学びのプラスあるふぁ:日常の気付き

人の人生、それぞれが皆オリジナル。街を歩き人に話しかけることから「なるほど」と納得できる発見がある。

自分にとっての「花」を求めて人は生きる

2024-04-19 17:11:16 | 日記
 昔の人は春霞などと空気のよどみというのだろうか周りが霞んだ状況を表現した。古今集の在原元方という人は”霞立つ春の山辺はとほけれど吹きくる風は春の香ぞする”などと春の気配をうまく表現している。とは言え最近はそんな悠長なことをいっている場合ではないらしい。
 ここ二、三日はその春霞の元、中国からやってくる黄砂で大阪では生駒山が霞むどころかほとんど見えない状況だ。我が家から車で5分も走れば山の麓に沿って走る旧170号線に入れる距離なのにこの有様である。その年によって押し寄せる黄砂の量、濃度は異なるらしいが、今年は黄砂飛来の当たり年なのだろうか。洗濯物の外干しには適した温度になって来たのに外に干すと酷い目に会うことは誰の目にも明らかだ。車のフロントガラスなどはあっという間に埃りっぽい汚れた膜に覆われる。人によっては花粉症のような目のかゆみ、鼻水などにもなやまされるという。僕自身はなんとなく気だるいというか、シャキッとしない気分に支配されているのは気温のせいか黄砂のせいか。それでも人間は自然現象とともに生きていかねばならない。
 自分では全く制御できない自然のペースを受け入れて忍耐ということを人は学ぶ。そうかと思えば「自然は春に花を見たいと思う人を花のある所に導いてくれる」という言葉がある。やはり気分は自分が制御するもので、自分にとっての「花」を自ら探す積極的な姿勢が問われている。黄砂はそろそろ終わりになる。外に出て気分を変えてくれるのもまた自然の理(ことわり)だ。

大学は自分の”行きたい所"を探す場所

2024-04-16 16:30:30 | 日記
 昨日は新聞の休刊日だ。新聞が配達されないので仕方がなくテレビをつけて偶然画面に出て来たのが東京大学卒業生へのインタビューの光景。前後の経緯は定かではないが、東大卒業生として”喝を入れたい人は誰ですか”といった話であった。岸田首相に物申したい、水原一平に一言言いたい、などがあった一方で”自分に喝を入れたい”という東大卒業生が沢山存在するということに驚きを隠せない。どうやら東大にも入学することだけが目的になってしまって勉学は二の次となり悔やんでいる学生が沢山存在しているらしい。
 振り返ってみれば、僕が現役で大学で教えていた頃、学生の中には大学進学の理由が「大卒の学歴が欲しいから」とか「アルバイトをしながら青春を楽しみたいから」などと勉強することを忘れてしまった若者が沢山いた。あれから10年、きっと今もそんな学生が…
 半世紀以上も前、女性運動などを通して女性の生き方を考えるという風潮があった。結婚が目的となってしまっている女性が子育てを終えた後の人生に生きる目標を失った人達が問題になっていた頃があった。僕が「女性学」と銘打って教えた女子短大生の中には子育てをしながら大学に通ったり勉強を続けて立派に大学の先生になった女性が何人もいる。僕の誇りのかつての女子学生達である。サッカーの選手はピッチを走り回ってゴールを目指す。ゴールがなければただ走り回っているだけだ。自分が行きたい所が分からない人はどこへも行き着くことはない。

風が吹く雨が降る、花の命は短くて…

2024-04-12 16:14:06 | 日記
 日本の国花といえば菊と桜の二つであると言える人は意外と少ないと聞く。歴史的には色々な所以があるのだろうが今回は本題をその一つ、桜の花の「花吹雪」とすることにした。川の水面に散る花びらが作る塊を花筏(はないかだ)と呼ぶらしい。昔から多くの桜ファンに喜ばれる風情である。ところがこれが厄介な代物で橋桁に付着などいろんな所で水の流れを堰き止める。
 近くの小学校の桜の木が花びらを散らし始めて3日が過ぎた。道路を挟んで建つ三件の家の人達にとっては花吹雪が美しいなどと悠長なことを言っている場合ではない。地面に落ちた花びらの掃除に何日も明け暮れしなければならない。桜の花びらの掃除は厄介な代物だ。掃いても掃いても次から次に数分もしないうちに道路は花びらで覆い尽くされてしまう。車のフロントガラスにでもくっつけばすぐには剥がれない。ブラシを使って水で洗い流す以外に方法がない。
 我が世の春とばかりに咲き誇る桜の花を見るために集まる多くの人々は、長い閉ざされた冬が明けて春という季節の到来に歓喜する。しかし短い”花の命”を知るのに長くはかからない。この世に存在するどんな物でも永久に続くものはないをいうことを実感させられるのは桜の散るこの時節だ。有為転変(ういてんぺん)という四字熟語がある。この世に存在するものはすべてが変化の対象であるという意味だ。桜の花が毎年繰り返すこの転変は我々人間に『自然の理』…という教えに気付かせてくれる。「盛者必衰の理(ことわり)」を思い知る桜の花びらの散るさまだ。

新学期、初心忘るべからず

2024-04-09 16:17:33 | 日記
 季節の変わり目を実感する今日この頃、桜満開、新学期となんとなくウキウキ感を肌で感じる様になって来た。スーパーの帰りに見る風景が少し変わって来たと感じたのは、駅の周りに黒いスーツを着た新入社員数人の姿を目にしたからだ。そしてもちろん我が家の前を通る小中学生が明るく元気がある様にも見えてくる。新入社員の新しい黒のスーツ、小中学生のどこか真新しい服装、そしてカバンの中にはきっと新しい文房具、削りたての鉛筆などが入っていることだろう。
 僕は長年教育の現場で若者と接して来た。教育という観点から考えると学校での第一日目ほど大切な日はない。新しい環境というものはやりがいを感じる挑戦の場だ。特に学校という場所でときめき感を感じられたら素晴らしい。新入生には”Have a great first day of school!” (第一日目が素晴らしい日でありますように!)と無言の「声かけ」をしていたものだ。
 ところでふと思い出したのであるが、アメリカでは "back to school バック・トゥ・スクール”学校に戻る、学校再開、つまり新学期ということになるのだろうが、モールであれスーパーであれ大きく取り扱われて”バック・トゥ・スクール・セール”などがそこら中で催されていた。日本と違いアメリカの新学期は秋口の9月だ。勤労感謝の日と合わさってセールのオンパレードだった様に思う。長い夏のバケーションの終わりを告げるそんな頃が新学期だ。異文化比較、日本の様に「新」が強調されてはいなかったことが面白い違いだと思っていた。いずれにしろ、始まるということは終わりがある。卒業する日に向かって勉強に悔いのないようにと祈ることとするか。

「お金とは高くつくもの」と言う人がいる

2024-04-05 16:10:07 | 日記
 アメリカのフォーブス誌が先日発表した2024年版の世界長者番付けによるとフランス人のベルナール・アルノー氏が2年連続で世界一になったという。誰?その人、と聞くのは大抵男性かブランドものには興味を持たない人だ。この人、ルイ・ヴィトンやティファニーを傘下に持つ大富豪、資産は日本円に換算すると約35兆円だ。2位はアメリカの電気自動車テスラーのCEO、イーロン・マスク氏(約29.3兆円)。3位はアマゾン・ドットコムの創業者ジェフ・ベゾス氏(29兆円)だった。ところであのビル・ゲーツ、彼は単にコンピュータのバージョンだけを更新しながら金持ちになったなどと言う人もいるけれど、彼はやはり工夫人間だと僕はいつも思っている。
 そして、日本の工夫人間といえば、歴史上12回も日本の金持ちランキング1位をとった松下幸之助翁、言わずと知れた「松下電気」の創始者だ。先日のNKHの『偉人の年収』と言う番組では彼が60歳の時には当時のお金で1億2,000万(現在では60億円程度)の年収だったと伝えていた。〇〇兆円、億円…「えらいようさんな(多額な)お金ですねー」と急に大阪弁。お金はやっぱり無いよりはあった方がいいに決まっている(たぶん?)。余裕があればあるほど少なくとも心に余裕ができて何か人の役に立てそうな気になってくる。ただ忘れてはならないこともある。確か京都の龍安寺の”つくばい(手などを洗って清める石の手水鉢)"に彫られた『吾唯足知(我ただ足を知る)』と言う教訓を忘れてはならない。う~ん、本当の金持ちとは…