3月に入っても寒い日が続いている。啓蟄の日が過ぎて土中の虫も低気温に出るタイミングをためらっているのではと想像をめぐらせていた。昨日は久しぶりに太陽が暖かい。我が家の道路を挟んで向かいの猫が屋根のひさしで昼の太陽をあびながらじっと座っている。屋根のひさしだからかなりの勾配があるように僕には見えるがお尻を下ろし前足で体を支えながらなんとも不安定な日向ぼっこだ。驚いたことにもう1匹、隣の家との境界の塀の上で、こちらは頬杖をついたような格好で目をつむって寝そべっているのだ。彼らは外の気温に敏感に反応するのだなぁ。春到来は花や草木が教えてくれると言うけれど、案外猫達もその一翼を担っているようにも思う。
さて、陽光にまどろむ猫ちゃんからみると僕はどのように映っているのだろう、などと余計なことを考えた。僕は怠けているのだろうか、退屈凌ぎをしているのだろうか、子育てや仕事に忙しい若い人達は家にはいない。ということは、家で猫を観察しているのは一緒に何かをする仲間が周りにいない年寄だけということになる。猫は可愛いわがまま動物とよく言われる。自分の思うままに好きなことをして過ごせるのは”猫と女房”などとハラスメント的なジョークを耳にしたことがある。あの『バカの壁』の養老孟司先生も猫派人間で猫は人生を達観している動物だと言われている。確かにそう言われれば太陽光に昼寝をしている猫を見ていれば落ち込んだ気持ちを持ち直すことができる。猫は生きる極意を知っているようにみえてくるから不思議なことだ。多分彼らは余計な情報を無視、新聞を読まずテレビも見ないからだ、などと僕は結論を引き出した。
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