日本の「政治」の〈可能性〉と〈方向性〉について考える。

「政治」についての感想なり思いを語りながら、21世紀の〈地域政党〉の〈可能性〉と〈方向性〉について考えたい。

№29私の語る「システム」論から、これまでお付き合いいただいた大切な読者の方々に、私がいま伝えておきたいこととは

2023-04-25 | 日記

№29私の語る「システム」論から、これまでお付き合いいただいた大切な読者の方々に、私がいま伝えておきたいこととは


(最初に一言)

 日本の歴史を振り返るとき、良くも悪くも「外圧」によって、私たちの進路は決定されてきたように思われる。第一、第二、第三の「開国」を経て、いわゆるグローバル化時代の第四のそれを経験したのだが、これらはすべて米国発に端を発する外圧であった。そして今、私たちは米国に加え中国発の外圧の影響にさらされている。

 先頃の統一地方選挙において、私たちは維新を筆頭にした自・公を含む保守勢力支配の根強さを、改めて思い知ラされた格好となったわけだが、こうした地方政治の流れは、中央政治の流れと相まって、今後も継続するに違いない。その意味では、従来の革新・改革勢力はますます消滅する方向にあり、それを補完するように、与党勢力の中から野党の役割を担う代替勢力がつくり出されてくるのではあるまいか。維新がその最有力となるであろうし、既にその期待に応えるかのように、動いているのではなかろうか。


 こうした日本の政治の流れを、私の語る「システム」論から捉え直すとき、維新の台頭とそれによる従来の保守または革新政治の補強あるいは代替の役割は、{「B]→(×)[C]→×[A]}で描かれる「システム」のAに位置したかつての先進国グループと、その一員である日本の政治において、等しく体現される、と私はみている。その政治の特徴は、「システム」の「低度化」に対応するものである。すなわち、国家の壁がなくなり、ヒト・モノ・カネのグローバルな大移動を率先して導く政治である。

 それゆえ、力のない国民は、グロ-バル化の圧力にさらされ、各人の生活防衛もままならなくなる。海外からの移民の流入や海外資本の攻勢に直面して、社会不安や治安の悪化は避けられず、そのために国民は彼らを防衛してくれそうな新たな政治勢力の台頭を望む。こうした国民の声に応えるかのように、新興の政治勢力が政権に接近する動きが、かつての先進諸国で顕著となっていく。いわゆるポピュリズムと呼ばれる政治現象もその一つである。

 だが、注意しておくべき点は、これらの侵攻政治勢力は、従来の保守・革新政党も同様だが、私の語る「システム」の下でつくり出されたことから、「システム」それ自体と向き合い、その問題点を少しでも改善するものではなく、むしろ「システム」のさらなる発展とその維持に貢献するのである。

 その意味において、こうしたポピュリズム的色彩を有した政治勢力は、基本的には、グローバリズムの支持勢力として存在しているということである。先のB、C、Aの「システム」のAに位置した低度化の段階に甘んじざるを得ない諸国における政治運動を理解するカギは、誰がポピュリズム的政党や政治家のスポンサーとなっているかを思い描くことであろう。

 それは私の語る「システム」のさらなる発展を志向する利害関係者から構成されている、と私はみている。すなわち、圧倒的な力を持つ世界的金融勢力と巨大な多国籍企業がその主たる担い手である。彼らの目標は世界のグローバル化である。そのために、先ずはAにおけるヒト・モノ・カネの大移動を実現するために、国境を、国の壁を取り除いていくことである。

 それゆえ、先の政治勢力がどれほど内向きな閉ざされた主権国家・国民国家の復活・再建を目指す云々の政治主張を激しく展開したとしても、彼らは結局は、{「B]→(×)[C]→×[A]}の維持と発展、その存続に手を貸すだけに終始してしまうのである。すなわち、「システム」におけるB、Cグループの「高度化」とそれが導く力を後押しする形で、Aにおける低度化を促進させるのだから、なんとも「皮肉」な政治現象である。換言すれば、「システム」のB、Cの高度化の歩みとそれが作り出す力に対して、もはや逆らえないということなのだ。

 それが今日の世界情勢にも、如実に表れている。いわゆるブリックス諸国における高度化の動きが、すなわち、それは分厚い国の壁をつくり、主権国家と国民国家の基盤を強化することを意味しているのだが、こうした諸国の高度化の歩みは、Aの低度化の歩みと相互に補完する形で、Aグループ(発)のグローバル化の推進に貢献する。Aにおける内向きの過激なナショナリズムの主張は、結局のところ、国防に関連した諸産業を潤すこととなり、それが回り回ってB、Cグループの国防関連産業の成長を刺激することとなり、それは金の成る木としての「システム」のさらなる高度化の発展を導くこととなる。

 付言すれば、大阪維新と橋下徹氏の登場を後押ししたのは、「システム」とその関係の歩みが大きく与っていた、と私はみている。日本におけるグローバル化の推進のために「システム」によって用意周到に準備された組織とそれに関連した役者であったと理解できる。カジノ誘致もそうしたグローバル化の一環として位置づけ理解できるのではあるまいか。

 維新は、既存の保守政党である自・公勢力と連携しながら、日本におけるグローバル化をさらに推進する役割を担う「保守」政党であると同時に、日本を解体する役割を担うという意味では、「革新・改革」政党でもある。こうしたおかしな物言いで示される「保守」や「革新・改革」には、もはや本来の意味など何もないのだ。本当におかしな政治現象ではあるまいか。

 いずれにせよ、今や私たち日本の保守政党は、日本と日本人を保守するために存在する政党ではない。グローバル化をひたすら推進するために存在する政党であり、そのために米国発の「対日要望書」と米国商工会議所の圧力に従う政治に邁進するばかりだ。かつてのトランプ*現象を含めた他のポピュリズムの動きと同じく、外見上は勇ましく国益とか国の主権、核武装も辞さない安全保障といった掛け声を発してはいるものの、その正体はグローバル化万歳を、正確には私の語る「システム」の発展と維持、存続に加担する政党なのだ。

 もはや、かつての先進国グループにおける国内政治は、いわゆる「システム」の低度化の深化とそれに伴う経済停滞・衰退により導かれるさまざまな社会・経済問題に対して、「打つ手なし」といったところではあるまいか。そうした政治的解決能力における空白状況・状態に、もし風穴を開けるとすれば、それは外圧であり、同時にまたその外圧には抗うことも難しく、ただ成すに任せるだけなのだが、誰も責めることはできないのである。

 これまで何度も語ってきたように、「システム」とその関係の歩みに従って、私たちシステム人は生きるしかないのである。それは日本も例外ではない。だが、これらの政治の流れを踏まえるとき、間違っても、対外的に力の誇示を訴えるナショナリズムには、とくに対中国包囲網を仕掛けるような米国内の政治勢力に呼応する動きには、警戒することが肝要となる、と私はみている。勿論、これも今の「システム」の下ではどうすることもできない、詮無いことだが。

 これらの話を踏まえて言うならば、もはや「日本」と「日本人」に拘泥する時代ではない。むしろ、多国籍企業の対外活動を見習って、私たち普通の国民も、積極的に海外に出ていくことが望まれよう。とくに、若い世代の人々は、世界各地に第2、第3の故郷を見つけ出せるように、様々な交流の輪を広げてほしい、と私は切に願うばかりだ。


(最後に一言)

 とにかく若い人たちは日本を飛び出して、世界各国・各地で羽ばたいてほしい。無責任な話で申し訳ないのだが、日本政治にもはや期待することはできそうにない。自・公や維新勢力を支持する人に私は何も言うことはできないし、そのつもりもない。だが、もし日本の野党勢力と一緒になって、最後まで戦うという若い人たちがいるとすれば、私はそんな奇特な人々に伝えたい。「おやめなさい。そんな時間があるのならば、少しでも早く海外に出て、外の空気を吸って生きてほしい」、と。

 つらい話で申し訳ないのだが、もし生き残りたいと願うのならば、先ずは日本を離れてみることである。何度でも言うが、「日本」とか「日本人」に縛られる時代ではない。そんな時代はもうとっくに終わってしまったのだから。私が言えることは、こんなことでしかないのだが、少なくとも正直な私の気持ちである。もっと気の利いたもっともらしいウソを言うのは簡単なことだが、それだと読者の誰も守れなくなってしまうので、それはしないし、できないので、お許しを。。

 


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

№28私の語る「システム」論から、私自身の残された時間をどう生きるかについて、改めて考えるとき

2023-04-06 | 日記

№28私の語る「システム」論から、私自身の残された時間をどう生きるかについて、改めて考えるとき


*ここ数回の記事を振り返りながら、やはり私自身のできないことを読者に語ってきたのは明らかだ。その「実践」は、無責任ながらも、これから後の世代の若者たちに託するしかあるまい。勿論、それは〈もし可能であれば〉の話である。別に気にすることはない。

 私の語る「システム」を変えることは、おそらく百年河清を俟つが如しのように、到底望めない、と私はみている。だが同時に、それを踏まえた上で、「システム」の中で精いっぱい、人間らしく?共に生きることのできる空間づくりに努めることは、私たちのささやかな生の営みである、と私は考える。

 それゆえ、私は、私の残された時間を、これまで同様に「ああだ、こうだ」との頭の中での「実践」に費やすしかない。それしかもう、私にはできそうもないし、それもかなりきついのだが、ほとんど生ける屍状態と化してしまった私には、それだけが唯一の生命力の拠り所なのだ。


(最初に一言)

 ずっと以前の、おそらく最初の方のブログ記事だったと思うのだが、その時には未だに「私」と「公」の関係についての私の理解不足から、「私」が複数集まれば「公」となるとの漠然とした見方しかできなかったことから、その「公」は「私」とは異なる中身となっているかのような認識をしていた。それゆえ、「公共性」や「公共圏」、あるいは「公共の福祉」等々に関する研究者の語るないようにもさほどの違和感を抱くものではなかった。


 だが、今はまったく違う。「私」をいくらかき集めたとしても、それは「私」に他ならない、と私はみている。私の語る「システム」それ自体が、巨大な私的権力とその利害集団関係者を主たる担い手としてつくり出された「私的空間」であることから、そもそも公的空間など存在するはずもない、と私は今ではそのように理解している。それゆえ、研究者による公的空間等々に関する話は、それこそ私には「歴史叙述の神話」を構成する一つの物語でしかないのである。これについて、もはやあれこれ引用しながら、「システム」論と絡めて批判的考察をする気もない。

 だが、それにしてもひどいものではあるまいか。ロンドン・シティやウォール・ストリートの巨大な資産を有する世界的大富豪の「私」と世界的貧民窟に暮らす「私」を同等に位置づけ、その両者の関係としての「公」や公的空間を論じることの愚かしさに気が付かない研究者が存在するのだから、もう世も末としか言いようがないだろう。

 しかも、そうした論説をごもっともと評する批評家がこれまた多数見受けられるのだから、もう何をか言わんやだ。そんな現実を目の当たりにしても、それでも諦めてはいけない、なお語らなければならないのだ。それをやめてしまったら、もうそれでおしまいとなるから、しんどくても戦い続けなければならない。これまた、言うは易し、ーーーだ、が。


 私の語る「システム」論を前提とするとき、私はプーチンにも、バイデンにも与することはできない。*勿論、これは頭の中での話だが、さりとて、これをおろそかにしてもいけないのは確かである。ところが世の識者連中は、どちらか一方に与するのを当然とするかのように、各々の論陣を張っている。米国の覇権は許されないが、中露の覇権は許されるのような論の根拠は一体どこから来ているのだろうか。

 同時に、一極の覇権は問題だが、覇権の多極化は何か違う将来を実現するかのような論が散見されるのだが、これとて、覇権システムを解体するものでもない。多極化からやがて一極化へと向かう動きも視野に入れておく必要がある。いずれにしても、覇権システムにおける「親分ー子分」関係に見られる差別と排除の関係は何ら変わるところはない、と私はみている。

 ここで先の覇権の「多極化」に関連して少し付言しておきたい。覇権国の英国がその栄華を極めて、その後の19世紀末から第一次世界大戦の勃発を経て、そこから第二次世界対戦とその後の米国の覇権国としての台頭の歴史を見直すとき、この時期も、イギリスの覇権の凋落後に「多国化」状況が導かれたとみてもいいだろう。

 同様に、20世紀の中頃にその頂点に位置していた米国の覇権が次第にぐらつきを見せ始めたのはベトナム戦争を契機としていたが、そこから徐々に米国の覇権は後退を見せ始める。いわゆる冷戦の崩壊を契機として、世界の覇権は、多極化の様相を呈し始めたとも言える。その中でも、中国の世界の工場以降の目覚ましい国際政治における発言力は群を抜いている。

 最もそうは言っても、中国の単独の力で米国の覇権を引き受ける段階にはなお到達していない。その間、ロシアやインド、ブラジルといったブリックスの時代と言われるように、中国の覇権を相互に補完し合う勢力圏が結成されている。そこに、ヨーロッパのEUとNATO勢力、アジアにおける米国の子分としてその存在を示す日本を含めるとき、以前の戦間期と同様に、この時期もまた、覇権の多極化状況が出現しているとみることもできるに違いない。

 だが、ここで考えてみるとき、先の戦間期における多極化状況は、イギリスから米国への覇権の交替を準備するために「システム」が用意した多極化であったように、今回のそれも米国から中国へと覇権の交替を導くために「システム」が用意した多極化の演出ではなかったのではあるまいか。すなわち、多極化の様相を呈しながら、それぞれの極が米国と中国を覇権国へと導くように協力する関係をつくり出していた、と私はみている。

 今回のロシアによるウクライナ侵攻は、まさにそうした協力体制の演出ではあるまいか。これに関しては、既に以前のブログ記事でも述べていたのだが、ウクライナに対するロシアの侵攻に伴い、米国をはじめイギリス、そしてEU各国の国力の低下は否めなくなり、ロシアもまた中国への依存をより一層強めている、インドの経済力も確実に増大しているものの、それは中国経済の下請け的役割としての立場を鮮明にしている。中国はこうしたインドや東南アジア、中東やアフリカ、さらには中南米の経済力に下支えされながら、「一帯一路」構想の実現に邁進中である。

 ここで、私のモデルを使いながらこれまでの話の内容を捉え直してみたい。1920年代前後から1940年代前後の時期において、「システム」は、{[Aの経済発展→Aの民主主義の発展]→(×)[Bの経済発展→Bの民主主義の発展]→×[Cの経済発展→Cの民主主義の発展]}で描かれるような関係にあった。Aに米国が、Bにソ連やドイツ、イタリア、そして日本が位置していたとみられる。中国はこの時期猶反植民地状態に置かれていたことから、Cに位置している。

 覇権の「多極化」現象と言われる事柄を、私のモデルの中でとらえ直すとき、すぐ上で指摘したようなA、B、Cグループのいずれかの段階に配置される形で、その多極化なるものは位置づけ理解できるのだが、ここで何よりも大切な点は、「システム」の高度化の動きを、その多極化が支えるような形で、相互に補完し合う関係がつくられているということである。

 「システム」の維持と発展、存続と切り離せないように、多極化現象は導かれていると同時に、覇権システムの中で、やがてはその「親分ー子分」関係の中で、一元化されるのである。それを決定的にしたのは、いわゆる戦争であった。米国はほとんど無傷のままで、疲弊したヨーロッパ諸国やアジア諸国をその支配下におさめて、覇権国としての地位を不動のものにした。

 今まさに、以前の戦間期と類似した覇権のバトンの受け渡しが起こりつつある。私の「システム」で今日言われている覇権の多極化現象を捉え直すとき、以下のように描くことができる。すなわち、{[Bの経済発展→Bの民主主義の発展]→(×)[Cの経済発展→Cの民主主義の発展]→×[Aの経済発展→Aの民主主義の発展]}の関係である。なお、この図式は進行形であり、図式の通りには未だ実現してはいない。ここではその「ベクトル」を描いていると理解してほしい。

 これまで何度も述べてきたように、「システム」は、モデルで描かれるとおりにその関係を長期にわたって実現することはない。ほんのあっという間の出来事なのだが、関係をわかりやすく描くためには、必要なモデルなのだ。それに関連して付言すれば、Bグループは、さらに、[Bの上位グループ→Bの中位グループ→Bの下位グループ]に区分される。Bの上位には中国が、中位にはロシアが、そして下位にはインドやブラジルが、それぞれ配置される、と私はみている。それらの配置関係は、覇権システムにおける力、すなわち軍事力に依拠した「親分ー子分」関係に準拠したものである。

 覇権の多極化現象は、このように「システム」の中でとらえ直すことによって、先述したように、中国の経済発展と、ロシアやインド、ブラジル、さらには中東、アフリカ諸国、日本の経済発展の関係を介した中国の経済力、国力を高めることに貢献する、そうした相互補完的な関係がつくられている。それはやがては、B、C、Aから構成される金の成る木としての「システム」のさらなる高度化へと、そして中国の覇権国としての登場を導くことになる、と私はこれまで論及してきたのである。

 その際、もし私のシナリオどおりだとすれば、2020年代前後から2040年代前後のこの時期において、最終的には中国を独り勝ちさせて覇権国の地位へ導いていくような覇権システムにおける戦争が用意されているということになる。そして、これも何度も語ってきたように、「日本」と「日本人」はその戦争に巻き込まれて、20世紀のあの戦争で味わった苦い敗戦の記憶を、21世紀において再び自らの手によって鮮明にさせるとすれば、これほど愚かし過ぎることはない。


 ところで、米国の覇権の凋落後に、中国やロシア、あるいはインドの覇権を巡る協奏曲が奏でられるとき、その背後でこれらの覇権国の興亡史を操る小隊は一体なんであるのかを考察していくとき、覇権国の米国と次期覇権国と目されている中国との対立・敵対関係以上に、両者の覇権連合の姿が浮き彫りとなってくるように見て取れるのは、私一人の見誤った捉え方としてして済まされてもいいのだろうか。何度も論述してきたように、そこには私の語る「システム」が存在しているのだ。


(最後に一言)

 それにしても、もうとっくの昔に、私たちは戦争に巻き込まれてしまった。もう引き返せない。どうにもならない。こんなことを言うために、私はここまで生きてきたのではないのだが、これまた仕方がないとしか言いようがない。あまりにもちっぽけな自分自身の存在にーーー。


(付記)

 もし若い世代の読者がいれば、こんなことしか書けない老人をあざ笑ってほしい。あなた方には素晴らしい明日があるのだから、気にする必要はないことを、念のために記しておきたい。ただただ申し訳ないとしか言いようがない。世界は広いのだから、日本を飛び出して自分らしく生きることのできる第2、第3の故郷を見つけてほしい。なるべく早く。とにかく、希望を、夢をあきらめないで、前を向いて歩いてほしい。最後にまた、おせっかいな一言で、これまたご容赦を。

 


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする