【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

「とゾンビ」の前

2015-08-31 06:48:58 | Weblog

 『高慢と偏見とゾンビ』という本を読み始めて、数ページでそのあまりの面白さに引き込まれそうになったところで、その元になった『高慢と偏見』をまだ読んだことがないのに気がつきました。図書館に聞くと在庫があったので、まずそちらから読むことにしました。

【ただいま読書中】『高慢と偏見(上)』ジェーン・オースティン 著、 富田彬 訳、 岩波文庫、1950年(62年19刷)、★★★


 いやあ、訳が上手いなあ。もとが名文でそれを素直に日本語に直しただけかもしれませんが、リズミカルにことばが躍っているようで、楽しく読み始めることができます。ただ、初っ端から舞踏会が始まって、登場人物が多すぎて、とりあえず誰が誰やら。
 18世紀のイングランド。男は階級と財産で評価されています。そして女性は美貌で。女性の人生の目的は、結婚です。それも、少しでも“上”の男との結婚です。
 眠ったような田舎町ロングボーン。その荘園に引っ越してきた資産家のビングリー。ロングボーンの紳士階級ベネット家(年収2000ポンド)には娘が5人もいて、そのすべてにきちんとした結婚相手を見つけようとベネット夫人は躍起となっています。長女は極めつきの美人(さらに人の欠点を見ようとしない純粋な性格)のジェーン。ビングリーにお似合いの相手に見えます。次女は(当時の女性には全然望まれていない資質である)知性と人の観察力に恵まれたエリザベス。ビングリーと同行している友人のダーシーは、最初は「自分より格下の田舎住まいの階級」に属する人々を軽蔑していますが、エリザベスが示す「知性のきらめき」に惹かれます。しかし、まさにその「軽蔑」をエリザベスは見抜き、ダーシーに反感を抱きます。「高慢だ」と。
 当時は男子一人が財産の跡継ぎとなる決まり(「限嗣相続」)だったため、子供がすべて女性のベネット家は、親類のコリンズ(牧師)を跡継ぎに指名していました。ところがこのコリンズ氏、悪い人間ではないのですが、慇懃無礼と鈍感と形式主義に洋服を着せたような男で、しかも結婚願望が非常に強い。(ダーシーに下品だと軽蔑されている)ベネット家の人間でさえ相手をするのに持てあまし気味です。それにしてもコリンズ氏がエリザベスにプロポーズするときの理路整然ぶりには、読んでいてこちらは苦笑するばかりです。これではまるで、企業との契約ではないか、と。当時の結婚は「事業」の一種だったのかもしれませんが。で、エリザベスの断りの返事もまた、コリンズの言葉の裏返しのように論理だったものになっているのが笑えます。さらにコリンズ氏は「候補者をリストアップして、上から順番にポロポーズをしていく」という実に“理路整然”たる行動で、しかもそれを周囲に開けっぴろげにしているのですから、ますます結婚が「事業」の様相を呈します。
 ベネット家の下の娘たちは格好良い陸軍士官に夢中です。これは最初から描かれているのですが、のちの大事件の伏線となっています。エリザベスも一時夢中になった将校のウィカムは、一緒に育てられたダーシーに巧妙に財産を奪われたと訴え、エリザベスのダーシーに対する反感はさらに募ります。
 話がごちゃごちゃしてきたところで、ビングリーたちはロングボーンの皆さんには一言の断りもなく、ロンドンに突然帰ってしまいます。恋をあきらめきれないジェーンはロンドンまで出かけますが、無駄足でした。ところが、このピングリーの行動の裏にダーシーの(ジェーンとピングリーを別れさせようという)意図があることをエリザベスはひょんなことで知り、ダーシーに対する反感をますます募らせます(そしてそれを周囲に隠しもしません)。ところがウィカムの言い分が一方的で実はその裏にも(ダーシーが正しいという)“事情”があるらしいこともエリザベスは知ってしまいます。
 またまた話はこんぐらがってきます。
 古いイエで生きる姉妹の物語ですぐ連想するのは『細雪』(谷崎潤一郎)です。どちらも大した事件は起きず、大陸〈中国とヨーロッパ)で起きている戦争も背景に引っ込んでいる点は共通しています。姉妹の中で「正しい結婚の模索」を繰り返す人と自由に恋愛しようとする人の対比がある点も同様。ただ、物語の雰囲気はずいぶん違います。『細雪』では舞台劇のように人々が読者の目の前で行動をしているのに対して、本書では「観察と分析」がけっこう容赦なく登場人物に対して行われます。それもどの人物に対しても。そのため本書では「キャラ」がどの人もびんびん立っています。『細雪』で、“中心”となっている雪子でさえ何を考えているのかよくわからなかったのとは対照的。まあ「違う作品」を無理に比較する必要もないのですが。