「これしかない」という、まさに「可能性」と「方向性」について、納得できるものを得たので、ここに報告した次第である。

今のコロナ危機に際して、またこれからも起こりうるウイルス危機に対処するためにも、私は日本の今後の在り方について提言しておきたい。

結論から先に述べるならば、日本は「農・林・水産業を中心とした国造りを目指すことをこれからの基本方針とすべきである。

そこにはまず何よりも、環境問題への対応・配慮が求められているとの理由が存在している。その理由は、21世紀の、また22世紀における生命維持活動において、絶対に必要不可欠であるとの事情も絡んでくる。

私たちの生存を考えるとき、食糧確保の問題を無視したり軽視することは許されない。また中国やインド、そしてアフリカ諸国の今後のさらなる「重厚長大」型の産業振興路線政策の推進の下で、農業従事者の減少とそれに伴う食糧生産の推進と維持における物理的な困難さが予想される。と同時に、地球的規模での食料争奪戦が今後ますますその熾烈化の度合いを深めていくことは、容易に予想されることだろう。

たとえ、お金があったとしても、国家がその食糧を確保して、国民に等しく分配することは、これまたかなり、実現不可能な問題であることは、今次のコロナ危機に際しての日本国家、政府によるマスクや消毒剤の確保と手配、さらにはコロナ感染患者に対する対応を見ても、とても期待できないことは明らかではあるまいか。

今回のコロナ危機は、今後もたびたび、それこそ手を変え品を変えて、日本と日本人に襲い掛かってくるのは避けられない「現実」として、受け止め、それに向き合う覚悟が必要となることを、改めて私たちに確認させたのではあるまいか。そのためには、私たちは、自らの手で、それこそ「革命」を引き起こす決意をもって、今からその準備を周到にしておかなければならない。

幸い、この危機において、私たちはいろいろなことを学ぶ機会を得た。そもそも、国家は、その本来の意味において、機能しているのだろうか。すなわち、国民の生命と財産を保障するという意味で、まったく有効に動いてはいない。

日本政府は、安倍政権は無用の長物そのものではあるまいか。内閣だけではない、国会も、その議員も不要である。わざわざ東京で政治を行う時代はもう去ったのではあるまいか。47都道府県が政治の実権を握る時代となったことが、コロナ危機で証明されたのではあるまいか。

国家の政治は、日本の防衛に限定して、国連との調整は、全国の47都道府県の「連合政治会議」(仮称)が協議すればいいのではあるまいか。防衛問題も早急にその会議が引き受けた方がいいだろう。

私たちが、この間の日本の政治・外交・防衛を見るにつけ、はっきりと了解した出来事は、もう「官僚」は不要だということではないか。彼らの能力では、もはやどうにもこの国を動かせないということが、森友・加計問題を始めとして、そしてこのコロナ危機での厚生労働省や総務省、その他の官庁の亀のような動きののろさ、そして何よりも、「公僕」としての、国民に対する不誠実極まりないなめ切った態度に、それは如実に示されているのではあるまいか。

彼ら官僚は、官僚の誇りを持つべきなのに、その矜持さえも無くし、無能な政治家を使って、その背後で国民に見えない形で、彼ら官僚の、官僚による、官僚のための「政治」を、白昼堂々と行っているのだ。

こうした政治が奉仕する日本の、また米国を始めとした覇権連合諸国の財界や経済界の意のままに動かされる、日本と日本人に甘んじたままに生きることを、私たちは何ら恥じ入らないのか。私たちの子供や、その孫や、またその子供たちに、このような日本社会の惨状を、私たちの「遺産」として、引き渡すことに、良心の呵責を感じないで済まされるだろうか。断じて許してはならないのではあるまいか。

私たちの子供たちの世代がいま直面している問題を、私たち親世代が知らないとするならば、もうあなたは親をやめた方がいい。過労死、職場における上司や仲間たちからの不当なイジメ、非正規労働問題をはじめ、枚挙にきりがない。また私たちとその親が抱えている問題も、どうにもやりきれない者が、これまたたくさんある。その大きなものに、介護の問題がある。親は自らの尊厳さを死の間際まで取り戻すことがかなわず、またその子供たちも、自らの親不孝を悔いたままで、やがて、また親たちと同じ末路を辿るのではあるまいか。

こうした問題は、私たちが当然としてきた日本の産業構造の高度化と切り離して考えることはできない。同時に、この日本の高度化問題は、世界の産業の高度化問題と結びついているのである。簡単に言えば、明治維新以降の日本は、農林水産業の第1次産業に「特化」した国造りであった。それが「あの戦争」の敗北以降、今度は第2次産業に特化した国づくりを推進していくが、いわゆる「重厚長大」型の産業の下に、高度経済成長を実現して、「分厚い中間層」の形成の下での成長と繁栄と自信に満ちた日本社会が登場した。

その夢の時代も、あっという間に過ぎてしまい、お隣の中国が重厚長大型産業の国造りに邁進するための「世界の工場」役を引き受けるのと呼応する形で、日本は、先進国では遅咲きの「金融・サービス化」経済に特化した国造りに着手するのである。

こうした産業構造の転換は、私の言う「システム」とその「関係史」の「段階」において、世界の各々の国が引き受けざるを得ない「役割」であり、その意味において、日本の金融・サービス化経済の下での国造りは、覇権国の興亡史と連動した世界資本主義システム、世界民主主義システムに見る変容と転換と、相互に補完する関係にあるのである。

何度もこれまで述べてきたように、先進国は富の二極化が引き起こされ、分厚い中間層も解体されていく。世界資本主義システムにおいて、先進国はごく一部の富裕層は、金融・サービス化経済の恩恵に与るのだが、その反面、大多数の持たざる者は、生活の困窮の度合いを深化させていく。資本主義システムにおいて、先進国とそこに暮らす者は、「低度化」の段階に甘んじざるを得なくなるが、それが先に述べた格差問題や貧困問題に象徴されるのである。

こうした先進国における世界資本主義システムに見る低度化の問題は、世界民主主義システムにおける民主主義の発展に見る「低度化」の問題と連動しているのである。すなわち、もはやかつての分厚い中間層を形成し、それに支えられていた時代の「民主主義」を「取り戻す」ことはできないのだ。私たちがいま手にしている、手にできるのは、「低度化」の段階の「民主主義」なのである。その民主主義の下では、雇用崩壊や貧困問題、そして格差社会とそれに伴う問題への対応と解決は、一層困難なのである。

私が悔しいというか、腹立たしいのは、政治学者や経済学者が、ほとんど「民主主義」の勉強をしていない、ということである。クルーグマンのようなノーベル経済学賞の受賞者も、またクリントン政権下で活躍したライシュ氏も、彼らの日本語訳著作にある、もう一度ニューディール期の、また50、60年代の米国に戻れるかのような話を展開しているが、まったくお話にもならない無責任な議論なのである。これは、、フランスのピケティの『21世紀の資本』においても、また同じような、「素人」の話を、すなわち、民主主義を取り戻すことが大事だ云々の話を、繰り返しているだけなのである。

それゆえ、もはや「民主主義を取り戻す」ことなどできないという前提から、議論を始め直すべきなのである。そして、今のコロナ危機が最後のチャンスとなるかもしれない。何度も言うのだが、日本の環境問題や原発問題や産業廃棄物問題、さらにこれからの深刻化する雇用問題と食糧確保問題、また日本のすぐ横に次期覇権国として台頭する中国と、これまでの覇権国であった米国との狭間で生きていかなければならないという外交・防衛問題を、地政学的問題とも重ねて考えるときに、私は日本のこれから以後の選択肢は、トルストイが『イワンの馬鹿』で述べている生き方以外にはない、と言わざるを得ないのである。

それが、国内の日本の代表的な多国籍企業と結びついた権力集団であるハゲタカと、国外の覇権連合勢力が主導するハゲタカから、身を守る唯一、残された生き方である、と信じて疑わないのである。農業研究者が残した有名な格言がある。土に立つものは倒れず、土を耕す者は飢えず、土に生きる者は滅びず、である。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「県政」や「国政」の下で、粛々と進められていく「見殺し」の常態化

2020-04-23 | エッセイ
「県政」や「国政」の下で、粛々と進められていく「見殺し」の常態化

「県民」の命と暮らしを守れない「県政」など不要ではないのか。「国民」の命と暮らしを守れない「国政」に、はたして存続理由などあるはずはない。

それにしても、悔しいの一語だ。私たちはもう、慣れきってしまったのか。毎日、毎日、県民や国民が死んでいく。死ななくてもよかった人たちではなかったのか。埼玉県に住む50代の男性が自宅待機の果てに死んでしまった。コロナ検査で陽性と判定されたものの、「軽症」との理由から、入院もできず無念の死を遂げたのである。

県によると、入院患者を収容する病床が全く不足している旨の記者会見であったが、そんな釈明で「見殺し」にしてしまった「作為」が許されるのならば、何のための県政なのか、と言わざるをえない。おかしいだろう。県政は誰のためにあるのか。そもそも記者会見自体がおかしすぎるのだ。記者は何も質問しないのか。何も怒らないような記者も要らないのではないか。とにかくどうにかなっている。県民のためにマスクを確保することもできない公務員など不要ではないのか。

同じことは、国政に関しても該当する。どうして国は率先垂範して県を助けなかったのか。これまでの経緯を見てもおかしすぎるのだ。マスクの手配もできない国がどうして安全保障の問題など語れようか。外務省も防衛省も総務省も、厚生労働省も要らない。いや、すべての省庁が不要なのだ。国民の命と暮らしを守るどころか、その逆の働きしかできていないのではあるまいか。

安倍内閣はもう「消滅」すべきなのだ。どうにもならない人間集団が右往左往しているだけであり、まったく動きが見えてこない。そもそも国民の命を守ろうとする覚悟などありはしない。情けない限りだ。

長崎県に入港したイタリア船籍のクルーズ船、一体だれが入港を許可したのか。2月20の頃は、もうコロナ問題が浮上していた、そんなときに三菱重工という企業が自らの「金もうけ」のために、今後、はかり知れない長崎県民の命を奪いかねない「大失態」をやらかしてしまった。とても失態と言うことでは済まされない重大問題ではあるまいか。長崎県と三菱重工と、国の関係者は、一体どのような責任を取るのだろうか。いや、とても負うことのできない責任ではあるまいか。

私は、横浜のクルーズ船の寄稿の際にも、このままでは日本人の命は危ないと危惧したのだが、今後は、長崎に相当な被害をもたらすのは必至であろう。県も、国も、大企業には甘すぎるのだ。こんなざまでは、どうして営業自粛を、中小企業に求められようか。これから先、長崎県民の命と暮らしが甚大な被害を受けることになった時、私はまた断腸の思いで、言わなければならなくなるだろう。

本来ならば、死ななくてもよかった県民や国民が死んでいく。そして、そうした「見殺し」の常態化が、県政や国政の下で、粛々と進行しているのだ。同じ構図ではあるまいか。東京電力福島原発事故も、大企業と県政と国政が癒着した中で、引き起こされたのではないか。そしてその後も、放射性物質の被害に苦しむ人々が福島県をはじめとして、日本国中に生み出されているではないか。

それにしても、思うのだ。私たちは、何度同じことを繰り返しているのだろうか、と。



  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「システム論」から「あっしには関りございませんので」を繰り返す紋次郎の苦渋に対比される「関係はごもっとも」のはずの「日本」と「日本人」の「淡白さ・冷淡さ」に関する比較論的一考察(4)

2020-04-21 | エッセイ
「システム論」から「あっしには関りございませんので」を繰り返す紋次郎の苦渋に対比される「関係はごもっとも」のはずの「日本」と「日本人」の「淡白さ・冷淡さ」に関する比較論的一考察(4)


オバマ元大統領と「抱擁」した被爆者にとって、核を暴力としては認識できたのでしょうが、私を含めたこの被爆者と、その他の日本人が暮らすこの日本という国が、そもそも「暴力と平和」の「融合」した、「渾然たる一体関係」の中に、その暴力としての核が組み込まれているとの認識はなかった、と私はみているのですよ。

付言しますと、私の以前のブログ記事で、この気持ち悪い「抱擁」に関して、「現代奴隷」はどのように眺めているだろうか、の問いかけのくだりを思い出してほしいのですよ。その現代奴隷のところに、パレスチナの人々を置き換えてみるとき、それはもっとはっきりとするのではありませんか。念のために、ここで以前の記事を張り付けておきます。読み飛ばしてくれても構いません。

(以前のブログ記事の引用、始め)

〈「勝ち続けなきゃならない」セカイと何層にも重なる多種多様な「加害者」と「被害者」の関係〉(2016年6月3日)

「平和な民主主義社会」の実現のために、私たちは常に「勝ち続けなきゃならない」セカイ・世界とそこでのセンソウ・戦争を余儀なくされてきた。(そうした仕組みは「加害者」としての存在、「被害者」としての存在をつくり出す。)それは21世紀の今日でも変わりはない。この生活空間をどうにかして別の空間に替えていかない限り、常に新しい「核」、つまり「暴力」が生産、再生産されていくことは必至である。

歴史の中の「加害者」と「被害者」としての存在は、たとえ「和解」したとしても、常に「勝ち続けなきゃならない」、逆からみれば「負け続けなきゃならない」セカイ・世界で生き続けなきゃならないのではあるまいか。その意味では、常に何層にも重なる多種多様な加害と被害の関係を前提としたセカイ・世界の中で生き続けている。「平和な民主主義」社会の実現のために、私たちが常に、「勝ち続けなきゃならない」セカイ・世界とそこでのセンソウ・戦争を不可避としているということを自覚しない限り、たとえ「核なき世界の平和」を語ったとしても、私たちが生かされている、生きている[空間]を自覚しないのであれば、「絵に描いた餅」であろう。

二日前?に、このブログに<「核なき世界の平和」と「暴力なき世界の平和」、そして「歴史の私物化」を考える>の記事(2016年5月29日)を書いたばかりだが、それはこうした上記のくだりで私が言及した問題を考えるうえでも大切ではないかと思ったからである。もう一度ここで、読み直してみたい。<「リサ・クリスティン;現代奴隷の目撃写真」(2016年6月1日、ヤフーニュース記事)の中で紹介されている「現代の奴隷」たちは、このオバマと被爆者の世紀の瞬間の「抱擁」を、果たしてどのように感じるのだろうか。彼ら現代の奴隷たちを苦しめているのは、核ではない。彼らにとって、それは核に勝るとも劣らない暴力ではないだろうか。それではその暴力はどこから導き出されているのだろうか。その暴力と私たちの間にはいかなる関係があるのだろうか。同時に、オバマと被爆者と現代の奴隷と私たちの間には、一体いかなる関係があるのだろうか。

(なお、二日前のブログ記事は次のとおり)<リサ・クリステインさんの「現代奴隷の目撃写真」に登場する現代奴隷たちは、オバマ大統領と被爆者の「抱擁」を見たとき、一体なにを思うだろうか。あの世紀の瞬間として、おそらく私たちの記憶に残(され)るであろう抱擁写真が隠蔽しているのは、こうした現代奴隷の存在と彼らを創り出す覇権システムとそれを基にしてつくり出されてきた「世界資本主義システム」と「世界民主主義システム」の「三重のシステム」から構成される「一つのシステム」(の構造)ではないのだろうか。そのシステムは、それぞれのシステムが「力(暴力)」の「優劣関係(帝国主義関係)」を前提としてつくり出されている。この構造それ自体が、つまり私の言う「システム」それ自体が、原子爆弾と原発の核をつくり出してきたのである。核なき世界の平和とは、私に言わせれば、この構造それ自体の解体である。すなわち暴力なき世界の平和に他ならない。この世界は、加害者と被害者の抱擁とその和解でもって、実現できるそんなものでもない。加害者とか被害者とかに区分けできるそんな簡単な世界でもない。抱擁写真を介した「歴史の私物化」は許されないのではあるまいか。現代の奴隷たちの目がそれを訴えている。>

オバマの言う「核なき平和」の言い方は欺瞞ではないか。むしろ、ヨハン・ガルトゥングのひそみに倣って、「暴力なき世界の平和」ではないだろうか。そう言いかえたとき、私たちが生き続けてきた私のモデルで描く「システム」はまさに暴力を絶えず生み出し続けるセカイ・世界ではあるまいか。そのシステムが、システム自体の安全保障のために絶えず「奴隷」に象徴される存在を生産、再生産し続けてきたのではあるまいか。その奴隷の「衣食足りず礼節を知らず」の営為を前提としながら、「オバマ」に象徴される存在も「被爆者」に象徴される存在も、そして私たちも生き続けてきたのではあるまいか。

もしそうだとすれば、「オバマ」と「被爆者」の、「加害者」と「被害者」による「和解」は何を物語るのだろうか。

(以上、引用、終わり)


つまり、覇権システムを前提とした「システム」の中に組み込まれた日本に暮らしながら、そのシステムの「暴力(核)」と同時に共生・共存できる「平和」憲法を手にしているという、その問題点には何ら気が付かないままで、世界の核問題や原発問題や在日米軍基地問題に象徴される「犠牲のシステム」に向き合い、批判しているのですから、それこそ紋次郎はこれはなんじゃろうか、と腹を抱えて笑うしかないではありませんか。

広島や長崎の核廃絶運動を展開されてきた人たちは、その核に暴力に対峙する前に、そうした暴力と手に手を取って胸を張ってきた平和憲法の平和にこそ向き合い、それを論難することが先だったのではありませんか。何しろ、その平和は、覇権システムの下で繰り返し発動される暴力によって、すなわち「民主主義」と渾然たる関係を構成する「帝国主義」(勢力)間の「力」と「力」のせめぎあいのセカイ・世界の下で実現される「平和」に
他ならなかったからですよ。

その意味では、核全廃運動論者の頭の中も、「核」(帝国主義・暴力)と「平和」(民主主義)は、「水」と「油」の関係として位置付け理解されてきたのでしょうが、紋次郎も述べていたように、その両者の関係は「水と油」のそれだったのですよ。

しかしながら、ここでもまた、紋次郎は、そんなもんじゃろうか、と悩むのですよ。俺がわかるようなことを、彼らがわからないはずはないじゃろうが、と。たとえ、「水」と「油」ではなくて「水と油」の関係だとしても、そこから何が見えてくるだろうか、と。どうせ、何もできないんだから、それなら、子供みたいに「王様は裸だ」だとみたいな青くさいことを言うのはやめて、そんなことは「わからなかった、知らなかった」みたいなふりをしている方が、、誰も不快にならなくてもいいではあるまいか、と。この「わからなかった、知らなかった」は、どこかで聞いたようなぁ。ついでに、この後に、俺たちはみんな、騙されていた、を付ければ、これまたなんじゃろうか。

そうした方が、気がねなく、後ろめたさも感じることなく、「平和」を叫ぶ者は大いに叫べるし、そして多くの信者を集めることができる。また、「暴力」で世界を戦争に巻き込もうとする者も、遠慮なく、これまたなんの後ろめたさもなく、やりたい放題にできるというものではあるまいか。両者めでたし、めでたしでは、と。ここにも何か共生・共存の関係ができているのではあるまいか。紋次郎の頭には、そんな声が聞こえてきたような、聞こえなかったような、そんな不思議な思いなのだ、そうです。私も、そんな紋次郎に、それはそれは、同情しているのですよ。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする