goo

トゥーランGLi (2年&47,418km)

日曜日は、鹿の追悼に行った。

車が直ったら、かならず行こうと決めていたこの場所。
鹿への追悼だけでなく、僕自身もここに来て、自分の心を落ち着かせないと、
再スタート出来ない気がしたからだ。

意外にも場所は一発で分かった。
途中で購入した巨峰(ぶどう)を手に、お酒をかけてあげた。
花にしなかったのは、もしこの後、鹿さんファミリーが来た時に、
「この餌があれば、この道路を渡らないだろう」
という気持ちがあり、
お線香をたかなかったのは、
「山火事が起きたら、今度は放火犯になってしまうわっ」
という、現実的な問題もあったのだ。


道中、ずっと気になっていたのは、左側からの動き。
画像で言えば、鹿は車両左側(画像の右側)から右側(画像左側)に向かって
渡った時に衝突したので、視野の中で、左側に画像が写ると、恐怖を感じて
いたようだ。


アメリカで僕の人生で最悪の交通事故に遭い、背骨に損傷を負った時、
歩けるようになった僕を、次に襲ったのは、運転での戸惑いと恐怖だった。
その事故は、右側から突っ込まれたのですが、右側恐怖症と事故恐怖症に
結構長い間、ショックを感じていた覚えがあります。
これを克服してくれたのが、アメリカ人の医師や友人が教えてくれた助言でした。

「アメリカ、特に田舎の生活では車は必需です。もしまだアメリカで生活したい
のなら、少しずつでいいから車に慣れましょう。それが難しいなら、残念だけど
帰国された方が精神的に良いと思います。」

さすがに、ズバッと言う国であり、社会保険制度がしっかりしていない分、
逆に個人で保険を持っている者には、ケアも十分あり、情報量が増えて行きます。

鹿との衝突後、僕の脳裏に残った左側恐怖症。
事実今回の旅では、高速道路でもトラックに抜かれるくらいスローダウンした僕。
(それくらいが丁度良いのかも)
車は直りましたが、精神的ショックから開放されるのは、1ヶ月程度かかるの
かも知れません。

事故での精神的ショックは意外にも、あまり語られません。
高度な自動車制御機器、エアバッグの進化、衝突吸収ボディーなどが自動車社会
で死者を減らしたものの、人間の心の問題にはあまり触れられていないのも現実。
人類は、こうやって進化してくのかも(苦笑)


スピードも出ていなくて、また出会い頭の衝突とはいえ、犠牲になってくれた鹿
のお陰で、僕も同乗者も助かりました。

「鹿君、本当にごめんなさい。でも助けてくれてありがとう!」

祈りを捧げてから、僕はトゥーランとの生活を、再スタートしたのだった。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
« トゥーランGLi... トゥーランGLi... »
 
コメント
 
コメントはありません。
コメントを投稿する
ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません
 
名前
タイトル
URL
コメント
コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。